我侭で、自分勝手で、周りに迷惑ばかりかけて。





弱いくせに笑おうとする、バカな天使。





自分勝手なくせにいつも自分を責めている、愚かな天使。
















落ちてきた天使

















「お母さんとお父さんの出会いもね。私と同じ任務からだったんだよ。」

「・・・赤い糸ってやつ?」

「うん。それで・・・お母さんもサポートパートナーを見つけて、二人は恋に落ちたんだ。」





顔をあげて、けれどいつもの騒がしさは全く見せずに言葉を紡ぐ。
その頃の両親を想像しているのだろうか。は少しだけ嬉しそうに笑んでいた。





「任務が終わってからも、お母さんは天界には秘密にして何度も人間界に来てはお父さんに会った。」

「・・・そんな、簡単なものなの?」

「まさかー!今よりはガードがゆるいとは言っても人間界と天界だよ?お母さんが特別だったの!
天使の中でもピカイチの力を持ってたんだって!」

「・・・ふーん・・・。」

「お母さんはすごいんだよ!サポートパートナーもいらなかったはずなのに、『面白そうだから』って理由で
自分で正体をばらしたの!格好いいよね!」

「ああ、の強引な性格は母親譲りなんだ。」

「違うよ!意志が強いの!格好いいの!」

「・・・へえー。」

「何そのどうでもよさげな目!」





なんていうか・・・物は言いようだよね。
の母親はともかく、ほど格好いいと言う言葉が似合わない奴はいないと思う。

なんて、まあ確かにどうでもいいことか。
俺が知りたいのは、さっきのの言葉の意味だ。





「そうして月日が流れて・・・お母さんはついに行動に出たんだ。」

「行動?」

「天使であることを捨てて、人間として生きていくって。」

「・・・。」

「簡単なことじゃなかった。だけど、お母さんはそれを実現したの!」

「・・・どうやって・・・?」

「力の全てを使って、自分の体を人間の構造に変えたの!」

「!」





あまりにも現実味がなくて、想像もできないけど。
に出会ったときにあった、天使の羽根。
空から降ってきても傷一つなかった体。
確かに"天使"というものは人間と違う作りなのだろう。





「人間の構造に変えて・・・それでどうしてこっちの世界で暮らせたわけ?」

「えー?もう鈍いな英士ー!」

「は?」

「はい!うん!鈍くないねー!鈍くないよー!ねー!普通わかんないよねー!」

「いいからとっとと続けて。」

「はい!私みたいに天界の力を借りて一時的に人間の体になることはできるけど
体の構造から変えてしまえば、もう天使には戻れないんだよ。」

「・・・。」

「人間の体になりたいと思う天使なんて、今までいなかった。だからそんなことができるのもお母さんだけだった。
つまり、お母さんが人間になってしまったその時、お母さんの体を天使に戻す人もいなくなったってこと。」

「・・・それって・・・。」

「うん。天使じゃないのに天界にはいられない。体の空気も合わないしね。
かといってそのままお母さんを天界に置いておけば、お母さんは弱っていくだけ。下手をすれば死んでしまう。
それは天界の掟として、あってはならないことだった。」

「人間界に住まなければならない状況を自分で作りだしたってこと?」

「その通り!ね?格好いいでしょ?!」





確かに・・・自分勝手だとか、強引だとかの域を超えてる。
たった一人の、自分の好きな相手の為に全てを捨てて、掟まで捻じ曲げて。

格好いいとか、呆れるとか、そんな感情よりも・・・なんか凄い人だ。





「そしてお母さんは天界から追放って形で、人間界で暮らすことになったんだ。」





ここまでは問題ないはずだ。
天使だったの母親と父親が恋に落ちて、母親が結果的に人間となった。
そして。





「でね。それから数年後に私が生まれたの。」

「・・・。」

「お母さんは綺麗で格好よくて、お父さんはすごく優しく笑う人で。すごく、すごく楽しかった。温かかった。」





そう。の話のまま行けば、彼女は人間として生きているはずなんだ。
けれど現に今、は俺の前に"天使"として現れている。それは、何故?





「だけどね。」

「・・・。」

「・・・私に・・・」

「・・・・・・?」

「私に・・・私の中に・・・天使の力が存在してたの。」

「!」





両親のことを誇りを持って、嬉しそうに話すの表情が曇ってゆく。
俺は何も言わず、ただ黙っての言葉を待つ。





「たいしたものじゃなかった。例えばちょっと体を浮かせることができるとか、人よりも体が頑丈だとか、その程度で。
だけど、それは間違いなく天使の力だった。
それに気づいたお母さんは私に、その力は使っちゃダメだって言った。怖い力なんだよって、そう言った。」





人間として暮らしているはずだった
判明した人間にあるはずのない力。





「そう、言ってたのにっ・・・。」





悲しそうに顔を歪めて。
悔しそうに、小さく拳を握った。





「私、その意味がわからなくて・・・興味半分でその力を使ったんだ・・・!」





懺悔のように、つらそうな表情で叫んだ。
の表情の意味、言葉の意味。
少しずつ、少しずつ繋がってゆく。





「そうして私の力に気づいた天界は、私を連れに来た。
天使の力を持っているのなら、子供は天界に置いておくべきだって。」

「・・・。」

「お母さんもお父さんも止めようとしてくれたけど、二人はもうただの"人間"。
天界に逆らえるはずが・・・なかった。」















たまに見せる悲しそうな表情。
いつものからはかけ離れていた、寂しそうな表情。





「私は・・・私は寂しいな。英士に会えなくなったら。」





故郷のはずの天界で、楽しいと思えなかった理由。





「天界は私をバカにしたり、見下したり、無視する人ばっかりだったから。
そこはすごく冷たくて、楽しいだなんて思えたことなかった。」





たった少しの時を過ごしただけの俺といて、ほんの些細なことでも楽しいと笑う





「それでも英士と一緒にいると、すごく楽しいんだ!」





天界がどんなところかなんて、わからないけれど。





「皆、言うの。私が天使になんかなれるはずないって。
落ちこぼれなんだから、そんなの諦めろって。」





同族のみを大切にして、それ以外を排除するような場所なんだとしたら。
天使だなんて、天界だなんて、それで人間を幸せにしようだなんて、聞いて呆れる。













「私は天界に連れていかれて・・・お父さんとお母さんは私の記憶を消されちゃった。」

「・・・。」

「でも、それは私のせいだから・・・だから・・・寂しかったけど、悲しかったけど、二人が幸せでいてくれればよかったの。」





顔を俯けたの目から、一粒の水滴が落ちる。
そしてそれは、何粒も何粒も落ちだして。





「なのに・・・お父さんもお母さんも・・・あの頃の笑顔に戻ってくれない・・・!
私の後に子供だって作ろうとしないのっ・・・!私の記憶なんてないはずなのに・・・!!」





自然と体が動いた。
震える彼女の背中に腕をまわし、そのまま静かに抱きしめていた。





「私が力を持って生まれてこなければ・・・何も考えず、バカみたいに力を使ったりしなければ・・・よかったんだ・・・!
全部・・・全部私のせいだよっ・・・!」





両親を失って、楽しいと思える場所も、安心できる場所もなくて。
そんな場所で必死に生きてきたを思った。

全てを自分のせいにして、ずっと自分を責めて。
だからきっと、見下されても蔑まれても、抵抗なんてしていなかったのかもしれない。

想像できる、の生活。
両親といた頃にもらった明るさで、バカみたいに騒いで。
自分は悲しくないと、寂しくないと、必死で言い聞かせていたんだ。

だから悲しくても笑う。
つらくても、苦しくても必死で隠そうとする。










「・・・バカじゃないの・・・?」

「・・・っ・・・。」

「本当に・・・どこまでもバカだ。」











告げた言葉とは裏腹に、を強く、強く抱きしめた。
は一瞬、驚いたように体をビクリとさせ、けれどそのまま静かに俺の胸に顔を埋めた。

震えている小さな体からは、のいつものたくましさなんて感じられなくて。
服に染み込む涙が少しずつ広がってゆく。



我侭で自分勝手で周りに迷惑ばかりかけて。
悩みなんてなさそうにいつも笑って、なのに時々見せる表情は儚くて。
俺の胸で泣き続ける、誰よりもバカな天使。



別れの時間は刻々と迫っていたけれど。
どうすればいいのかなんて、わからないけれど。
それでも俺は、今ここにいるを抱きしめる。





彼女を守りたい。





幸せにしてやりたい。





そんな、俺らしくもない





けれど、確実に感じていたその気持ちで。







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