「侑士!ちょっと待ってよ!」 「そうだよ!ちゃんと話しなよ!男らしくなーい!」 自分が目立つことを自覚してなかったわけやないし、向けられる黄色い声援に気づいていなかったわけでもない。 もちろん悪い気分やなかったし、外に見せないだけで割と浮かれてたってのも否定はしない。 「校門は?」 「大丈夫。待機してるから逃げられないよ!」 「じゃああとは捕まえてはっきりさせるだけね。」 特にテニス部には跡部がおって、ファンは跡部に絶対服従みたいなところがあったから、人数の割に過激なことをする子も少なかった。 ファンに取り囲まれることはあっても、ほわほわしてて、にこにこしとって、なんやこの子ら可愛いわあなんて思ったりもしてたんやけど。 まあ正直なところ、女子ってもんをなめてたわ。 「今更なんとも思ってないなんて、そんな言い訳許さないんだから!」 告白を断ったら、女子の大集団に追いかけられるとか、予想外すぎるにもほどがある。 一人、二人ならなんてことないんやろうけど、これだけの人数を一気に黙らせるとか、跡部やあるまいし。 どうしたものかと考えつつ、飛び込んだ自分のクラス。 放課後でもう誰もいないと思いきや、窓際にいた一人の女の子。 突然現れた俺に、驚いたように目を丸くして視線をこちらへ向けていた。 ポーカーフェイス 「ねえ、ここに侑士・・・忍足くんが来なかった?」 「来てないよ?」 「本当に?」 「どうしたの?何かあったの?」 「・・・別に!違う場所に隠れたのかも!行こう!」 教室のドアを乱暴に閉めて、バタバタと複数の足音が遠ざかっていった。 俺はひとつため息をついて、隠れていた用具入れの奥のすきまから顔を出す。 「忍足くんが女の子から逃げるのなんて初めて見たかも。一体何したの?」 「何って言われてもなあ。」 飛び込んだ教室にいたのは、クラスメイトの。 匿ってほしいと頼むと、怪訝な表情を浮かべつつも、なんとか彼女らを誤魔化してくれた。 「はこんなところで一人で何してたん?」 「勉強。」 「テスト前でもないのに?物好きやなあ。」 「一応特待生なんで、成績落とせないから。」 「へえ。せやったんか。」 「家だと兄弟がうるさいから、基本的に教室とか図書室で勉強してるの。」 とはクラスが一緒とはいえ、ほとんど話したことはなかった。 持っていたイメージと言えば、真面目で大人しそうってとこやったけど・・・ 「俺、もう少しここにいてもええ?」 「いいんじゃない?別にここ、私の部屋じゃないし。」 実際は大人しいっていうよりも、クールって方がしっくりくるやろうか。 結局俺がここに飛び込んできた理由にも、それほど興味はないみたいやし。 そうして二、三言話した後は、特に話すこともなく、時計の音だけが響く。は黙々と自習を続けていた。 さすがにあの子らももう諦めて帰ったやろうか。そろそろ教室から出て行こうと思った瞬間、 『やっぱりこっちだよ!』 『でも、ばれやすそうな自分のクラスに逃げ込んだりするかなあ?』 『もう1回戻ってみよ!』 ドアに近づこうとして、すぐに先ほど隠れていた用具入れの傍に戻る。 まだ帰ってへんとか、頑張る方向性間違っとるやろ。 声がどんどん近づいてくる。 いっそのこと、はっきりと迷惑やって言うのが一番なんやろうけど、頭に血ののぼった状態でそれを言うても平行線のままやろうし。 今以上の面倒は避けたいとこやからなあ。 「・・・忍足くん。」 「なんや?」 「面倒なので、あの子たちに突き出していい?」 「正直すぎやろ。」 「えー。」 「お前を信じて、あとは任せたわ。」 それだけ言って、俺は先ほどと同じ場所へ隠れた。 そしてまた教室の扉が開く。 「ねえ、あの後忍足くん来なかった?」 「来たよ。」 ・・・なんかな、そんな予感はしてたんやわ。 俺らクラスメイト言うても、別に仲良くもないしな? しかし、しかしや。あまりにもあっさりすぎやない? 「来たけど、すぐに出て行った。」 「え!?」 「なんか旧校舎から、とかぶつぶつ言ってたけど・・・」 「旧校舎って・・・あ!もしかしてあそこの塀を乗り越えて外に出たんじゃないの!?」 「ありえる!」 と、思たら、まさかの助け舟が出された。 なんや、意外とええ奴やな、。 「あーもう!明日きっちり問い詰めてやる!」 「侑士がこんなに意地っ張りだとは思わなかったよねー。」 「ありがとね!それじゃ!」 嵐のように現れて、嵐のように去っていった。 俺の明日はどないなことになるんやろか、なんて意識が遠くなったところで、のため息が聞こえた。 「忍足くん。どうせ明日になったらすべて終わるんだから、覚悟決めれば?」 「すべて終わるとか不吉すぎること言わんといて。 あの子らも今は頭に血がのぼってるだけやし、話せばわかるはずやで?」 「・・・。」 「なんやろうなあ。昨日まで仲良く笑いあってたはずなんやけど?なあ、どう思う?」 「さあ?」 「さあって他人事やな・・・。」 「だって忍足くん、そんなに困ってないでしょう。」 「心外やな。めっちゃ困ってるで?」 「困ってる顔には見えないけど?」 「俺、ポーカーフェイスって評判やねん。」 「ふーん。」 気のない返事をして、興味なさげに俺から視線を外した。 こういうときって、大丈夫?とか、私でよければ力になるよ?とか言うてくれるもんちゃうの?世の中そんなに甘くないっちゅうことか? 「、俺のこと、女を騙してる最低男やとか思ってへん?」 「別に?どうでもいいし。」 「せやな・・・でも俺違・・・って、どうでもいい!?どうでもいいってなんやねん!」 「どうでもいい。」 「言い直さなくても聞こえてますけど!?」 「だってなんやねんって言うから。」 どう見ても、明らかに俺に興味がなくて、話を聞く気もなくて。むしろ迷惑そうで。 別にそれはええんやけど。ええはずなんやけど。あまりに俺に対して適当すぎて、なんだか悲しさを通り越して悔しくなってきた。 「ちゃうねん。俺があの子に何かしたとか、そういう話やないねん。」 「ふーん。」 「確かによく話してたけど、付き合うとか、そういうつもりはまったくなかったんや。」 「はあ。」 「それなのに、告白断ったら、今更付き合えないってどういうことやって、なぜか集団で追い回されたっちゅう話でな。」 「うん。」 「校門でまで待ち伏せされてるんやで?どういうチームワークやねん!」 「そうですね。」 「・・・さっきからもうちょい気のある返事してくれへん?」 「いきなり話を聞かせておいて何を言うのさ。」 あかん・・・。あかんわこの子。俺の言うてることが全然響かん・・・! 初めて話してこんなに扱いづらいと思ったの、誰以来やったろうか。 「あーあ。昨日まではあんなに平和やったのになあ。」 「でも、女の子に追いかけられるって、大半の男子は憧れそうだけどね。」 「あんな殺伐とした追いかけられ方は嫌やわ。」 「忍足くんはもっとスマートに返すと思ってたけど。」 「せやな。いつもなら、こんな問題ちょちょいのちょいや。俺がテニス部でなんて呼ばれとるか知って・・・」 「知らない。じゃあその調子で明日も頑張って。私は帰るので。」 「最後まで適当やな!」 と教室から出る頃には、もう日も暮れていて、彼女たちの姿も無くなっていた。 成り行きで駅まで一緒に帰ったけど、のあまりの淡白さと気のない返事は、帰り道中もまったく変わる様子を見せなかった。 「おう。まだ教室の明りがついてたから、もしかしてと思ったら、やっぱりおったか。」 「・・・いたけど。忍足くんは何の用?」 「別に?ここ俺のクラスやしな。たまたま寄っただけやで?」 「・・・ここに忍足くんがいますって叫んでいい?」 「・・・そんな、俺らがここに二人きりなんて叫んだら、恥ずかしいやん?」 「叫びまーす。」 「ちょお待て待て待て」 「・・・ちょちょいのちょいじゃなかったの?」 次の日以降、何度かあの子らに話をしてみたものの、未だ解決には至っていない。 見切りをつけて、それからはなるべくテニス部員の近くに行き、彼女らから距離を置いた。 俺一人なら遠慮なく近づいてきていても、テニス部の集まりとなると、なかなか踏み込んではこれないのを知っていたから。 跡部に相談しよかとも思たけど、どうせあいつのことや。『メス猫どもの調教もできないのか、アーン?』とか言うに決まっとるからな。 しかし、部活後に榊監督に呼ばれ校舎に戻り、話を終えて職員室を出たところで、女子の集団が待ち構えていた。 どういうことやねん。一瞬の隙をついて獲物を追い詰めるとか、ハンターかっちゅうねん。 そして結局、また自分の教室に飛び込んだ。 テニス部の部活が終わる時間になっても、はまだ教室にいたようだった。 「なんでここに来るの?」 「相変わらず冷たいなあ。心が寒なってきたわ。」 「ていうか、まだ追いかけっこしてたんだ?」 「ふっ、なんでこうなったんやろうな。」 「忍足くんの普段の行いのせいじゃない?」 「俺の何があかんねん。」 「自分は悪くないと思ってるところ?笑って誤魔化せばなんとかなると思ってるところ?」 俺のことなど見向きもせず、机に広げた教科書に向かっていたが、初めてこちらを向いた。 疑問の表情を浮かべる俺に、呆れたようにひとつため息をついて、口を開いた。 「相手が自分を好きなのがわかってたなら、どうして思わせぶりな態度をとったの?」 「思わせぶりって・・・なんやいきなり・・・」 「付き合おうとは思ってなくても、冗談のつもりで好きって言ったり、体に触れたりしてたでしょう?」 「!」 「あの子、すごい可愛いもんね。好かれて嬉しかったのかもしれないけど、 そういうノリが通じる子と通じない子がいるって、忍足くんなら充分にわかってたと思うけど。」 「・・・。」 「彼女は今告白すれば絶対大丈夫、絶対両想いだって思ってたのかもね。、尚更ショックは大きいと思うよ。 それこそ、性格が変わってみえるほどに必死で忍足くんを追い回すくらい。」 痛いところをつかれた、と思った。 確かに可愛い子に好かれて、悪い気はせんかったし、愛想もよくしてたと思う。 好意があることはわかってたけど、別に何かを言われたわけやない。 だったら今の現状が一番楽で良い。そう思てたのは事実で。 「忍足くんが人気があることは知ってるし、過激なファンだっていて大変だとは思う。 同情はするよ。だからこの間は助けたりもしたけど・・・」 「・・・。」 「あの子たちのやり方が正しいなんて言わない。 だけど、だからと言って忍足くんだけを擁護する気にもなれない。」 オレンジ色の光が彼女を照らしていたけれど、その表情は影になってよく見えない。 口調は淡々としていて、そこに怒りがあるのか、呆れがあるのか、わからなかった。 「ちゃんと話したの?」 「・・・話したで。」 「本当に?」 「ホンマや。」 「真剣に?」 「そりゃもう・・・真剣・・・」 なんで俺は今、こんなに言葉につまってるんやろうか。 俺のことなんて何も知らないはずの、ただのクラスメイト相手に。 いつもみたいに適当に誤魔化して、煙に巻いてしまえばいいのに。 今回のことをに話したのだって、別に明確な解決方法を教えてほしかったわけでもない。 本気で相談をしたわけでもない。目の前にいてちょうど事情も知っていたから、冗談ついでに単なる話題にしただけや。 何そんなマジになっとんねんとか、そない心配せんでもなんとかなるわとか、笑って終わらせることができるはずなのに。 それまで俺のしてることに、興味なんて見せなかったくせに。 いきなり真剣になるとか、まっすぐ見てくるとか、反則やろ。 「・・・もっかいちゃんと話してくるわ。」 「そうして。」 「なんやお前、オカンみたいやな。」 「誰がオカンよ。早く行けば?」 そう一言だけ返すと、はまた教科書に視線を戻した。 なのに、まっすぐ向けられた視線が頭に残り、それはまだ俺を見ているようで。 その視線に急かされるように、俺は逃げ続けていた彼女の元へ向かった。 次の日、部活を終えてから、また教室へ行ってみた。 案の定、明りが点いていて、中を覗いてみれば予想通りの人物。 「。」 「匿う気はないけど。」 「それはもうええねん。わかってくれた。」 「あ、そう。」 相変わらず視線はこちらに向けない。 けれど俺は構わず話を続けた。 「泣かれてもうたわ。」 「そりゃ泣くでしょうね。」 「せやねん。さすがに心が痛んだわ。」 「・・・ふーん。」 なんなんやろうな。 普段特別多く喋るわけでもないし、俺の苦手な何を考えているのかわかりづらい奴やし、 優しくしてくれるわけでもなく、むしろ冷たすぎるくらいやのに。 「俺、にちょっと感謝してるんやで?」 「何を?」 「ああやってはっきり言うてくれる奴、なかなかおらんねん。」 「・・・私も何も知らないくせに偉そうなこと言ってごめんね。 忍足くんから話聞いたとき、結構イラッとしたから、つい。」 「そうなん?だから俺に冷たかったんか。」 「いや、だからってより、忍足くんって大抵イラッとくるっていうか・・・」 「大抵!?」 「あ、ごめん。つい本当のことを・・・」 「そこを謝られても切なくなるだけやわ!」 それでも、はっきり意見を言うてくれるところとか、全然飾らないで話すところとか、新鮮でおもろいって思てしまう。 なんやろうな。今回の問題が解決したことで、俺は彼女に一目置きでもしたんやろうか。 ここで終わらせるには、もったいない。 出来ればもう少し、彼女と話してみたい。いつの間にかそんな風に思う自分がいた。 「なあ。これからもここに来てもええ?」 「自分の教室でしょ?来ればいいじゃない。」 「と話すの、結構楽しいんやわ。」 「・・・。」 「別に変な意味やないで?ただ、俺にはっきり意見してくれる存在っていうのが少ないから、新鮮やねん。 基本的に皆俺にあまいからなあ。」 「優しくできなくてすいませんね。」 「つまり、優しくしてほしいから、仲良くなりたいのとはちゃうってことや。」 それから俺らは、クラス内で顔を合わせれば、会話を交わすようになる。 今まで俺が過ごして知ってきた、自分に対する女子の態度っていうものとは大分違っていて、彼女との付き合い方は未だに掴みきれない。 正直なところ、ただ彼女に興味があるだけなのか、友達にでもなりたいのか。自分でもよくわかっていなかったけれど。 俺に良い印象を持っていなかった彼女の表情が、徐々に柔らかくなっていくことが、やっぱりちょっと嬉しかった。 TOP NEXT |