少しも目が離せない 僕が海外のチームに移籍することを発表すると同時に「日本人がまた海外へ移籍」なんてニュースが飛び交った。 知ったような口ぶりの評論家が、今が丁度いいだとか、まだ日本で練習を積むべきだとか。テレビの前で偉そうに語ってる。 とはいえマスコミへの発表はシーズン中にしたから、シーズンを終えた今はもう落ち着いている。 けれど僕がスペインへ発つ時期が近づいたからか、最近ではまたニュースにその話題が出てくるようになった。 少しずつ準備を進めていた僕は、シーズンを終えても特に慌てることもなく 今は寮を出て自分の家に帰り、束の間の休みを取っていた。 「よくもまあ好き勝手言ってくれるよね。まあ何言われても僕には関係ないけど。」 家には一人。特にすることもなくぼんやりとテレビを見ていた。 慌しかった毎日が嘘のように、あまりにも退屈でテレビに向かって独り言まで呟いてしまっていた。 テレビの電源を消してソファに寄りかかり、家の中を見渡した。 僕がずっと過ごしてきた場所。けれど当分ここにも帰ってこなくなるのか。 整頓されたリビングやキッチンは、いつもが綺麗に掃除しているんだろう。 中学生なのに、この家の家事を全てこなして。 毎日毎日、あの腹が立つほどにマイペースで掴みどころのない親父と付き合って。 大変なことばかりだろうに、こんなこと何でもないんだと笑って。 は心配いらないと言っていたけれど、やっぱり心配なものは心配で。 妹を信じてるとか、そういう感情とはまた別問題なんだ。 ・・・なんて、何を今更。 心配していたって、僕にはもう何もできない。 彼女を置いて遠くへ行ってしまうのに。 『・・・っ・・・って・・・!!』 『・・・だろ?どうして・・・』 いつの間にか僕は眠ってしまっていたらしい。 家の外で聞こえる声で目を覚ます。 どうやら誰かが家の外で言い合ってる。その二つの声が妙に頭に響いた。 男と女・・・。声からして学生くらいの年だろう。 そんなことをぼんやりと考えて、すぐ我に返る。 そしてすぐに立ち上がり、家の外へと駆け出した。 「なんでだよ!」 「だからっ・・・私はっ・・・」 バンッ 勢いよくドアを開けると、その音に驚いた様子の二人。 やはり思った通りに聞こえた声の片方はだった。 今日は休日で、友達と遊びに行くと言って朝家を出て行ったのだ。 「お、お兄ちゃん・・・。」 「あ・・・。」 「何やってるの?家の前で。」 なるべく穏やかに聞いたつもりだったけれど、 目の前の男がの肩に掴みかかっていたから、声のトーンは当然低くなる。 男の方は驚いた顔で僕を見上げて、けれどすぐに僕を睨み返した。 「か、関係ないだろアンタには!」 「は?何言ってるの?ここは僕の家だよ?人の家の前でそんな大声だされて しかも妹を怖がらせてる男が目の前にいる。関係ない以前に、こっちはすぐに君を追い返せる立場にいるんだけど。」 「・・・っ・・・。」 「お兄ちゃん、ちょ、ちょっと待って。ごめんなさい心配かけて。何でもないの・・・!」 にらみ合う僕たちを見て、が慌てて仲裁に入る。 「彼は同じクラスの宗谷くん。少し・・・ケンカになっちゃっただけだから。」 「・・・。」 「宗谷くん、送ってくれてありがとう。」 は怪訝な表情をする僕の背中を押して、家の中へと向かう。 この宗谷という奴との間に何があったのかはわからなかったけれど これ以上事を荒立てる必要もない。 「・・・っ!!」 「!・・・な、何?」 「お前が何て言おうと俺はお前を諦めないからなっ!」 が顔を赤くして、目を丸くして宗谷を見た。 ・・・ああ、そういうこと。その光景を見て二人の言い合いの理由がなんとなくわかった。 自分で宣言したことに顔を赤くして、それでもこちらを見つめ続ける宗谷に が「じゃあね」と小さく声をかけ、扉を閉める。 「・・・。」 「な、何?」 「・・・アイツに言い寄られてるの?随分としつこそうな男だったけど。」 「言い寄られてるって・・・あ、あの・・・」 正直なところ、妹の恋愛に口出しするなんてどうかとも思うけれど。 さらには僕は1年前に"恋愛"で彼女を傷つけてる。 それでもあんな光景を見て、ほっておくわけにはいかないだろう。 「今日はアイツと二人で出かけてたの?」 「ち、違うよ。今日は友達数人で遊んでて・・・最後、宗谷くんが私を家まで送ってくれることになって・・・」 「・・・。」 「普段はあんな人じゃないの。あんな・・・急に怒り出したりする人じゃなくて・・・」 「・・・じゃあ何で怒り出したんだ?」 「・・・。」 が言いづらそうに顔を俯けた。 そんな彼女を見ていると、それ以上聞いていいのかわからなくなる。 俯いたまま、何も喋ろうとしないを見て僕は小さくため息をついて。 彼女の頭に手を置いて、優しく撫でる。 「・・・言いたくないのなら無理には聞かないよ。」 それに、聞かなくたって大体のことはわかる。 「お前が何て言おうと俺はお前を諦めないからなっ!」 宗谷のあのセリフと、赤くなった二人の顔。 彼はきっとが好きで、はそれを断ってるんだろう。 に強引に気持ちを押し付けて、何かしようというのなら許さなかったけれど 彼女は宗谷をかばっているし、そして複数人とはいえ一緒に出かけるくらいだ。嫌っているわけでもないんだろう。 に危険がないのなら、そしてが何も言いたくないのなら、無理に聞き出す必要もない。 「・・・あの、お兄ちゃん・・・。」 ・・・しかし随分と生意気な奴だったな。一度礼儀ってものをしっかり学んだ方がいいんじゃないの? を怒鳴っていたことと言い、少し見ただけでも直情型というのが見てとれる。 は自分の感情を隠すのがうまいんだよ?人にばかり気を遣って、自分のことは後回し。 だから傍にいる奴がしっかり見ててやらないと。あんな単純そうな奴に、そんな気がまわせるのだろうか。 「・・・お兄ちゃん?」 ・・・って、また何を考えてるんだ僕は。 もう離れてしまう僕が何を言おうと考えようと、自分自身が出来ないのなら何も言う権利はない。 「お兄ちゃん?!」 の声が聞こえるような、聞こえないような。 朝からぼんやりしてるなと自分でも思っていたけれど、何度も眠くなるなと思っていたけれど おかしいな、また眠くなってる。なんだか体も熱い。 「お兄ちゃん、すごい熱!」 日本を離れてしまうまで、あと少し。 心配なのは、いつでも僕を支えてくれていた妹のこと。 彼女がしっかり者なことは知っている。 彼女を支えてくれる人がいることもわかってる。 それでも、君の存在がこんなにも僕の心を引き止めるのは、 僕の心をかき乱すのは、なぜだろうか。 Top Next |