何だかんだ言いながらも、前進している日々。





彼らが近づくたびに、この日常は終わりに近づく。


















落ちてきた天使




















「いいの?」

「何が?」

「桜井、ここ最近風祭に近づいてさえいないように見えるけど。」





部活中に風祭と桜井の話す姿は毎日のように目にしていた。
けれど、ここ数日の桜井は風祭を避けているようにも見えた。





、風祭に構いすぎなんじゃないの?桜井が風祭に近づかなくなったのってのせいでしょ。」

「ええ?!何で?!」

「そりゃあれだけ一緒にいればね。」





周りも気にせずに風祭に駆け寄って、楽しそうに笑って。
最近では風祭もに慣れてきたようだ。一緒に笑う姿もよく見る。

桜井は自分を出してくるタイプじゃないし、風祭は自分といるよりもといるほうが楽しいんじゃないかとか
そんなことを考えててもおかしくないしね。





「そんな…!私は癒しを求めてただけなのに…!!」

「その本能のままに生きる性格、なんとかしてよ。」





桜井にやきもちを焼かせるとか、そんなの作戦なのかとも思ったけど。
コイツの様子を見る限り、そんな思惑は微塵も感じられない。

風祭が鈍すぎるとはいえ、元々雰囲気は良い二人だったんだ。
残るはきっかけだけだったはずだけど…。

なんか、あれ、のせいで悪化してない?





「よしわかった!栗色ちゃんに宣戦布告だ!!」

「何がどういうことにつながって宣戦布告になるの。」

「行くぜ英士!」

「行ってらっしゃい。」





もう何がなんだかよくわからなかったけれど、
勢いに任せてが走り出したから、ここは大人しく見送っておいた。





「って、英士も来るの!!」

「何で俺が。一人で勝手に行きなよ。」

「栗色ちゃんが逆上して私に襲い掛かってきたらどうするの?!」

「大丈夫。お前のその怪力があれば絶対負けない。」





走り出したを見送ったら、すごい勢いで戻ってきた。
いや、だって何で俺がお前についていかなきゃならないの。
宣戦布告だろうが、女の戦いだろうが勝手にやればいいでしょ。





「部活も休みだし、俺は家に帰ってゆっくりするよ。」

「ひどい英士!私もたまの休みにお菓子屋めぐりしたい!それなのに仕事なんてひどいじゃない!!」

「いや、俺関係ないから。」

「私だけ仕事なんて嫌なんだもんー!!」





それが本音か。
自分が仕事だからって俺を巻き込まないでよ。
ていうか、平穏な日常を壊されて俺はお前の仕事以上に疲れてると思うよ。





「何て言おうと俺は帰・・・あ。」

「?どうしたの英士。」





何てタイミングの良さ。いや、悪さかな。
廊下を歩く俺たちの目の前に桜井が現れた。
そういえばこの階は1年の教室。丁度下校時刻の今、これから帰るところだったのだろう。





「栗色ちゃん!ナーイスタイミング!」

「・・・先輩・・・郭先輩・・・。」

「話があるんだ!付き合って!」

「わ、私は何も・・・!」

「本当に?私に言いたいことありそうな顔してるのに?本っ当ーにないの?」

「・・・っ・・・!」





に言いたいことは山ほどあるんだろう。
桜井は言葉を失って顔を俯けた。
はそんな桜井を見て、彼女の腕をひく。

俺は無言でその場から離れようとしたけれど、それを察したらしいに腕をしっかりと掴まれてしまった。
桜井と俺の手を掴んだまま、はどんどんと歩を進める。

そして数分後にやってきたのは、学校の近くにある公園。
学校に近い場所だけれど、周りに同じ学校の生徒はいないようだ。





「栗色ちゃん。」

「・・・。」





が彼女の腕を離し公園のベンチに座らせる。
その隣にも座った。
俺は早く帰りたかったけど、その場の雰囲気が読めないような奴じゃないしね。
とりあえずベンチに座ることなく、その横に立った。





「さあ!将争奪戦を繰り広げましょうか!!」

「ええ?!」





の突然の言葉に、それまで無言でいた桜井も思わず声をあげてしまったようだ。
まあそりゃそうだよね。まれに見る真剣な雰囲気で話し出すかと思えば、争奪戦?何だそれ。





「と、思ったけど、最近の栗色ちゃんじゃ私の勝ちだね!将ゲットの道も近い!」

「・・・っ・・・!」

「あんな可愛い将が側にいてくれたら、毎日楽しいだろうなぁ。癒されるだろうなぁ!ね!英士!!」





俺に話をふるな。
ああもう、桜井は何だか俯いて震えてるし。
一体何がしたいんだは。





「・・・は・・・せ・・・。」

「ん?」

「風祭先輩は可愛くなんてありません!」





少し前にも聞いたその台詞。
桜井は顔をあげて、を睨んでいた。





「何で?将可愛いのに!」

「そりゃ、可愛いところだってありますけど…でもそれだけじゃないんです!!」

「癒し?」

「それもありますけど・・・あの・・・」

「オアシス?」

「だからそれもわかりますけど、そういうのだけじゃなくて・・!!」





お前は最後まで人の話を聞け。
の的外れな言葉に必死で反論しながら、桜井がようやくその言葉を口にする。










「か、格好いいんです・・・!!」










にことごとく邪魔されながらも、桜井が顔を真っ赤にしながら叫んだ。
はキョトンとした表情を浮かべて、桜井を凝視していた。





「風祭先輩は誰よりも頑張ってて、努力してて。どんなときでも諦めなくて、まっすぐで。
可愛いだけじゃないです。癒されるってだけじゃないです。先輩は誰よりも格好いいんです…!!」





今まで秘めていた想いをぶつけるように。
桜井は顔を真っ赤にしながらも、次々に言葉を発した。





先輩はわかってて、それで風祭先輩が好きって言ってるんですか?
それなら可愛いとか癒されるとかそんな言い方ばかりしないでください。ちゃんと格好いい先輩も見てください!」

「将にはもっと素敵なところがたくさんあるってことだよね?私にそれ、教えちゃっていいの?」

「!」





桜井が目を見開いて顔を俯けた。
けれどそのまま静かに言葉を続ける。





「・・・私、先輩のこと・・・好きじゃないです。」

「え?そうなの?!ひどい!何で?!」

「風祭先輩のことが好きだって言いながら、他の先輩にも抱きついたり、今だって郭先輩と仲良くしてて。
そんな先輩が風祭先輩のこと、本気だとは思えなかった。」





いや、あの桜井。真剣なところ悪いけど、俺とは別に仲良くないから。
そこのところは勘違いしないで。…今度さりげなく否定しておこう。





「だから私、負けたくなかった。先輩に風祭先輩を取られたくなんてなかったんです。」

「そうだねえ。栗色ちゃんと将争奪戦繰り広げたもんねぇ。」

「だけど…!」





桜井が悲しそうな顔をしてを見つめた。
その目にはうっすらと涙が浮かんでいるようにも見えた。





「日が経っていくうちに、先輩と風祭先輩はどんどん仲良くなっているように見えて。
最初は風祭先輩だって困ってたのに、最近は私には見せてくれないような笑顔も見せてて…!」

「・・・。」

「やっぱり私じゃダメなのかなって、そう思って。私は先輩みたいに誰とでも気軽に話せないし
明るい性格ってわけでもなくて。風祭先輩との話題だって探せなくて、話も続かなくて…。」

「栗色ちゃん!」





悲しげに小さな声で話す桜井の言葉を制して、が彼女の両肩に手を置く。
そして彼女の瞳をまっすぐに見つめた。





「好きってそういうものじゃないでしょ?」

「・・・え・・・?」

「気軽に話せるから、笑いあってるから好きだなんて、単純なものじゃないよね?」

「!」

「それは栗色ちゃんが一番わかってるよね?」





桜井が驚いたような顔でを見つめ返した。
さらには言葉を続ける。





「栗色ちゃんは結局将のこと諦めて私に譲ろうとしたの?」

「ち、違います!私は風祭先輩が好きです!でも、あの場にいるのはつらいから…少し距離を置こうって・・・。」

「ふーん・・・。」

「私は臆病で弱いけど、それでも風祭先輩を諦めることなんて、頭にありませんでした。」

「諦める気は全然なかった?」

「はい!だから、先輩には負けません!絶対に!」





桜井のその言葉を聞いて、がニッコリと笑った。
そして両肩に置いていた手をそのまま彼女の背中にまわし、桜井を抱きしめた。





「ふふふふ!やっぱり可愛いなあ栗色ちゃんは!」

「え、ええ?!先輩?!」

「あのね、栗色ちゃん。」

「は、はい?」

「私は将のこと、栗色ちゃんと同じ『好き』じゃないんだよね。」

「・・・ええっ?!」





に抱きしめられたまま、桜井が驚きの声をあげる。





「だ、だって先輩…!風祭先輩のこと好きだって…!」

「うん、好きだよ?大好きだけど!!私のオアシス的存在っていう意味での好き!」

「あ・・・え・・・?」

「将だって鈍感だけどわかってるよ。色恋には鈍いけど、本能でわかってるって感じでさ!」





桜井が未だ口をパクパクさせて、唖然としている。
なんかに振り回されて、涙まで浮かべて。本当同情しちゃうね。





「だけどっ!」

「?!」

「栗色ちゃんが嫌がっても、将は私のオアシスだから!そこは譲れない!!」

「そ、そういう意味での争奪戦…ですか?」

「イエス!」

「え・・・ええ〜・・・。」





力が抜けたように、に体を預けて。
情けない声をあげて。桜井は安心したんだか怒っているんだかよくわからない表情になっていた。





「だから栗色ちゃんも心おきなく、争奪戦に参加してくれたまえ!」

「・・・参加・・・。」

「最近ずっと将のところ来てなかったでしょ?将が寂しそうだった!」

「え?本当ですかっ?!」

「・・・ような気がする!!」





あ、また桜井がうなだれるように力を抜いた。
ていうか、正直すぎるから。最後の一言はいらないから。
お前の仕事は桜井を勇気づけて、告白のきっかけを作ることなんじゃないの?





「でも栗色ちゃん。将はすごく格好よくなると思うんだよね。」

「わ、わかってます。そんなこと・・・。」

「つまり、私みたいな可愛い子がいつ将を好きになるかもわからないわけで!」





・・・自分で言っちゃったよこの人。
もういいけどね。突っ込まないけどね。あえてスルーだけどね。





「その時栗色ちゃんが今の態度だったら、負けちゃう可能性高くなるよ?
誰にも負けるつもりはないんでしょ?」

「も、勿論です!私、絶対負けません!風祭先輩に対する気持ちだって…!」

「おう!じゃあ早く将を落としちゃえ!それでも将は私のオアシスには変わりないから私的には全然OK!!」

「・・・は、はい・・・。」





桜井が少し戸惑いながらも返事を返す。
まあそりゃね。戸惑うよね。応援されてんだかバカにされてんだかわかんないの台詞じゃね。
それでもちゃんと返事を返す桜井は偉いと思う。俺は無視だね。完璧無視を決め込むね。





「よし!じゃあ栗色ちゃんの気持ちもわかったところで!お菓子屋巡りにいこうか英士!」

「よし、じゃないよ。何で俺までそんなことに付き合わないといけないの。」

「栗色ちゃんも行く?」

「い、いえ私は・・・!今日は何だか気が抜けたというか・・・疲れちゃって・・・。」

「そうかそうか!じゃあまた今度一緒に行こうね!」





さすがのも本当に疲れた顔をしている桜井を無理に誘うことはしなかった。
ていうかこんなことに付き合わされて俺も疲れてるんだけど。





「よし英士!レッツゴー!!」

「俺も疲れてるんだけ「レッツゴー!!」」

「だから家に帰りた「レッツゴ」・・・いい加減にしときなよ?





俺の腕を掴んでノリと勢いでお菓子屋巡りとやらに連れていこうとした
けれど俺の一言を聞いて、腕を掴んでいる力が抜けた。





「わかったよ…わかった…。帰ればいいんでしょー!」

「いや、俺は自分が帰れれば。一人でお菓子屋巡りでも何でもしてくればいいよ。」

「つまんないー!それじゃつまんないじゃんかー!!」

「うん。じゃあね。」

「うんって今何に頷いたの?!私の気持ちを理解してくれた頷きじゃないの?!」

「ああそう、つまんないんだ。だから何?って頷き。」

「そんな頷きはいりません!!」

「・・・ふふっ・・・。」





とのバカなやり取りを見ていた桜井が、思わず笑い声をあげてしまったようだ。
慌てて口を押さえて、すいませんと謝った。





「本当に仲がいいですよね二人とも。」

「ああ桜井。仲がいいわけじゃないから。頼むから誤解しないで。」

「何英士!私たちすっごい仲いいじゃん!一心同体じゃん!運命共同体じゃ・・・
がはっ!!

「・・・先輩っ・・・?」

「桜井、風祭がこんな奴のこと好きになるわけないから。後は自分の自信だけだと思うよ。」

「!・・・は、はい!ありがとうございます!!」





桜井が嬉しそうに、安心したかのように笑う。
それだけの存在が脅威だったってことか。
こんな奴のどこに負けたと思ったんだろうか。
多分コイツの行動、サッカー部の大半にひかれてると思うよ。
そんなに心配しなくたってよかったのに。

まあ、桜井が風祭にたいして何かしようって思うきっかけにはなったのかな。





「え、英士くん…!いきなり首絞めはどうかと思うんだよね…!」

「え?何のこと?」

「こんないたいけな女の子に!!」

「じゃあね桜井。」

「え、あの・・・は、はいっ・・・。」

「英士ー!!」





の台詞を全てスルーして、俺は公園を後にした。
後ろから何だか俺の名前を呼ぶ声がするけど気にしない。





「ううっ・・・。ひどいよ英士・・・。」

「あの、すみませんでした先輩・・・。」

「う?」

「さっきはひどいこと言って…。」

「ひどい?何か言ったっけ?」

「・・・いえ、あの、ありがとうございました!」

「お?うん!気にするな!」

「あはは!郭先輩行っちゃいましたよ?」

「ぎゃー!本当に行っちゃったし!!じゃあね栗色ちゃん!!」

「はい!」





歩き出した後ろから、一度収まった声が聞こえた。
俺は歩みを止めるでもなく、振り向くでもなく。
その声の主が息を切らせながら俺の隣に来たので、ようやく彼女を一瞥した。





「わかった!わかったよ!今日は英士の部屋でまったりするよ!」

「家に帰るとか、まったりとかはどうでもいいけど、俺の部屋には入れないから。」

「ええ?!何で?!」

「何でって聞いてくるお前の思考回路が本当にわからない。」





結局うるさい彼女と並んだまま、俺たちは帰路についた。
公園に一人残った桜井。彼女は風祭のことでも考えているのだろうか。
告白する決意でも持っただろうか。

そして二人が付き合うことになれば、の仕事も終了になる。





桜井と風祭のことだ。今日、明日に付き合うなんてことはないのだろうけれど。
そう遠くない未来にその日がやってきたっておかしくはない。
そしてその時、このうるさくて騒がしかった日常も終わりを告げる。

それは俺がずっと望んできたことだけれど、
それでも胸がざわめくのは、慣れてしまった日常に対する寂しさだろうか。



もしくは、俺自身も気づいていない別の感情がそこにはあったのかもしれない。











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