出会ったときから、いつだって余裕で飄々として。
『あー、久しぶりに人と話したー!!嬉しいー!』
全力で生きていたから、未練も後悔もないと笑っていた。
『人間いつ死ぬかなんてわからない。だから後悔しないように毎日を生きるって決めてたの。』
彼女と過ごした時間なんて、ほんのわずかなものだけれど。
『・・・もっと・・・一緒にいたかった・・・』
今、はじめて目にする彼女の涙。
『・・・生きたかったっ・・・』
当たり前で、ささやかな、彼女の心からの願い。
空に唄う
自身もわかっていなかったここに留まる理由。
協力すると言いながらも、そんな簡単に見つかるものではないと思っていた。
彼女の家に行くことを提案したのだって、まずは一番身近な人たちに会うことで
何かが掴めるかもしれないと思ったから。
だから、期待はしていなかった。
はいつもどおり飄々とした顔で、家から出てくるのだろう。そう思っていた。
さすがにの家の前をうろついているわけにもいかず、俺は少し離れた場所で彼女を待っていた。
しばらくしてがゆっくり家から出てくるのが見え、そちらへ歩いていく。何か収穫はあったかと声をかけるつもりで。
けれど、俺は初めて見る彼女の表情に言葉を失う。
いつも余裕の笑顔を浮かべて、うるさいくらいに明るくて、そんな彼女の茫然とした表情。
笑っているわけでも、逆に暗いわけでも無表情なわけでもない。
ただ混乱しているような、言葉にもならないような、そんな表情だった。
「・・・どうしたの?」
ようやく一言声をかけると、が顔をあげて「何が?」と俺に聞き返す。
何かがあっただろうことなど、一目瞭然なのに。
「ひどい顔。」
『ひ、ひどい顔って何ー?』
いつもどおりじゃない彼女に、俺はいつもどおりの言葉をかける。
ここで気の利いた言葉をかけられるほど、俺は大人でも優しくもなくて。
そもそも最初から、彼女にはひどいことを言っていたし、喧嘩だってした。
今更突然優しくなれるはずもない。
それでもは条件反射のように、俺に言葉を返す。
表情が少しずつ変わっていく。
悲しそうな、儚く切ない表情へ。
『・・・お母さんが泣いてた。』
「・・・そう。」
『お父さんも・・・悲しそうな顔してた。』
「そっか。」
ぽつりぽつりと話し出したその内容は、の家族のこと。
彼女と出会ったとき、葬式で両親は自分の死に納得していたというようなことを言っていた。
自身もそのとおりなのだと笑っていた。
けれど、今また両親に会い、それだけではなかったと知ったんだろう。
『人間いつ死ぬかなんてわからない。だから全力で毎日を生きる。そう・・・教えられてたの。』
「・・・うん。」
『だから・・・家族も友達も、私のそういう生き方をわかってくれてると思ってた。』
「・・・。」
『大好きな家族がいて、良い友達に巡り合えて、私は本当に幸せだった。
後悔なんて・・・本当になかったんだよ・・・!』
の生き方は何度も聞いた。
笑いながら、誇るように堂々と自分の生き方を話す彼女は、嘘を言ってるようには見えなかったし、
それがただの強がりだけではないこともわかってた。
『後悔なんてなかったのに・・・!あんな二人の姿・・・見たくなかった・・・!』
それがすべて本当だとしても、思い込みだったとしても、
彼女は悲しむ両親の姿など知らずにいなくなれれば、それが幸せだったのかもしれない。
『これ以上望むものなんてないのに・・・どうして私はここにいるの?』
はじめから、彼女はずっと口にしていた。
未練も、後悔もないと。
だけど俺はずっと疑問だった。そんな人間がいるのだろうか。
俺は前に進むことも、後ろを振り返ることも躊躇する弱い人間で。
周りに流されるように翻弄されて、今でもまだ迷い続けてる。
そんな自分にとって、は理解し難い人間だった。
人の心にずかずかと入り込んで、かき乱して、それなのに本人は余裕でいて。
いらいらした。迷惑だと思った。はやく彼女から解放されたいと願っていた。
過ごしたのは、ほんのわずかな時間。
でも、俺はもう知っている。知ってしまっている。
彼女は強いだけの人間ではないのだと。
「・・・本当にないの?」
彼女と俺は生き方も考え方も違う。
理解はできない。だから、ぶつかることだってあった。
でも、だからこそ、気づけることがある。
「なんだっていい。小さなことでも、当たり前のことでも。」
いつだって全力で生きてきたという彼女。
後悔をしたくないから、後ろを振り返らないものだとしたら。
今までの生活に満足していたことも、自分の生き方に誇りを持っていたことも本当なんだろう。
でも、だからといって納得なんてできるはずはない。幸せな毎日を送っていたのならば、尚更。
確かに死んでしまったら、何かを望んでもそれが叶うことはない。
だけど、
『・・・わたし・・・は・・・』
望みを、願いを、止めることなんてできない。
『・・・もっと・・・』
は後悔をしたくなかった。
けれど、あふれ出す願いを考えれば考えるほどに、それは後悔につながる。
だってそれは、叶えることのできない願いになるから。
『・・・もっと・・・一緒にいたかった・・・』
だからきっと、無意識に考えないようにしていた。
明るく笑いながら、自分は平気だと、未練などないと言い続けた。
『・・・生きたかったっ・・・』
当たり前で、ささやかな、その願いさえ口にせずに。
彼女の瞳にたまった涙が、止まることなく溢れ出す。
出会ってからはじめて、俺は彼女の涙を見た。
自分が死んでしまい、成仏するための未練もわからず、
俺と出会うまでは、誰一人話す相手すらいなかった日々。
くじけていても、泣いていてもおかしくない状況なのに、彼女は笑っていた。
余裕でいるように笑って、余計な世話ばかりをやいて。
強い人間だとそう思わせておきながら、時折弱さを見せるんだ。
無意識にへと手を伸ばしていた。
けれど、実体のない彼女へ触れることはできず、その涙は地面をぬらすことさえない。
もどかしかった。悔しさがこみあげた。
けれど俺はどうしたって、彼女に触れることはできない。
目の前にいるのに、その涙をぬぐうことすらできない。
伸ばした手を元に戻し、俺はただ彼女を見ていた。
触れることさえ出来ないけれど、傍にいることはできるから。
はもう実体はないけれど、周りの誰にもその姿は見えないけれど、
俺の目には映っているから。俺は知っているから。
君が、ここにいること。
伝わればいい。
君は今、一人じゃないのだと。
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