「何の話だ。」

「昨日言ってた手帳のこと。」

「・・・それは部長の話じゃなく、そこの妹の話だったんだろう?俺には関係ない。」

「まあまあ、そんなこと言わずにさ。ちょっとでいいから。」

「手帳のひとつやふたつで大げさな。いくら部長の妹だからってお前も暇だな鳳。」





向けられたのは少しの興味もないという視線と冷たい言葉。
少し腹の立つ発言ではあったけれど、彼はこの件で騙される形にもなってしまったし、元々私との関わりだってない。
彼がそんな態度を取る理由もわかるから、私は何も言わずにその言葉を聞き流す。





「そういえば俺、氷帝の七不思議の新情報を耳にしたんだけど」

「なに?!」

「あーでもこれって七不思議じゃなくて八不思議になっちゃうのかな?」

「どこから聞いた?それよりもそれは一体・・・」

「協力してくれる?」

「話を聞こうか。」





・・・あれ、デジャヴ?

日吉くんが冷めた性格なのはなんとなくわかった。
自分の利益にならないことに興味がないこともわかった。
だけど、興味のあることへの飛びつきが半端なくはやい。

あまりにも堂々としすぎてて、むしろ清々しささえ感じるよ・・・!















王様の妹
















「・・・ねえ長太郎くん、どういうこと?日吉くんに何を頼むの?」

「・・・あのさ、さん。」





私の質問に答えることもなく、長太郎くんが何かを問いかけるようにこちらを見た。
顔を上げると、複雑そうな表情を浮かべる彼の顔。





「なに・・・?」

「俺が思ってることが正解なら、さんは傷つくことになるかもしれない。
跡部さんがさんの為にしたことも、無駄になってしまうかもしれない。」

「・・・え・・・?」

「それでも、いい?」





言葉の意味がわからなかった。
というよりも、長太郎くんが一体何に気づいたのか、何が言いたいのかがわからなかった。
私が傷つく?何に?どんなことで?跡部先輩がわたしの為にしたことって・・・?

わからない。わからないけれど。





「よく、わからないけど・・・このままは嫌。私は本当のことが知りたい。」

「・・・そう。」

「でも長太郎くん、それって・・・」

「っと、授業だ。ごめんね、後でちゃんと話すよ。」





授業開始のチャイムの音が鳴り、私たちはそれぞれの席についた。
先生が教室に入ってきても、当然授業に集中することなんて出来なかったけれど。
















午前中の授業を終えて、昼休みに再度日吉くんと合流した。
教室の前に日吉くんが現れ、テニス部の2年生レギュラーのツーショットに女の子たちの黄色い声援があがる。
私は二人の影に隠れ、所在なく佇んでいた。・・・にも関わらず、視線があまりにも痛い。
テニス部は氷帝学園の中でも特殊な存在であり、特にレギュラーは憧れの的でもあるから仕方のないこととは思うけれど。





「それで?話はなんだ。」

「私も聞きたい。長太郎くん、何をしようとしてるの?」

「まあまあ二人とも焦らないで。」





欲しい情報をはやく知りたくて仕方のない日吉くんと、
何かに気づいた様子の長太郎くんの答えが知りたい私。
目的は全く違うけれど、笑顔を浮かべる長太郎くんに二人で詰め寄った。





「日吉に聞きたいのはね、日吉がぶつかって手帳を落としたっていう女子のこと。」

「・・・?誰かなんてわからないと言ったはずだが。探す気も全くない。」





全くって・・・!正直すぎるなこの人・・・!
でも長太郎くんはその人物に思い当たったのだろうか。だからこそそんな質問を日吉くんにしている。





「この中に、いない?」

「この中・・・?」





長太郎くんが指したのは、私たちの教室の中だった。
4時間目の授業が終わったらすぐに来て、という長太郎くんの言葉にそのまま従った日吉くん。
だから教室にはまだほとんどの生徒が残っているままだ。

日吉くんが教室を見渡した。その視線を追うように私も一緒に視線を移動させる。





「跡部さんは、貴方に傷ついてほしくないんです。」

「俺が思ってることが正解なら、さんは傷つくことになるかもしれない。
跡部さんがさんの為にしたことも、無駄になってしまうかもしれない。」





樺地くんと長太郎くんの言葉が、頭の中に響いた。





「ただ、跡部さんは貴方の教室には入っていません。
そしておそらく、あの時間に貴方の教室に入ってきた者もいません。」





日吉くんの視線が止まった。
鈍い私でも、それが何を指すのかわかった。





「あいつらだ。」









・・・そうか、そういうことだったんだ。


















さん・・・?」

「あー・・・もう・・・」

「何だ?一体どういうことだ鳳。」

さん?大丈夫?」

「おい、妹の方も・・・」

「あーもう!跡部先輩のバカ!!」





突然声をあげた私に、長太郎くんと日吉くんが一瞬驚きかたまった。
そんな二人に気づいてはいたけれど、この時の私はそれどころではなくて。





「全然わかってない・・・!いつも余裕のくせに!口悪いくせに!無駄に気どってるくせにー!!」

「・・・あ、あの・・・さ」

「おい鳳、どうしたんだコイツは。」

「でも、」





「何も気づかなかった私も・・・バカだ・・・」





跡部先輩の言葉を真に受けて、そのまま怒って落ち込んで。
周りに迷惑までかけて、ようやくわかった。





「よくわからないが、俺の仕事は終わったんだよな?情報をよこせ鳳。」

「ちょ、ちょっと日吉・・・」

「・・・よし・・・!」

さん?!」





後悔していても仕方がない。
迷っていても仕方がない。
覚悟を決めた掛け声とともに、私は彼らから離れる。





「ありがとう二人とも!」





唖然とした表情の長太郎くんと、訝しげな表情の日吉くんに手を振った。





「・・・礼を言われた理由がさっぱりわからないんだが。」

「あはは、わからなくても受け取っといていいと思うよ。」

「くだらない理由で落ち込んだり、叫んだり、礼を言ったり。全くもって理解できない奴だな。
本当にあれが部長の妹なのか?」

「そうだね、いい兄妹だと思うよ。」

「まあどうでもいい。じゃあ七不思議の新情報を聞こうか。」

「やっぱりそこにいくんだ?日吉らしいとなんというか。」












気づいていた。わかっていたはずだった。
跡部先輩が強引で自分勝手なだけじゃないこと。優しくて皆に慕われる人だってことも。
たった数ヶ月の短い期間なのに、勝手に理解した気になってた。

でも、わかっていたつもりになっていただけ。



私も、先輩も。



だからこそもう一度、ちゃんと話したい。
ちゃんと話して、私の思ってることを伝えたい。



先輩のことをもっと知りたいし、私のことも知ってほしい。





本当の兄妹がどんなものかなんてわからない。でも、





そうしたら私たちはきっと、もっと近づいていけるとそう思うんだ。









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