「あっとっべ!あっとっべ!!」





ああ、眩暈がおきそう。





「あっとっべ!あっとっべ!!」





ねえ、ここってどこ?
普通の中学の、普通の部活動風景だよね?





「俺様の美技に酔いな。」

「キャーーーーー!!!」





酔えません。
いや・・・いろんな意味でもう酔いすぎて具合が悪いです。














王様の妹













長太郎くんに言われた意味がわかった。
うん、登校場面なんて目じゃないね。あんなのたいしたことないって思えちゃうね。

私が長太郎くんに連れてきてもらったのは、氷帝学園の数あるテニスコートのうちの一つ。
そこではもう既に数人がテニスの練習を始めていた。
長太郎くんがいうには、そこは氷帝テニス部レギュラー陣専用のテニスコートらしい。
ということは長太郎くんもその一人なの?と聞くと彼は照れくさそうに頷いた。

確かこの中学はテニスの強豪校なんだよね?
このコートに来るまでに別のコートで練習してるたくさんの部員も見た。
きっとたくさんの部員がいる中でのレギュラー。うーん、すごいなあ。

そしてそれ以上に驚いたのは、そのコートを取り囲むギャラリーの数。アイドルのコンサートじゃないんだから。
なんだこの数は。ていうかこの学校には一体どれだけの生徒がいるんだ。





?」





名前を呼ばれて、振り返るとそこには跡部先輩の姿。
その後ろには長太郎くんよりもさらに大きいだろう、ガタイの良い男の子が立っていた。





「鳳・・・?お前ら何してやがる。」

さんにもテニスを見てもらおうと思って連れてきたんですが、まずかったでしょうか?」

「『さん?』」

「え?」

「人の妹をいきなり名前で呼ぶとはお前もなかなかやるじゃねえか。」

「いや、あの、跡部さんじゃ先輩と同じ呼び方になってしまうので・・・。」

「フン、まあいい。さっさと練習に参加しろ。」

「ハイ!あ、でもさんは・・・」





もはや跡部先輩に出会った頃の面影は微塵もない。出会った頃の彼は優等生仕様か何かだったんだろうか。
いや、でももしかしたらこっちが嘘の顔って可能性もあるかも・・・





「そんなに俺様の勇姿が見たかったのか。」

「・・・え?」

「仕方ねえな、特別席を用意してやる。ありがたく思え!」

「いや、あの、私は別に遠くから見て・・・「樺地!準備してやれ!」」

「ウス。」

「いや、だから・・・」

「文句あんのか、あーん?!」





絶対こっちが本性だ。だってすっごい活き活きしてるもん。

樺地というらしい人が、どこからか椅子を持ってきてテキパキと"特別席"を設置しはじめる。
ていうかこの椅子は何・・・?!無駄に装飾品がついてて座りにくいことこの上ないんですが・・・!
恥ずかしくなって目をそらすと、フェンスの中から数人がこちらを見ていた。
丸眼鏡で少し髪の長い・・・跡部先輩に劣らない綺麗な顔をした人がこっちへ歩いてくる。





「嬢ちゃんが跡部の妹なん?」

「はあ・・・。」

「初日から大変やな。どこぞのお姫様の椅子やねんそれ。もうちょっと普通の椅子選んだれや樺地。」

「ウス。」





ああ、ここにも常識人がいた!
あまりにも一生懸命になって"特別席"を用意してくれていたから、言うに言い出せなかったんだ・・・!
・・・って、ウスって言いながら全然止める気ないんですけど!!





「樺地?俺の話聞いとった?」

「ウス。」

「お前にとって普通の椅子ってそれなん?」

「ウス。」

「あちゃあ!こりゃあかん、跡部の影響やなあ。というわけでちゃん、諦めるしかないわ。」

「ええー・・・。」





ああ、やっぱり来なければよかったかも・・・。
ただでさえあの人の妹だってだけで目立つらしいのに・・・。
あんな椅子に座ったらそれこそ悪目立ちだよ。





「・・・あれ?何で私の名前・・・。」

「跡部から聞いてるからな。アイツ、妹出来るってわかってからずっと機嫌ええねん。」

「え?」

「ホラ、アイツって一人っ子やん?兄妹っちゅーのに憧れてたんとちゃう?
あんなナリしとるくせになあ。意外と可愛いとこある「忍足!なにやってんだ!!」」

「おおっと、怖い怖い。じゃあ俺行くわ!また来てな、ちゃん。」

「あ、はい。」





この場所に来るのはもうこりごりだ、と思っていたけれど、思わず返事を返してしまった。
何だか気さくで話しやすそうな人だけど・・・跡部先輩を呼び捨てにしていたところからも、友達か何かなのかな?





「あ、せや。俺は3年の忍足や。忍足侑士、覚えといてな?」





言いたいことだけ言って、去ってしまった。
そして跡部先輩のところへ駆け寄ると何やら怒られているみたいだ。大丈夫かなあ?





「ウス。」

「ん・・・?」





先ほどから何度も聞いている声。どうやら特別席の準備が完了したらしい。
豪華な椅子と日よけのパラソルに小さなテーブル。どこのリゾート地ですか勘弁してください。





「あ、ありがとうございます。」

「ウス。」





それでも一生懸命用意してくれたこの人に文句を言うわけにもいかないので
とりあえずお礼を言っておく。





「失礼します。」





あ、ウス以外にも喋った。
走っていく彼の背中を見送りながら、結局彼は一体何者だったのだろうなんて考えてた。












特別席にも衝撃を受けたけれど、テニス部の練習が始まってからはその比ではなかった。
予想以上の人数が集まり、予想以上の大歓声。思わず耳を塞ぎたくなったくらいだ。
ついでに一人でリゾート地なみの特別席に座っている私への視線にも目をそらしたいんだけど。





「あっとっべ!あっとっべ!!」





大歓声の中、一際目立つ跡部コール。
ちょっと待って、これ試合じゃないよね?ただの練習なんだよね?





「破滅への輪舞曲だ!」

「キャーーーーーー!!」





・・・。

・・・・・・。

・・・・・・・はめ・・・?今何て言った?!





ボールの打ち合いをしてるのは、先ほどの忍足先輩だ。
目にも止まらぬ速さでボールを打ち合い、けれど際どいボールを打ち損ねた忍足先輩に
跡部先輩のスマッシュが決まった。そして、





「俺様の美技に酔いな。」

「ギャアーーーーーーーーー!!」





歓声どころじゃなく、むしろ怒声にも聞こえる。
私は唖然としたまま、なんとも言えない間抜けな表情で彼を見つめていた。

そして跡部先輩が誇らしげにこちらを向いた、気がした。
でも私は目をあわせられない。だっていろんな意味で眩しすぎます。

と、思ったら跡部先輩がこっちに歩いてきた。
どうしようか、逃げる?いや、逃げたら変に思われるし、後で絶対問い詰められそうだ。
なんでだろう、私、この人とまともに話してなんかないのにどうしてか彼の行動が読めてしまうぞ。





「見てたか。」

「ハイ。」

「俺の妹になれて嬉しいだろう?」

「・・・ソウデスネ・・・。」

「そうだろうな、当然だ!」





コートに高笑いが響いた。
特別席に座り、跡部先輩と話す私を周りの女子が羨ましそうに見ている。
変われるなら変わってあげるんだけどな・・・。





「練習が終わるまで待ってろ。いいな?」

「え?」

「どうせ暇だろうお前。」

「う・・・。」

「ハッ」





鼻で笑うと跡部先輩はコートに戻っていった。
どうせ暇って何。どうせ暇だけどさ。

跡部先輩の奥では忍足先輩が笑いをこらえるようにお腹を抱え、
その近くにいる長太郎くんは困ったような表情で笑みを浮かべてる。



テニス部の見学に来て、跡部先輩の魅力というものはやっぱりイマイチわからなかったけれど、
彼がすごく個性的な人だということは理解できた。人気も凄まじいということもわかった。
とりあえず平穏な学生生活を送るためには、私は私、兄は兄という考えを持つことだ。
メス猫と言おうが俺様の美技に云々言おうが、気になんかしない。気にしちゃいけない。



大音量の跡部コールの中、一人決意を新たにした。





TOP NEXT