俺はどんな道を選びたいんだろう。





どんな道を歩んでいくんだろう。





めまぐるしく変わっていく毎日。必死で走り続けては見失いかけて。





いつか、答えは見つかるだろうか。














空に唄う














「タクー!聞いて聞いて!」

「そんなに興奮してどうしたの。」

「俺、高等部の練習特別に参加していいって言われた!
毎日通って頼み込んだ甲斐があったよな〜!」





中等部のサッカー部を引退し、少しだけ空いた部活のない空白の時間。
武蔵森は中高一貫のため、他の中学よりも引退時期は遅いけれど、
高等部へ入るまでは自主練をするなり、ほかの事に使うなりと自由な時間となる。





「誠二がそんなにねばるとはね。監督もOKするとは思わなかった。」

「俺のせーじつさが伝わったんだよ!」

「誠実ねー・・・。
あと少し待ってたら、そんなに頼み込まなくたって部活に入れたのに。」

「それまで待てなかったからこうしてんじゃん!」





サッカー推薦で入ったとは言え、中学でサッカーを辞める奴らもいれば
誠二のように次のステージが待ちきれなくて先走る奴もいる。
そのような行動に走る気持ちはわからなくもない。日々レギュラーを奪い合ってきた俺たちは
少しの練習時間の違いであってもその差が命取りになることがあるからだ。
・・・まあ、誠二の場合はそういうことまで考えてなんかないのだろうけれど。






「タクも頼んでみれば?」

「みんなそんな行動取ってたら、高等部がパンクするよ。だから今は自主練期間だって決められてる。
許可をもらった誠二が特別なんだよ。」

「えー、そんなのやってみないとわからないじゃん!」





屈託なく笑う武蔵森不動のエースはいつだって自分の思うとおりに動き、それを実現してきた。
俺が何度挑んでも叶わなかったことも、どんなに追いつこうとしても彼はスルリと逃れていく。





「タクだって、高等部でレギュラー狙うんだろ?」





この学校に入るまでは、自分は他の人間よりサッカーがうまいのだと思っていた。
けれど自分が井の中の蛙だと思い知らされ、それからはレギュラーになるために死に物狂いで努力し、
レギュラーをとればそれを守り抜くことに必死だった。

これからも、俺はそれを続けていくのだろうか。





当たり前のように問いかける誠二の言葉に、俺は答えることができなかった。
















結局俺は高等部に入るまでは、自主練という道を選ぶ。
というよりもやはり誠二が特殊なだけで、他のサッカー部の奴らも俺と同じ選択をせざるをえなかったのだけれど。
中にはやはりサッカー部を辞めるという人間も出てきていた。
サッカー推薦で入ったとはいえ、成績さえ基準のラインを超えていれば問題はないのだ。

そして俺は家族の言葉もあり、高等部に入るまでは家から学校へ通うことにした。
元々そう遠くない場所に実家はあり、寮に入ったのはサッカーに専念したかったからだ。
部活がなくなり自主練のみになるのならば、家から通っても問題はない。

届出を出して、軽く荷物をまとめて寮を出る。
途中で見えた後輩たちの練習風景をぼんやりと眺めながら、俺は学校を後にした。
電車に乗って駅に降り、久しぶりの道を歩いていると、見慣れない風景を目にした。
新しいコンビニだ。いつの間に出来ていたんだろうか。





「・・・?」





そんな目新しさに視線を向けていると、どうにも気になる影がひとつ。
コンビニの外、店の端あたりの部分でおそらく女の子がうずくまっている。
人の出入りはそれなりにあるのに、誰も彼女を気にしていないようだ。
というよりも、視線ひとつ向けないでいる。
外を掃除していた店員もまったく気にしていないようで、ほうきとちりとりをどこかに片付けに行ってしまった。

俺には関係ないと通り過ぎようとしたものの、迷惑だとか、どうしたんだ、とか
そういった言葉や視線さえないことがやけに気になった。そう思ったからか、彼女の方へと自然と足が向いてしまった。





「・・・どうかしたの?」





言葉をかけてみたはいいけれど、数秒経っても反応がない。
声をかけてしまった手前、すぐその場から離れることもできなくて俺はその場に立ち尽くした。





「・・・ん?」





それからまた少し待つと、小さく声が聞こえた。
なんだろう、今のが返事なのだろうか。

そう思ったのも束の間、彼女の先ほどまで微動だにしなかった体が急速に動いた。
ものすごい勢いで顔をあげて、まじまじと俺の顔を見つめる。





「・・・私に話しかけてる?」

「そうだよ。他に誰が・・・」

「ちょ、ちょちょちょっと待って!落ち着くから!深呼吸するから!」





先ほどまでの静けさが嘘のように、彼女は大きな声をあげ表情を変えてから、
自分を落ち着かせるように大きく深呼吸をした。





「・・・大丈夫そうなら行くけど・・・」

「大丈夫じゃない!全然大丈夫じゃない!」

「でもすごく元気そうに見えるんだけど。」

「うん、結構元気!だけど大丈夫ではないの!あー、久しぶりに人と話したー!!嬉しいー!」





・・・なんだかおかしな子に声をかけてしまったのかもしれない。
こういう子だって地元の人たちはわかってたから声をかけていなかったのだろうか。
先ほどまでは無視を決め込んでいた、店を出入りしていた人たちがこちらをじろじろと見ている。





「困ってるなら交番までの道教えるよ。ここをまっすぐ行って・・・」

「いやだから話せないんだってば!」

「何が?犯罪でもしてるの?」

「してないよ!私はいつだってまっとうに生きてきました!この通り!」

「・・・じゃあ何?俺も暇じゃないんだよね。」

「誰にも私の姿は見えてないんだよ!警察に行ったってどうしようもないの!」





思わず首をかしげてしまった。
姿が見えてない?じゃあ俺の目の前にいる彼女は一体なんだというんだ。





「何言って・・・」

「あーもー!わかった!とりあえず立ち上がるから手貸して。」

「自分で立ちなよ。わざわざ手なんて貸さなくても、」

「いいから!かよわい女の子に手くらい貸せないの?」





どこがかよわい女の子なんだろうと思いつつも、それで気が済むならと手を差し出す。
彼女もまた自分の手を差し出し、俺の手を掴もうとした。





「・・・?!」

「わかった?」





けれど、俺の手を掴むことはできず空を切る。というよりも、俺の腕をそのまますり抜けて落ちていった。
まず脳裏によぎったのは、これは一体どんなマジックなんだということ。
けれど今の光景はあまりに現実離れしすぎている。





「話せるのは君しかいないんだよ。だから私の話を聞いて?」

「・・・いや・・・ちょ、ちょっと待って。意味がよく・・・」





あちらこちらから視線が集中してきたのがわかる。みんな揃って怪訝そうな顔を浮かべてる。
俺が彼女に話しかけてから向けられた視線。これは、俺一人に向けられていたとでもいうのだろうか。






「・・・あら?竹巳?」

「・・・母さん。」





家から近いからか、ちょうどそこを通りかかり俺に声をかけたのは母親だった。
やっぱり不思議そうに俺を眺めて、こちらに歩いてくる。





「何してるの、こんなところで一人でボーッとして。」

「!!」

「竹巳が久しぶりに帰ってくるっていうから、材料たくさん買っちゃった。ほら、一緒に帰りましょう。」






目の前にいる彼女には目もくれず、声もかけず、母親は俺だけを見ていた。
"一人で"どうしたのかと問いかけた。こんなにも近くにいる少女を無視して。











『ほら、言ったでしょう?』





背中ごしに彼女の声が響く。





『私の姿は誰にも見えない。』





まったく現実味がない。信じられない。













『私はもう死んでるから。』














悲しそうにするでもなく、苦しそうにするでもなく、
ただ淡々と事実を告げるように呟いた、彼女の声がやけに耳に残った。










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