「外では俺に話しかけないで。というか話しかけても反応しない。」

『うん、頑張る!』

「・・・頑張らないとできないことなの?」

『多分。』

「もういいや・・・って、あれ?」

『何?』





未練探しを手伝うことになってしまった女の子の幽霊。
幽霊というものに持つ暗いイメージなど見えないくらいにいつも明るい・・・というか騒がしい子だ。
昨日は疲れてはやめに寝てしまったとはいえ、それなりに話をしていたはずなのに、俺はひとつ彼女に聞いてないことを思い出す。





「・・・えっと、名前は・・・」

『ええ!あれだけ話してて聞いてないの!』

「言ってないだろ。大体俺だって自己紹介してないじゃんか。
なのにそっちが知った風に俺の名前呼んでたから、聞く機会も逃すよ。」

『君とかそっちとかそんな呼び方してるからよ!』

「・・・俺が責められる筋合いないと思うんだけど。」

『まあいいや!私、っていうんだ。ね、!』

「・・・そう。じゃあちゃんと大人しくしててね、。」

『ちょっと!名前強調してるでしょ?!そこは乗っかってよ寂しいから!!』














空に唄う














部活を引退したといっても、学校は当然あるわけで。
俺は朝早くから慣れない電車に揺られていた。
寮からの方が勿論距離は近いけれど、朝練がない分起きる時間にそう代わりはない。





『今更だけど竹巳って武蔵森?うわー、すごいね文武両道の名門じゃん!』





少し早い時間で人もまばらな電車内を見回した後、俺の制服をまじまじと見てが興奮気味に話しだす。





『私は公立中だからなー。電車を使ってくる子はいなかったよ。
そういえば電車自体、私もあまり乗ったことないんだよねー。』





もちろんまばらとはいえ周りに人がいる中でそれに反応を返したりはしない。





『・・・まさか!私の未練って電車に乗って旅がしたい!だったりして!』

「っごほ・・!げほっ・・・!」





無反応をきめこもうとしていたのに、予想外の彼女の言葉につい咳き込んでしまった。
周りの人たちがどうしたのかと俺を見る。
ゴホン、とひとつ咳をして何事もなかったかのような顔をしたけれど、なんだかすごく恥ずかしい。





『電車を降りて私がいなくなっても寂しがらないでね、竹巳!』





寂しがるわけないしそれが未練なら万々歳だ。心の中で一人呟いていた。
















「おはよ、タク!重役出勤!」

「おはよ。いきなり何、誠二。」

「俺より遅いなんて珍しいじゃん!久しぶりの実家で気が抜けた?」

『え、竹巳、友達?!すごく可愛くてかっこよさげな子!』





気が抜けた、なんてものじゃなく、すごくやっかいな問題を抱えてる・・・なんて言えるわけもない。
大体言ったところでの姿は俺以外には見えないから、どうにもならないのだけれど。





「誠二が遅刻ギリギリじゃないことの方が意外。」

「俺はいつでも真面目じゃーん。何言ってんのタク。」

「・・・高等部の方で条件でもつけられた?遅刻をしたら参加させない、とか。」

「!」

「当たり?」

「もー、何でわかっちゃうかな!」

「はは、やっぱり。」





いつも要領よく遅刻も切り抜ける誠二だけど、今回ばかりはそれが通じないみたいだ。
確かに高等部の練習に参加してて、中等部での生活が疎かになったら問題だもんな。
誠二も必死だ。それだけはやくサッカーをしたいんだろう。高等部の先輩たちと一緒に。





「やっぱタクも寮に戻って一緒に行こうぜー。そして朝は俺を起こして!」

「寮に戻るのはともかく、誠二を起こすのはやだ。」

「えー!」

「それに誠二は特例って言っただろ?今更俺が頼みにいっても追い返されるだけ。」

「あー、そういや昨日、高等部の練習に見に来て交渉してる奴いたなー。でも先輩たちに追い返されてた。」

「ほらね。」

「でもタクがどうなるかはわからないじゃん。聞いてみればいーのに。」





悪意なんて全くなく、当然のように言う誠二に胸がズキリと痛んだ。
誠二にとっては全てが当然。高等部へ行ってサッカーを続けるのも、今高等部の練習に混ぜてもらうことも。
そのためにできることはやっておくことも。先のことなんか考えず、思ったとおりに行動して、けれどそれを実現させる。
誠二はそうできる力を持っている。





『ちょっと竹巳、サッカー部なの?!武蔵森のサッカー部?!
めっちゃ有名じゃん!どうして言わないのー!この秘密主義ー!』





正面からは誠二、左からは
騒がしい二人の声がぐるぐる頭をまわる。





『それとよくわからないけどそこの彼に賛成ー!何事もやってみないとわからないぞー!』





最初から少しだけ・・・思っていたけれど、なんとなくは、誠二に似ている・・・なんて言ったら誠二に失礼だろうか。
思ったことを思った通りに突き進んでいく誠二。
後悔する生き方はしたくないから、いつも全力で生きてきたと言った





「高等部の先輩たち、めっちゃでけーし、強えーんだぜ!
昨日も渋沢キャプ・・・じゃなかった、渋沢先輩にシュート止められたしさー!」

「・・・そうなんだ。」

「すっげワクワクしてきた!絶対負けねえ!」





そんな生き方を誰もが出来るわけない。
けれど、当然のようにそうして生きている人たちには、どうしてそれができないのかがわからない。



俺はきっと今死んでしまったら後悔だらけだろうなんて、楽しそうに話す誠二を見つめながらぼんやりと思った。











休み時間になり飲み物を買いに一人廊下に出ると、が待ってたとばかりに俺に問いかける。





『竹巳、サッカー部でしかもレギュラーだったの?人は見かけによらないねえ!』

「・・・。」

『今度サッカーしてるとこ見たいな!さっきの・・・誠二くんだっけ?彼が言ってたみたいに高等部の人たちに混ざらないの?』





昨日会ったばかりなのに、ズカズカと気持ちに踏み込んでくる。
俺のことなんかより、自分の心配をすればいいのに。





「・・・混ざらないよ。」

『え?なんで?さっき言ってた認めてもらえないっていうことならやってみなきゃ・・・』

に関係ないだろ。」





冷たく言い放つ。
昨日会ったばかりなのに、いきなり感情を表に出すなんて俺もおかしい。
もしかしたら日頃から溜めていたものを、一番ぶつけやすい彼女に向けていただけなのかもしれない。
チームメイトには言えるはずもないこと。だから、誰とも話すことのできない彼女に。





『そりゃ関係ないけど。』

「だろ。」

『だけどちょっとくらいいいじゃん!ケチ!』

とこうして話してる時点で結構寛大な心を持ってると自負してるけど?」

『何言ってるの!こんな可愛い子と四六時中一緒なんて幸運でしょー?!』





俺の言葉などものともせずに、結局はいつもの調子。
彼女は落ち込むとか、静かにするということを知らないのだろうか。





『まあいいけどさ。』

「・・・。」

『人に何か言われたって決めるのは自分だしね。』





何気なしに呟かれた言葉がやけに耳に残った。
そう、彼女の言うとおり道を選択するのは自分。

けれど、俺は未だに迷っている。
努力し続けた日々。勝利の喜びも敗北の悔しさも一緒にわかちあった仲間たち。
でも、そこにはいつも超えようとしてどうしても超えることのできなかった壁が、
走っても走っても追いつくことのできなかった、遠い背中があった。





『竹巳?』

「・・・前から誰か来てる。俺ももう教室戻るし、話さないでね。」

『はーい。』





日々は過ぎていくのに、自分の気持ちがわからない。
どうしたらいいのか、どうするべきなのか、答えは遠くなっていくばかりだった。








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