「よし、今日はここまでだ。行くぞ樺地。」 「ウス。」 「、お前も来い。歩きながらこの部分を説明しろ。」 「ええ、今それをすればいいのに・・・!」 「つべこべ言うな。俺は忙しいんだ。部活へ行くまでの間にすべての説明を終えろ。」 「あーもう、わかったよ!」 今日も生徒会長は俺様で横暴だ。 部室まで歩く時間くらい、生徒会室で話してくれたっていいのに。 彼がものすごくテニスに熱中していることは、わかっているけれど、 それにしてももう少しこちらの都合というものを考えてほしい。 「帰り支度くらい5秒ですませろ。樺地を見習え。」 「樺地くん早いよ・・・!どうして自分と跡部くんの支度が本当に5秒で済むの?!」 「樺地は優秀だからな。よし、じゃあ俺は部活へ行く。後は任せたぞ。」 「はい。行ってらっしゃい会長!」 「!とろとろしてんじゃねえ。」 「これでも急いでるよ!」 ただの横暴のうえにさらに横暴が上乗せされてる気分だ。 帰り支度くらいゆっくりさせてくれたっていいのに・・・! というか樺地くんは本当にはやすぎると思う。 自分のだけじゃなく、跡部くんの荷物まで持ってるし。 跡部くんはそれが当然って顔で手ぶらだし。俺様め、横暴め、暴君め。 「跡部くん、歩くの速い・・・!歩幅が違うんだから、もう少しゆっくり歩いてよ。」 「お前が2倍の速度で歩けばいいだけだろう。」 「・・・横暴・・・!」 「何が横暴だ。しかし俺は優しいから、多少はあわせてやるよ。」 「・・・くっ・・・あ、ありがとう。」 「は、お前も素直に礼が言えるようになったか。」 「おかげ様で。」 「はーっはっは!」 ついには口に出してしまった。 何が横暴だって、これまでの動作すべてが横暴だ。 と、まではさすがに言えないから、多少妥協してくれたことに感謝くらいは言っておこう。今後のために。 「でね、跡部くん。この件なんだけど・・・」 「ああ部活間の対立か。お前はどうしたらいいと思ってる?」 「生徒会はきっかけを作るだけでいいと思う。 この二つの部活は部長が信念を持って指導してる。部外者が口を出したらこじれるだけだわ。」 「俺が直々に指導してやってもいいが?」 「それじゃあ根本的な解決にならない。一時的な解決をしても仕方ないでしょ?」 「わかってるじゃねえか。」 跡部くんは頭の回転がはやく、私が伝えたいと思っていることを即座に理解してくれるのはありがたい。 さすがに生徒会長とあの大きなテニス部部長を務めているだけある。 あとはもう少し相手を気遣ってくれればいいと思うんだけど、期待しても仕方ない。 「それじゃあこれはOK?じゃあ次はこっち。グラフ化したから見て。」 「ああ、これは・・・」 そしてなんとか言われたとおり、テニス部部室へたどり着くまでに話を終えることができた。 「しゃべりすぎて疲れた。跡部くん、相変わらず歩くの速いし。」 「お前がとろいんだよ。大体把握した。ご苦労。」 「・・・えらそうだな、いつも。」 「あーん?なんだ不満そうな顔しやがって。 俺の練習姿でも見ていくか?お前、ますます俺を尊敬することになるぜ。」 「いえいえいえ、結構でございます。帰ります。」 いけない。このままじゃ跡部くんのペースに巻き込まれる。 即座に否定。即座に帰宅だ。誰も私を止められない。私は帰る。 「変なところで遠慮してんじゃねえよ。本当にお前はずれてる女だな。」 「ずれてるのは跡部く」 「樺地!」 「ウス。」 「え、ちょ、樺地く・・・ちょっと待ってーーー!!」 樺地くんは跡部くんの言葉ならどんなに小さくても聞き取るくせに、 私の叫びは聞いてくれなかった。 体を持ち上げられて、先に見学している生徒に注目される中 私は見学席に座らされた。樺地くんの無言の視線が怖い。ここにいろということだろうか。 もういいや、仕方ない。 学園で話題のテニス部のプレーを見せてもらおう。 そして、はやく帰ろう。 「すごかったー・・・」 テニス部は噂どおり・・・というか噂以上にすごかった。 すごいという言葉以外見当たらない。すごかった。うん、すごい。 跡部くんを含めたテニス部レギュラーは特に、常人の動きじゃない。 むしろ動きが目で追えなくてよくわからなかった。 跡部くんのパフォーマンスもすごかったし、それに応えるような独特の声援も。 正直、恥ずかしくて帰りたくなった。何ですかあの一体感。 練習終わりまで見学して、それが終わると黄色い悲鳴が覚めやらぬ中 そそくさとその場を後にした。 これだけ見ていたんだから、跡部くんも文句ないだろう。 「・・・あ。」 正門へ向かい歩いていると、ひとつ忘れ物をしていることに気づいた。 今日家でやってこようと思っていたデータが入ったCD-ROMを生徒会室に置いてきてしまった。 もう・・・跡部くんが急かすからだ。仕方がないので私は再度生徒会室へ向かった。 部屋に近づくと、ドアから漏れる明かりと人の声。 まだ人がいるみたいだ。 「どうにかできないかなー、。」 「会長の任命だもんな〜。俺らでどうこうできねえよ。」 自分の名前が聞こえて、私は扉にかけた手を止める。 すきまから中をのぞけば、生徒会役員の中でも私を毛嫌いしている人たちが見えた。 「庶民のくせにな。勉強しか能がねえし。」 「地味だし。」 「ああ、だから会長も選んだんじゃねえの?心置きなく使えるパシリとして。」 「そりゃそうだ。そうじゃなきゃあんな女入れないだろ。」 これくらいの悪口は慣れている。 この学校では散々言われてきたことだ。 自分が少し家柄やお金があるからといって、優位だと思ってるバカな人たち。 相手にするだけ無駄だ。むきになって反論したって無意味だ。 「たいした仕事もできてないし、会長に言ってみようぜ。そしたら目障りな奴もいなくなる。」 「そうだな。」 ただ、ほんの少し、胃の辺りに痛みを感じた。 私がどんなに努力しても、何をしたって、彼らは私を認めてなどくれないのだ。 確かに生徒会役員として足りない部分はあるのかもしれない。 ミスをしたことだってある。だけど、自分なりに出来ることはやってきたつもり。 そういうのを全部なかったことにされたら、やっぱりちょっと、悲しい。 「!」 足音が聞こえ、それはこちらに向かってくる。 それに気づくと私は奥の廊下へ身を隠した。 そこからその人物を確かめると、それは跡部くんだった。 彼も中に人がいるのに気づいて、一瞬立ち止まった。 私のことを言ってるのが聞こえてるんだろうな。 生徒会役員に嫌われてるってわかったら、跡部くんも私を切り捨てるだろうか。 ・・・そもそも彼は私をバカにしてるし、都合のいい人間だって思ってるだろう。 切り捨てられたらそのときはそのときだ。私だって面倒な仕事から解放されて楽になるんだ。別にいい。 バンッ 「か、会長!!」 「跡部さん・・・!」 跡部くんは勢い良く生徒会室の扉を開け放った。 その表情は見えないけれど、中にいた役員たちがとても驚いているのは声でわかる。 「誰を追い出すって?」 「あ、あの・・・」 「誰を追い出すかと聞いてる。」 「そ、その・・・あの、を・・・ だってアイツ、全然跡部さんの役になんて立ってないでしょう?それに生意気な態度ばかりで・・・」 「アイツを任命したのは俺だ。そして、それを決めるのも俺だ。」 ・・・声が低くて、なんだか怖い。いつもの跡部くんじゃない。 とても、怒っているように聞こえる。 「の仕事を見て本気でそう言っているのなら、お前らは本当の馬鹿だ。」 「・・・っ・・・」 「そこに整理された書類も、お前が今手にしているファイルもがまとめたものだ。」 「・・・あ・・・」 「必要なときは家で徹夜してでも作業する。隈のある顔で登校してくる。 あいつは文句も言うが、一度引き受けた仕事は責任を持ってすべてこなしている。」 「・・・。」 「間違っていると思えば、もっとよくできると思えば、遠慮なく俺に意見する。 従うだけじゃない。できないと悲観するだけじゃない。 そんなを見ていて、お前らよりも劣っているとなぜ言える?」 私がどんなに努力しても、何をしたって、それが当たり前だって顔をして。 いつも偉そうで。私の都合なんて聞いてくれなくて。 なのに、彼は。 彼はちゃんと見てくれていた。 私は何も言っていないのに、彼に言われた仕事をこなしていただけ。 徹夜しているときにどうして自分がこんなことって思ったこともある。 誰も認めてくれないのに。誰も褒めてくれないのに。そう、思って。 「誹謗する前に周りをよく見ろ。相手を知れ。人生を100%無駄にするぞ。」 口にはしないけれど、知ってくれている。 私のしていたことを、見てくれている。 跡部くんが私をバカにしているとか、切り捨てられたって構わないってそう思っていたのに。 面倒な仕事から解放されるんだって、私はそんなことを思っていたのに。 そう思っていた自分がすごく恥ずかしく思えた。 役員たちが部屋を出て行き、私は跡部くんが現れる前に外に出た。 データは持って帰れなかったけど明日頑張ろう。 このまま跡部くんとはちあわせても、うまく話ができそうにない。 「さん。」 「え?あ、樺地くん。」 「ウス。」 「あ・・・跡部くんを待ってるんだ。お疲れ様。」 「ウス。」 「いや、ウスじゃなくて。なんで腕を掴むの?」 「遅いので送ります。」 「え、ええ!いいよ!」 「送ります。」 「わ、悪いから・・・!」 「跡部さんもそうします。」 だから今跡部くんに会いたくないんだってば・・・! さっきのテニス部の見学の件といい、樺地くんも意外と強引だ。 ああ、跡部くんが来てしまう・・・! 「どうした。帰ったんじゃなかったのか?」 「・・・あ、うん。帰ろうとしたら・・・樺地くんに引き止められて。」 「様子がおかしかったので引き止めました。」 「様子?」 「べ、別におかしくないよ!」 来てしまった・・・。 どうしよう。普段横暴なくせに、外国にいたからか妙なところで紳士なんだもんな。 樺地くんと同じように送る、とか言われてしまいそう・・・。 「まあいい。車に乗れ、。」 「え?!い、いいよ!」 「いいから乗れ!」 ・・・言われた。しかもやっぱり強引だ。 跡部くんは普段からこんな高級外車でお迎えか。やっぱり次元が違う。 って、そうじゃなく私は今この状況をどう乗り切るかが問題なのだ。 「そうだ、お前、さっき・・・」 「あ、さっきのデータの話だったら、生徒会室に忘れてきちゃったんだ!」 「あ?」 「明日中にはつくるから。」 「・・・。」 跡部くんが疑問を浮かべたような顔でこちらをにらむ。 しまった。その質問じゃなかったのか。動揺して返事に焦ってしまった。 「・・・、お前さっき生徒会室にいたか?」 「い、いない。」 「今忘れたっていうデータを取りに来てたな?」 「違うってば!」 「俺をごまかせると思ってんのか?あの時お前の姿が見えてたぞ。」 「嘘!だって私、扉からすぐ離れて・・・」 「ほら見ろ。」 「!!」 ・・・騙された・・・!するどいし騙されるしで散々だ。 あんな言葉で傷ついて、落ち込んだなんて聞いたら、跡部くんに弱い奴と笑い飛ばされるかもしれない。 「だったら俺の言葉も聞いていただろう?」 「・・・。」 けれど、聞こえた彼の声は予想以上に優しいものだった。 「お前は役立たずなんかじゃない。」 「・・・っ・・・」 そして、私が欲しかった言葉をくれる。 「お前の働きは、俺が知ってる。」 他の誰でもない。いつも偉そうで自信家で、人を褒めることなんてほとんどなくて、 学園の頂点に君臨しているこの人が、 「お前は俺が認めた女だ。」 私を認めてくれている。 いつも正直で堂々としていて、嘘なんてないまっすぐな瞳でそう言う。 跡部くんのいつもと違う優しい表情に、何かがこみあげてなんだか泣きたくなった。 「必要以上に生徒会室に来なかったのも、あいつらが原因か?」 「・・・そういうわけじゃないけど・・・」 「明日は来い。お前に伝えなければならないことがある。」 「え・・・?何・・・?」 「わかったな?」 「わ、わかったよ・・・。」 勢いに押されて承諾してしまったけれど、一体なんの話だろう。 私に伝えなきゃいけないこと・・・私限定ってことは生徒会の仕事ではないんだよね。 「よし、一度お前とはとことん話し合わなければならないと思っていたんだ。」 「ちょ、ちょっと!本当に何なの?!」 とことんって何?!そんなに長くなるの?! それなら今話してくれないかなあ。どきどきしながら家に帰るのも嫌なんだけど! そう言っても結局跡部くんは何も話してくれず、話は次の日に持ち越しとなった。 そして次の日、なぜか跡部くんの素晴らしさについて長時間語られ、 急上昇していた跡部くんの評価が、また元の位置まで戻っていったことはいうまでもないだろう。 TOP NEXT |