『さて!今日も元気に学校だよ竹巳!』
「・・・わかってるよ、朝っぱらからそのテンションやめてくれる?」
『そのテンションってこれが私の普通のテンションなんだけど!』
「・・・。」
ほんの少しの静かな時間は終わって、また騒がしい1日がはじまる。
それを受け入れたのは確かに俺だけど、やっぱり早まっただろうか。
満面の笑みを浮かべて俺を急かすをぼんやりと眺めて、深くため息をつく。
「・・・あれ?」
『何?』
「・・・なんだか・・・薄くなってない?」
『え?』
もともとは幽霊だなんてわからないくらいにはっきり見えていたはずだ。
けれど今はその存在が少し薄れてしまって見える。薄く・・・というよりは透明に近づくと例えるべきか。
は俺の言葉に少し驚いたように自分の手をまじまじと見つめた。
鏡にはうつることのない彼女はそうすることでしか、自分の姿を確かめることができない。
『そう言われれば・・・そうかも?』
「何そのとぼけたセリフ。」
『まあ幽霊だしね。こっちの方がそれっぽいよね。』
「びっくりするくらいに慌てないよね、。」
『だって、こういうこともあるって予想はつくじゃない?』
まったく動じる様子をみせることなく、透けはじめている手をひらひらと振ってみせた。
そうだ、は最初からこういう奴だった。
『最後にはちゃんといなくなるから。』
余裕の表情で笑う彼女を見て、初めて出会った日の言葉を思い出した。
あのときは何の感情も沸かなかったのに、なぜだか今は心がざわついていた。
空に唄う
『もしかしたら竹巳とももうすぐお別れになるかもね・・・。寂しくても泣かないでね!』
「うん、心配は無用。」
『無用なの?!ちょっとくらい寂しがってくれてもいいのに!』
「・・・少し変化があっただけだろ?そんなすぐに消えるなんてことはないんじゃない?」
『さあ、どうだろうねー。』
家から電車までの道に人影はほとんどない。
俺の隣、体を浮かせているから少しだけ高い位置で、はいつも通りに話を続ける。
「・・・大体予想がつくって何を予想してたの?」
『未練がなくてもしばらくはこうして幽霊になって彷徨って、一定期間過ぎたらそのうち成仏するのかもしれないし、
もしくは知らぬ間に未練が解消されていたとか。竹巳に会うまでは暇だったからいろいろ可能性は考えてたんだよね。』
「・・・一定期間の方はともかく、俺に会ってからしたことってせいぜい歌の練習したことくらいじゃない?」
『ねー!それが未練っていうのが納得いかないんだけど!私は竹巳に恥をさらすためだけにここにいたのでしょうか!』
「・・・単に恥をかきたかっただけとか?」
『ちょっと待って!私にそんな趣味はなーい!』
自分が幽霊となってしまって、誰とも話すこともできなくて。
彼女はたった一人で何を考えていたのだろう。
「。」
『ん?』
「本当にこのまま消えてしまってもいいの?」
『・・・え?』
彼女の存在が薄れていく理由はわからない。
俺と行動しているなかで、彼女も気づかない未練というものがあったのかもしれないし、
もしくは本当に"この世"にいるリミットというものがあるのかもしれない。
「本当に未練はないの?やりたいことは?会いたい人は?」
『竹巳・・・?どうしたの急に。』
それがどんな理由であれ、いつ消えるかわからない状態で。
笑ってそれを受け入れているように見えるけれど、本当にそうなのだろうか。
まだ出会って間もない俺に、彼女の本当の気持ちなどわかるはずもないけれど。
「なんか・・・イラつくな。」
俺ならば、耐えられないと思う。
寂しくてつらくて怖くて、笑ってなんかいられない。
誰とも話すことさえできなかった、たった一人の時間を笑いながら暇だったなんて言えない。
予想はついていたからと冷静でいることだってきっとできない。
彼女は強いとそう思う。俺なんかよりずっと、ずっと強いのだと。
『ええ?何が?』
「が。」
『私?なんで?!どの辺が?!』
「全部。」
『ひどい!』
「確かには強いんだろうし、一人で何でもできるのかもしれない。
全力で生きてきたっていうのも本当だと思うし。」
『・・・?』
「だけど、こんなときまで強がらなくていいだろ?」
『ちょ、ちょっと待って?私は強がってなんか・・・』
「強がってるよ。」
彼女の言ってることもきっと本当だ。
は強がっている気なんてないんだろう。それが当たり前だったから。
強くて何事にもとらわれず、いつだって全力で。目の前に立ちはだかる壁を自分の力で乗り越えていく。
それがきっと、という人間だったんじゃないかって思う。
俺もそう思っていた。出会った彼女は俺が持っている寂しさとか苦しさとか、そんなものとは無縁の存在に思えた。
俺の気持ちなどわからない、けれど首はつっこんでくる無神経な奴だとすら思っていた。
そう思っていたから彼女には八つ当たりでしかない、ひどい言葉だってぶつけた。
でも、俺は気づいてしまったから。
『いや、その・・・竹巳のピアノを聴きに・・・?』
いくら平静でいるように見えても、大丈夫だと笑っていても、
たった一人の世界が寂しくないわけがない。
『・・・一緒にいても、いいの?』
怖くないはずがない。
「、俺に言ったよね?俺はどうしたいのかって。そのまま返すよ。」
『・・・だ、だから私は・・・』
「のことだから、家族も友達も・・・大切な人はたくさんいただろう?
じゃあ何でずっとその人たちの傍にいなかった?どうしてコンビニなんかに一人でいた?」
『それは・・・私と話せる人を探してたからで・・・』
「あんな風にうずくまって?」
『!』
彼女がどんな風に生活してきたかも、死んでしまった理由すら知らない。
だからわからなかった。わかろうともしていなかったから当然だ。
「が強いのはわかるよ。だけど、出会ったばかりの俺にまで強がる必要なんてないだろ?」
『・・・強がってなんかないって言ってるのに。』
「・・・。」
『竹巳って実は世話好きだよね?』
「誰が。面倒なことは嫌いだよ。ただ・・・」
『?』
「何も解決しないまま消えていかれるのも後味悪いしね。」
『そう思うこと自体、世話好きだと思うけど?』
「・・・そうだとしても、いつもの俺はこうじゃないよ。きっとに引きずられてるんだ。」
『人のせいにしないでくださーい!』
「・・・それで?どうする?会いにいくの?」
『うーん・・・』
「何?」
『・・・竹巳も・・・ついてきてくれる?』
その一言に驚いた表情を見せると、が慌てて「できればでいいんだけど」と付け足す。
そんな表情を浮かべてしまったのは、行きたくなかったわけではなく、こんなにもはっきりとした彼女の弱音は初めてだったから。
「いいよ。」
『!』
「ついていく。」
面倒としか思えなかった存在の彼女に、こんなにもすんなりと言葉が出てくるとは思っていなかった。
自分でさえこう思うんだから、は俺なんかよりずっと驚いただろう。
彼女の本心が全部わかったわけじゃないし、同情とも違う気はする。
ただ、驚いた後に見せた見慣れていたはずの彼女の笑顔が、なんだかやけに嬉しかった。
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