「いくら跡部でもそこまでするとは思えねえけどなあ。」

「そうですよね宍戸さん!俺もそう思うんです!」

「・・・もういいです。あんな人、理解しようとした私がバカだった・・・。」





跡部先輩に手帳を捨てられた次の日の昼休み。
長太郎くんが気分転換に、と連れてきてくれた場所はテニス部の部室だった。
昨日のことを長太郎くんが先輩たちに話したらしく、氷帝レギュラー陣のほとんどがこの部屋にいる。





「まあまあ、そうヤケにならんほうがええって。」

「そうだぞ!話聞いてやるから!」





皆、すごくいい人たちだ。だけど私の心は沈んだままで。
優しく声をかけてくれる皆に、暗い返事を返すことしかできなかった。












王様の妹













「かわいそうになあ。跡部の妹になったばっかりに。俺の妹にしたろか?」

「うっそ!そういうの有り?!じゃあ俺の妹にしてやるよ!」

「てめえら真面目に聞いてやる気あんのか?!つーかどさくさにまぎれて何ひっついてやがる忍足!!」

「なんや宍戸。お前の方が兄気取りやな?」

「ち、ちがっ・・・!!だからそういうんじゃなくて・・・アホなこと言ってんじゃねえよ!」

「・・・うっ・・・」

さん?!」

「あーあ!宍戸がアホなこととか言うから!!が泣きそうじゃんかよー!!」

「俺のせいかよ?!」





私に気を遣って場を明るくしようとしてくれている先輩たち。なんだかもう泣きたくもなるよ。
みんな優しいし、跡部先輩はひどいし、いつまでもうじうじしてる自分も情けないし。
自分が何をしたらいいのかもわからない。これからどうやって跡部先輩と接していけばいいんだろう。





「わ、わたし・・・」

「何?宍戸はひどい?せやなあ?」

「誰もそんなこと言ってねえだろうが!」

「あはは!宍戸ムキになりすぎー!おもしれー!」

「む、向日さん・・・!今はそういう空気じゃ・・・」





ああ、本当に仲がいいんだなあこの人たち。
氷帝学園っていうテニスの強豪校にいて、しかもその中でもレギュラーを勝ち取って。
きっと、見えない努力もたくさんしているような人たち。そんな人たちを束ねる、部長の跡部先輩。

我侭で自己中でナルシスト。でも皆、それだけじゃないってそう言ってる。でも、私は・・・





「私は・・・兄妹が出来るって聞いて・・・嬉しかったのに・・・」

「・・・?」

「ずっと・・・ずっと一人だったから。お兄ちゃんとかお姉ちゃんとか、弟とか妹とか・・・憧れてたのに・・・。」

「・・・。」

「それなのに・・・せっかく出来たお兄ちゃんがあんな・・・」





言い合いがピタリと止み、静寂が走った。
その中で私のかすれるような声だけが響く。





「価値観なんて全然違うし、変な決め台詞とかつけるし、口は悪いし、
嫌だって言ってる習い事は押し付けるし、持ちたくもないブランド物を持たせるし・・・!」





最初は到底理解なんてできない人だと思ってた。
もともとお金持ちで家柄を大事にしてて、自分が一番の俺様で。
何を言ったってこっちの意見なんて聞いてくれないって。

でも、そうやって決め付けてたのは自分自身だと気付いた。
それに気付いて、私は今度こそ意地なんて張らずに歩み寄りたいと思った。
憧れていた兄妹。兄という存在。価値観が違っても、考え方が違っても、少しずつでも近づきたいとそう思った。



だから、





「その代わり財布はちゃんと持てよ。跡部家たるもの・・・」

「そんな安物は持つな、でしょう?」

「・・・わかってんじゃねえか。」





だから、嬉しかった。
跡部先輩が私の言葉を聞いてくれて、私の言葉に答えてくれて、



優しく、微笑んでくれて。





「もっと理解したいって、もっと兄妹になりたいって、そう思ってたのは私だけだったんだ・・・!」





一人で勝手に思ってただけ。バカみたい。
跡部先輩にとっては、親の再婚でたまたま一緒に住むことになった赤の他人でしかなかったかもしれないのに。














さん。そんなこと・・・ないと思うよ。」





膝に顔を埋めて涙ぐんだ顔を隠した。
そんな私の頭に優しく手を置いて、長太郎くんが声をかける。





「だな。お前がそう思ってるならそれは誤解だと思うぜ。」





次に聞こえた声は宍戸先輩。





「跡部、妹が出来るって楽しみにしてたもんなー?本人隠してたっぽいけどバレバレ。」





向日先輩の声が続き、私はゆっくりと顔をあげる。





「アイツも多分、同じやと思うわ。」

「・・・?」

「アイツも兄妹っちゅうもんに憧れてたんやろうな。」

「!」





小さな頃から一人での留守番が当たり前になっていた。
けれど、お母さんは私の為に仕事を頑張ってる。寂しいなんて言えるはずもなかった。
友達が両親と楽しそうに出かけるのが羨ましかった。兄妹とケンカをしているのが羨ましかった。





「そ、そんなの・・・!だって跡部先輩はあんな大きな家で・・・人もいっぱいいるじゃない!」

「まあ確かに家は広いけど、ありゃあ広すぎだろ。」

「使用人含めても部屋あまるくらいだもんなー!こっちからすりゃ羨ましくも見えるけど。」

「専属の家庭教師とかやったらわんさかいたみたいやけどなあ。」





広い家に、たくさんの使用人。だけど、その中に一人。
・・・そうか、さらに跡部先輩は「跡部家の跡取り」としての責任もあったんだ。

あんなに自信家で、弱いところなんて想像もできない。
今まで過ごしてきた環境だって全然違うけれど、それでも。





「人がいっぱいいる、と家族が一緒にいる、は違う気がしない?」





跡部先輩も・・・私と同じ気持ちを持っていたのだろうか。













「ふああ・・・。」

「ジロー・・・。お前まだ寝てたのかよ。」

「何?何話してたんだ〜?」

「昨日話してた手帳の・・・あれ?寝てたっけその時。」

「・・・聞いたような聞いてないような・・・。何だっけ?跡部が何かくれたんだっけ?壊したんだっけ・・・?」

「・・・微妙に覚えてるな。」

「・・・それでが怒って・・・跡部に仕返しするとか・・・戦うとか・・・泣くとか・・・」

「話がおかしい方向になってきてるぞコイツ。」

「あ、また寝た。」

「この状況でよく寝れるなコイツ。いつものことだけど。」





芥川先輩の言葉が、妙に頭に響いた。
こうして落ち込んで周りに迷惑をかけて、結局私はこれからどうしたいのだろう。
一体なぜ跡部先輩があんなことを言ったのかなんてわからない。
あの手帳は跡部先輩がくれた手帳とは比べ物にならないくらいに安い物だったけれど、
それでも私にとっては大切なもので。先輩がそれを捨てたなんていうから、腹が立って、悲しくなって。

でも、本当は思っていたことがある。
こうして皆に話を聞いてもらって、冷静になって頭に浮かんだこと。





?大丈夫か?」





こんな楽しくて優しい人たちがいるテニス部。それを束ねるテニス部部長の跡部先輩。
アイツの妹なんて大変だなって笑うけど、それは決して悪意を含んだものじゃない。
俺様で自己中だけど、それだけじゃないって皆が言う。こんないい人たちが口を揃えて、そう言ってる。



「何を迷ってやがる。俺はお前の兄だ。」

「練習が終わるまで待ってろ。」

「お前はその辺のメス猫とは違う。俺の妹だからな。」



私も・・・知ってる。
テニス部の皆みたいに長い付き合いじゃないけれど。まだほんの少しの時間しか過ごしていないけれど。

俺様で自己中でナルシストで、価値観だって全然違う。






「いいか。今後も同じことがあったら必ず俺に言え。」






でも、あの人はそれだけじゃない。






「なあ俺思うんやけど・・・。」

「何だよ侑士。」

「跡部って人がいないときにコソコソするタイプやないよなあ。」

「そりゃそうだ。何を今更。」

ちゃんの手帳を捨てるにしても、わざわざちゃんがいないときに
コッソリ鞄から手帳を出して捨てるなんてまどろっこしいことしないんとちゃう?」





皆がポカンとした顔で忍足先輩を見つめた。
一瞬だけ静まりかえり、一番最初に向日先輩の声が響いた。





「そうそうそう!そうだよな!確かに跡部がコソコソ女の子の鞄あさるのなんて想像できねー!
ていうかそれキモイ!!」

「珍しく忍足の言うことに納得できるぜ・・・!」

「そうですね・・・確かに。」

「珍しくって何や!氷帝の天才やで俺!!」





次々と言葉が発せられる中、私一人だけが黙っていた。というよりも、言葉が出てこなかった。





「というわけで、真相究明といこうやないか!な、ちゃん。」





忍足先輩がそう声をかけてくれるのと同時に、部室の扉が開いた。





「・・・外まで声が響いていましたが・・・何してるんですか先輩方。
それに何故ここに女子が?部外者は立ち入り禁止のはずでしょう。」





不機嫌そうな顔で私を見下ろした。睨まれて肩を竦める。
けれど初めてあった少し怖い彼が、この疑問を解く鍵となることを私はまだ知る由もなかった。








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