朝、一緒に車に乗り込んだ私と跡部先輩はなんだか少し緊張していて。





けれどそれは今までと同じものじゃない。





少しの沈黙のあと、目があうとお互いに小さく笑って。どちらからともなく話しだした。












王様の妹














「おはようございます!」

「おはようございます、跡部さま!」





車から降りるといつもの朝と同じ光景。
この跡部さまコールの中を歩くのはなかなかに恥ずかしくいのだけど
いつの間にか慣れてきてしまってる自分が少し怖い。





「何縮こまってんだ、。」

「この大歓声の中じゃ縮こまりもするよ。」

「何がだ?」

「何がだって聞いてくる先輩こそ何って聞きたい・・・」

「先輩?」

「あ、」





昨日、勢いに任せて「お兄ちゃん」と呼んでみた。
前に呼び方についてあれこれ言われたけれど、結局これでいいのかな?
この呼び方をしたら、はじめはすごい怖い顔されたんだけど。





「お、お兄ちゃん・・・?」

「!」





ほら、ほらほら・・・!怖いじゃん・・・!怖い顔するじゃん・・・!
昨日慌ててたらしいのは、やっぱりお兄ちゃんだなんて呼ばれたくなかったから・・・?





「よし。」

「・・・あれ?」





そう思ってびくびくしていたら、優しく頭を撫でられた。
予想外の言葉と表情に私は無言で彼を見つめる。





「なんだ?」

「お兄ちゃんって呼ばれるの・・・嫌だったんじゃないの?」

「何言ってやがる。誰がそんなこと言ったんだ。」

「だって、最初にそう呼んだら怖い顔して・・・」

「だからそれは誰の話だ。」

「いや、だから・・・」

「お二人さーん。相変わらず話かみ合ってへんで〜。」





いつかの朝のように忍足先輩の笑い声が聞こえて、私と先輩が同時に振り向く。





「またお前か忍足。邪魔だっつってんだろうが。」

「いやや跡部〜。そんな怖い顔せえへんといて。俺もちゃんと話したいんやわ。」

「お前がに何の用がある。」

ちゃん、俺の妹でもあんねん。なー?」

「え?ええ?」





確かに冗談で何度も言われたけど・・・こういうときはどんな反応をするべきなんだろう。
乗っておくべき?それともやんわりとかわしとくべきだろうか。イマイチ反応に困るなあ。





「・・・どういうことだそれは。」

ちゃん、お前とケンカしてるとき本当落ち込んどったんやで?
でな、それで相談に乗ってたんが俺や。第二の兄ちゃんや!」





まあそれも本当だなあ。第二の兄ちゃんは置いといて。
というか跡部先輩の表情がだんだん怖くなっていくんだけど、忍足先輩は気づいているんだろうか。
・・・気づいてるんだろうなあ。気づいててあえて先輩をからかってるように見える。こりない人だなあ。





「ちなみに第三の兄ちゃんに岳人で、第四の兄ちゃんには宍戸がおって、第五の「樺地!!」」

「ウス。」

「わあっ!!」





のりにのってる忍足先輩の言葉を遮り、跡部先輩が樺地くんの名前を呼ぶ。
当然のごとく私たちの後ろに現れた樺地くん。この突然さにもなかなか慣れない。





「とっととコイツを部室に連れていけ!後で他の奴らにも聞かないとならないこともある。
チッ・・・どいつもこいつも調子に乗りやがって。」

「ウス。」

「なっ・・・何すんねん!樺地、俺先輩やで?!何やその猫を捕まえたみたいな持ち方は・・・!聞いとるか?!」

「ウス。」

「ウスってそれ聞いてんのか?!全然持ち方かわってへんのやけど!」





騒ぐ忍足先輩に全く動じず、樺地くんが部室の方へ向かって歩き出した。
私はふと思い立ち、彼の後を追う。





「樺地くん。」

「ウス。」

「ありがとう。」

「・・・ウス。」





跡部先輩の真意に気づいたのは、彼の言葉があったからだ。
近くに跡部先輩がいたから一言のお礼しか言えなかったけれど、それでも私の気持ちは彼に伝わったようだ。
無表情ではあるけれど、少し照れているようにも見えたのは私の気のせいだろうか。





ちゃんちゃん。」

「はい。」

「さっきのな、跡部なりの照れやねん。」

「さっきのって・・・怖い顔?」

「ふはっ・・・せや、その怖い顔や!」

「・・・そうか・・・そうなんだ・・・あははっ。わかりにくい・・・!」

「おい、なに無駄話してやがる。とっとと連れてけ樺地。」

「ウス。」

「ほなちゃん、またな〜。」





忍足先輩の言葉を受けて、もう一度先輩を見上げた。
じっと見つめる私に疑問の表情を浮かべる先輩だけど、私の表情は緩んだままだ。





「お兄ちゃんは行かなくていいの?朝練なんでしょ?」

「いつの間にそんなに話した?」

「え?」

「テニス部の奴らとだ。俺とケンカしてるときにって何だ。言ってみろ。」

「え、ええー。そんなの秘密だよ。」

「兄に秘密にすることなんてあるのか!」

「あるよ!普通あるからね!お兄ちゃんでも秘密です!」





跡部先輩ってどこか兄妹に理想を持ちすぎてるようにも思える。
いや、私も人のこと言えないとは思うんだけど。
だけどあの時の自分の落ち込みようとか、皆に迷惑をかけたこととか思い返すと恥ずかしいし。





「でも、すごくいい人たちなのはわかったよ。お兄ちゃんが皆に慕われてるのも。」

「当然だな。」





呆れるくらいの自信。
だけどやっぱり先輩はこうでなくちゃ調子が狂う。
そう思えるようになったのも進歩かな。・・・進歩って言っていいのかな。





「ねえ、今日の放課後練習見に行ってもいいかな?」

「・・・今日はダンスの指導があるんじゃなかったか?」

「・・・お兄ちゃんがテニスしてるところ、また見たいって思ったんだけど・・・。」

「!」





・・・怖い。やっぱり怖い。この目力って本当に照れからきてるの?!
なんか怒られる気がしてならないんだけど・・・!





「仕方ねえな。しっかり目に焼き付けておけ!」

「いや、それは遠慮する方向で・・・」

「だが、明日はちゃんと行けよ!」

「・・・ねえ、お兄ちゃん?」

「なんだ?」

「どうしてそんなに私に習い事させたいの?」





昨日のことで跡部先輩に少し近づけたはずだ。
ずっと前から無理矢理に習わされてるお稽古だって、何か理由があるのかもしれない。





「お前は跡部家の一員となったからだ。」

「もっとわかりやすく言って。」

「これ以上わかりやすい説明があるか!」

「お兄ちゃん略しすぎなんだよ!私はその一員になったばっかりだもん!わかんないよ!」





強引で人の話を聞かない跡部先輩に半ば諦めていたから、こんなに強く出たこともなかった。
跡部先輩は少し驚いて私を見つめた。また、あの怖い目で。これは照れ隠しじゃないよな・・・。
どういう感情があるのだろう。やっぱり私はまだまだ彼のことがわからないみたい。





「・・・跡部家は日本でも有数の資産家だ。」

「うん。」

「同じような奴らが集まる社交場にも出るし、くだらないパーティだって出席しなければならないときがある。」

「マナーを覚えてないと失礼にあたるってこと?でも・・・それは私が出席しなければ」

「バカかお前は。お前も出席するに決まってるだろう。」

「!」





跡部先輩の真剣な表情。私も跡部の名になったからには、出席せざるを得ないからってこと?
・・・違う。そんな理由じゃない。名前の問題じゃなく、彼が私を家族と認めてくれているからこその言葉だ。





「無能なのに権力がある奴ほど、マナーができていない奴や失敗した奴をバカにする。
自分のことは棚に上げてな。」

「・・・お兄ちゃんもバカにされた?」

「・・・俺がそんな奴らにバカにされるか。」





一瞬だけあいた間は、私の言ったことが実際にあったということなんじゃないだろうか。
今の先輩じゃ考えられないけれど、子供の頃はわからない。覚えきれないことだってあっただろう。





「私がバカにされないために?」

「だから、跡部家の一員になったからだって言っただろう。」





ああもう、やっぱりわかりにくいなあ。
でも私も理解したいと思っていながら、ちゃんとわかろうとしてなかったのかもしれない。
呆れたり、諦めたりせずにこうして本音をぶつければ先輩は答えてくれるじゃないか。





「へへ、ちょっとやる気でた!じゃあ今日も頑張ろうかな!」

「あ?今日は俺の勇姿を見ていくんだろ?」

「いいの?」

「うるさく言わなくてもお前も学んだみたいだからな。後は任せる。」





なんだか先輩に認められたみたいで嬉しくなった。
笑顔で顔をあげると、先輩は顔をそらし私の髪をくしゃくしゃと撫でる。





「じゃあ行こっと。皆にお礼も言わなきゃ!」

「・・・。」

!」

「は、はい?」

「妙な奴らに騙されるんじゃねえぞ?」

「妙な奴らって・・・」

「お前の兄は誰だ!」

「ふっ・・・あははっ」

「何がおかしい?!」





さっき忍足先輩が言ってたこと何気に気にしてたんだ。
先輩を知れば知るほどになんだか嬉しくなる。心が温かくなっていく。



何であんなに悩んでたんろう。



何でずっと気づかなかったんだろう。





私はこんなに大切にされてたんだ。







「聞かなくてもわかるでしょ?」







驚いた表情を浮かべた跡部先輩に向けて笑顔を向ける。先輩も不敵に笑った。







「当然だな。」














突然出来た、私の兄妹。



初めて出会ったその時は、綺麗で上品でどこかの王子様みたいに思えた。
けれど転校してきた氷帝学園では、俺様で我侭でナルシスト。
跡部様とかキングとか呼ばれて、それはまるで跡部様教とでもいえるような光景に目を疑った。
上品なはずだった兄が、メス猫だとか俺様の美技に酔えとかの信じられない言葉は聞き間違いだと思った。

見たこともないような大きな家。お金持ちばかりいて、豪華な装飾品も贅沢さもそれが当たり前の学校。
学校の全てを取り仕切っているような兄。全てが別世界のように思えた。



それでも、今は。





全然違うように見えていた、同じ世界で笑いあってる。



思い描いていた兄妹とは違うかもしれないけれど、



大丈夫、私たちはこれからも笑いあっていける。












「跡部様!監督がお呼びです!」

「監督が?ああ、今行く。」

「妹さんもはやく!」

「え?私も?!」

「樺地が特別席を用意して待ってました!」

「いや、ちょ、それは・・・!」

「ふん、樺地め。気が利くじゃねえか。行くぞ!」

「私は教室に・・・ちょ、ちょっとお兄ちゃんー!!」






それでもあの特別席のセンスはいただけないよ・・・!





さっきまで思い浮かべてた、和やかに笑いあう私たちの姿。





それが自信満々の高笑いをする兄と、顔を引きつらせて苦笑いをしてる自分の姿に変わっていく予感がした私は間違ってないと思う。





それでもそんな生活さえ楽しいだろうと思う私はきっと、しあわせなんだけどね。









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