少しも目が離せない













「なんやあ翼!寂しくなるやないかあああ!!」

「・・・柾輝、この酔っ払いなんとかしてよ。」

「酔っ払いって何やねん!俺は酔っ払ってへんちゅーねん!
この集まりを発案した俺に・・・昔からの戦友の俺になんちゅう言い草やあ!」

「いつから戦友になったのさ。お前、ずっと僕に叶わないくせに。」

「なんやとー!こうなったら勝負や勝負!俺は負けへんっ・・・うがあっ!」

「近所迷惑。少し黙ってなよ直樹。」

「相変わらず冷たいわあ翼。もっと俺に優しくしてくれても・・・ええ・・・の・・・に・・・」





日本を発つ日が刻々と近づいていく中、久しぶりに中学時代の仲間と集まった。
大々的な送別会はもう済ませていたのだけれど、このやかましい一人の発案から
中学時代のサッカー部の仲間たちで集まろうということになったのだ。
そんな急な発案に五助と六助、そして監督だった玲も都合がつかなかった。
そもそも数日前に送別会で会っているし、別れの挨拶もすませてあるから問題なんてないけれど。

というか、送別会の数日後にわざわざこんな遠くまでやってくる直樹に呆れるばかりだ。
まあ・・・嫌なわけではないけれど。
そんな直樹の行動に柾輝も付き合ってやっている辺り、コイツの何気ない面倒見のよさは相変わらずだ。

この場にいるのは、僕と柾輝、そして直樹の3人。
酒をのみかわしながら、いい具合に酔っ払って近所迷惑なくらいに大声を出し始めた直樹を軽く突き飛ばす。
すると直樹は大げさに倒れこんで、そのまま寝入ってしまった。





「発案者が寝入ってどうするの?信じらんない。」

「まあコイツの計画性のなさは今に始まったことじゃないだろ。」

「しかも飲み会の場所がうちって何?何で送られる側の家で送別会が始まるのさ。」

「あー、なんか久しぶりに飛葉中が見たいとか言ってたな。だからじゃねえ?」

「・・・観光のついで?!ますます信じられないんだけど!」

「まあ少しくらい大目にみてやれよ。コイツ、翼がスペイン行くって聞いて泣きそうになってたから。」

「嘘、何それ気色悪い。」

「・・・それ直樹の前で言うなよ?大号泣されるから。」

「・・・それは嫌だね。わかったよ。」





直樹が寝入ったためにもう無駄に騒ぐ奴もなく、僕らはどちらからともなく昔の話を始めた。
中学のときのこと、印象に残った試合や、そして東京都選抜にナショナルトレセン。
直樹の言葉を借りるわけじゃないけれど、たくさんの戦友に出会った時。
あの頃の出会いは僕を成長させてくれたと思える。

あの時のアイツは今どこのチームだとか、サッカーを止めて家業を継いだらしいとか。
何だかんだでずっと付き合いのある柾輝とは、昔話から今現在に至るまで話は尽きなかった。













コンコン





他愛のない話を続けていると、ドアをノックする音が聞こえた。
返事をするとドアが開き、そこからはが顔を覗かせた。





「お話中にごめんね?直樹くんの言ってたコレ、買ってきた・・・ってあれ?」

「・・・ごめん。わざわざ買ってきてもらったのに。」

「もう寝ちゃったんだ。疲れてたのかな、直樹くん。」

「いや、バカが勝手にはしゃいで勝手に力尽きただけ。」





昔から付き合いのあった二人だから、当然のことも知っている。
久しぶりにこちらに戻ってきた直樹は、に最近のことを聞き
飛葉中は今どうだとか、昔僕らが寄っていた店はまだあるか、矢継ぎ早に尋ねていった。

そんな中で僕らが昔寄っていた店のカレーパンが食べたいなんて言い出して。
それを聞いたは買い物のついでにとそれを買う約束をした。
せっかくの休日にまたは人の面倒ばかり。
そうも思ったけれど、は嫌な顔ひとつせず買い物に出かけていった。





「じゃあ折角だから、二人でどうぞ!直樹くんも起きたら渡してあげて?」

「ああ、サンキューな。」

「直樹に渡すのは癪だけど・・・仕方ないね。」

「他にも適当にお菓子とか飲み物とか買ってきたから置いていくね。」

「・・・って今いくつだったっけ?」

「え?14だよ?」

「・・・すごいな。」

「何が?」

「・・・そう、すごいんだよは。少し見ない間にどんどん大人びていく気がしてる。」

「え?ええ?何、何の話?」





僕と柾輝が目を合わせて頷くと、が訳がわからないといった表情を浮かべる。





「まあずっとアイツの面倒見てたっていうのもあるかも。
そう思うとちょっと可哀想なことしたかな。」

「・・・アイツって、あの異様にキャラの濃い親父さんか?」

「キャラが濃いなんて言葉で片付けてほしくないけどね。」





よくよく考えれば、が大人びてしまうような原因はを一人残して家を出てしまった僕と、
反面教師の手本となるような親父がいたからに思える。
なんだか苦労させていたんだなあ、なんてしみじみ思ってしまう。

未だ疑問の表情を浮かべているを見て、柾輝が一瞬何かを考えて彼女に声をかける。





も話していくか?」

「え?」

「お前とも久しぶりだし、時間があるなら。」





僕は少しだけ驚いて柾輝を見た。
そりゃあ昔から付き合いはあるし、柾輝ももそれなりに気心は知れているだろうけれど。
こういうときにを真っ先に誘うのは直樹で、いくら直樹が眠っているからとはいえ
柾輝からそんな言葉が出てくるとは思わなかった。





「・・・うーん、楽しそうだけど・・・止めとく。」

「そうか?」

「せっかく中学時代の同級生が集まったんだもん。水入らずで楽しんで?
あ、でも何か必要だったら呼んでね!」





そんな柾輝の申し出をやんわりと断り、は笑顔で手を振り部屋を出て行く。
を見送りながら、柾輝は呆れたようにため息をつく。





「本当に中学生らしくないな。」

「そうだね。」

「けど、俺には必死で背伸びしてるようにも見えたけど。」





目の前に置いてあったコップを口につけ、柾輝が表情も変えずにポツリと言う。





「背伸び?」

「・・・そうじゃねえの?俺よりも翼の方が知ってるだろ。」





僕はその言葉にすぐ返事をせず、少しの沈黙が流れた。
柾輝はやはり表情を変えることなく、けれど今度は僕の方へと視線をうつした。





「お前さ、スペイン行くんだよな。」

「え?そうだよ?今更何言ってるのさ。」

「やり残したことないのか?」





言葉につまる。
もう日本を発つ準備は終えている。チームとも話はついてる。送別会だって終えた。
なのに、何故今更そんなことを聞く?





「何が言いたいわけ?」

「別に。聞いてみただけ。」

「・・・心残りなんて・・・」





ない、なんて言えなかった。
胸につかえながら、押し隠していた気持ちが僕にはある。







への気持ちの変化に気付いた。



彼女の声も笑顔も優しさも、その全てが心地よかった。



全てが、愛しいと感じた。



彼女を守っていくのは、一番傍にいるのは僕でありたいとそう思った。



そう思っていたことに、気付いた。










けれど、そう願う僕自身が遠くへ行ってしまうのに。
きっと僕は彼女が一番傍にいてほしいと願うときに、傍にいてやれない。
今更に何を言える?

あれだけ傷つけて、泣かせて、つらい思いをさせて。
今更自分の想いを押し付けて、を振り回したくなんてなかった。





「迷ってる時点で何かあるよな。」

「・・・っ・・・。」

「アンタらしくもない。うだうだと悩むくらいならはっきりさせていけよ。」

「・・・そんなこと言ったって・・・どうしようも・・・」

「本当にらしくないな。どうしようもない、なんて言葉を聞くとは思わなかった。」





柾輝の言葉が胸に突き刺さるかのようだった。
確かに僕は普段、弱気を感じさせるようなセリフは言わない。
そんな言葉は僕自身、嫌っているものだ。
何かがあっても口だけで行動に移さない、弱い奴が言うものだと。



それでも、僕にはわからない。

はきっと今でも僕が好きで、僕のへの想いも同じ。
けれどそれに気付いたってもう遅い。僕は彼女の傍にはいられない。彼女を守ってはいけない。
それなのに、彼女の気持ちを繋ぎとめようだなんて。
一度傷つけてしまった彼女を、また僕の勝手で振り回すことになるだけだ。



どうすればいいのかなんてわからない。



いくら考えても答えは出ない。



何が一番いいのかなんてわからない。





「・・・今更だよこんなの。」

「ああ。」

「混乱させるだけだ。」

「だろうな。」

「傍にだっていれないのに。」

「そんなの、前からそうだっただろ。」





こんな情けない姿を見せているというのに、
柾輝は何も気にすることなどなく、僕の呟きに短く頷く。





「プロになって寮に入ったときだって、数ヶ月は会わなかった。」

「・・・。」

「それでも、は変わらなかったよな。」





そうだ、はどんなときでも変わることはなかった。
僕が寮に入ってからも、数ヶ月会わなくても、いつだって笑顔で僕を迎えてくれた。
君を守ると決めたくせに、一人君を置いていった僕をいつだって応援してくれた。

ずっと僕を・・・想ってくれていた。





はお前の為に、必死で背伸びしてたんだろ?」

「!」

「お前も気張れ。いつもみたいに余裕で笑って乗り越えてみせろよ。それが椎名翼だろ?」





の気持ちを知ったとき、



自分の想いに気付いたとき、



どうしたらいいのか、一体どうすれば一番いいのか、わからなかった。



その答えを必死で探した。けれど答えは見つからなかった。



のいる暖かな場所を無くしたくなくて、言い訳をつけて無難な道へ逃げようとしていた。







が一番望んでいることが何か、わからないアンタじゃないだろ?」







「私・・・お兄ちゃんのことが好き。」

「・・・お兄ちゃんもそうだよね?自分じゃなく、他の誰かを好きになってほしいって・・・そう、思うよね。」

「だから、これで本当に最後にするね。」





「大好きだよ、お兄ちゃん。」








自分が傷つくことが、そして、君を傷つけることが怖かった。



君の隣は居心地がよかった。温かくて安心できる、陽だまりのような場所。



だからこそ、失うことを恐れた。



だからこそ、このまま兄妹でいることが一番良いのだと思い込んだ。





ねえ





僕は君が言ってくれたように、格好よくなんてないんだ。





君のこととなると、途端に頭が回らなくなる。臆病で、情けない考えだって持ってしまう。





こんな僕でも、君は望んでくれるだろうか。





喜んで、笑顔を見せてくれるだろうか。











「じゃあ俺ら、そろそろ帰るわ。」

「・・・え?いや、別にそんな急がなくても・・・」

「善は急げって言うだろ?さっさとケジメつけてこいよ。」

「・・・そういえば柾輝、何で僕がのことで悩んでるってわかったわけ?」

「アンタ意外と顔に出やすいんだぜ?気付いてなかったか?」

「・・・はあ?!」

「まあとのことは知ってたし、アンタが悩むとしたらそれかなって思っただけ。」





柾輝が面白そうに笑う。相変わらず人のことを見抜くのがうまい奴。
しかも柾輝の言ってることは大体当たってるから、何も言い返せないのが悔しいところだ。





への気持ちも気付いたってこと?」

「まあ、なんとなく。」

「僕は一度を振ったって知ってるよね?しかもはまだ中学生なんだけど。
よくそんな考えに行き着いたね。」

「別にそんなの関係なくねえか?俺だってはいい女だと思うし。」

「・・・っ・・・」





僕があれだけ悩んでいたことをサラリと言ってのけやがった・・・。
そしてやっぱり言い返すことのできない自分が悔しすぎる。





「じゃあな、あっちに行っても元気で。日本に戻ることがあったら、連絡くらいくれ。」

「ああ、わかったよ。」





柾輝は床で寝転がっていた直樹を引きずり、頬を叩いて無理矢理に眠りから目覚めさせる。
酔っ払って寝ぼけ眼の直樹はキョロキョロと周りを見回し、何が何やらわからないままに僕の部屋を出た。





「あれ?もう帰るの二人とも。」

「ああ、邪魔したな、。」

「ううん、また来てね!」

「なんやなんやは相変わらずかわいらしいなー!!俺はいつでも来「じゃあなー。」」





柾輝が直樹の言葉を遮りつつ、二人は家を出て行った。
あまりにもサッパリとした挨拶。柾輝らしいなと思わず笑みが零れる。





「ふふ、お兄ちゃん嬉しそう。」

「え?」

「いいよね!ああして遠くからお兄ちゃんに会いにきてくれるなんて。素敵だよね!」





嬉しそうにしてるのは僕っていうよりもの方だ。
友達が来た当人よりも、何での方が嬉しそうなんだ。

軽い足取りでリビングに向かう彼女の後姿を眺めながら
僕は小さく息を吐き、決心したように顔を上げた。















今更だけど、本当に遅くなってしまったけれど、君に伝えたい言葉がある。





君はきっと戸惑うだろう。混乱するだろう。





それでも、まっすぐな君の想いから逃げるようなことはしたくない。





だから、勇気をふりしぼって僕に想いを伝えてくれた君のように。





正直に、逃げることなく、君を想うこの気持ちを。










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