少しも目が離せない












「・・・スペイン・・・?」

「うん。今シーズンが終わったら行こうと思ってる。チームとも話はついてる。」

「そりゃあまた・・・突然だな。」

「僕にとっては突然じゃない。ずっと考えてたことだ。」





高校を卒業し、プロサッカー選手になって数年。
日本にだって自分より実力が上の選手がいくらだっていること、わかってる。
けれど、サッカーを始めたころから思い描いていた夢。
世界に出て、もっと強い奴らと戦いたい。僕はもっともっと上を目指したい。





「いいんじゃないか?お前が決めたことだろ?」

「別にアンタに相談しにきたわけじゃないよ。スペインに行くことはもう決めてるしね。」

「え?じゃあ何?」

「・・・のことだよ。」





この家を出るときだって、かなり不安だった。
小さな彼女を守ると決めたのに、僕は一人で家を出て、結果をこの家に置いていった。
優しい彼女はそれを苦痛だとも言わないし、笑って送り出してくれたけれど。





「・・・アンタに頼むのも癪だけどさ。僕はもうなかなか帰ってこれなくなるから・・・。」

「なんだそんなことか。任せとけ!もう俺とは夫婦の域に達してるから!意思疎通ばっちりですから!

「そういうバカなことばっかり言ってるから心配なんだけど。それから意思疎通できてると思ってるのはアンタだけだ。





こんなふざけた親父だけど。
認めるのは癪でも、親としてきちんとするべきことはしている。
本当、僕をほったらかしにしていたときとは大違いだ。





「あれ?にはまだ言ってないのか?俺が先?何だよお前結局俺のこと好きなんだ「黙れアホ親父。」

「・・・にはこれから言うよ。アンタには茶化される前にちゃんと話しておこうと思っただけ。
のことも・・・頼みたかったし。」

「相変わらず心配性だなあ、お兄ちゃん。」

「!」





突然の声の方へと振り向くと、そこには制服姿のが立っていた。
今日は平日で学校があったはずだが、いつの間に帰ってきていたのだろう。





「お兄ちゃんが海外でサッカーしたいと思ってたのは私も知ってる。
だから私のことは心配しないで。安心してお兄ちゃんの進みたい道に進んで。」





たくさんの人の協力があって、やっと巡ってきたチャンス。
僕は迷うことなくスペインへ行くことを決めた。
けれどその後頭を巡ったのはのこと。
今日ここに来てこの話をに伝えるだけだというのに、僕は妙に緊張していた。





「僕はしばらく日本には戻ってこれなくなる。そしたらこの親父と本当に二人だよ?

「翼くん、その言い方俺にすごく失礼。」

「大丈夫。お父さんはすごく頼りになる人だよ。」

ーーー!!」





が僕を笑って送り出すことはわかってた。
この優しい子が僕を困らせるような態度を取ることもないとわかってた。





「お兄ちゃんが遠くに行っちゃうことは寂しいけど・・・会えなくなるわけじゃないから。
だから私はずっとここで応援してる。だから、安心してお兄ちゃん。」





そして、予想していた通りにの笑顔は穏やかだ。







「私・・・お兄ちゃんが好き。」





が僕を好きだと告げたのは、1年近く前のこと。





「悪いけど・・・気持ちには応えられない。」





僕はすぐに返事を返した。
は妹で、恋愛の対象として見たことはなかったと。

はすぐに頷き、ありがとうとそう言った。
返事はわかっていたと、気持ちを伝えられるだけで充分だと笑った。

あれから、1年。
僕との関係が変わることはない。
もあの日以来、僕に気持ちを伝えることはなかった。



の僕への想いはもう、家族のものだけへと変わっているのだろうか。



僕を安心させてくれる、穏やかな笑顔。
いくら彼女を理解していると思っていても、その心を読み取ることは出来なかった。








「それって柾輝くんたちは知ってるの?」

「いや、これから言うよ。そのうちマスコミにも発表するし。」

「じゃあこれから忙しくなるね。私に出来ることがあったら言ってね。」





心配なのはのこと。
不真面目な父親と二人きりになることもそうだけれど、それだけじゃない。





「・・・、あのさ。」

「ん?」





あれからもう1年近くが経っている。





「・・・。」





今は誰がを支えてくれているんだろう。
何かがあっても、いつも一人で抱え込む彼女の心を理解してくれる人はいるのだろうか。





「お兄ちゃん?」

「・・・いろいろ頼みたいことが出てくるかもしれないから。その時はよろしくね。」





が僕を想ってくれていた頃のように、今は違う人を想っているだろうか。
もう傍にいられなくなる僕のことを、想い続けてなんていないだろうか。

でもそれは、の気持ちに応えられなかった僕から聞けることじゃない。





「うん!お兄ちゃんが頼ってくれるのってすごい嬉しいよ。」





ああ、わからない。
久しぶりに会うたびに、どんどん成長していくを見るたびにわからなくなる。
あんなにわかりやすいと思っていたの心がわからない。
成長するたびに彼女は自分の心を隠すことがうまくなる。
だから一人で抱えこんでも、周りはほとんど気づかない。





「応援してるからね!何でも言って、お兄ちゃん!」





僕はずっと思い描いていた夢に1歩踏み出す。守ると決めた彼女を日本に置きざりにして。
それは自分の為。僕は周りの人間に助けられ、君の優しさにあまえ、自分のしたいように生きてきた。

だからにもそうしてほしい。
自分以外のことばかりでなく、自分のしたいことを思うままに。

そして、いつでも幸せでいてほしい。



僕はもう傍にはいてやれない。それでも。



にはずっと笑っていてほしいとそう思う。





その感情がどんな種類かなんて関係ない。





君は僕にとって、何よりも大切な存在なんだ。









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