『ほら、あれから私、薄くなってないでしょ?』

「それはまあ、そうだけど。」





あれから数日、の住んでいた場所にはまだ向かっていない。
俺が学校もあることをが気にしたからだ。
学校からの帰りとか、休む手もあったけれど、はそんなことしなくてもなんとかなるよと笑った。





「いつだって全力で後悔しない生き方はどうしたの?」

『ははっ、世話好きの心配性ー。』

「そうやって笑ってるところとか、やっぱり俺には理解できないな。」

『竹巳。』





楽天的なところも、前向きな考え方をすることも、彼女の性格なのだろうけれど。
それでももしかしたら今すぐにでも消えてしまうかもしれない。
彼女の体が薄くなったのだって、理由もわからない突然のことだったのだから。
なのに余裕でいるように見えるに、さすがに声を荒げればも冷静な声で答える。





『私、今消えてしまっても後悔しないと思う。』

「・・・え?」





そう一言つぶやくと、満面の笑みを浮かべて俺に抱きつく。
正確に言えば、抱きつくように俺の体を触れることのできない腕で覆った。





『竹巳に会えて、よかった!』





表情は見えなかった。触れることさえできない体からは、温もりも感じない。
楽しそうに告げたその言葉に、俺がどんな感情を持ったかなんて考えてもいないんだろうか。



















空に唄う



















『ねえ竹巳、怒らないで聞いてね?』

「そう言う時点で俺が怒るようなこと言うつもりなんだろ?約束なんてできないよ。」

『竹巳の意地悪ー。でも言っちゃうけど、サッカー部の練習、参加しなくていいの?』

「・・・。」

『あ、また余計なこと言ってるコイツとか思ってるでしょ?!でもおあいこだからね!
竹巳が私の心配してくれたのと同じことだからね!愛情の裏返し!』

「誰が心配?愛情?何でも都合のいいようにとらえるよね、は。」

『もちろん!そう考えたほうが楽しいじゃない!』






と話した結果、結局は今週の土日に彼女のいた町に向かうことになった。
それはつまり明日なのだけれど、その前日に彼女は突然何を言い出すのか。





『竹巳、気づいてる?いつも無意識にサッカー部のグラウンドの方見てるの。』

「・・・別に。今までサッカー部だったんだからおかしくないだろ。
それにそもそもサッカー部の練習は高等部に進学してからじゃないと参加できないって言ったの聞いてた?」

『聞いてるよ失礼な!でも、別に学校や場所にこだわらなくたって練習はできるじゃない?』

「それも俺の勝手。」

『・・・疑問なんだけどさ。』

「却下。ノーコメント。」

『竹巳、サッカー好きなんだよね?』

「人の話聞いてた?」





俺がどんな反応を返しても、自分のペースを崩さない。
この間、こんな会話から喧嘩に発展したのを覚えていないのだろうか。

はやく答えろとばかりに俺を見つめ続けるに、何度目かのため息をついて。
彼女の質問の答えを浮かべる。
サッカー部を続けていくのかは迷っていた。だけど、自信を持って答えられるものだってある。





「好きだよ。」

『じゃあ何で迷うの?好きなら続ければいいじゃない。』





にとっては当然の疑問なんだろう。
いや、同じ疑問を持つ人は大勢いるのかもしれない。
こんなことで何で悩んでいるんだって、他人にはそう思われているのかもしれない。

だけど俺は、





「好きだから迷うんだ。」

『・・・好きだから?』





好きなだけじゃ超えられない壁がある。
努力だけじゃ超えられない壁がある。
走っても走っても追いつくことのできなかった、遠い背中。

いつか力尽きて見送ることしかできなくなるんじゃないかと不安になる。
その才能を羨み嫉妬する、醜い感情が自分の中を駆け巡る。





「好きなだけじゃ超えられないものだってある。そうして疲れきって楽しめなくなることが嫌なんだ。」

『・・・。』

「・・・にはわからないだろ?」

『今までは楽しくなかったの?』

「楽しかったよ。でも、嫌になってしまったこともある。」

『でも、最後まで続けたんだよね?』

「そりゃ・・・そうだけど。」

『じゃあ大丈夫だと思うけどな。』

「だからそんな簡単なことじゃ・・・」

『簡単なことだよ。』





俺の言葉を遮って、が俺に指をさして誇らしげに笑う。





『はじめてみないとわからないこともあるよ、竹巳。』

「・・・っ・・・。」

『超えられない壁があって悔しかったんでしょう?悔しくて嫌になって、それでも乗り越えたいと思ったんでしょう?
それってよっぽど好きな証拠だよね。』





それは彼女の楽天的で前向きな考え方だったのだろう。
俺にとっては重たくて深刻な悩み。
今までだったらやっぱり腹がたって、そんなの綺麗事だって反発したんだろう。

なのに、彼女の笑顔があまりにもまっすぐで。
本当に俺を応援して、背中を押してくれているように感じて。
なぜか嫌な気持ちにはならなかった。





『決めるのは竹巳だよ。それは変わらない。
だけど、周りに振り回されないで、竹巳が何をしたいのかで決めるのが一番だと思う。』

「・・・。」

『というか、それが一番嬉しい!』

「・・・それってつまりの願望なんじゃ・・・」

『そうともいう!』

「周りに振り回されるなって今言ったばっかりだろ・・・?!」





いたずらめいた笑みにつられて俺も笑う。
答えが出たわけじゃないし、何が解決したわけじゃないけれど、不思議と心が軽くなった気がした。





「あーあ、と話してると悩んでるのがバカらしくなってくる。」

『何それ?!大体ねー、竹巳は慎重すぎるんだよ。』

「楽天家すぎるに言われたくない。」

『なによー!いいじゃん、楽天家!』





明日は彼女の大切な人たちに会いにいく。
何があるのかはわからない。彼女の未練が見つかるのか。
それが達成されるのかも、そうでないのかも。

彼女はきっと強いけれど。
楽天家で前向きでいつだって明るく笑うけれど。

その中にある強がりも寂しさも、俺は気づいてしまった。

何をするわけでもない。
何が出来るかすらわからない。

けれど、何かがあったとしても、傍にいることくらいはできるから。








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