「・・・何してるんですか先輩方・・・。それに何故ここに女子が?
部外者は立ち入り禁止のはずでしょう。」




テニス部のほかの人たちとは違い、冷たく突き刺すような視線を向ける。
彼が言っていることは正論だったということもあり、私は肩を竦めつつ彼を見上げた。










王様の妹










「まあまあ日吉、今日は大目に見てくれよ!」

「そんなことできませんね。」

「あ、じゃ、じゃあ私・・・」

「せや日吉、俺たちお前に聞きたいことあんねん。跡部に関する情報や。」

「・・・。」

「それで問題が解決できれば、お前の下克上も一歩近づくと思うんやけどな〜」

「聞きましょう。」





はやい・・・!変わり身はやい!
なんだかストイックな雰囲気を感じたから、そんな手に乗りませんとか言うのかと思った。
ていうか下克上ってなんだろう。戦国武将をリスペクトでもしてるんだろうか。





「お前のクラス、鳳と同じ階やったよな?」

「そうですが。何を今更。」

「昨日の3時間目やねんけど、鳳のクラスに行こうとしてる奴とか見いひんかったか?
お前のクラス、階段上ってすぐやし何人か記憶にないか?」





私の手帳が無くなったのは昨日の午前中。
鞄から離れたのは3時間目の体育だった。手帳が無くなったとすればそのとき。
跡部先輩だったら、自分で持っていかなくても何かしらの手を使えたのだろうけれど
それでも誰もいない私のクラスに向かう人がいたということがわかるだけでも、一歩前進だ。

しかしこの会話は私がこの部屋にいることについて、話題をそらすためのものだったのだろうけれど。
話をそらすついでに情報も得ようとしてしまうなんて、さすが忍足先輩だなあ。





「覚えていませんね。」

「かー!黒板だけじゃなく外のことも注意しとかんとあかんで!」

「授業中に授業に集中して何が悪いんですか。」

「・・・諦めろ忍足。日吉が正論だ。」

「鳳のクラスがどうかしたんですか?」

「物取りがあったんやわ。事件の匂いや!」

「・・・へえ。」





無表情だった日吉くんの顔が少し興味深げに動いた。
もちろん忍足先輩は大げさに言ってたわけなんだけど、日吉くんはこういう話、好きなんだろうか。





「それがどう下克上につながると?」

「無くなったものっちゅーのが跡部の大切なものらしいねん。解決したら恩を売れる。」

「・・・大切なものというのは?」

「跡部に関する極秘情報がつまっとる。
それをカモフラージュするために、女子が持つような赤色でちょっと安そうなブツや。」

「・・・。」





忍足先輩、ノリノリすぎ。ブツって何、ブツって。
それに跡部の大切なものって・・・嘘にもほどがある・・・ってああ、私も跡部だったから嘘じゃないのか。





「・・・忍足先輩の戯言ではないんですか?宍戸先輩。」

「戯言って・・・!お前は先輩に向かってなんちゅーこと言うねん!」

「・・・まあ・・・間違ってはいないな。」





宍戸先輩は嘘をつくのが苦手なようで、日吉くんから少し目をそらした。
日吉くんが疑いの目で宍戸先輩を見つめていると、長太郎くんが思い出したように宍戸先輩に耳打ちした。





「・・・っは・・・!確かになっ・・・ふはっ・・・!」

「でしょう?全て本当のことですよ。」





長太郎くんが何を耳打ちしたのかはわからないけれど、宍戸先輩がなるほどというように笑い出した。
そんな光景を見ても日吉くんはほとんど表情を変えず、むしろイラつくような表情を浮かべていた。





「俺はその極秘情報って奴を見たことがある。確かに跡部が知ったら、とりあえず慌てるだろうな。」

「・・・慌てる?鳳も知っているのか?」

「うん、知ってるよ。」





日吉くんは不満そうにしつつも、今度は言葉につまることのなかった宍戸先輩をじっと見つめため息をついた。
どうやらとりあえずは信じてくれたようだ。こちらとしては騙してる感があってすごく気がひけるけれど。



二人から離れ、こちらに戻ってきた長太郎くんに一体何を話したのかと聞いてみた。
すると長太郎くんはニッコリと笑って。





「跡部さんの決め台詞集。」

「!!」





極秘情報ってそれ?!それってむしろ跡部先輩のことじゃなくて、私の極秘情報じゃない?!
跡部先輩にバレたらどうなるかっていう・・・。でもまあ確かに跡部先輩は慌てる・・・というより怒り狂うかもしれない。





「・・・あ、そっか。手帳の中身、跡部先輩に見られたのかも・・・。それで・・・」

「それはないんじゃない?跡部さんはそれこそ、本人に直接言うタイプなんだから。」

「・・・うん。」





長太郎くんと小声で話している間に、日吉くんが何か考え込みつつ
そのまま宍戸さんに問いかける。(もう忍足先輩に聞く気はないみたいだ)





「それで大切なものとは具体的に何なんですか?」

「手帳だ。」

「・・・手帳?」





日吉くんの眉がピクリと動いた。
そのまま考え込むように俯いて、何も喋らなくなってしまった。
それにしびれをきらして向日先輩が日吉くんに声をかける。





「なんだよ日吉、何か思いあたったのか?」

「・・・。」

「何でもいいから言ってみろ!俺の妹のピンチなんだ!」

「おい、今どさくさにまぎれて何言った!」

ちゃんは俺の妹や言うたやろ!」

「それも違う!」





話が脱線して、また日吉くんに怪訝な表情をされるとも思ったけれど
日吉くんはあまり気にしていないようだ。と、いうよりも自分の考えに没頭してるようだったけれど。





「赤で、女子が持つような安っぽい・・・」

「「「・・・」」」

「それには・・・果物の柄がついていませんでしたか?」

「!」

「そうなんか?ちゃん?」

「確か・・・リンゴ?」

「それ!!」

「なにー!!日吉、それどこで見たんや!!」

「廊下でぶつかった女子が落としたのを拾いました。
うちの学校で持つには安っぽそうな生地だったので覚えていたんです。」





覚え方に何かひっかかりを覚えたけれど、それどころじゃない。
逆にそんな安い手帳を持つ人なんて氷帝にはほとんどいないっていうことだ。
つまり日吉くんが見た手帳は私のものである可能性が高い。





さん!ホラ、やっぱり跡部さんじゃなかったよ!」

「・・・う、うん・・・!」

「しかし、何でその女子が持ってたモンを跡部が捨てたことになっとんねん。それがようわからんわ。」

「跡部はどうせシラをきるだろうし、その女子に聞いてみたほうがはやいんじゃね?」

「せやな、日吉!その女子はどこの誰やねん!」

「さあ。」

「さあって何やー!肝心なとこ使えんなお前は!」

「使えないとはなんですか!忍足先輩にそんなことを言われたくはありませんね。」

「ま、まあまあ落ち着いて・・・!」





一体何があったのかなんてわからない。
跡部先輩が何を思ってあんなことを言ったのかもわからない。
でも今日このテニス部の部室に来て、私が聞いてきたこと、思ってきたことを信じてもいいんじゃないかってそう思った。
私と跡部先輩のつきあいはまだ短い。だから信じきれないこともあるけれど。

信じたいと思う気持ちも、嘘じゃないから。





「ありがとうございました!」





私は立ち上がって、深くお辞儀をして彼らにお礼を言う。





「私、もう少し調べてみます。落ち込んでても仕方ないし。
跡部先輩が理由もなくあんなことしたりしないって、信じたいから。皆さんと話して・・・そう思えてよかった。」





いきなり元気を取り戻したように笑う私に、皆、唖然とした表情を浮かべる。
けれどそれはすぐに笑顔に戻った。





「相談にのってくれて嬉しかったです。じゃあ、失礼します。」





感謝の気持ちをこめて、もう一度笑顔を浮かべて私は部室を後にした。





「うーん、跡部にも勿体ないわあの子。」

「マジで妹に欲しいな!宍戸!」

「何で俺にふるんだよ。つーかまあ・・・いい奴だとは思うけど。」

さんはいい子ですよ。」

「あれ〜、帰ったの〜?」

「・・・。」






跡部先輩は今回のことで、何かを教えてくれるなんてことはないだろう。
話してくれるのならば、はじめからはっきりと言ってくれているはずだから。





「さっきから何の話ですか?部長の手帳の話では・・・?」

「日吉は鈍いなあ〜。」

「まあそういうところが可愛いよな。他は可愛げねーけど!」

「お前らあんまり後輩をからかうんじゃねえぞ。」

「な、何なんですか一体・・・!」

「うんうん、日吉もいい奴だよな!」

「意味がわからない。どういうことだ鳳・・・!」





あの優しい人たちが慕う人。ちょっと人とは違うけど、いろんなところが飛びぬけてるけど、
それでも私自身が近づきたいと思った人。



何も教えてくれないかもしれない。またケンカになって終わってしまうかもしれない。



それでもいい。もう一度話してみよう。





あの時見えていなかった何かを、今なら見ることができるかもしれない。






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