少しも目が離せない 僕の頭を支える小さな手。 その手が離されると、首に感じたひんやりとした感覚。 その後すぐに、額にも同じような冷たさ。 「ずっと慌しかったもんね、疲れがたまっちゃってたのかな。」 呟いた声で、そこにいるのがだと気付く。 意識は覚醒したようで、自分がベッドに横たわっているのがわかった。 体が熱い。そうか、あんなに頭がぼんやりして妙に眠かったのは自分の体調が悪かったからか。 ここ数年、体調を崩すことなんてなかったから油断していた。 体調管理に特に気を遣わないといけない時期に何をしてるんだ僕は。 「日本を発つ日までに治るかなあ・・・。」 体調を崩したのなんて僕自身の責任なのに、 どんなときでもは僕のことを考えてくれている。 ああ、はやく目を覚まさなきゃ。 そうして、を安心させてあげなければ。 けれど、何故か目が開かない。 意識は覚醒しているのに、なかなか瞼を開けることができない。 そういえば聞いたことがある。 意識はあるのに、体の方が覚醒しないことがある。 俗にいう"金縛り"の状態。今まで僕はそれになったことはなかったけれど。 「・・・。」 僕の髪に誰かの指が触れる感覚がして。 汗で顔にはりついていた髪が横に流れる。 誰かの、というよりも今ここにいるのはたった一人なのだろうけれど。 「あのね、お兄ちゃん。」 ベッドの端が少しだけ沈む。 がこのベッドに寄りかかっているんだろう。 「・・・わたし、好きだって言われたの。」 ぼんやりとした思考。 けれど、の言葉が何を指しているのかくらいわかる。 先ほどの宗谷とのことだ。 「少し前に・・・教室でそう言われて。 びっくりしちゃった。そんなこと全然考えてなかったから・・・。」 そう言うと、少しだけ沈黙が走る。 「宗谷くんのことは好きだった。 でも・・・違うから。宗谷くんが私を想ってくれる気持ちとは・・・違ったから。」 ポツリポツリと話すの声は、今までと変わることはない。それでも。 「・・・痛いなあ・・・。」 いつだって自分よりも他人を思う。 「お兄ちゃんも・・・同じだったんだよね。」 そんなが、誰かを傷つけることに心を痛めないはずがない。 「宗谷くんは私が彼を好きにならない理由、気付いてるの。 それが叶わないものだって言うのも知ってる。 私がいつまで経っても前に進もうとしないから、だから宗谷くんは怒ったんだよ。」 変わらなかった声が少しずつ、少しずつ、小さくなっていく。 「・・・忘れようとしたのに、出来なかった。」 決して泣いているわけじゃないのに、 「こんなの、お兄ちゃんを困らせるだけだってわかってたのになあ。」 その声はあまりに切なくて、悲しそうだった。 「こんなだから私、いつまで経ってもお兄ちゃんに心配かけちゃうんだよね。」 今、はどんな表情でいるのだろう。 僕が眠っていると思っているこの時まで、笑顔を浮かべているのだろうか。 悲しくても、つらくても、いつも笑顔でいるのはの癖になっている。 だからわからない。 彼女の気持ちを見抜くことは難しい。 「周りの皆はね、私と宗谷くんがお似合いだって、付き合ってほしいって思ってるんだ。 だから今日も・・・宗谷くんがいることは知らなくて・・・。」 滅多なことでは気付かない。彼女が誰にも気づかせようとしないから。 「・・・お兄ちゃんもそうだよね?自分じゃなく、他の誰かを好きになってほしいって・・・そう、思ってるよね。」 泣いたっていい。弱音を言ってくれたっていいのに。 それでも彼女は必死で一人で抱えこもうとするから。 「だから、これで本当に最後にするね。」 また、少しだけベッドが沈む。 僕の顔に触れたのは、いつも僕を支えてくれたの小さな、暖かな手。 「大好きだよ、お兄ちゃん。」 いつだって他人のことばかりだから。 いつだって、君は優しすぎるから。 だから、気づかない。 君がどんなに一人で悩んで、苦しんでいたか。 「・・・っ・・・」 どれだけ、一人で涙を流していたか。 今でも僕のことを想ってくれていたことさえ。 「・・・氷、かえてくるね!」 涙をこらえるような声で。少しの沈黙の後、部屋を出た。 僕の体はやっぱり動かなくて、意識だけはあるのに 彼女に何もしてやれない自分がもどかしかった。 ・・・何も・・・? 目が覚めていたところで、僕は彼女に何がしてやれただろう。 もう彼女の傍から離れてしまうのに。彼女を泣かせている原因は僕なのに。 わかってる。 そんなことは、考えるまでもなくわかっているんだ。 それでも、思う。 もし体が動いていたのなら僕は 妹としてでもない、君を落ち着かせるためでも、ましてや同情でもなく。 君を抱きしめていた。 Top Next |