少しも目が離せない 少しだけ散らかった自分の部屋を片付け、僕はリビングに向かう。 ドアを開けると、そこから冷たい風が吹き抜けていく。 その原因は、開かれた窓から入ってくる風。 縁側に腰掛け、空を見上げるの姿がそこにあった。 「。」 「あ、ごめんお兄ちゃん。リビング寒かったよね?!」 「ううん別に大丈夫。何してるの?」 「友達に天文部の子がいてね。冬の空は澄んでて星が綺麗に見えるって聞いてたから。」 ホラ、とが空を指差す。 僕はそのままの隣に腰掛け、一緒に空を見上げた。 「なんだっけ・・・あの三つ並んでる星が・・・」 「オリオン座?」 「そうそう!それで、冬の大三角っていうのがあるんだって! まずオリオン座を見つけてー・・・確か左上の星を・・・ん?」 「ベテルギウスとシリウス、プロキオンの3つを線でつなぐんじゃなかった? ほら、あれとあれだよ。」 「そうそう!お兄ちゃん詳しいの?すごいね!」 「いや、学校の授業で勉強したのを覚えてるだけだけど・・・」 「私も習うのかな?友達の話を聞いてて結構面白そうだなって思ってたんだ。」 「習うんじゃない?ならすぐに覚えるよ。」 「ふふ、ちょっと授業が楽しみになったかな。」 が楽しそうに、友達にもらったらしいメモを見てまた空を見上げた。 星を見て目を輝かせてるところなんて、まさに年相応の姿のように思える。 いつも大人びた行動をするからしたら、あまり見ることのない光景だ。 「そうだ、部屋の片付け終わった?使った食器とか流しに置いといてくれればいいから。」 「もう終わってる。食器も洗っておいたよ。」 「ええ、そんなの私がやるのにー!」 「それくらい自分でやるよ。あのバカ親父じゃないんだから。」 基本的に親父は家事に手をつけない。 そのせいで僕やは小さい頃から料理に手を出したりと家事が出来るようになったのだけれど。 本人いわく自分には才能がないから、だそうだ。サボってるだけだろ、あのバカ親父。 そんな親父の言い訳に思いっきり態度と行動を示していた僕とは対照的に、 は嫌な顔もせずどんどん人の世話を買ってでるような子になっていった。 むしろそれが彼女にとって自然なこととなったんだろう。 「直樹くん、すごく寂しそうだったね。泣きそうな顔してたよ。」 「あーアイツはいつもそうだから。感情に任せて突っ走る一直線タイプ。」 「柾輝くんも見た目だとわからないけど、寂しいと思ってるよね。」 「さあね。アイツは直樹とは逆で、読めない奴だから。」 視線を空に向けたまま、がポツリポツリと話し出す。 僕の友達を寂しそうだというこそ、寂しそうに見えるだなんて、僕の自惚れだろうか。 「・・・は?」 「え?」 「は、寂しくない?」 「・・・え・・・?」 が驚いたように、空から視線を外して僕を見た。 僕もを見つめていたから、お互いの視線がかち合う。 「さ、寂しいに決まってるじゃない。 でも、全然会えなくなるわけじゃないし、お兄ちゃんの夢だったことだし・・・」 「・・・うん。」 「だから、私は応援してるよ。」 「・・・うん、わかってる。」 が少し戸惑ったように僕を見つめてる。 今度は僕が視線を外し、先ほどまで見上げていた夜空に視線を移す。 「お兄ちゃんも・・・寂しい?」 「・・・そうだね。寂しいかな。」 「そうだよね、チームメイトとも、友達とも離れちゃうもんね・・・。」 「・・・うん、ともね。」 「!」 見なくても分かる。が驚き、戸惑うようにして僕から視線を外した。 僕は空を見上げたまま、さらに言葉を続けた。 「、ちょっと相談。」 「・・・相談・・・?」 「自分の好きな人が遠くに行ってしまって、寂しいときにも傍にいてくれない。 助けてほしいときも助けてくれない。会いたいときに会えない。そんな状態ってどう思う?」 「どう・・・って?」 「残された側はたまったもんじゃないよね。そんな奴についていけなくなったっておかしくない。」 がまた僕を見る。 その話が僕自身のことだと勘のいいならば気付くだろう。 何かを考えるように俯いて、は顔を上げた。 「そんなことないよ。」 「どうして?」 「確かに寂しいし、悲しくなってしまうときだってあると思う。でも、その人が好きなんでしょう?」 「・・・。」 「私は・・・好きな人のことだったら、どんな形でも応援したいって思う。 離れてても・・・好きって気持ちはなかなか変えられるものじゃないって思うから・・・。」 の声が小さくなっていく。 それは自分の言っていることに自信がない、というわけではなくて。 どこか悲しげな感情も含んでいるかのようだった。 「お、お兄ちゃん、もしかして彼女出来たの?」 「え?」 「その人と離れることが・・・不安なんでしょう?」 「・・・そうだね。」 「そ、そっか・・・。でも・・・でも、きっとわかってくれるよ・・・! 私だって・・・私だって出来ることがあるなら協力するから。ね?」 そんな悲しそうな顔で。いつだって君は人のことばかりで。 自分の感情よりも、僕がどうしたら元気になるかばかりを考えて。 今だって、必死で隠してる。自分の気持ちを隠して、精一杯の笑顔で僕を元気づけようとしてくれてる。 ああ、本当に柾輝の言ってた通りだ。年齢なんて関係ない。 「彼女じゃないんだけどね。好きな人はいるよ。」 「・・・そうなんだ・・・。」 「近くにいすぎて・・・いろいろな考えが邪魔をして・・・いつからそうだったのかもわからないんだ。」 「・・・うん・・・。」 「だから、この気持ちを言うことも迷った。そのせいで混乱させてしまうし、 きっと寂しい思いだってさせてしまうのはわかってるから。」 「お兄ちゃん!」 が隣に座る僕の腕を掴んだ。 唇をかんで、真剣な顔で僕を見上げた。 「言わなきゃダメだよ!そんな気持ちでスペインに行って、お兄ちゃんが後悔するのは嫌だよ! 大丈夫だから・・・!困ったりなんてしない!遠くに行っても会えなくなるわけじゃない。 連絡だって取れるし、会いにだっていけるんだよ?お兄ちゃんが好きになった人なら・・・絶対大丈夫だから・・・!」 泣きそうな顔で、それさえも必死に隠しながら。 僕に元気をくれる。頑張れとそう言ってくれている。 「・・・うん・・・。」 長く伸びたの黒髪に触れる。 驚いたように目を見開いたの頬に手を伸ばす。 「お兄ちゃん・・・?」 そのまま彼女の背中に手をまわし、優しく抱きしめる。 「お、お兄ちゃん・・・?どうし・・・」 「好きだよ、。」 彼女の小さな体。暖かな体温。戸惑って慌てるその表情。 「・・・え、ええ・・・?」 全てが愛しくて。 「あ・・・あの・・・」 「僕がさっき言ったこと、覚えてる?」 「さ、さっき・・・?」 「『近くにいすぎて・・・いろいろな考えが邪魔をして・・・いつからそうだったのかもわからないんだ。』」 「!」 の肩がピクリと揺れて。 それでも体は混乱と緊張で強張ったままだ。 「隣にいるのが当たり前だった。年齢なんて関係ないと思って、それでもやっぱり中学生だっていうことが頭には残ってた。 君を愛しいと思う気持ちが、妹へ向けられたものなのか、それとも別のものなのかわからなかった。」 「・・・。」 「それでも・・・こんな遅くなってしまったけど・・・わかったんだ。 僕がこんなにも愛しくて、大切に思える女の子はたった一人だ。」 表情の見えないの体をもう一度抱きしめる。 今度は先ほどより少し、力を込めて。 「僕はのことが好きだよ。」 腕の中での体が震えているのがわかった。 僕はを抱きしめたまま、彼女の次の言葉を待つ。 「・・・に・・・?」 「ん?」 「ほ、本当に・・・?」 「うん。」 「夢じゃ・・・なくて・・・?」 「うん。」 「・・・わ、わたし・・・諦めなくて・・・いいの・・・?」 「何を?」 「お兄ちゃんを好きでいても・・・諦めないで・・・いいの・・・?」 「勿論。諦められたら僕が困る。」 「・・・っ・・・」 が僕の胸に顔を埋め、背中に手をまわす。 「私もお兄ちゃんが好き・・・!大好き・・・!!」 こんなにも暖かな気持ち、嬉しくてくすぐったいような気持ち。本当に久しぶりだ。 「・・・僕はもうすぐ日本を離れるよ。」 「・・・うん。」 「が寂しいときも、傍にいてほしいときも、きっと傍にはいてやれない。」 「・・・うん。」 「本当にはそれでいいの?」 「私は大丈夫。どんなに離れてても、ずっとお兄ちゃんが好きだよ。」 ・・・本当に素直すぎて、こっちが恥ずかしくなってくる。 僕が言葉を失うと、が疑問の表情を浮かべて僕を見上げる。 「そっか・・・。」 「うん!」 「まあ、も言ってくれたしね。」 「何を?」 「僕が好きになった人なら、絶対大丈夫だって。」 「・・・あ・・・え・・・そ、そうだよ!私、大丈夫だもん!」 「ははっ。じゃあ安心して行ってこようかな。」 がほっとしたように胸を撫で下ろす。 その瞬間、僕は離れかけた彼女をもう一度強く抱きしめた。 「お、お兄ちゃん?!」 「なんてね。のその態度じゃ安心できない。」 「え、ええ?何?何で?!」 「他の誰をごまかせても、僕はごまかせないよ。何度言わせるわけ?」 「・・・っ・・・」 「が正直になってくれなきゃ、僕は安心できない。 離れてたら直接のことを見れなくなるんだ。他の誰をごまかしていても、僕にだけは正直でいて。」 「お兄ちゃん・・・。」 が遠慮がちに僕を見上げた。 僕は彼女を安心させるように、優しく笑む。 「・・・あの・・・」 「何?」 「さ、寂しくなったら・・・電話したい・・・。あと、メールも・・・。」 「・・・っ・・・。」 あまりにもささやかな彼女の願いに、思わず笑いを零してしまった。 が不安そうに僕を見上げるので、頭に優しく手を置いてゴメンと謝る。 「そんなの当たり前だよ。ていうか僕もするし。」 「じゃ、邪魔にならないかな?!疲れてるときとか・・・」 「それは絶対ないね。」 不安そうな表情から一転、今度は表情を輝かせた。 反応がいちいち可愛くて、参ってしまう。 「あ、あとね・・・。これは、その、お願いで・・・」 「うん。」 「と、時々でいいんだけど・・・!ほんの、たまにでいいんだけど・・・!」 「・・・っ・・・何?」 「お兄ちゃん、じゃなくて・・・名前で・・・呼びたい・・・」 「!」 その願いだってささやかなものだったけど、それはきっと彼女にとって勇気のいる特別な呼び方。 「いいよ。呼んでみて。」 「う、あ・・・えっと・・・」 「はは、何緊張してるの。」 「・・・つ、つー・・・」 「ん?」 「・・・っ・・・!!やっぱり恥ずかしいかも・・・!」 ああ、なんて愛しいんだろうか。 自分の名前をこんなに特別に感じたことだって、今までなかった。 「つっ・・・つー・・・」 「っ・・・ホラ、頑張りなよ。」 顔を真っ赤にして一生懸命に僕の名前を呼ぼうとするが可愛くて、愛しくて。 僕はそんな彼女をからかうように、笑いながら頭を優しく撫でた。 「つ・・・」 「つ・ば・さ・くーん!!」 「「・・・。」」 「何ポカンとしてんだ?お父様のお帰りですよ!」 「「!!」」 存在をすっかり忘れていた。 アホ親父のご帰還で、せっかくの幸せな時間が台無しだ。 「もうー、お父さん仲間はずれにするなよー。俺もに好きって言われたい!」 「・・・ちょ・・・ちょっと待て。アンタどこから話聞いてた・・・?」 「『僕はが好きだよ。』キャー!いいなあ!お父さんも言われたいよ翼くん!!」 「そんなところから・・・!」 「『あの星はオリオン座だよ・・・君のように輝いているね・・・』キャーお父さんも言われた、グハッ!!」 「ほとんど最初からじゃないかよ!それから変なセリフを捏造するなクソ親父!!」 ああなんかもう台無し。全て台無し。 この空気の読めなさをなんとかしてほしい。 「、本っ当にごめん。こんな親父と二人きりなんて苦痛以外の何者でもないよね。」 「え、ええ・・・!そんなことないってば、お兄ちゃん!」 「お兄ちゃん?」 「あ!え、えっと・・・つ、つば・・・」 「ひどいじゃないか!翼くん!!」 「もうお前呼ぶな!僕の名前を呼ぶな!」 「ええ!俺、親なんですけど!君の親なんですけどー!じゃあ何て呼べばいいの?つーくんゲハッ!!」 「もういい!、あっちで話そう。」 「え、でもお父さんお腹すいちゃったなあ・・・。」 「だからお前はっ・・・!」 「あ、じゃあすぐ何か・・・」 「、いいってば!あーもう!」 が僕が止めるのも聞かずに、キッチンへと向かっていった。 こうやって言うことを聞いてしまうから、コイツがつけあがるっていうのに。 「・・・翼くーん。」 「何だよアホ親父。」 「お前、今までで一番男前に見えるかも。」 「は?」 「さすが俺の息子ってこと!」 「・・・。」 親父が何を言いたいのかなんてわからない。 褒められているような気もするけれど、コイツにさすが俺の息子って言われてもね。 でも、こんなアホ親父の言葉だけど、思ったよりも悪い気はしない。 「でもは簡単には渡さないぞ!が欲しければ俺を倒しゴフッ!!」 まあ悪い気はしないだけで、こんな奴に認められたって嬉しくもなんともないけどね。 出発の日。 僕は自分の家の前で、迎えの車を待つ。 その車がこちらに向かってくるのを視界にとらえると、隣で一緒に待っていたに視線をおとした。 「じゃあ、行ってくるね。」 「うん!」 「あれ?翼くん、俺には?」 「僕が言ったこと、覚えてるよね?」 「・・・うんっ。」 「え?お父さん無視?」 のさらに隣にいるバカ親父は無視し、僕は再度に確認する。 「一人で抱え込んでたら承知しないよ?」 「わかってるよ。」 「無理しすぎないこと。人のことばっかり考えてないで自分のことを考えなよね、は。」 「ふふ、相変わらず心配性だなあ。」 「それから何かあったらいつでも・・・」 「・・・?お兄ちゃん?」 まるで保護者みたいな心配の仕方だと自分に呆れつつ、ふと一つの考えがよぎる。 「いや、いいや。どうせは何を言っても無理するだろうし。 このアホ親父の面倒も見るんだろうしね。」 「アホ親父って・・・!こんな日まで俺をいじめないでよ翼くん!」 「だから僕から連絡する。が気を遣ってかけてこられなかったとしてもね。」 「!」 何を言ったって、どうしたって僕はのことが心配なんだ。 少し目を離すといつの間にか何かを抱え込んでいる彼女。 そんなに心配になるくらいだったら、僕から心配の原因を見つけだせばいい。 ・・・なんて、僕自身が彼女の声を聞きたいと思う言い訳かな。 「そのときが泣いてでもいたら、承知しないからな親父。」 「任せとけって言っただろ!生意気息子め!!」 好き勝手しているようで、僕の意見は尊重してくれた。 親父のいい加減な性格は気に入らないし、理解もできない。 けれど、いい加減でいるようでこの人はいつだって僕らに道を示していた気がする。 今なら・・・少しくらいなら認めてもいいと思える。 結構、感謝もしてるよ。絶対口に出してなんてやらないけど。 「は僕に嘘だけはつかないこと。」 「・・・うん、うん!!」 迎えの車が家の前に止まる。 見知った運転手が僕に会釈をし、次に親父たちにも挨拶をする。 そして僕はついに、思い描いていた夢への1歩を踏み出す。 「行ってらっしゃい!・・・翼くん!!」 あれから結局僕の名前を呼べなかった。 最後の最後に呼ぶなんて、ずるいなあ。 真っ赤になる彼女が可愛くて、愛しい。 僕は彼女の額に唇をよせて、小さな体を抱きしめて。 そして、ゆっくりと彼女から離れた。 「行ってきます!」 君に初めて出会った頃には思いもしなかった。 「こんにちは!おにいちゃん!!」 突然僕の家にやってきた、見知らぬ少女。 そして少女はその日から僕の妹となった。 最初はうちのバカ親父に振り回された、可哀想な子だと思っていた。 僕と同じ境遇なのだと、同情だってしていた。 「おにいちゃん、さみしかった? これからはわたしが傍にいてあげるね!」 「おにいちゃんにはわたしがついてるよ!!」 けれど、彼女は徐々に僕の心に入り込み、かけがえのない存在になった。 この小さな少女を、突然現れた妹を、僕が守っていきたいとそう思った。 「私・・・お兄ちゃんのことが好き。」 そしていつしかにとって、僕も特別な存在となり けれど僕はそんな想いを浅はかな考えで一度、踏みにじった。 それでも、 「私はどんなお兄ちゃんでも格好いいと思う。 たとえ周りがお兄ちゃんの見方を変えたとしても、お兄ちゃんは格好いいままだよ。」 「大好きだよ、お兄ちゃん。」 それでもは、そんな僕をずっと想ってくれていた。 僕にこの気持ちの意味を気付かせてくれた。 数年前のあの日、目の前に現れたちいさな来訪者。 彼女がこんなにも大切で、かけがえの存在になり、 誰よりも愛しいと思える存在になった。 そして、それはこれからもずっと変わらない。 君の小さな、暖かな手。 穏やかで優しいその笑顔。 いつだって安らげる場所。 初めて出会ったあの日は思ってもみなかった。それでも今は心から思うよ。 こんなにも愛しく思える君と出会えて、よかった。 Top あとがき |