「跡部先輩!」

「・・・なんだ?」

「お話があります!」





テニス部の皆と話してそのまま跡部先輩がいつもいる場所、生徒会室にやってきた。
まるで校長室にあるような・・・いやそれよりもきっと豪華な大きな椅子に座って足を組み、
その後ろには当然のように樺地くんを従えて。
高そうな絵画や彫刻、どこかキラキラしているように見える壁一帯。あれ、ここって生徒会室だよね?

一瞬そんなツッコミが入りそうになったけれど、今はそれどころじゃない。
ていうかそんなことにつっこむなんて今更だ。





「だからなんだ。」

「手帳のことで。」

「・・・そういえば生徒会の仕事がたまってたな。行くぞ樺地!」

「ウス。」

「・・・仕事って・・・」





樺地くんを引き連れて、部屋から出ようとする跡部先輩を思わず見送ってしまって。
その後すぐ、何かがおかしいことに気づく。





「え、ちょ、ちょっと跡部先輩ー!!生徒会室はここでしょー?!」





私の叫び声なんて聞こえてないフリをして、跡部先輩は逃げるように部屋から出て行ってしまった。
あの跡部先輩が逃げるなんて・・・あやしい。あやしすぎる・・・!










王様の妹










「跡部先輩、本当に捨てたの?」

「くどい。そうだっつってるだろうが。」

「・・・なんで捨てたの?」

「理由も言ったはずだ。何回も同じことを言わせるな。」





「あんな安物を持たせておくわけにはいかないからな。」





跡部先輩があの時言った言葉を忘れているわけじゃない。
確かに跡部先輩は私にブランド物を持たせたり、お稽古を無理矢理させたりはしていた。
そしてそれは全て「跡部家たるもの」という理由だったこともちゃんと覚えてる。
でも、跡部先輩は一度として私の持ち物を捨てることなんてしなかった。
テニス部の皆が言っていたように、こっそりとそんなことをするようなタイプでもない。





「・・・本っ当に跡部先輩なんだ?」

「ああ。」

「誰もいない教室から私の手帳を盗んで、こっそり捨てたんだ?そんな卑怯なことするんだ?」

「・・・。」

「最初は跡部先輩の言ってたこと、そのまま信じてた。ひどいって、そう思った。だけど・・・」





どこかに向かっているのか足早に歩いていた跡部先輩の足が止まる。
突然立ち止まった先輩に、私は勢いあまってつっこんでしまった。
それに動じることなく私を受け止め、顔をあげると跡部先輩が私を見下ろしていた。
いつものように自信の満ちた表情ではなく、どこか悲しそうな、複雑そうな、そんな表情に見えた。





「だけど、跡部先輩はそんな人じゃないって思ったの。先輩はいつもまっすぐだった。
我侭で自分勝手って思ったことはあったけど、私の話だってちゃんと聞いてくれたでしょう?」

「・・・・・・。」

「私、こんなもやもやしたままなんて嫌だよ。本当のことが知りたいの。
たとえ本当に跡部先輩が手帳を捨ててたんだとしても、ちゃんとした理由を知りたい。」





何か理由があると信じたなら、それで終わりにしてもよかったのかもしれない。
こんな、問いつめるようなことをして跡部先輩だって困っているのに。
それでも心にひっかかったままではいたくない。そのままじゃ理解したいと思ってもできない。
そう思うのは・・・私の我侭なんだろうか。

跡部先輩が私の顔を見て、少し考えるように険しい表情を浮かべた。
それから視線を上に向けると、小さくため息をついた。





「俺の答えは同じだ。」

「!」

「自分の立場を自覚しろ、。」

「あ、跡部先輩・・・!」

「行くぞ樺地。」

「・・・ウス。」





私は思っていたことを正直に伝えた。だけど跡部先輩は何も言ってくれなかった。
本当にその答えしかないの?私はそれを信じなくちゃいけないの?

私を置いて歩き出した跡部先輩を引き止めることもせずに、ただ呆然としたままその後ろ姿を見送ることしかできなかった。
















放課後、長太郎くんがテニス部の見学に来ないかと誘ってくれたけれど、断って一人教室を出た。
結局真相は何も掴めないままだ。私が跡部先輩を買いかぶりすぎていたのだろうか。
やっぱりわかりあうことなんてできないのだろうかと気持ちだけがどんどん落ち込んでいく。





「・・・ん?」





俯きながら歩いていると、突然黒い影が私を包む。
見上げてみると、そこには樺地くんが立っていた。





「・・・何か用?樺地くん。」

「ウス。」

「・・・なに?」

「・・・ウス。」





話が進まない。
ふと跡部先輩は樺地くんと普段どんな会話をしているのかと頭に浮かんだ。
・・・ああ、跡部先輩が喋り続けているから問題ないのか。





「私、もう帰りたいんだ「跡部さんは」」





樺地くんがようやく言葉にしたのは、跡部先輩のことだった。





「跡部さんは、貴方に傷ついてほしくないんです。」

「・・・え・・・?」





突然の言葉。それが一体何を意味しているのかもわからない。





「自分は跡部さんに何も話すなと言われています。」





樺地くんが何を伝えたいのかもわからない。
でも・・・なんとなくわかるのは、樺地くんが跡部先輩のことを思ってそれを話していること。





「ただ、跡部さんは貴方の教室には入っていません。
そしておそらく、あの時間に貴方の教室に入ってきた者もいません。」

「・・・それって・・・どういう・・・」

「ウス。失礼します。」

「いや、ウスじゃなくて・・・!樺地くん!!」





大きい体なのに、すごいスピードで走り去ってしまった。
ほんの数言の短い言葉。普段ほとんど喋らない樺地くんが伝えたかったことはなんだったのだろう。
言葉の意味はわからなかった。だけど、樺地くんは何かヒントをくれたんだ。

テニス部の人たち、跡部先輩、そして今の樺地くんの言葉。
頭のなかでぐるぐる回っては混乱する。一体何が本当で私は何がしたいのか。


考えて考えて、頭がパンクしそうになった頃家に着いた。
けれど車を呼ばずに帰ったことをお手伝いさんに怒られて、ついでにその後にはいつものお稽古事まであって。
思考は強制的に中断されてしまった。









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