「さん、もうテニス部は来ないの?」 「・・・行かない。」 「どうして?跡部先輩、さんが来るの楽しみにしてるのに。」 「楽しみになんかしてないよ。」 「そんなことないと思うけど・・・」 「ていうか長太郎くんは・・・私にまたあの特別席に座れっていうの?!」 「ああ、ごめん・・・。」 なんだか切ない空気が流れた。 長太郎くんの爽やかな空気でもそれは打ち消せない。 私は机に突っ伏して大きくため息をつく。 王様の妹 「・・・ごめん、長太郎くん。八つ当たりだね。」 「ううん、俺も無神経なこと言っちゃったし。確かにあの特別席はちょっと・・・。」 「ねえ?!誰もがそう思うよねえ?!なんでそれがわかんないのかな跡部先輩は! 樺地くんだっておかしいと思ってるよきっと!跡部先輩の言うことを絶対にしてるだけで!」 クラスの誰に愚痴ったとしても、この学校は大半が跡部様信者。 何贅沢を言ってるんだとか、跡部様に間違いはないとか言われるんだきっと。 だからこうして冷静に話を聞いてくれる、長太郎くんの存在は本当にありがたい。 「大分ストレスたまってる?」 「だって・・・跡部先輩ってば跡部家の一員たるものーとか言って お茶とかお花とかダンスとかピアノとか、そりゃもういろんなもの習わそうとするんだよ?」 「そ、それは大変だね。」 全くだ。だから私はセレブとは違うんだってば。 いいじゃない、私がお茶ができなかろうが、お花ができなかろうが、迷惑はかけないよ。 もしセレブなパーティがあったとしても、私が出席しなければ済む話でしょう? 「跡部先輩は完璧を求めるから・・・たとえ血がつながってなくても、身内に落ち零れがいるのは許せないんだろうなあ・・・。」 「落ち零れって・・・。そんなことないよ。」 「・・・どうせ私なんて一般庶民だもん。」 氷帝学園は元々お金持ちが多い。 だからかしらないけれど、皆立ちい振る舞いが上品な気がする。 お金にもなんだか頓着ないようにも見えるし。 目の前の長太郎くんだってそうだ。この前別荘がどうとか言ってたもん。 しかもそれがごく当たり前っていう風に。別荘なんて一般家庭は持ってません! 「・・・さん!」 「は、はい?」 「昼休み、一緒にお昼食べよう。ね?」 「え、い、いいけど・・・。」 「皆で騒げばつらいことも忘れるよ。俺がすごく信頼してる先輩もいるんだ。 俺は何もしてあげられないけど、その先輩ならいいアドバイスをくれるかもしれない!いや、くれるはず!」 「・・・それって宍戸先輩?」 「ええ!!何でわかったの?!」 いや、わかるよ。だって長太郎くん、ことあるごとに信頼してる先輩って言うから。 この前は移動教室中にその先輩見つけて、すごい勢いで走りよっていったし。 テニス部を見学したときはうっすらとしか記憶になかったけれど、 長太郎くんが「宍戸さん宍戸さん」って言ってるから覚えてしまった。 「長太郎くんがそこまでいうなら、いい先輩なんだろうね。」 「ああ、すっごいいい先輩だよ!カッコいいし!」 自分のことのように喜ぶ彼に笑みが浮かんだ。 ああ、爽やかで微笑ましい。沈んだ心が少しだけ軽くなった気がした。 「あれ?今日は宍戸さんだけですか?」 「よう、長太郎・・・って、誰か連れてきたのか?」 「お、お邪魔します・・・。」 長太郎くんに連れられてきたのは、テニス部レギュラー用の部室だ。 レギュラー陣たちは自由にここを使っていいらしい。 ちなみに跡部先輩は自分の部屋とも言える生徒会室にいるから、ほとんど来ないそうだ。 長太郎くんと宍戸先輩の様子からして、今日は他のレギュラーの人たちは来ていないみたい。 「おいおい、テニス部以外を連れてきていいのか?」 「す、すみません宍戸さん。でもちょっと彼女の話を聞いてほしくて・・・」 「ははっ、冗談だよ。跡部の妹だろ?話には聞いてる。 まあいいんじゃねえか?ただし他にバレたらいろいろ問題だから気をつけろよ。」 ・・・爽やか・・・!! 長太郎くんといい、宍戸先輩といい、なんて爽やかな人たちだ・・・! そういえば今更なんだけど、テニス部のレギュラー陣って美形が多すぎやしないか? 「アイツの妹なんてよくやってられんな。俺には絶対無理だな。」 「・・・。」 「兄妹ってだけでいらねえ注目浴びるだろうし、アイツの我侭には付き合わされるだろうし。 まあそれは兄妹じゃなくても同じかもしれねえけどな。」 「・・・。」 「あと、跡部とは価値観が絶対あわねえ。」 「・・・。」 「つっても親の再婚だからなあ。・・・だったか?お前も大変だな。」 「・・・っ宍戸先輩・・・!!」 私は無意識に先輩の手を固く握っていた。 何この先輩・・・!どうして初対面なのに、こんなに私の気持ちを理解してくれてるの?! 「先輩も苦労してるんですね・・・?」 「おお、お前の気持ちは結構わかると思うぜ。 大体この学校は金持ちが多すぎんだよ。別荘なんて普通持ってねえっつーんだ。」 「え?そうなんですか?」 「ホラ見ろ。それが当たり前って顔してやがる。価値観が違いすぎて怒りも沸いてこねえ。 あ、別にお前も元金持ちだったら関係ねえか。」 「違います!庶民です、めっちゃ庶民です!宍戸先輩と同じです・・・!!」 「そんな力入れて言うところじゃねえと思うけど。」 ああ、わかる。長太郎くんの気持ちが今ならわかる・・・! 出会って数分でこんなにも安心できる人だなんて思わなかった・・・! この学校にもいた!私と同じ庶民が!同じ価値観の人が!跡部様信者じゃない人が・・・!! 「私は庶民なのに、跡部先輩がいろいろ習い事させようとするんです・・・。 あとブランド物のバッグとか・・・。跡部家たるもの安物なんて持つなって言うんです・・・。」 「・・・あー・・・。」 「私、お茶なんてわからなくても生きていけます。ブランド物なんて持ったら緊張して疲れます。」 「おお、わかるわかる。俺も長太郎からどこぞのブランド物の帽子を渡されたときは緊張したぜ。」 「ええ!緊張してたんですか?!」 「でも嬉しかったぜ?その証拠に今も使ってる。ブランドっつっても帽子だしな。 今までと同じように使えばいいだけの話だ。」 「宍戸先輩・・・!!」 長太郎くんが宍戸先輩に今にも抱きつかんばかりに見つめてる。 そんなのいつものことだ、とでも言うように動じずに宍戸先輩はさらに言葉を続けた。 「お前もそう割り切ってみろ。」 「え?」 「ブランド物っていっても、バッグには変わりねえんだから使ってやりゃあいい。」 「でも・・・そんな高いのを持ち歩いても・・・」 「使ってるうちにそんなの関係なくなるって。そりゃあ最初は緊張するかもしれねえけど。 そのうちどんどん愛着がわいてくるかもしれねえだろ?」 「・・・。」 「まずは使ってみることからだ。どうせ跡部に返したって受け取るわけねえんだから。 だったら何もせずにほっておくよりも、使っちまった方がいいに決まってる。」 確かに宍戸先輩の言うとおりだ。 冷静に考えればわかるはずなのに、私もブランド物なんて使わないと意地になっていたんだ。 「それと跡部は"跡部家"っていう肩書きのためにいろいろ言ってくるわけじゃねえと思うけどな、俺は。」 「・・・どういうことですか?」 「アイツなりに可愛がってんじゃねえの?」 「まさか・・・!」 可愛がってるなら、こんな無理矢理にブランド物を押し付けたりしないだろうし バカバカ言わないだろうし、人の話だって聞いてくれるだろうし・・・! 「そうだ、宍戸先輩は知ってます?跡部先輩、家だと学校と全然態度違うんですよ?敬語ばっかり使ってるし・・・!」 「敬語?ああ、父親と母親にだろ?」 「そうです。最初に会ったときからしたら見事に騙されました!」 「ははっ、騙してるわけじゃねえんだよ、アイツの場合。」 「・・・は?」 だってあんなに違うのに? 本当に別人みたいなのに? 「礼儀を弁えてるだけだ。アイツは自分が認めた年上には必ず敬語を使う。うちの顧問の榊監督にもそうだ。」 「・・・。」 「あとは・・・跡部家として公の場に出るときもそうだったかな。」 お母さんたちを騙してるわけじゃなくて・・・どっちも・・・本当の跡部先輩だったってこと? 「。」 「は、はい!」 「跡部と兄妹になってまだたいして時間も経ってないだろ?嫌な奴だと決め付けるのは早いと思うぜ?」 「そうだよさん!跡部さんは尊敬できる人だと俺も思う!」 「・・・。」 「アイツがただの金持ちなだけだったら、ここまでの人気は出ねえよ。俺らも大人しくついていくこともない。」 あまりにも濃い性格の人だったから、確かに私はそれだけでわかったつもりになってた。 人の性格なんて、こんな少しの間でわかるわけもないのに。 「宍戸先輩。」 「何だ?」 「また・・・相談に来てもいいですか?」 「おう、いつでもいいぜ。」 「「宍戸先輩ー!!」」 「何でお前まで一緒に叫ぶんだよ、長太郎。」 そうか、いろんな考え方があるんだ。 そりゃあ人間はいろいろだし、少しの時間でそれがわかるわけもない。 この学校に来てからいろいろなことがありすぎて、感覚が麻痺してしまっていたのかも。 頑固で自分勝手で人の話を聞いてくれない人だと思っていたけれど、 私だってそうだ。意地を張って、跡部先輩の話をまともに聞こうともしていなかった気がする。 今度はもう少し、穏やかな気持ちになって跡部先輩と話してみようと思う。 庶民な先輩、という心強い味方も見つけたことだしね。 TOP NEXT |