跡部先輩はこの学園の多くの人が憧れて、尊敬・・・いや崇拝されている人。 突然現れた彼の妹をよく思わない人もいただろう。それが血の繋がりのない妹なのだとわかればなおさら。 今までの学校とは違う環境、跡部先輩の妹となったことからくる妬み。 テレビや漫画の中でしか見たことのない、裏庭への呼び出しなんてものも初めて体験した。 そんな中でも優しい人たちはたくさんいて。テニス部の人たちもそう。同じクラスに出来た友達も、そう。 それは確かに"跡部先輩の妹"がきっかけだったのかもしれない。それでもわたしは嬉しかった。 新しい出会いや温かい優しさに触れて。この特殊にみえる学校でもきっと楽しく過ごせるってそう思った。 でも、本当のことにも気づかずに知らないところで助けられて。 嬉しいけれど、私はそれだけじゃ嫌なんだ。 何も知らずに自分だけ大切にされるよりも、一緒に悩んでほしい。困ったときは助けてあげたい。そう思うんだ。 王様の妹 「お母さん、跡部先輩は?」 「帰ってきてるけど・・・ジムにいってるみたいよ。」 「また?部活もしてきてるのに・・・疲れてないのかな?」 「そりゃ疲れてるだろうけど。それでも練習したりないって思ってるんじゃない?本当に努力家よね景吾くんは。」 「・・・そうだね。」 広い家とお互いの習い事もあり、さらに跡部先輩は時間があるとジムにこもってたりするから。 同じ家に住んでいても跡部先輩とはそれほど話をするわけでもなかった。 「・・・今ジムに行ったら迷惑かな?」 「あら、めずらしい。いいんじゃない?差し入れでも持っていってあげれば。 可愛い妹なら景吾くんだって喜ぶわよ。」 「可愛い妹って・・・。そりゃ私はお兄ちゃんが出来て嬉しいけど、さ。 私は先輩が自慢できるような可愛い妹にはなれないよ。」 「自慢できるとかできないとか、兄妹にそんなこと関係あるの?」 「!」 お母さんが当たり前、というようにニッコリと笑った。 私は何も言葉を返せず、口ごもっているだけだった。 「は景吾くんがお兄ちゃんになって嬉しい?」 「・・・うん。」 「景吾くんも楽しみにしてたんだって。妹が出来るの。」 「・・・。」 「何うじうじしてんの!思うことがあるのならすぐ行動してきなさい! 練習邪魔されたくらいで怒る器の小さな兄だと思ってるの?!」 「わ、わかってるよ!」 背中を押されるように、私は廊下を歩き出した。 お母さんが思い出したかのように、私にスポーツドリンクとタオルを渡す。 「ていうか、アンタいつまで跡部先輩って呼んでるの?」 「・・・っ・・・だ、だって・・・!」 「不自然!見てるこっちが照れるわよ。」 「う、うるさいな!それも・・・わかってるってば!」 「ならばよし。」 さすが母親というかなんというか。 最近の私と跡部先輩を見られていたら、ギクシャクしてるのがわかってしまっても仕方ないとは思うけれど。 こうしていつも背中を押してくれる母親が好きだ。一歩を踏み出せずにいるとき、喝を入れてくれる。 長い廊下を抜け、階段を上り、跡部先輩専用のジムにたどり着いた。 家の中の部屋のひとつに行くだけなのに、なんでこんなに遠いんだ、なんて今更な考えは置いといて。 そっと部屋の扉を開けると、運動部にあるような体を鍛える道具がいくつも置いてあった。 今跡部先輩がしているのは、寝っころがってバーベルをあげる・・・えーと、そう、ベンチプレスだ。 制服を着ているとなかなかわからないけれど、細そうに見えてあんなに重そうなバーベルを持ち上げてる。 そのほかにもたくさん並んでいる機械。練習が終わってくたくたのはずなのに、それでも毎日続けている。 いつも余裕でいるように見えるけれど、彼は人一倍の努力家なのだ。 跡部先輩の真剣な表情になんだか声がかけずらくて。 しばらくその姿を見ているうちに、先ほど母親から受け取ったスポーツドリンクが手からすべりおち、音をたてて床に落ちる。 「・・・誰だ?」 その音に気づき、跡部先輩がこちらに視線を向けた。 「・・・・・・?」 「ご、ごめん。邪魔して・・・」 私に気づくと跡部先輩は驚いたように、それまで持っていたバーベルを置きこちらへ歩いてきた。 「なんだ、どうした?」 「これ・・・タオルと・・・スポーツドリンク。差し入れ・・・。」 「そうか。」 それらを私から受け取ると、そのまま汗を拭きスポーツドリンクを勢いよく飲む。 って、のんきに見てる場合じゃない。私は跡部先輩とちゃんと話をしにきたんだ。 意を決したように頷き、私は顔をあげて先輩を見た。 「・・・跡部先輩!」 「・・・なんだ。」 昨日、手帳のことを聞いたときと同じ私の勢いに警戒でもしてるんだろう。 跡部先輩が私から目をそらしつつ、少し間をあけて返事をくれた。 「手帳のことなんだけど、」 「お前もしつこいな。その話はもう終わったと・・・」 「全部聞いた。それに、ちゃんと確かめたよ。」 「!」 面倒そうにしかめた顔が一転、私の言葉に驚いたような表情を見せた。 「あの日、手帳を持っていったのはやっぱり、跡部先輩じゃなかったんだ。」 「ただ、跡部さんは貴方の教室には入っていません。 そしておそらく、あの時間に貴方の教室に入ってきた者もいません。」 樺地くんがくれたヒント。 最初は何をいっているのか、どんな意味なのかわからなかった。 私の手帳が誰かに持っていかれてしまったのだとして、 なのに樺地くんは誰も私のクラスには入っていないとそう言った。 誰も入っていないのにどうやって手帳を持っていくのかとそう思った。 「この中に、いない?」 その言葉の意図に気づいた長太郎くんは、私のクラスに手帳の目撃者である日吉くんを連れてきた。 そしてその思惑通り、日吉くんは私のクラスに手帳を持っていた子を見つけた。 それは、つまり。 手帳を持っていった子は、私のクラスの中にいたのだ。 体育を受けずに教室で休んでいた。わざわざ外から入ってくる必要なんてない。元々そこにいたんだから。 「もう、全部わかったよ。手帳を捨てたのは、私の友達。」 日吉くんが指差したのは同じクラスの女子だった。 ただ・・・その子たちは、 「・・・ ちゃんさ、最近元気ないよね?」 「何かあったの?」 孤立しそうだった私に出来た、この学校での初めての女の子の友達だった。 跡部先輩のことなんて関係ないとそう言って、長太郎くん以外でお弁当に誘われたのも初めてだった。 「大変そうだね」と優しく声をかけてきてくれた子たちだった。 私は日吉くんの言葉を受けて、すぐに話を聞きにいった。 言いづらそうな顔をする彼女たちに全部話してほしいと頼んだ。 私の真剣な表情に彼女たちは戸惑いながらも、少しずつ真実を話しだした。 跡部先輩のことは関係ないと言いながら、やっぱり彼女たちも跡部先輩が大好きだった。 私に声をかけたのも跡部先輩の"妹"だったから。 跡部先輩だけじゃなく、テニス部の人たちにも声をかけられる私が羨ましくて、 悪戯心から私の鞄から見えた手帳を覗いた。そしてそこには跡部先輩のことばかりが書いてあって。 赤の他人だったのに、本当だったら跡部先輩と接点なんてひとつもないはずなのに、いい気になってると腹がたった。 中の紙を破いて近くのゴミ箱に捨てたけれど、赤いカバーはさすがにすぐ気づかれるからと別の場所に捨てにいった。 その途中に出会ったのが跡部先輩と樺地くんだった。私の手帳に見覚えのあった跡部先輩に問い詰められて彼女たちは全てを話した。学校を追われるとも思ったけれど、跡部先輩の答えは意外なものだった。 『お前らはこの事を絶対誰にも言うな。』 『え・・・?』 『とも今まで通り接しろ。決して気づかせるな。』 跡部先輩は隠すことを選択した。 そして、無くなった手帳はもう返らない。それを捨てた理由と捨てた犯人が必要になった。 他にいくらでも理由はつくれただろうに、跡部先輩は自分が不利になることを選択した。 「ああ、あの手帳は俺が捨てた。」 わざわざ自分を悪者にする、その真意ははっきりとはわからない。でも、私は思ったんだ。 それは嘘をついて私を騙そうとしてる自分と、女の子の友達が出来て喜んでいる私のためにしたことなんじゃないかって。 「先輩はバカだよ・・・!」 「なんだと?!俺のどこがバカだ!」 「バカだよ!大バカだ!私のこと、全然わかってない!!」 「なっ・・・」 跡部先輩が何か言い返そうとしていたけれど、私の目に涙が浮かんでいるのを見たんだろう。 口を開いたまま、声にならずに言葉が止まる。 「確かにショックだったよ?あんなに優しいと思ってた子たちが・・・あんな風に・・・こそこそして・・・ そんなに私のことが嫌いだったんだって・・・悲しくなったよ!」 「・・・。」 「だけど、それでも私は・・・跡部先輩に嘘をつかれてることの方がつらかった。 冷たい人だって思わせようとして言った言葉だって、すごく痛かった!」 「・・・・・・」 「先輩のこと、理解できないって思った。違う世界の人だって思った。 だけど、こんなに悲しくなるくらい・・・先輩はもう私の中で大きな存在になってて・・・」 先輩に伝える言葉は考えてあった。こんな、感情のままに言葉をぶつけるつもりなんてなかったのに。 それでも止めることはできなくて。 「先輩に近づきたいって思う自分は全部無駄だったのかって・・・ 先輩は私のことなんてなんとも思ってないとか思ったりもして・・・」 「・・・ちょっと待て。いつ誰がそんなこと言った。」 「言ってなくても態度がそう見えたんだもん・・・!」 「・・・俺は・・・!」 「・・・?」 「・・・っ・・・泣くな、。みっともない。」 「みっともないって何っ・・・」 言葉を全て言い終える前にむりやり跡部先輩に体を引き寄せられ、先輩の大きな体に顔を埋める形になる。 顔をあげようとしても、頭を押さえ込まれて動かすこともできない。 「お前は俺の妹だろう。」 その一言がやけに響いて。 少しの沈黙のあと、私は自分の口元がいつの間にか綻んでいることに気づく。 「・・・あいつらはお前の友達だったんだろ?」 「そのはず・・・だったんだけどね。」 「今お前が泣いているのも、そいつらのせいだな。」 「だからこれは跡部先「そいつらのせいだな?」」 どうしても自分が泣かせたと思わせたくないらしい。 何の拘りかはわからないけれど、とりあえず素直にしたがって頷いておくことにした。 「そうか、ならあいつらは氷帝学園の生徒にふさわしくな「ちょ、ちょっと待った!」」 彼女たちが心配していたことがそのまま本当になってしまいそうだ。 ただの一生徒に誰かを退学させる権利なんてないように思えるけれど、この人なら本当にやってしまいそうだ。 確かにショックだったけれど、そこまでする必要もその権利も私にはない。 「なんだ。」 「ち、違う・・・!泣かされてない!ううん、やっぱり泣いてるのは跡部先輩のせいだよ!」 「・・・。」 「だってこれ、嬉し泣きだもん。」 「!」 それは嘘じゃなく、本当のこと。 確かに先ほどまでに流していたのは悲しみも混じってはいたけれど。 「・・・はっ。」 「・・・先輩?」 「仕方ねえな。」 優しい声とともにその力も緩む。 それに気づくと私はようやく顔をあげて先輩の顔を見た。 先輩は今まで見たこともないような、優しい顔で微笑んでいた。 「守ってくれてありがとう。」 一瞬目を見開いて、だけどまたすぐに笑った。 「じゃあ私、行くね。」 「ああ。」 先輩から離れて、扉の取っ手に手をかけて。 ふとひとつの言葉が浮かんで、私を見送る先輩へと振り向いた。 「無理しないでね、お兄ちゃん!」 気恥ずかしくなってそのまま表情も見ずに部屋を出た。 少し歩いたところで後ろからたくさんの道具が転がる大きな音がして、 周りからたくさんの跡部家の使用人が飛び出してきて驚いた。 でもその後すぐに跡部先輩の怒鳴り声がして、皆追い出されていたから心配いらないんだろう。 追い出された理由がわからずに、唖然としている皆の姿がなんだか可笑しかった。 TOP NEXT |