「・・・い、笠井、聞こえてるかー?」

「っ・・・はい!」

「お前、部活引退したからって気が抜けてるだろ?ほら、この問題。解けなかったら居残りだからな。」

「・・・あ・・・」





授業中に考え事をしてしまったときに限って、こういう目にあう。
厳しい先生の授業でそんなことをしているからだ、と言われればそれまでだけど。

内心ため息をつきながら、諦め半分に黒板の数式を見た。
・・・こんなのすぐに答えを出せってほうが無理だ。





『マイナス1だよ、竹巳。』

「え?」

『いいからものは試し!言ってみて?』





後ろから聞こえてきた声に振り向きそうになるも、なんとかこらえて。
俺はダメもとで彼女の言葉をそのまま告げた。





「正解。なんだ、寝てたわけじゃなかったのか。よし、座りなさい。」

「・・・。」





驚いたことに彼女の言った答えは正解だったようだ。
俺がぼーっとしている間にもきちんと授業を聞いていたのだろうか。
そんなに真面目に授業を受けるタイプには見えないから意外だった。














空に唄う

















『えー、私は真面目だよ?』

「・・・。」

『何その疑いの目!失礼!』





一人になったときにさりげなく聞いてみれば、予想どおりの冗談まじりの返事。
こんなだからいつもふざけているように見えるんだよなあ。





「あの問題、かなり難しかったと思うけど。数学得意なんだ?」

『得意っていうか、わたし頭いいからね!』

「・・・なんだろう、すごく腹立たしい。」

『えええ、その表情のない顔が怖い!まだ普通に怒ってくれた方がいいよ!』





そのときは彼女の言っていることが冗談にしか聞こえなかったけれど。
数日もすると、それが本当か冗談なのかがおのずとわかってくる。
なぜなら授業のたびに俺の後ろから、各授業の問題の答えが聞こえてきたからだ。

おかげで最近の俺の小テストは点数がすこぶるいい。
ただ、正直に言えば。





「すっごい迷惑。」

『ええ!』

「人が考えてるのに答えを先に言われたら誰だってそう思うだろ。」

『だって竹巳が私のこと信じてくれないから・・・!』

「わかった、頭いいのはわかったから、黙ってて?」

『今度は笑顔のくせになぜか怖い!』

「別に普通だよ。」

『笑顔なのに怖いのが普通なの?!』





一緒にいる時間が増えるほど、彼女のことも知るようになる。とは言っても、が勝手に喋りだすことがほとんどだけれど。
は彼女自身が言うように本当に頭はいいみたいだ。
前にいた学校では常に学年でトップだったというし、陸上部だったようでいろんな大会で賞をとったとも自慢をされた。
実体のない今の彼女に証明できるものは頭は悪くないんだということだけだったけれど、あんまり誇らしげに話すから
全てが本当のような気もしてくる。





『信じてくれないの?!全部本当だってば!』

「・・・本当だとして、でもそれを自分で自慢するってどうなの?嫌われるだろそれ。」

『なんで?』





本当に疑問そうな表情で聞き返すから、俺の方も拍子抜けしてしまった。
他人の自慢話なんて、ひがみやねたみの対象になることだって多いだろうに。





『全部わたしが努力してきた結果だもん。自慢したくなるでしょ?』

「・・・。」

『テストのいい点も、大会でのメダルも、皆に見せびらかしたくなる。』





そのときのことを思い返しているのだろう、が楽しそうに笑った。
そんな彼女に俺はもう何も言わなかった。
別に呆れたわけでもない、面倒になったわけでもない。
何も言葉が浮かんでこなかった。否定も肯定もできなかった。















それからまた数日、俺はひとつの違和感に気づいた。
たくさんある授業で答えを口にしていたり、授業に関心していたり。
退屈になったら俺にくだらないことを話しかける彼女が、ほとんど喋らなくなる授業があったのだ。





「いい?じゃあ今度は最初から。男子は恥ずかしがらずもっと声を出すように!」





今の内容は合唱となっている、音楽の授業だ。
音楽の先生がピアノを弾き、様々な声が流れ歌がはじまる。
今までのの行動を見ていれば、真っ先に一緒に歌いだしそうなものだ。
他の退屈な授業でさえ、無理矢理首をつっこみたがるくらいなんだから。

けれど同じ教室にいても彼女は歌いだすことはないし、時々教室にすらいない。
これは何かあると考えるのが普通だろう。彼女の未練というのにも関係があるかもしれないし。









『え?音楽の授業?』

「うん、なんか大人しいよね。」

『そう?そうかなー?そんなことない気がするなー。』





あ、明らかに目をそらした。
いつも飄々としている彼女にしてはすごくめずらしい。
これは確実になにかあるだろう。





「いや、大人しいっていうかおかしいよね。いつもうるさくて黙れって言っても喋るのに。
音楽の授業だけほとんど喋らないだろ?これがおかしくないなんていうほうが変。」

『・・・。』





もしかしたら聞かれたくないことなのかもしれない。
だけど彼女は未練はないと、心当たりがあれば知らせるとそう言ったんだ。
このまま彼女についていられても困るし、大体ずっとこのままでいられたら俺のほうが持たない。





『・・・私ね・・・』

「うん。」





顔を俯けたまま、言いづらそうに口ごもる。
そんな彼女を見たことがなくて思わず身構え、次の言葉を待った。





『びっくりするくらい音感がないのよおおお!!』

「・・・はい?」

『頑張ってたよ?!全力で練習もしたよ!だけど、家でしてたら近所迷惑だって怒られてね?
仕方ないから一人でカラオケにいって音のとりやすそうな歌で練習したりね?』

「・・・え?あ、ええ?」

『その次に音楽の授業の課題曲を耳に覚えこませて、またカラオケで練習だよ!
曲は入ってないから録音して持参したよ!』





聞いてないことまで必死に喋り倒す、慌てたような恥ずかしがっているような表情。
それまでずっと余裕でいて、勉強も運動もできるって自慢して、人の話も聞かない図太さも持っていたのに。
いきなりこれは、なんだか・・・





「・・・っ・・・ははっ・・・」

『わ、わらっ・・・笑った?!今笑った?!』

「・・・だ、だって・・・あんなに自分のこと自慢気に話してたのに・・・」

『それとこれとは関係ないじゃん!いいんだもん!課題曲はクリアしたもん!』





俺が呆れても怒っても、八つ当たりをしてしまっても、動じることのない子だと思ってた。
まさかこんなことで、それが崩れるなんて思いもしなかった。





「思ったけどそれが未練ってことはないの?」

『え?ええー、ないよ。私、全力で練習して課題クリアしたもん。』

「他のことはできるのに、歌が下手なのが悔しかったとか。」

『そりゃ悔しかったけど、後悔はないなあ。』

「そう思ってるだけかもよ?」

『うーん・・・』

「やってみないとわからない、って言ったのだろ?」

『う・・・。・・・そうね、そうだね!やってみよっか!』





単純というかなんというか。
力強くガッツポーズをとり、大きく頷く。





『あれ、ところでどうやって練習するの?カラオケ?』

「俺の家にピアノがある。学校で習った曲でもいいし、好きだった曲を歌うのでもいいんじゃない?」

『ピアノがあっても弾ける人がいなきゃ・・・』

「それくらいなら協力してあげるよ。」

『え・・・ってまさか!竹巳ピアノ弾けるの?!』

「うん、昔習ってたから。」





大げさに驚いた表情を見せてかたまり、すぐに「秘密主義!」と背中を叩かれた。
とはいっても彼女は俺に触れることができないから、そういう風に手が動いた、と言った方が正しいだろう。





『竹巳ってばなんだかんだ言いながら協力してくれるよね。』

のびっくりするくらいの音感聞いてみたいし。」

『ちょ、ちょっとバカにしてる?!バカにしてるよね?!こっちはいつだって一生懸命なのよ?!』

「ははっ、わかってるよ。だから協力するって言ってるのに。」





必死になるがやっぱり新鮮で可笑しくて、思わず笑いが零れた。
そんな俺を見ては不満そうに顔をふくらませ恨めしそうににらむ。
けれどその表情も段々ともとに戻り、いつの間にかいつも通りの笑顔に変わっていた。





『竹巳の笑った顔、はじめて見た!』

「・・・は?」

『いつも怒ったり呆れたりするのばっかりでさ。寂しかったんだもん!』

「それはの行動を見てたら仕方ないことだろ。それに普段の生活でも笑ってることはあったと思うけど。」

『うーん、それはそうなんだけど。笑った顔にもいろいろあるっていうか、』





首をかしげて少し考えるように上の方へ視線を向けて。
何かを思いついたように小さく声をあげると、俺へ視線を戻した。





『今の笑顔が一番好き。』

「!」





照れる様子などひとつも見せずに呟かれた一言に、
彼女を見つめたままかたまってしまって。けれどすぐに我に返る。





「バカなこと言ってないで帰るよ。」

『バカじゃなーい!』





彼女から視線をそらしたのは、恥ずかしい台詞を当たり前のように言葉にする彼女に呆れたから。
そんな彼女を見てこちらが恥ずかしくなってしまったから。

視線を戻そうとしない俺を気にもせず、自分の音感について言い訳がましく必死に話し始める彼女にまた笑いが零れて。
ようやく視線を戻すと、はまた嬉しそうに笑った。









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