『私はもう死んでるから。』





そう言った彼女の言葉を、俺は信じることができない。
当然だ。俺の前であんなに喋って騒いで、元気なんだって自分でそう言ってたのに。





「竹巳?どうしたの?帰ってきてから何かおかしくない?」

「・・・そんなことないよ。」

「久しぶりの家だから緊張してるのか?」

「ははっ、まさか。自分の家なのに?」

「それならいいけど・・・。」





だけど、事実彼女の姿は父親にも母親にも見えていない。





『そうだよ竹巳!こんな美味しそうなご飯が並んでて何が不満なの?!』

「・・・。」

『そんなつまらない顔して食べるなら私が食べたい!でも食べれない!』

「・・・。」

「竹巳?やっぱりどこか具合が悪いんじゃ・・・」

「うん、ちょっと疲れてるかも。久しぶりに帰ってきたから気が抜けたみたいだ。」

「それならゆっくり休みなさいね。」

「うん。」





彼女の言うことが本当だとしたら俗にいう『幽霊』なのか。それとも別のものなのか。
それはわからないけれど、俺にだけ見える姿と声。彼女が特殊なことはきっと事実だ。

そして目下の問題は・・・





『ここが竹巳の部屋?男の子なのに割と片付いてるね!』





どうして彼女がここまでついてきて、俺の傍から離れないのかってことだ。













空に唄う














『どうしてって、そりゃあ竹巳しか話せる人がいないからよ。』

「それだけの理由で居座られても迷惑なんだけど。」

『うわあ直球!でもそういうの嫌いじゃないよ!』

「嫌ってくれて構わないんだけどな・・・。」





あのコンビニで母さんと会い一緒に帰ってきたはいいけれど、なんと彼女も一緒についてきてしまったのだ。
母さんと一緒にいた手前、反応することも帰れなんていうこともできず、ついには自分の部屋にまで来るという事態に発展してしまっている。





「悪いけど俺はそういう能力ないよ。」

『そういう能力?』

「霊を成仏させるとか、そういうの?幽霊なんて今まで見たことないし。」

『いやー、私も幽霊になるなんて初めてよ?』

「・・・そこは当たり前だろ。」





大体彼女の言葉を信じたとして、それはつまりこの子はもうすでに死んでしまっているってことで。
それなのにケラケラと笑って、こんなに明るいってどういうことなんだろう。
俺が何を言っても軽く流されるし、一体どうすればいいのかわからない。





『竹巳が声かけてくれてよかったー。一人ってつまんないんだもん。心がくじけそうでした!』

「俺は声かけなきゃよかった・・・」

『まったまた、優しいくせに強がっちゃって!いいじゃん、少しくらい付き合ってよー。』

「少しくらいって・・・どうしたらいいのかわかってるわけ?」

『えーと、私も幽霊初心者だからなあ・・・。一緒に考えようよ!』





まるで普通に友達と話してるみたいだ、なんて錯覚は置いといて。
この状況をどうにかしなきゃならない。ほっといたって何の解決もしないだろうし、
俺自身、このまま彼女にいつかれても困ってしまう。





「ああ、そうか。こういうのは専門の人に任せればいいんだよ。」

『何が?』

「霊能者とか霊媒師とか?そういうの調べてみるから、君はその人のところに行きなよ。
俺なんかよりよっぽどたくさん話してくれると思うから。」

『却下!』

「は?」

『霊媒師なんて呼んで、それが3級で悪霊と思われて除霊でもされたらどうするの?
そんなことがあったら君のこと末代まで祟るわよ?』

「・・・全然シャレになってないんだけど。」

『あれ?笑えると思ったんだけど。』

「笑えるか!」





ガラにもなく大きな声を出して、ため息をついて肩を落とす。
そんな俺に構うこともなく、彼女はその場にフワリと浮いて笑みを浮かべる。





『思考をプラスにして考えようよ。』

「この状況をプラスにできる思考なんて、あいにく持ってないよ。」

『これはつまり運命だと思うの。』

「は?」

『竹巳、今まで幽霊なんて見たことなかったんでしょう?でも私のことは見えてる。これって何か意味がありそうだよね。』

「ないよ、あっても困る。」

『接点のなかった二人がこうして出会った・・・つまり運命!』

「そんなことどうでもいいけど、これって俺、とり憑かれたことになるんじゃないの?」

『なにそのネガティブ思考はー!!』





フワフワと宙に浮かぶ彼女にもう驚くことはなく、言葉を返す気力さえなくなってしまった。
彼女はどうやったって、何を言っても俺から離れる気はないみたいだ。
追い返そうとしたってのらりくらりとかわされて疲れるだけなんだったらむしろ・・・




「・・・何。」

『ん?』

「幽霊になってもここにいるってことは、きっと何か未練があるんだろ?」

『え!協力してくれる気になったの?』

「いつまでもいつかれても困るから。
ただ、協力はするけど俺の生活に干渉はしてこないで。それが条件。」

『うんうん!』

「それで、俺は何をすればいい?」

『・・・いやー、それがよくわからないんだよねー。』

「・・・は?」





背に腹はかえられず、意を決して協力するといえば、返ってきたのは間抜けな声。





『私もきっと未練があるからここにいるんだろうなーって思ってたの。
だから考えてみたんだけど、どうも思い当たる理由がないんだよね。』

「何それ・・・」

『私、いつでも全力で生きるのがポリシーだったから!
人間いつ死ぬかなんてわからない。だから後悔しないように毎日を生きるって決めてたの。まあ本当に死んじゃったけどね!』

「・・・反応に困るんだけど。」

『えー、笑っていいとこだったのにー。うちは家族みんなそんな考えで育てられてきたんだよね。
だから私のお葬式で両親なんて言ってたと思う?あの子も全力で生きてたから悔いはないだろうだって!そのとおりなんだけどね!』

「・・・。」

『だから何で自分が幽霊になってまでここにいるかがわからないんだ。
未練がなくても死んだら幽霊になるってだけだったら同類さんがいっぱいいそうだけど、そういう姿も見えないしさ。』





唖然として何も言えず、ケラケラと笑いながら話し続ける彼女をただ眺めていた。
呆れた。自分が死んでしまっているっていうのに、笑ってそれを話せるなんて。
全力で生きてきたから後悔がない、だなんて。そんな人間がいるのだろうか。





『無理やり見つけるんだったら、そうだなー。直前のテストでケアレスミスしたこととかー、
あ!最近友達に彼氏が出来て、興味はあったなあ。』

「・・・。」

『だけど好きな人がいたわけじゃないし。でもそれが未練だったらどうする?』

「・・・別に。」

『え?それだけ?』

「いや、だってどうしろっていうのそれ。」

『ほら、竹巳が彼氏になってくれるとか。あ、彼女いるの?』

「・・・とりあえずつっこみたいところは結構あるんだけど・・・付き合うったってどう付き合うの?
お互い触れることもできないのに?」

『・・・。』

「・・・。」

『まあなんとかなるんじゃないかな?』

「ならないだろ。」





・・・やっぱり早まった。
彼女が未練を残してて、それが叶えば解放されるなんて単純なことを考えた自分があまかった。
正直ちょっと現実逃避して、どうでもよくなってたとも言えるんだけど。





『それじゃあ、それはおいおい考えていくということで。』

「何それ。」

『安心してよ、ちゃんと未練が見つかったら言うから。
言っておくけど、私の座右の銘はいつだって全力疾走だから!その辺は任せて!』

「・・・。」

『それに、やっぱり一人は寂しいから。少しだけつきあって。』





ああ、考えなければならないことはたくさんあるのに。
今は自分のことで精一杯なのに。









『最後にはちゃんといなくなるから。』









笑いながら言う台詞じゃないのに、明るく笑う彼女。
死んでしまっているというのに、何でもないって顔をして未練はないとそう言う。
俺にはさっぱり理解できない。理解できるとも思わない。

けれど、このままじゃ自分の生活にも支障が出る。
彼女もなんとなく飽きっぽそうだし、俺が役にたたないと知れば別の人間を探すだろう。
別に彼女に興味を持ったわけでもないし、思いやりなんて優しい感情でもない。
他に方法が見つからなくて、仕方ないから一緒にいる。

このとき彼女に持っていたのは、それだけの感情でしかなかった。









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