少しも目が離せない 「ごめん。迷惑かけたよね。」 「何で謝るの?お兄ちゃんが頼ってくれるのは嬉しいって言ったじゃない。」 の話によると、僕は丸一日寝込んでいたらしい。 彼女が何度も取り替えてくれたらしいタオルも氷枕も既にその温度を失っている。 「・・・・・・」 「ん?」 粥と薬を持ってきたに声をかける。 があまりにも普通だから、あの時のことは夢かとも思った。 けれど、あの時の悲しそうな声も、声を殺して流した涙も僕がはっきりと感じ取ったこと。 夢なんかじゃない。夢であるはずがない。 「・・・ずっとついててくれたんだろ?僕はもう大丈夫だから、も休みなよ。」 「ううん、私がお兄ちゃんについてたいの。ダメ?」 「・・・ダメなわけ・・・ないけどさ。」 あの時に感じた感情は、今までのものと違っていた。 今もなお僕を想って泣いてくれる彼女を抱きしめたいと、そう思った。 「じゃあタオルと氷枕も取り替えてくるね。 お兄ちゃんは着替えておかゆ食べてて。その後薬も飲まなきゃダメだよ?」 「・・・、過保護な母親みたいだね。」 「あはは、そうです。お兄ちゃんは今わたしの子供です。 だからお母さんの言うことは聞いてね?」 「はは、わかったよ。」 冗談めかして笑いながら、パタンと僕の部屋と扉を閉める。 やはりいつもと変わらない。一人で泣いていたことなんて、微塵も見せないくらいに。 「・・・。」 熱を持った、ぼんやりとした頭で考える。 の本音を聞いた僕はどうすればいい? 彼女はあの日から1年経った今も、僕のことを想ってくれている。 僕の重荷にならないようにと、その想いを隠しながらずっとずっと。 彼女に今までとは違う感情を持ったのは事実だ。 けれど、それが彼女が僕に向けてくれる想いと一緒なのかははっきりとしていない。 そして、一緒だったとしても・・・もうすぐ僕は日本を離れる。 もうの傍からいなくなる。 「・・・お兄ちゃんもそうだよね?自分じゃなく、他の誰かを好きになってほしいって・・・そう、思うよね。」 僕を想い続けても、僕はの傍にはいられない。 それならば、僕以外の誰かがを幸せにしてほしいと、そう思っていた。 でも、『他の誰か』はしっかりとのことを守ってくれるだろうか。 自分は傍にすらいてやれないくせに、そんなことを考えていた。 「だから、これで本当に最後にするね。」 このまま気付かなかったフリをしていれば、は僕に何も言わないだろう。 何も言わずに、笑って僕を見送ってくれるんだろう。 そして僕は彼女と離れ、はいつか僕以外に大切な人を見つける。 なら彼女を想ってくれる男なんていくらだっているんだろう。 が選んだ男なら・・・きっと彼女を守っていってくれるはずだ。 そして僕たちは兄妹のまま、もうを泣かせることも、苦しませることもない。 ・・・そうか、それでいいのかもしれない。 僕は自分で自分の気持ちがわからない。 そんな中途半端な気持ちのまま、彼女を惑わすことなんてできない。 例えどんな想いであっても、が大切なことに変わりはない。 が幸せになってくれるのなら、それでいい。 「!」 黙々と考えを巡らせていたところで、家の電話の音が鳴り響いた。 僕は我に返り、急いで着替えをすませ、が作ってくれた粥を口にした。 粥を食べ終えて、薬を飲んだところでが部屋のドアをノックする。 返事をすると、氷枕とタオルを抱えて僕の部屋に入る。 「ごめんね、遅くなって。」 「ううん、電話なんだったの?親父?」 「友達。学校の課題のことで聞きたいことがあったんだって。」 「そう。」 はニッコリと笑顔を浮かべて、置いてあった氷枕を取替え 先ほどまで僕が着ていた服やタオルを片付ける。 「・・・。」 「お兄ちゃん?」 僕は無言で彼女を見つめた。 僕はもういなくなる。もう彼女の傍にいられなくなる。 だからもう何も言わず、何も聞かず、このまま日本を発った方がいいのだとそう思った。 僕以外の誰かが、を幸せにしてくれるのなら、それでいいとそう思った。 けれど、 「、何かあったの?」 「!」 つらいことがあっても、悲しいことがあっても、 いつも笑顔で隠し通す彼女を守ってやれるような男が現れるだろうか。 「な・・・何で?何もないよ?」 笑顔の奥で何を考えているのかなんて、僕にだってわからない。 彼女を全て理解するなんてできない。 僕はが僕を想ってくれていたこと、気付いていなかった。 他にだって知らないことはたくさんあるだろう。 けれど、僕は彼女とたくさんの時を一緒に過ごしてきた。 弱音を見せない、他人に迷惑をかけたがらないの本音。 これから現れる『他の誰か』は、そんな彼女に気付いてやれるだろうか。 それが僕なら、僕だったなら・・・ 「今の電話?」 「え、な、何で・・・だから・・・」 「。」 「・・・。」 彼女の名前を呼んで、まっすぐに見つめる。 そうすれば彼女は言いづらそうにしながらも、話し始める。 僕に気付かれれば、何かを隠そうとしても無駄だとわかっているから。 「・・・宗谷くんが・・・」 「何?また何か言ってきた?」 「・・・。」 口を開こうとして、慌てて押さえた。 そうか、は宗谷のことを僕に話したとは思ってない。 あの時、僕は眠っていたと思ってるから。 彼女が今、僕に話そうとしないのは恋愛に関すること。 それが一番僕の負担になると思っているからだ。 そして、その話をすることで自分の気持ちが僕に伝わってしまうことを恐れた。 「な、何でもないっ!ホラ、お兄ちゃんは体やすめないと!」 「え・・・ってうわっ!」 ごまかすことは出来ないと悟ったのか、は半ば無理矢理に僕をベッドへと押し付けた。 突然のの行動に、僕は逆らうことも出来ずそのままベッドに倒れこむ。 「私の心配はいいの。お兄ちゃんは体を休めて体調を戻すことに集中して?ね?」 僕は一人、遠くへ行ってしまう。 だから、他の誰かがを幸せにしてほしいとそう思ってた。 でも、他の誰かにを幸せにできるのだろうかとずっと考えていた。 ならいくらだって彼女を想う男がいると思うのに。 が選んだ奴ならば、きっと彼女を守ってくれるだろうって思えるはずなのに。 それでも僕は、ずっと心に引っかかっていた。 多分、今の前にどんなに頼りになりそうな奴が現れていても、同じ考えに辿りついていただろう。 何かと理由をつけては、コイツで大丈夫なのかと思い、また同じ考えを繰り返す。 そう思う、理由は? 「・・・もうすぐ薬も効いてくると思うから。熱は・・・」 僕の額に触れる、その小さな手が 「うん、大分下がってる。このままゆっくり休んでね。」 いつだって優しく暖かなその声が 「心配してくれてありがとう。」 僕に心配をかけまいと、笑う笑顔が その全てが、心地良く感じる。 他のどんな奴だって僕は認めることができない。 その理由は。 彼女を守れるのは、自分しかいないと思っているから。 「私は大丈夫だよ、お兄ちゃん。」 そして僕が、 僕が・・・ずっと彼女の傍にいたいと願っているからだ。 彼女の小さな、暖かな手。 いつも笑顔で僕を迎えてくれる、優しい声とその表情。 いつだって心地よく、安らげる場所。 彼女への想いの意味がわからなかったわけじゃない。 僕は、ずっと気付かなかった。 誰かが決めた枠や常識にとらわれて あまりに近くにいすぎて、それが当たり前すぎて 彼女を傷つけたあの頃とは、違う想いがあることに。 彼女への想いは、少しずつ変化していたことに。 Top Next |