「後悔のないように生きなさい。」
それは私が小さい頃から言われてきた言葉。
「そう生きるのはとても難しいことだけど、」
それは私の家のルールであり、家訓であり、
「いつだってそうありたいと願える人になりなさい。」
自分の道を精一杯生きていくためのひとつの指針だった。
空に唄う
「意外と近いんだね。」
『うん、でもここからちょっと歩くよ。』
「それは別に構わないけど。」
竹巳の提案で、私の住んでいた町に来ることになった。
最寄り駅から電車で1時間。駅に着くと周りを見渡す。
『なんか二人で出かけるってデートみたいだね!』
「はいはい。ていうか自分の家に帰るデートって何だよ。」
『そうだな、デート通り越してプロポーズ?お嬢さんを僕にください!みたいな。』
「バカじゃないの?」
竹巳とは最初に出会った頃よりは大分打ち解けることが出来たように思う。
出会った状況が状況だったから、竹巳も戸惑っていたようだけど、
今ではこうして私の未練探しを手伝ってくれている。最初に思ったとおりの優しい人だ。
『何か見つかるかなー?』
「それを確かめにいくんだろ?」
竹巳の隣で宙に浮かびながら、軽く声をかけてみる。
私の未練を探しにいくというのに、なぜか竹巳の方が緊張しているみたいだった。
「本当に未練はないの?やりたいことは?会いたい人は?」
竹巳にそう聞かれても、本当に自分には未練はないとそう思った。
私はそれまでの人生を全力で生きていたから。後悔することなんて何一つないと。
「・・・まあでも、これで状況が変わらなかったら・・・しばらくは歌の練習してるしかないね。」
『いや・・・そ、それはちょっと・・・!』
「ふはっ、何慌ててるんだよ。座右の銘はどうしたの?」
『・・・それは私の未練ってよりは、竹巳が楽しいだけじゃないの?』
「まさかー。」
『その軽い返事がいかにもあやしい・・・!』
そりゃあ家族や友達に会えたら嬉しい。話せるのならもっと嬉しい。
だけど、それが出来ないことを私は知ってる。私はもう死んでしまった人間だから。
そんな当たり前のこと、未練とは言わない。
『着いた。ここだよ。』
「ふーん・・・。」
自分が死んでしまったことを自覚した後、私はこの家に数度訪れていた。
家族の様子が知りたいということもあったし、一人で時間をもてあましていたからという理由もある。
心配をしているわけじゃなかった。だって、私が後悔せずに生きていくことを教えてくれたのは、私の両親だから。
それは難しい生き方だと、お父さんはそう言った。それでもそうありたいと願える人になりなさいとお母さんは言った。
私はその通りに生きた。そのことを私の大切だった人たちは知っていたはずだから。
「それじゃあ俺はここまでだね。」
『え?ついてきてくれないの?!』
「・・・俺とは面識ないんだよ?いきなり見知らぬ奴が現れたらお前は何者だって話になるだろ?」
『さんの救世主です!って紹介でいいと思うよ!』
「本気で言ってそうだから怖いんだけど。俺は妙な恥かきたくないから。とっとと行ってきなよ。」
確かに私が生きていた頃に竹巳とは面識がないから、両親が竹巳を知っているはずもないんだけれど。
本当に家まで着いてきてくれるものだと思ってた。竹巳、言い訳つけるのとか得意そうだし。なんて言ったらまた怒られるよね。
『もー・・・わかったよー!』
私が過ごし、その存在を失ってからも何度も訪れた家。
自分のお葬式を見るなんて、すごい体験をして。
両親は予想通りに私の生き方を誇ってくれていた。
「あの子も全力で生きてたから悔いはないだろう」とそう言ってくれていた。
だから、怖がることも、緊張する必要だってないはずなのに。
なぜか胸の奥がチクリと痛かった。それは徐々に広がって、得体の知れない圧迫感に変わる。
「。」
『何?』
家のドアへ向かって進もうとすると、竹巳が私の名を呼んだ。
振り向けばそこには、私をじっと見つめる竹巳のまっすぐな視線。
「待ってる。」
『・・・竹巳?』
「が出てくるまで、ここで待ってるから。」
このとき胸にこみあげてきたものは何だっただろう。
痛みでも、先ほどまで感じていた圧迫感でもない。
温かくて、安らげる、優しい何かに包まれるように。
「・・・うん。」
もう何度も訪れた家。
そこに私の未練があるのかもわからない。
「だけど、こんなときまで強がらなくていいだろ?」
私は本当に強がっているつもりなんてなかったの。
自分は死んでしまったのだから、ここにいるべき人間じゃない。
だからこの姿が消えていくことだって、いつか起こることであって、当然のことだとそう思っていた。
「が強いのはわかるよ。だけど、出会ったばかりの俺にまで強がる必要なんてないだろ?」
それでも貴方は、私の背中を押した。
面倒だと迷惑だとそう言いながら、私と一緒にいてくれた。
『行ってくるね!』
自分が死んでしまったとき、後悔はなかった。
だけど、悲しくなかったわけじゃない。
一人で彷徨う時間が経てば経つほどに、寂しさも不安もこみ上げた。
そのときかけてくれた優しい声を、差し伸べてくれた、触れることのできなかったその手を私は忘れない。
緊張も、痛みも消えていた。
私は竹巳が見守る中、家の扉へ向かって進んだ。
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