最近妙に鋭い視線を感じる瞬間がある。





「ウス。」

「え?あ、これ?いいよいいよ!自分で持てるから。」





大量の資料を抱え、跡部くんに仕事の話を聞きながら歩いていると、
突然横から大きな手が差し出される。彼の後ろにいた樺地くんの手だ。
どうやら私の荷物を持ってくれる、という意味みたいだけれど、
跡部くんの荷物も持っている彼にそんなことは頼めない。
そう思い断っても、彼は首を横に振る。





「持ちます。」

「いや、あの・・・」

「持ちます。」

「・・・じゃあ、お願いしようかな。ありがとう、樺地くん。」





一向に引く様子を見せない彼に、半分だけ資料を渡した。
いつも跡部くんと一緒にいて、彼と意思疎通しているかのような動きをする樺地くん。
ほとんど話はしないけれど、とてもいい人なのだということはわかる。
感謝の気持ちをこめて、お礼を告げた。

しかし彼は偉いなあ。
跡部くんなんか自分の荷物すら持っていなくて、それが当たり前って顔をしてるのに。
自分の荷物と跡部くんの荷物、さらに他人のことまで気にすることのできる人なんだ。





そんなことを思っていた、数日後。





、よこせ。」

「え?」

「それだ。俺が持つ。」

「え、あ、いや、私一人でも・・・」

「いいからよこせ。」

「あ・・・はい。どうも・・・ありがとうございます。」





・・・跡部くんの言葉に耳を疑った。
今まで私がフラフラしながら荷物を持ってても、それが視界にすら入っていなそうだったのに。
そもそも彼が他人の荷物を持つ、と言うだなんて。
一体なにがあったの?何か狙いがあるのだろうか。おそろしい。
よくわからないけれど、とりあえず従っておこう。お礼も言っておいた方がよさそうだ。



そうして跡部くんにも樺地くんと同じように、半分の荷物を渡した。
・・・怖い。なんだか怖い顔をしてる。だからその綺麗な顔ですごまないでください。








「・・・・・・・・・なぜだ!!!」

「え?!何?!何ですか?!」

「差別か?!差別なのかお前ともあろうものが!!」

「ええ?!」

「それとも俺が美しすぎるからか?!」

「意味がわからない!か、樺地くん!」

「ウス。」

「ウスじゃなーい!」





突然目を見開き、何かを怒っているけれど、まったく意味がわからない!
跡部くんと会話が成立することも増えてきたと思っていたけれど、思い過ごしだったかもしれない。
せっかく持ってもらったファイルも床にばらまかれた。ひどい。





、俺はお前がわからない。」

「わ、私も跡部くんがわかりませんけど・・・!」

「俺が、この俺が!こんなにもお前を思っているのに!」

「・・・何が?」





なに?私のせい?私が何かしたの?
それならちゃんと聞きたいけれど、彼の言葉の意味がわからない。
というか、また何か勘違いしてない?





「意地をはるのはやめろ。俺はお前の敵じゃない。」

「いや、別に敵だと思ってませんけど・・・」

「お前、そう言いながら樺地の後ろに隠れるな!樺地、そいつをこっちに。」

「ウス。」

「ちょ、ちょっと樺地くーん!!」





けれど、跡部くんを説得する気力も勇気もなかったので、
とにかくこの恐ろしさを軽減するために、私は樺地くんの後ろに隠れた。
しかしすぐに跡部くんの命令で、彼の前に立たされる。
・・・樺地くんめ。いい人ではあるけれど、跡部くんの命令が絶対なのは変わりないんだな。知ってたけど。

跡部くんはゆっくりと私に近づき、無言のまま見下ろした。





どうしよう。逃げたい。
けれどその鋭く綺麗な瞳は、金縛りにでもあったように身動きが取れない。











「俺はお前が好きだ。」










それは、突然の一言。
先ほどまでの会話からなんの脈絡もない。
ちょっと待って。今、彼はなんと言った?・・・好き?私が?

いきなりなんの冗談ですか。エイプリルフールは遠に過ぎましたよ跡部くん。










「それは・・・どうも、ありがとうございます。」










なぜいきなりそんなことを言われたのかわからなかったけれど、
ここはお礼を言っておくべきだろう。









「お前は有能だ。しかしバカだ。けれど美しい。そんなお前を俺は愛している!」









今度はさらに強く言われた。
有能でバカで美しいって、いきなり何を言い出すんだっていうか、
褒めるのかけなすのかどっちかにしてください。



そういえばさっき跡部くんは、意地をはるなとか、俺は敵じゃないとか言ってた。
・・・もしかして、また会話が成立してなくて私と喧嘩をしているとでも思っていたのだろうか。
そして、跡部くんは、私を嫌っていないということを言いたいのかもしれない。

いやいや、でもちょっと跡部くん。美しいだとか愛してるって言い方はちょっとどうなの。
いくら外国にいたからって、そんなオーバーな言い方しなくたっていいのに。
大体私のことを庶民だの、たんぽぽだの、とろいだの言っててそれはないでしょう。
跡部くんのくせに、お世辞が下手だなあ。バカとも言われたけど。

結局彼が言いたいことは、以前言ってくれたように私は役立たずじゃないってこと。
ただ、跡部くんはそういうことを素直に言わないから、ちょっとひねった言い方をしたってこと?
生徒会役員としてちょっとは頼りにされてるって、感謝の気持ちとして受けとればいいのかな。









「・・・あ、はい。どういたしまして。」









彼と話すようになって、会話が成立しないことも多かったけれど、
落ち着いて考えを巡らせれば、結構わかってくる。
だけど、跡部くん。さっきのはないよ。素直に頼りにしてるって言ってくれたほうが嬉しいのに。








「あははっ、跡部くんって相変わらずどこかずれてるよね。」








なんだか可笑しくなって、笑みがこぼれる。
代わりの言葉が美しいだとか、愛してるだなんて、相変わらずおおげさなんだから。









「これからも頑張るよ。ありがとう。」









でも、やっぱり認められてるって思えるのは嬉しくて。
私はもう一度笑って、素直に感謝の気持ちを告げた。






















「なあ、。」

「なに?」

「俺、思うんだけど。」

「うん。」

「会長ってのこと好きなんじゃないの?」





お昼休みに用あって、科学技術研究会の部室へよると、
お茶を運びながらが言った。





「会長って、生徒会長のこと言ってる?」

「他に誰がいるの?」

「それはないでしょ。なんでそう思うの?」

「いや、会長見てれば嫌でもそう思うけど。
しょっちゅうに会いに来るし、逆に呼び出すし、それに・・・」

「それに?」

「俺のことすごい目で見てくるんだけど。すっげえ怖い。」

「ああ、あの目は怖いよねー。私も金縛りにあってるかと思うもん。」

「いや、そういうんじゃなくて。」





が軽く頭をかきながら、何かを考えるように腕をくんだ。
跡部くんの視線が鋭いのは私もわかっているけれど、それ以外に何かあるのだろうか。
けれどとにかく、彼が言ってることは思いっきり勘違いだ。





「よくわからないけど、とりあえず、跡部くんが私を好きっていうのはないよ。
最近は友好的・・・というか、お互い慣れてきたのは確かだけど。」

「じゃあさ、はなんでないって思うの?」

「だって当たり前じゃない。綺麗でお金持ちで勉強も運動もできて、人を惹きつけることもできて。
跡部くんほどの人がなんでわざわざ私を好きになるの?」

「・・・。」

「私のところに来るのだって、ちょっとした退屈しのぎと面倒な仕事を頼みたいときでしょ?
大体跡部くんなんか、私のこととろいだとかバカだとかたんぽぽだとか・・・!」

「・・・結構根に持ってるな、たんぽぽ事件。」





別にたんぽぽが嫌いなわけじゃない。
だけど、彼にとって私など道端にいくらでも咲いている花と同じなわけで。





「生徒会の仕事についてはちょっと・・・認めてくれてるとは思う。」





それについてはちょっとは自信が持てる。
跡部くんが、はっきりとそう言ってくれたから。





「だけど、薔薇はたんぽぽに恋愛感情なんて持たないでしょ。」

「・・・っ・・・」

「お風呂に薔薇を浮かべる人だよ?わざわざたんぽぽを浮かべようなんて思わないよ。」

「その例えはどうなんだ・・・っ・・・でも、ごめん、妙に納得した。」

「謝られても癪なんですけど。しかも笑い隠せてないし。」





跡部くんといるのがつまらないわけじゃない。むしろ驚きの連続。
毎日のように仕事を任せられるのが苦痛なわけじゃない。文句は言うけど。

はじめは次元の違うすごい人だとしか思っていなくて、日が経つごとに横暴さも増していった。
けれど、彼には憧れる部分も、尊敬する部分だってある。
たまに訳がわからなくておそろしく思うこともあるけれど、私は跡部くんが嫌いじゃない。
彼が私をかばってくれて、認めてくれて、本当に嬉しかった。

ただ、それと私が跡部くんに恋愛感情を持つかは別の話。
もしも跡部くんにそんな感情を期待していたら、彼といるのは苦しくなると思う。
跡部くんは何でもはっきりと口に出すから、その言葉で大きく期待したり、傷ついたりするだろう。

けれど私の場合は期待以前の問題。
自分を卑下しすぎるつもりはないけれど、跡部くんからすれば私は成績がいいだけの地味な女だろう。
毎日派手な世界にいる彼がわざわざ選んだりしないと思う。












跡部くんに放課後までに頼まれた仕事があるからと、私は部室を出て生徒会室へと向かった。
思ったより話し込んでしまったけれど、まだ間に合う時間だろう。

生徒会室の鍵を開けて、大量のファイルが置いてある棚から目的の資料を取り出す。
いざはじめようと思ったところに、大きな音が響いた。





バンッ





生徒会室の大きな扉が開け放たれる。そこに現れたのは跡部くんだった。





「わっ!あ、跡部くんか・・・!どうしたの、そんなに慌てて。」





私の質問には答えず、跡部くんは無言のまま早足でこちらへ近づいてくる。









「あ、跡部く」

「好きだ。」









彼の名前を呼ぶ前に、言葉は遮られた。
気づくと私は彼の腕の中にいた。

驚いてかたまっている間に、彼が私の耳元に唇を近づけた。









「好きだ、。」









手にしていたファイルが、音をたてて床に落ちた。
なに・・・?なんなのこの低くて甘い声。
そんな声でそんな言葉を囁かれたら、いくら私でも平常心ではいられない。

心臓が高鳴る。体が熱くなる。言葉がうまく出てこない。









「・・・あ、あの・・・」









どうしたらいいんだろう。なんと言えばいいんだろう。
大体跡部くんは、どうしてこんなことを言うんだろう。

さっき、彼は私に恋愛感情など持たないと再確認してきたばかりなのに。
私をからかっているのだろうか?そうじゃなきゃこんなことをする理由がない。

そうか。もしかして、








「跡部くん。一体なんのゲーム・・・?」








それくらいしか理由が見当たらない。
冷静なふりをしてそう言ってみたけれど、声は震えてしまっていたかもしれない。
だって、こんな風に男の人に抱きしめられるだなんて初めてで、しかも相手は跡部くん。
緊張して、動揺しないわけがない。










「何がゲームだ!いい加減にしろ、バカ女!」

「だ、誰がバカ?!私だっていきなりこんなことされたらびっくりもするよ!」

「いつまでもそんなこと言ってると終いには襲うぞ!」

「や、やだよ!何それ!」

「嫌だと?!光栄の間違いだろう!!」

「何で襲われて光栄だなんて思わなくちゃいけないの?!」

「あああ、もういい!」





ゲームでもなんでも、こんなことされたら普通は私が怒るところなのに。
怒りだしたのは跡部くんの方だった。しかもバカ女とか言われた・・・!
相変わらず意味がわからない。そしてひどい。

けれど、ゲームだとしても別の理由があるのだとしても、
跡部くんが意味もなくこんなことをするだろうか。

下手したら相手をただ傷つけるだけのようなことを、理由もなく彼がするとは思えない。
最近はすぐに怒るし、突然騒ぎ出すし、どこか調子が悪いのかも・・・。





「・・・跡部くん、もしかして疲れてる?」

「・・・ああ、だいぶ疲れてるな。」

「跡部くんから弱音が出るなんて、よっぽどだね。
ここには休みにきたんでしょ?私、出て行くからゆっくり休んで。」





弱音をはかない彼が、疲れてるというだなんて。
やっぱり調子が悪かったということか。
いつも横暴だけど、人遣いも荒いけど、こんなときくらいは私が折れよう。





「・・・いい。ここにいろ。」

「え、でも・・・」





やっぱり相当疲れてるのかな。
一人でいると心細いのかもしれない。跡部くんに限って考えづらいことだけれど。
彼だって人間だ。少し人恋しくなるときもあるだろう。





「聞こえなかったか?ここにいろ。」

「・・・もう・・・わかったよ。」





掴まれたままの手はまだ熱を持っていて、
ここにいろ、だなんて言われなくても逃げられないことくらいわかってる。





「あーん?本当にわかってんのか?俺がいいって言うまで、」

「ここにいる。」





何度も念を押すように繰り返す跡部くんは、なんだか私を頼りにしてくれているような気がして。
私が彼に向けた表情は、いつものそれとは違うものになっていたと思う。

大きなソファに横たわってため息をつくと、彼は私の手を握ったまま静かに目を閉じた。
すぐに寝てしまったのか、考え事をしているのか、時々眉間に皺がよって。
難しそうな顔をするのも疲れているからだろうか。



偉そうでもなく、俺様でもなく、他人に甘える彼をちょっとだけ可愛いと思い、
小さく笑みをこぼしてしまったことは、そっと胸に秘めておこう。








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