「おい!」

「な、なに?!」

「身の程を弁えないメス猫どもにからまれたそうだな。」

「メス猫・・・。」

「どうなんだ?」

「えっと、まあ、ハイ。」





跡部先輩の目が見開かれる。こうやってカッと目を見開くのってこの人の癖なんだろうな。
もう既にそれにも慣れ、冷静にそんなことを考える自分がいる。





「何故俺に言わなかった。」

「別にわざわざ報告するほどのことでもな「黙れ。」





えええ、今自分が質問したくせに!本当にわが道を突っ走る人だ・・・!
けれど呆れるどころかむしろ清々しくも思えてしまう私は、既に彼のペースに巻き込まれているのかもしれない。













王様の妹













「いいか。今後も同じことがあったら必ず俺に言え。」

「え・・・。」

「そういう女共は俺が躾けてやる。」

「・・・。」

「何だ?言いたいことでもあるのか?」

「ううん、わかった。」





跡部先輩が躾けるって何かあやしい感じがする、なんてことは口に出さない。
絶対変態とか変人扱いされるに決まってるもん。変人な跡部先輩に変人扱いされるなんて嫌だもん。





「しかし、お前は本当に俺が好きみたいだな。」

「は?」

「俺と離れたくないだなんて、そんな恥ずかしい台詞よく言えたな。」

「な、何それっ・・・!!」

「とぼけるな、まあ仕方ねえ!俺みたいな男が兄になったのなら、それくらい思うのは当然だ!」

「ちょ、跡部先輩・・・?何かすっごい勘違いしてない?!」

「相変わらずバカだな、俺様が勘違いなんてするか!」





多分、女の先輩たちに囲まれたのを跡部先輩に伝えたのは向日先輩だ。
それは別に構わない。兄である跡部先輩に伝えてくれたのは向日先輩の優しさだろうから。
でも何か話が変な風に伝わってない?!確かに近寄らないのは無理とは言ったけども!





「ところで。その手帳は?俺が渡したものはどうした。」

「え、あ、ああ。あのこれ、使い慣れてるものだから・・・こっちを使ってもいいでしょ?」





そしていきなり話が飛んだと思ったら・・・
めざとい・・・!何なのこの人の視野の広さは・・・!ちょっと鞄から飛び出してただけなのに。

私を凝視し無言になる跡部先輩に、肩を竦めつつ宍戸先輩と話したことを思い浮かべる。
大丈夫、跡部先輩だって同じ人間だ。話せばわかる話せばわかる。
今まであまり通じなかったとか、そこは考えない方向でいこう。
悪い方にばっかり考えてたら何も出来なくなっちゃいますもんね!





「これね、前の中学を転校するときにもらったの。」

「・・・。」

「すごく気に入ってて大切だから、これを使いたい。」

「・・・。」

「・・・跡部先輩?」

「・・・チッ、仕方ねえな。」





・・・通じた・・・!!
やりました!私やりましたよ宍戸先輩!





「その代わり財布はちゃんと持てよ。跡部家たるもの・・・」

「そんな安物は持つな、でしょう?」

「・・・わかってんじゃねえか。」





なんだか今日は跡部先輩と普通に話せてる気がする。
これが慣れてきたってことなのかな。





「へへ。」

「自慢気にしてんじゃねえよ。あれだけ言われてまだわかってなかったら、ただのバカだ。」





相変わらずのきつい言葉。でもそれさえももう慣れてきてるから、なんてことはない。
と思って笑っていたら髪の毛をかき回された。
小さく声をあげて、ぼさぼさになった髪を整えつつ恨めしげに先輩を見上げた。

すると跡部先輩が笑っていて、なぜだか私も自然と笑みが浮かんだ。
面倒な人だって、個性的すぎる人だって思ってたけど、それでもこの人は私に出来た新しい兄。

一緒に話せることが、笑いあえることが、なんだか・・・嬉しかった。















さん。今日の昼はどうする?」

「今日はクラスの女子に誘われたからそっちに行くね。
跡部先輩と血のつながりがないって情報が広まってどうなるかと思ったけど、意外と大丈夫だったみたい。」

「そっか。それはよかった。」

「うん、いろいろ気を遣ってくれてありがとう。」





長太郎くんと話しながら、鞄から跡部家特製の大きなお弁当を掴むと
ちょっとした違和感に気付いた。鞄の中にあるはずのものが1つない。





「・・・あれ?」

「どうしたの?」

「・・・手帳がない。」

「手帳って例の跡部さんの決め台詞の・・・?」

「う・・・そうです。それです。」





鞄の中から全てのものを取り出してみても、どこにも見当たらない。
今日は外に出していないから、どこかに置き忘れることもないはずなんだけど・・・。





「どこかに落としたんじゃ?」

「でも、今日は朝に見てから持ち出してな・・・」

。」





廊下から名前を呼ばれて振り向く。
そこには跡部先輩、そして後ろに樺地くんが立っていた。





「どうしたの?跡部先輩。」

「これをやる。」

「・・・手帳?しかもこれ、前に返したブランド物のやつだよね?何で・・・」

「お前今、手帳がないだろう。」

「は・・・?」





確かに今、私の手帳が行方不明なことに気付いたけれど
どうしてそれを跡部先輩が知ってるの?





「どうして跡部さんが知ってるんですか?今、さんの手帳がないって探してたんですけど・・・。
何か知ってるんですか?」

「ああ、あの手帳は俺が捨てた。」





跡部先輩の言葉の意味が理解できなかった。
何・・・?今、先輩は何て・・・?





「何・・・言ってるの、跡部先輩?」

「聞こえなかったか?俺が捨てたって言ってる。
あんな安物を持たせておくわけにはいかないからな。」

「でも・・・でも、仕方ないなって!持っててもいいって・・・!!」

「持っててもいいなんて言ってねえだろ。」

「だってあれは・・・友達に・・・友達にもらったものだって・・・そう・・・」

「そんなこと俺の知ったことか。」





我侭だけど、俺様だけど、それでも・・・悪い人じゃないって思っていたのに。
やっと、普通に話せるって笑いあえて嬉しいって思ったのに。

結局何も通じてなかったの?
私にとっては友達にもらった大切なものでも、先輩にとったら何の価値もなかったっていうこと?





「・・・信じられない・・・!」

「・・・だから新しいのをやるっつってんだろ?」

「・・・ふざけないでよ・・・!」

「誰がふざけてるって?あんなものいくらだって買えるだろう。」





信じられない言葉に、私は目を見開いて言葉を失った。
跡部先輩は腕を組んだまま、全く表情を変えない。





「・・・嫌い・・・」

「あ?」

「・・・大っ嫌い・・・!!」

さんっ!!」





私は教室を飛び出した。
長太郎くんが呼び止める声がしたけれど、そんなこと気にすることもできなかった。





「跡部さん・・・どうしてこんなこと・・・!」

「うるせえな鳳。お前には関係ないことだ。」

「・・・っ・・・」





元々考え方も価値観も全然違うことはわかっていたのに。
信用していた人に裏切られたような、そんな気持ちで走り続けた。



胸が痛んで、溢れた涙は止まらなかった。



それはきっと、手帳を無くした痛みだけじゃなかった。









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