あってはいけない感情だと思ってた。
それでも、止めることのできない感情は走り出していた。
落ちてきた天使
「!」
私の名を呼ぶ英士の声が、ずっと頭に響く。
その声から逃れられるはずもないのに、私はただひたすらに目の前にある道を走り続けていた。
「俺はまだ、と一緒にいたいと思ってる。」
ねえ英士。
何で今、そんなこと言うの?
私のこと、うるさいとか、バカだとか、迷惑だとか・・・あれ、ひどくない?
散々・・・本当に、全く、耳にタコができるくらい散々言ってたのに。
私、帰ろうと思ってたのに。
任務が失敗だったとしても、それでも笑って。
英士や皆と会えたこと、忘れないように。笑って、思いだせるような最後にしたかったのに。
「・・・何だよもー!英士のバカァーーーー!!」
「先輩?」
「ぎゃー!ごめんなさーい!!もう言いませんー!!」
「ど、どうかしたんですか?何が・・・」
「はっ!栗色ちゃんか!びっくりした!寿命3秒くらい縮まった!」
「大丈夫ですか?」
「・・・。」
見上げた先にいたのは、小さく可愛く、将ラブ(私も負けないけどね!)な栗色ちゃんの姿。
いきなりかけられた声に驚いていた私を、心配そうに見つめる。
「どうしたんですか先輩。郭先輩は一緒じゃないんですか?」
「・・・なんでもない。一緒じゃない・・・。」
「いつも一緒だったじゃないですか。喧嘩でもしたんですか?」
「・・・う・・・うう・・・。」
「先輩?」
「栗色ちゃーーーん!!」
「きゃあっ!!」
栗色ちゃんの声があまりに可愛くて優しいから。
私は思いのままに栗色ちゃんに飛びついた。
栗色ちゃんは将属性だね!オアシスだね!さすが私の見込んだ子・・・!!
「私どうしたらいいのかわからないよー!」
「な、何があったんですか?!」
「わーん!もう英士のバカー!」
「えっと・・・やっぱり喧嘩ってことですか・・・?」
「違うよー!英士はいい奴だよー!!」
「ええ?!ど、どっちですか・・・?」
ああもう、栗色ちゃんは可愛いな!
私の言ったことにいちいち反応返してくれるんだもんな。
英士だったら・・・まあ英士も冷たくだけど、ちゃんと反応は返してくれるけどさ。
「・・・もしかして・・・告白・・・だったりして?」
「・・・ええー!!」
「あ、もしかして・・・当たりましたか・・・?」
こくはく・・・!あれは告白なの?!あの英士が?!私に?!
私とこれからも一緒にいたいって言ってくれた英士。
ありえないとかも言われたけど!
でも私は決めてたから。
天界に帰るって。そう、最初からずっと。
「迷ってるんですか?」
「ま、迷ってなんかないよ・・・!」
「そうですよね。だって先輩も郭先輩のこと、好きなんでしょう?」
「そうだよ・・・ってええーーー?!」
「えっ?!ち、違うんですか?!」
可愛い笑顔でびっくりするようなことを言う。
ちょっと前までは私が将のことを好きだと思ってた栗色ちゃんが、そんな確信を持った台詞を言うなんて思わなかったから。
「何で・・・?栗色ちゃんって私が将のこと好きだって、思ってたよね?」
「思ってましたけど・・・それは周りが見えてなかっただけです。」
「周り・・・?」
「冷静になってちゃんと見ればわかります。
確かに先輩は風祭先輩や真田先輩とも仲良くしてましたけど・・・それと郭先輩は違うんです。」
「え・・・?」
「先輩がオアシスって言いながら、風祭先輩や真田先輩の傍にいる理由はわかります。」
「わかる?そうだよね!オアシスだよねあの二人は!!」
「でも二人とは全然違うタイプの郭先輩の傍に一番いるのは・・・何でですか?」
「!」
「いつもあしらわれてる感じで、先輩のオアシスとは遠そうな人ですよね?」
「・・・。」
「それでも、一緒にいるのは何でですか?」
それは。
それは、私の正体を知っている人だから。
私の任務に協力してくれる、サポートパートナーだから。
だから、一緒に暮らしてて。
一緒の時間が多くなることだって当たり前で・・・。
英士と一緒にいると楽しい。
几帳面だし、人のこと叩くし、ひどいことだって言うけど。
それでも迷惑だって言いながら、最後にはいつも私を助けてくれる。
確かに私は英士が好きだし、感謝もしてる。
だけど、それは恋愛感情なんかじゃない。
恋愛感情なんて、あるはずないんだ。
「先輩らしくないですよ!突っ走れ!って私の背中を押してくれたのは先輩じゃないですか!」
「!」
「私、先輩のおかげで自分に正直になれたんです。頑張ろうって、誰にも負けたくないって思えたんです。」
「・・・栗色ちゃん・・・。」
「先輩も自分の気持ちに正直になってください。私、絶対応援しますから!」
「・・・っ・・・。」
あの日、英士と出会って。
強引に彼にサポートパートナーになってもらって。
本当はね。一人でもどうにかできたの。
英士に協力してもらわなくたって、よかった。
だけど、今までと全く違う世界で。
その場所でも一人ぼっちだなんて、耐えられないと思った。
私のことを知ってくれる人が欲しかった。
英士には迷惑だったとしても、英士と出会えたことは本当に素敵な偶然だった。
対等に話してくれる人がいて、私の言葉に反応してくれる人がいて。
たくさんの出会いと、温かい時間。
だけど、恋愛感情を持つことなんてないと思ってた。
それは決して持ってはいけない感情。
天使と人間という以前に、私の中で絶対に持ってはいけない感情だった。
「けど、ヨンサへの気持ちは恋愛感情じゃないの?」
「うん!」
「本当に?全然?」
「そうだよ!」
どんどん英士を好きになっていく自分。
もっとずっと一緒にいたいと思った感情。
それは全部、人としての英士であって、そこに恋愛感情なんてないと、そう言い聞かせた。
1ヶ月後には離れなければならない相手。もう二度と会うこともなくなる人。
私がどんな感情を持っても、意味はないのだと。
だけど、英士は。
私と一緒にいたい、とそう言った。
そう、言ってくれた。
迷惑をかけているのはわかってた。
それでも無理やり英士を巻き込んでたのもわかってた。
文句を言いながらも、私を助けてくれる。そんな、優しい人だとわかっていたから。
それなのに、それでも。
「私も頑張ります!だから・・・先輩も一緒に頑張りましょう?」
「俺が聞きたいのはさ。」
「・・・?」
「がどうしたいって思ってるのかってこと。」
ねえ英士。
私、本当はね。
「・・・っ・・・うん・・・。」
私も、貴方と一緒にいたい。
この温かい場所で、ずっとずっと一緒にいたいよ。
「先輩・・・?」
「大丈夫!うん、私頑張る・・・!ありがと栗色ちゃん!」
「はい!」
例えば私が自分の気持ちを認めても。
本当に一緒にいられるかなんてわからない。
むしろそれはきっと、とても低い可能性でしかないのだろう。
だけど。
「無駄なところで後先考えずに突っ走るくせに、肝心なところじゃ弱気になるってどういうこと?」
だけど、そうだよね。
最後まで私は私のままでいたっていいよね。
貴方と出会えたことも、皆と出会えたことも。
それがどんな結果になっても、決して無駄なんかじゃないはずだから。
「じゃあ私、帰るね!」
「はい!」
「ありがとう栗色ちゃん!愛してる!」
「それを郭先輩にも言ってあげてくださーい!」
「っつあ!言うようになったわね栗色ちゃん・・・!」
笑顔で手を振る栗色ちゃんに、私も笑って手を振る。
将と付き合ってもらうことが任務の目的だったのに、結局私の方が助けられてる。
こんなにいい子なんだもん。やっぱり私が何もしなくたって、将はきっと栗色ちゃんを見つけられたはずだよ。
私はまた元きた道を走り出す。
ずっと一緒にいた、私の存在を認めてくれた。英士の家を目指して。
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