「俺な、今まで全然思わへんかったけど、ちょっとは跡部を見習ってもええかな思てんねん。」

「その心は?」

「女子に騒がれはするけど、気軽には近寄られへんやろ。」

「何それ。」

「女子に騒がれたい。でも深いところまでは踏み込んできてほしくないっちゅう男心やなあ。」

「わー、全然共感できなーい。」

「最近俺、女性恐怖症になるんやないかって心配やねん。」

「大丈夫じゃない?忍足は生粋の女好きにしか見えないから。」

「どういうことやねん。」





以前のように、大勢の女子に追いかけられることは、さすがにもうないけれど。
強引な告白も、ストーカーじみた行為も、まったく無くなったわけでもない。





「そういう綺麗な顔に生まれたら、得することばかりだと思ってたけど・・・
イケメンはイケメンなりに、いろいろ大変なんだね。」

「せやな。わかる奴にしかわからん悩みや・・・。」

「うわあ、イラッときた。」

「冗談や冗談。」





まあそれは俺だけに限ったことやないし、自分が目立つことに自覚もある。
受け入れてはいるし、仕方のないことでもある。
けれど、最近よく話す彼女にそれを吐き出すことで、ストレスはいくらか軽減されていたりもしてる。













ポーカーフェイス














「今日は勉強やないんか?」

「うん。資料まとめ。」

「結構な量やん。優等生も大変やなあ。」

「まあね。」





話しながら続ける作業を何度か眺め、彼女に続くように資料を手に取った。
は一瞬動きを止めて俺を見ると、またすぐに元の作業に戻る。





「忍足って、暇なの?」

「なにが?」

「部活終わってから、わざわざ教室まで戻ってきて、こんなこと手伝わなくたっていいのに。」

の話すの、おもろいからな。雑用なんてついでやついで。」

「愚痴が言いたいだけじゃないの?皆の前ではかっこつけてばっかりだから。」

「そんなことはないけど・・・でも今更、の前でかっこつける必要もないとは思うわ。」

「忍足がかっこつけてようが、つけてなかろうが、どっちでもいいけどね。」

「そ・・・それは・・・!どっちの忍足でもかっこええよってこ「違う。」」

「否定早すぎやろ。」





彼女の言っているとおり、俺はこうしてたまに、放課後に教室へやってくる。
部活が終わって、今日もは教室にいるのかと、時々思いだして。
特に意味があるわけでもなく、からかいついでに行ってみるか、とその程度。





「忍足クンかっこええわーって巷じゃ評判やで?かてイケメンって言うてたやん。」

「まあ顔はいいんだろうけど・・・」

「顔は、ってなんやねん。」

「いや、別に。」

「最後まで言えや。むずむずするわ。」





ただ、そうして話す時間が楽しいことは事実で。
だからこそ俺は飽きずに何度もやってくるんやろう。





「なら、のかっこええってどういう奴やねん。」

「え・・・」

「・・・おお?ちょっと赤くなった?なったよな?」

「別にっ・・・」

「よし言うてみ。侑士おにーさんが聞いたるわ。」

「やっ・・・やだよ!なんで忍足に言わなきゃいけないの!」

「俺の話は散々聞いといて、自分は何も言わないなんて無しやろ。」

「それはアンタが勝手に喋ったことでしょうが!」





いつだって淡白で冷静だったが慌てたりするから。
思わず楽しくなって、ぐいぐい突っ込んでいったら殴られた。
けれど、彼女の赤くなった顔は変わっていない。実は結構顔に出るタイプなんやろうか。





「なあ、もしかして好きな奴とかおるん?」

「近い近い近い。顔が近い。傍に来ないでクダサイ。」

「そない照れんでもええのに。」

「照れてないし、忍足に教える必要なんて全然ないし。」

「顔赤いで?」

「うるさいなー!もう帰れ!」





いつもとは違う、珍しい姿が見れたことに満足しつつ、
彼女がこんなに顔を赤くする相手とは、どんな奴なのかと興味が沸いた。
もちろん、その後彼女に聞いても答えてくれるはずもなかったけれど。
















それからしばらくして、部活の休憩中、フェンスの先にを見つけた。
今日は残っていかないんやなと思いながら、歩いていく姿をぼんやりと目で追う。





「侑士、何ぼーっとしてんだ?」

「岳人。なんやねん、重いわ。」

「お?おおお!?女の子じゃん!なんだよ侑士、お前もしかして・・・」

「あーもーちゃうわ。クラスメイト。ただの友達や。」

「なーんだ。あれ、でもあの子って・・・」

「知っとるんか?」





同じ学年やし、知り合いであってもおかしくはないんやけど。
氷帝は各学年のクラス数も多く、名前すら知らん奴も多い。
俺らはクラスも離れてるし、合同授業もない。二人に何か接点があるんやろか。





「前から練習見に来てた子だよな?」

「・・・は?」

「そうだそうだ。多分あってる。結構前だけど、外からコートの中ずっと見てた子だよ!」

「人違いちゃうの?そもそも見学は他にも大勢おるやん。どうしてだってわかんねん。」

「その大勢から、一人だけ離れた場所で見学してたから。
皆フェンスにべったりなのに、距離を置いて後ろの方にポツンと立ってたんだよなー。」

「え?」

「しかも、ずーっと俺らの方見てたし。視線バシバシ感じたっていうかさ。
同じクラスってことはもしかしてお前のこと見てたのかな?」

「・・・お前、よう見てるな。」

「まあな!俺の目線、お前より上なことも多いからな!」

「よく飛んでるだけあるわ。」

「おう!」

「・・・ホンマか?ホンマにあの子で間違いないん?」

「そこまで疑われちゃうと自信ねえけどなー。多分!多分あってる!」





は前から、テニス部を・・・俺を見ていた?
でも彼女はずっと教室に残って自習をしてたはずや。
確かに俺に会うより前から教室で勉強してたとは聞いてへんけど・・・。

とはほとんど話したことはなかったし、初めて放課後に話したあの日もそんな素振り全然見せなかった。
それどころか、俺にイラッとしたとか言うてたし。良い印象なんかこれっぽっちもなかったはず・・・。

そこまで考えて、ふと、とのやり取りを思い出す。





「忍足くんが女の子から逃げるのなんて初めて見たかも。」

「相手が自分を好きなのがわかってたなら、どうして思わせぶりな態度をとったの?」

「付き合おうとは思ってなくても、冗談のつもりで好きって言ったり、体に触れたりしてたでしょう?」





あまりに当たり前に話すから、改めて考えたりしなかったけれど。
俺をほとんど知らないはずの彼女が、なんで俺の行動を知ってたんや?
俺に対するイメージだけで、あんな確信めいたことは言えないはず。



実際に、その光景を目にしてなければ。



じゃあなんや、は俺を嫌うどころか、ずっと見て、知ってたんか?
よく考えれば、今ここでの姿を見つけたのだって、おかしな話や。
テニス部のコートは普通に校門へ向かっていれば通らない場所やのに、何をしにここに来ていた?
岳人の言うてたことが本当なら、以前から何度も、帰り道でもないテニス部にわざわざ寄ってたってことになる。





「なあ、もしかして好きな奴とかおるん?」





つまり、いつも冷静なが、顔を赤らめて声を荒げたのは・・・





いや、いやいや、ちょお待て。そんなんいきなり困るわ。
は俺のことなんとも思うてへんと思てたし、だから俺も純粋に仲良くなりたいと思ったのに。
そんないきなり、衝撃の事実が発覚されても、頭がついていかへん。

だったら最初から言えっちゅうねん、ややこしい。
お前が俺に冷たい態度とったり、何しても興味なさそうにするから、全然わかれへんかった。
俺やってポーカーフェイスって評判やのに、お前も相当やないか。



困る。ホンマに困るわ。
俺やってなんとも思ってへんかった。は、気負うことなく、気軽に話せる貴重な女友達。
それだけやったはずなのに。



予想以上に浮かれて赤くなって、表情も隠せないくらい、喜んでしまっている俺は一体なんなんや。














正直、周りから好かれることに慣れはあった。
自分の外見も、誰とでも気軽に話せる性格も、ほとんどマイナスには繋がらない。
だから、自分が好かれていたのだと知って、こんなに舞い上がるのも久しぶりで。





。」

「忍足。また来たの?」

「せやねん。なんか寂しくてなあ。」

「そういうのは、忍足のファンにでも言えば、いくらでも一緒にいてくれると思うけど?」

「そういうんちゃうわ。」

「何が?」

「俺はお前がええねん。」





彼女の前の席に座って、机に腕をつきながら、いつもの会話を続ける調子で。
何気なく伝えた言葉から数秒、の持っていたペンの動きが止まる。







と一緒におりたい。」







ゆっくりと顔を上げて、まっすぐに俺を見た。首をかしげて、疑問を浮かべるように顔をしかめる。
せやろうなあ。俺、なんにも説明してへんし、いきなりやし。混乱するのも当然やわ。





「いきなりどうしたの?熱でもあるの?」

「ないわ。俺は自分の気持ちを正直に言うただけやで?」

「尚更おかしい。」

、前からテニス部に見学に来てたんやってな?」





の肩が揺れ、驚きの表情に変わった。
逃げ場を与えないように、俺は笑顔を崩さず、そのまま言葉を続けた。





「岳人がな、何度も見学に来てたお前を見とんねん。
一人だけ遠くからこっそり見てたやろ。逆に目立ってたらしいで?」

「!」

「しかも俺らばっかり見てたらしいやん。ずっと教室で勉強してたと思てたから、びっくりしたわ。」

「・・・。」

「意地はらんで、白状したらどや?こっちは受け止める準備は出来てるんやで?」

「忍足・・・。」





が気恥ずかしそうに顔を俯けた。
なんやこの子、こんな可愛い仕草も表情も出来るんやないか。
俺、このまま突っ走ってええやろか。ええやんな?





・・・」

「わー!いやー!ばれたー!」

「・・・え、」

「こっそり見てたからばれてないと思ってたのに!なんであんな大勢の中から見つけるのよー!
こんなことなら隠れてないでまぎれてればよかった!」

「・・・あのー、サン?」

「そう!そうですよ!ファンなの!」

「せやからそれはわかっ・・・」

「よりによって本人にばれてたなんて・・・」

「だからな?俺は別に・・・」

「向日くん気味悪がってなかった?こっそり覗いてて変だとか・・・」





・・・・・・・・・あれ?
なんか、ちょっと・・・話がおかしない?気のせいか?
ちゅーか、今なんて言うた?岳人がどうとか言うてない?あいつ別に関係ないんちゃうの?





「友達の前では氷帝コールとか、跡部コールとかできないよねーとか、遠くから見るだけで目の保養だよねーとか言ってたのに、
実は隠れて向日くんを見に行ってたとか・・・あーもう隠してたのに!」





・・・・・・・・・いや、なんや、まあ落ち着け俺。
がなんていうたか、もう一度繰り返してみればええわ。
氷帝コールとか跡部コールとか、目の保養とか・・・向日くんを見に行ってたとか。

と、いうことはやで?つまり?





「お前、岳人が好きなんか・・・?」

「好きっていうか・・・全てがドストライクなんですよね・・・。」

「すべて・・・」

「見た目も性格も、動作の一挙一動にきゅんとするっていうか・・・」

「お、お前・・・目の前にこんなええ男がおるっていうのに・・・!しかも結構な頻度で二人っきりやったで?」

「え?今更なに言ってんの?私が忍足に興味ないのは最初からわかってたでしょ?」

「・・・なに言うてんねん・・・なに言うてんねーん!!許さへんでそんなの!!」

「え・・・ちょ、ちょっと!受け止めてくれるんじゃなかったの!?」





誰やねん!が見てたのは俺やとか言うたの!岳人か!どういうことやねん!
じゃあが俺の行動を知ってたのも、単に岳人といることが多くて、視界に入ってたからってだけか?

なんやったんや・・・。あのときめきは一体なんやったんや・・・。
勝手に勘違いして、勝手に浮かれて舞い上がってた自分に腹が立つ。そんでめちゃくちゃ恥ずかしい。

せやけど俺はもう、彼女に対する気持ちを自覚してしまっているわけで。





「お前はあれか。可愛い系が好きなんか?テニス部で言えば岳人以外に誰やねん。言うてみ。」

「え、あ、ああ、別にそういう訳じゃないと思うけど・・・そうだな、芥川くんとかいいよね。」

「完璧に可愛い系やんか!ちょお待ちや。俺だってリボンのひとつやふたつつければいくらでも・・・」

「え?ちょっと何?って、人のシュシュ使って何やってんのよ!しかも全然可愛くないし!」

「そんなことないやろ。俺は何しても・・・」

「・・・忍足。どんなイケメンでもね、分不相応ってものがあるんだよ?」

「!!」





俺の様子がおかしいとでも思ったのか、が珍しく心配そうに俺を見て、シュシュを持つ手に優しく触れた。
こんなところで優しくなんてされたくないっちゅうねん。お前は本当に俺を振り回すのが得意やな。





「お前、もし岳人に告白されたらどうするん?」

「・・・・・・え、ええ!?いやいやいや、ないでしょ!それはない!」





なんやねんもう。俺のことは興味ないとか、今更何言ってんのとかサラッと流すくせに、
岳人だとなんでそんなに乙女になるんやお前は。何赤くなっとんねん。思わずどついてやりたくなるわ。





「なに照れてんねん。もしもの話やって。」

「えーと、まあ、そうだな・・・ちょっと、すぐには答えが・・・」

「どういうことや。好きなんちゃうん。」

「いや、だって向日くんのことは好きだけど、どっちかっていうと憧れとか、姿を見てたいとか、
そういう類のものだから、付き合うとか言われてもあまり考えられないっていうか・・・」

「なるほど。アイドルみたいなもんなんやな?」

「そういうこと・・・って、さっきから偉そうになんなのよ!ていうか私もなにベラベラ喋ってんのもう・・・!」





岳人のファンということがバレたのに、よっぽど動揺してたんやな。
がこんなにテンションあげて話すとか、自分にツッコミ入れるとか、初めて見たわ。
けど、そのおかげでの口もだいぶ軽くなってる。にとって岳人はアイドルみたいなもんで、今はよくも悪くもただのファンや。





「まあええわ。」

「何が。」

「俺もな、最初はないと思っとったんや。せやけど、人の考えっちゅうのは変わるもんやからな。」

「・・・何言ってんの?」

「障害は多いほど燃える言うしな?別の方向向いてる奴を夢中にさせるいうのも面白そうや。」





がキョトンとした顔で俺を見る。
きっとは、俺が自分を好きになるなんて考えは全く浮かんでないんやろう。
先が読めなくて、俺と二人でいてもいたって冷静。ポーカーフェイスを崩さない手強い相手ではあるけれど、だからこそ相手に不足なしや。・・・いや、負け惜しみとちゃうで?

いつか岳人に向ける表情よりもっと、女らしい表情にさせたる。
それこそ俺を思い出すだけで、真っ赤になるような。気恥ずかしくなるような。
俺のことが好きで好きでたまらんようにしたるわ。





「・・・向日くんにバレちゃってるなら、またテニス部見にいこうかなあ。
いや、でもバレてるなら尚更恥ずかしい気も・・・」

「別に来ればええやん。岳人なんかより、俺の華麗な技を見せたるで。」

「華麗な技・・・。」

「どうせ興味ないとか、忍足なんて見にいくつもりはないとか言うんやろ。お見通しやっちゅうねん。」

「別にそんなことないけど。」

「今更気ぃ遣わなくたってええっちゅうねん。」

「千の技を持つ天才。」

「・・・は・・・?」





「せやな。いつもなら、こんな問題ちょちょいのちょいや。俺がテニス部でなんて呼ばれとるか知って・・・」

「知らない。じゃあその調子で明日も頑張って。私は帰るので。」





「・・・なんやねん。知っとったんか。」

「別に私、向日くんばかり見てるわけじゃないし。」

「・・・ふーん?」

「素人目に見たって、忍足がすごいことも、努力してることもわかるよ。
それに・・・話すようになってからは特に、自然に目が追うようになっちゃったから。」

「・・・。」

「忍足のことだって、ちゃんと応援してる。」





もうホンマにこいつは・・・なんで今、そんな顔してんねん。
岳人の話をしてたからなのか、ようわからんけど、顔がゆるゆるやないか。
今お前が話してるのは岳人やなくて、俺のことやで?わかっとるか?
なんで俺の話をするときまで、笑ってんねん。そんな優しい表情滅多にしないくせに。



女らしい表情にさせるとか、もっと好きにさせるとか、その前に。
先に自分が引き返せないところまで、彼女に惹かれてしまいそうやなんて。

周りにも彼女にもバレたら爆笑でもされそうやから。
得意のポーカーフェイスに隠しながら、早まる鼓動を必死で押さえつけた。







TOP