忘れない。






忘れたくなどないのに。







それでも、消えてゆく約束。
















落ちてきた天使




















「委員長!」

「・・・委員長?」





光とともに突然現れた少女。
とは違う、金髪の長い髪と綺麗な顔立ち、そして純白の白い羽根。
俺が彼女を見上げると、彼女は表情が変わるか変わらないかくらいに小さく微笑む。





「帰るわよ。。」

「なっ・・・何で?!まだ1日残ってるもん!」

「その1日でどうにかできるとでも思ってるの?できやしないわよ。
それに、私にはアンタがバカな行動起こさないうちに連れ帰る義務があるのよ。」

「何それ!やってみないとわからないじゃん!」

「相変わらず威勢だけはいいんだから・・・。いいから戻るわよ。」





あと1日と聞き、ふと壁にかかっていた時計を見ればいつの間にか0時を過ぎていた。
が俺と出会った時間から考えれば、まだ時間の猶予はあるように思えたけれど
任務の期限が日が変わった瞬間で終わりというのならば、こうしてを迎えに来た理由にも納得はいく。

けれど、今の話を聞いていると時間の猶予はまだあるようだ。
なのに、目の前の少女はを迎えにやってきている。
その綺麗な外見にそぐわない、高圧的な喋り。が委員長と呼ぶ彼女は、恐らくの上の立場にあたる人物なのだろう。





、誰なのこの子。」

「・・・私のクラスの委員長・・・。」





不満気な顔で目の前の少女の説明をする。
クラスの委員長って・・・そういえば前にの世界にも学校があるって言ってたっけ。





「貴方は・・・郭くん、でよかったのよね?」

「・・・。」

がたくさん迷惑かけたでしょう?ご苦労さま。あとはこっちが受け持つから、その子をこちらに引き渡してくれる?」

「まだ時間はあるんじゃないの?」

「まああるんだけどね。最後の日になっても任務成功が見込めないときは、その天使を連れ帰ってもいいってことになってるの。
その子はよく問題を起こして迷惑ばかりかける子だから、早めに連れ帰っておきたいのよ。」

「まあその辺の気持ちはわかるけど。」

「ええ?!英士?!」

「でも、自身がまだ諦めてるわけじゃないのに?」

「その子の意志は関係ないわ。私のクラスの他の子たちは任務を終えて戻ってきてる。
あとはが帰ってきて、任務失敗を報告して終わり。の失敗は初めから想定してたことだから、痛くもかゆくもないし。」

「そんなっ!ひどい委員長!」

「実際できてないじゃない。それどころか人間を好きになるなんて、予想もつかなかったわ。
これ以上どうにかなる前に戻ってもらうわ。」





優しそうな顔をして、痛いところを的確についてくる。
確かにみたいな問題児は早めに手を打つべき存在だろう。それはすごいよくわかる。
だけど、残されたわずかな時間まで奪われてはこっちが困る。
話はまとまったとはいえ、また出会う為の具体的な策も話もしていないんだ。





「それに、知ってるわよ。」

「・・・?」

は任務をもう諦めてる。」

「!」

「いえ、そう言ったら語弊があるかしら?任務を続けるつもりはなかった、が正解?」





そこまでお見通しってわけか。
俺の名前を知っていたことといい、俺たちは常に監視されている状態だったのかもしれない。
人間と天使のハーフの。落ちこぼれと言われていたことを差し引いても、目をつけられる存在だったのは明らか。





「いいじゃない。どうしてかばうの?がいなくなった方が貴方には好都合でしょ?」

「・・・。」

「貴方がを好きだなんていうのは、一時の気の迷いよ。きっと後で後悔するわ。
考えてもみて。この子が毎日側にいるのよ?毎日騒ぎが起きて、うざくて仕方なくなるわよ?」

「それは否定できないけど。」

「英士ー?!」

「貴方は頭がいい。さっきまでは感情に任せていたんだろうけど、冷静になって考えれば・・・」

「俺はいつでも冷静だよ。」

「!」





ペラペラと喋り続ける彼女を睨みつける。
今現れたばかりの彼女に一体何がわかるというのか。





「冷静に考えて、それでも一緒にいたいと思った。文句ある?」

「英士・・・!」

「・・・っ・・・。」





迷いなく、まっすぐに目の前の彼女を見つめた。
そんな俺の行動は予想外だったかのように、少女は言葉を失った。





「・・・まあ、貴方たちがお互いをどう思ってようと私には関係ないけどね。を連れて帰ることに変わりはないわ。」

「い、委員長!ちょっと待って!今まで任務を手伝ってくれたサポートパートナーだよ?!最後の挨拶くらい・・・」





が喋っている間に、少女は自分の右手を目の前に掲げた。
がそれに気づいたとき、その手から小さな光が灯り、の体を包みこんだ。





「きゃあっ・・・!」

「なっ・・・!!?!」

「そんなに騒がないでよ。ちょっと眠ってもらっただけ。」





光に包まれたの体が宙に浮く。慌てて手を伸ばしてみても、その手は空しく空を切る。
そしてその光が少女の手に戻っていくのと一緒に、の体も彼女の側へと吸い寄せられた。





「そんな怖い顔しないでよ。これは貴方の為でもあるのよ?」

「・・・は?」

「貴方、本当にと一緒にいられるだなんて思ってるの?」

「・・・何がいいたいわけ?」

「いくらこの子の母親っていう前例があるからって、に同じことができると思ってるの?
天使と人間の恋だなんてそんな夢みたいなこと、本当にあるとでも思っているの?

「・・・思ってるって言ったら・・・どうする?」

「ふっ・・・ははっ。貴方、意外とロマンチストなのね。」





明らかに俺をバカにするような笑い。
そりゃわかるけど。
確かにそれが自分じゃなかったら、俺だってソイツをバカにしてる。

だけど少しでも可能性があるのなら、信じたいと思う。
そう思える、そう思ってしまうような奴に、俺は出会ってしまったから。





「じゃあ、教えてあげる。」

「・・・?」

「貴方とが今後出会うことは、絶対にない。」

「・・・何でそんなことが言える?」





確信を持って、自信を持って、余裕の笑みを浮かべる少女。
そんな彼女にイラつきながらも、俺は冷静に彼女の言葉の意味を問う。





は知らなかったのかしら。それとも、言うに言えなかっただけかしら?」

「・・・?」

「天使が人間界にいた記録なんて、残すわけにはいかないのよ。」

「・・・!」

「気づいた?天使が任務を終えるとき、関わった人間全ての、その天使に関する記憶は消されるわ。」





言われてみれば当然のこと。
任務というものが人間に関わることならば、誰にも関わらずに任務を終えることなんてできない。
そして、天界に帰る天使の記憶など残しておいたら、突然人が消えたとパニックになる。



けれど。



けれど、それが本当だとして。実行されたとしても。
の父親はの母親を忘れていない。だからこそ、二人はまた会うことができた。
ならば俺だって可能性がないわけじゃない。
記憶を消されて彼女を思い出せる確証なんてない。
だけど、彼女を完璧に忘れることなんてできないと思う。それはもういろんな意味で。





「・・・ふふ。俺ならを忘れない、とでも思ってる?」

「!」

「そのまさかがあるから怖いよね、人間は。だからの母親のようなことが起こった。」

「・・・。」

「その事件があってから、天界はもう一つ予防策を考えたの。」

「・・・なっ・・・?」





少女が俺を指差す。
指差された方向に視線を向ければ、俺の手が淡く光っている。

そして、そこには。





「これ・・・は・・・。」

「掟はしっかり守ってるわね。」





「・・・何これ?」

「契約!サポートパートナーの証!」

「契約破ると何か起こるとか、そんなことないだろうね?」

「ないない!ただの形式だし。何か決まりごとみたい。」





と出会ったあの日のことが蘇る。
あのとき手のひらに浮かんだ模様が、今、再度自分の手のひらに浮かび上がっている。





「たかが1ヶ月、ただの友達として一緒にいた人間はともかく・・・。」

「・・・!」

「サポートパートナーとして、四六時中一緒にいた人間は繋がりが深いらしいのよね。」





手のひらが熱い。
あのとき収束していった光が、今度は逆に強く強く放たれていく。





「中には天使のことを思い出してしまう人間もいるみたいなの。
サポートパートナー廃止なんて案も出たんだけど、いろいろ問題があってそれはまだ議論中なのよね。」

「・・・くっ・・・そ・・・」

「だから天使は最初に契約をするの。『任務を終えるとき、自分の記憶を消す』ための契約。
その契約すらも破られちゃ困るから、ただの形式だって伝えられてる。だけど、決して忘れてはいけない掟だってね。」





手が、熱い。





思考が鈍っていく。





「私の名前は。職業は『天使見習』してまっす!」



「というわけで!君には私のパートナーになってもらいます!」



「へへっ!英士。隣の席だねっ!!」





毎日毎日、他人に迷惑ばかりだった。





「私のポリシーは猪突猛進ですもの!」



「・・・っ・・・ありがと英士っ!!」



「ゆっくりでもいい。二人のペースで幸せになってほしいんだ。」





自分勝手なくせに、時々気になる表情を見せて。
空まわっていたとしても、他人を思う気持ちはきっと人一倍だった。





「私も好きだよ。英士のこと。」





好き勝手やってるように笑いながら、隠れて自分を責め続けて。








「私、頑張るから・・・!待っててね英士!」









それでも、最後には笑った。
本当に、嬉しそうに、楽しそうに。



いつも笑っているはずだったのに、そのとき俺は初めて彼女の笑顔を見たかのように感じた。








たくさんの思い出が、大切に思っていた時が零れ落ちてゆく。










ちくしょう・・・。









「待ってるから。」









約束、したのに。










「俺が待ちくたびれる前に、戻ってきなよ。」










忘れたくなど、ないのに・・・!











「遠い天界からの力ではなく、直接の力。もう、この子を思い出すことなんてない。
・・・忘れた方がいいのよ。にとっても、貴方にとっても。」











遠くで声が聞こえた気がした。








けれど、途切れた意識と、何も考えることのなくなった思考は
その声の主を探すことも忘れて、深く、深く沈んでいった。

















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