時が経つのが早く感じる












「どうしたの?お兄ちゃん。」





ドアの先で僕を見上げたは、拍子抜けするほどにいつも通りだった。





「・・・いや、その・・・」





彼女の気持ちにきちんと答えようと意気込んできたのに謝るタイミングを失ってしまった。
もしも本当にの気持ちが僕への憧れだけだったら・・・
わざわざまた彼女を傷つけるような告白の返事など聞きたくもないだろう。





「・・・お兄ちゃん、私のことは気にしなくていいよ。
あんなこと言っておいておかしいかもしれないけど・・・私、お兄ちゃんとは今まで通りでいたい。」





僕がここに来た理由を察して、気遣って。
を子供だと思っていたのに、結局子供だったのは僕の方。





「お兄ちゃんの返事はわかってたんだ。私は妹だし・・・年も、離れてるし。
ただ、このまま何も言わないでお兄ちゃんを不安にさせて、ギクシャクしちゃうのは嫌だったの。」

・・・。」

「だから気持ちが伝えられればそれで・・・それでよかった。」





僕に精一杯の笑顔を向けるに、胸が痛くなった。
小さな頃、君を泣かせてしまったあの日。目を赤くしながらも必死で涙を隠して僕に笑いかけた

あの頃と同じだ。ただ、隠すのがうまくなっただけ。
変わらない。いつだって僕の気持ちを考えてくれる。
だからこそ、僕への想いを告げるのにどれだけ悩んだんだろう。
僕がと向き合わなかったことに、どれだけ傷ついただろう。
それでもその気持ちを閉じ込めて、どれだけ苦しかっただろう。





「お兄ちゃん・・・?!」





あの日と同じように、彼女の体を抱きしめる。
小さな体。けれど、はもうあの頃と同じ子供じゃない。





「ごめん。」

「だからお兄ちゃん・・・私は大丈夫・・・」

「ちゃんと伝わったから。の気持ち・・・ちゃんとわかったから。」

「!」





が一瞬、驚いたように肩を揺らして。
僕の腕の中で硬直する。





「大人ぶって、の気持ちを勝手に決め付けてごめん。
僕の方がずっとガキだった。」

「・・・っ・・・。」

「気持ちに応えることはできない。だけど、受け止めることはできたはずだ。だから・・・本当にごめん。。」





の肩が震えてる。必死で何かをこらえて、顔は俯けたままに言葉を発した。





「い、いいの。だってお兄ちゃんに告白したのは・・・私の、我侭だもん。
お兄ちゃんが謝る必要なんてないよ。」

「我侭なんかじゃないよ。が僕を好きになってくれたこと、嬉しいと思ってる。」

「・・・。」

「・・・・・・。」





必死でこらえているものは、彼女の涙。
は優しいから、この状況で涙を見せたくなんてなかったんだろう。





「お兄ちゃん・・・それ以上何も言わないで・・・。」

「・・・何で?」





わかっていて、あえて理由を聞いた僕は相当性格が悪いんだろう。
あれほどに泣かせたくないと思っていた彼女。それでも今は。





「・・・わかってるでしょう・・・?お兄ちゃんのバカ・・・!」





しっかりと、泣いてほしいとそう思う。
たとえその原因が僕であっても、一人で泣くくらいなら一緒にいるときに泣いてほしい。
一人で溜め込まないでほしい。一人で苦しまないでほしい。
その涙が僕の重荷になるだなんて思わないで。





にバカなんて言われたの、初めてじゃない?」

「・・・うう・・・」

「他の奴らが言ってたら10倍返しくらいにするところだけど、ならいいよ。」

「・・・っ・・・」

「だから何でも言ってよ。君が妹でもそうじゃなくても・・・僕がを大切に思うことに変わりはないんだから。」

「・・・お兄ちゃん・・・ずるいよっ・・・」

「ずるい?何が・・・?」

「何で・・・今っ・・・そういうこと言うのっ・・・!」





もはや隠すこともできないほどに溢れ出した涙。
は僕の胸に顔を埋めて泣き出した。





「だって本当のことだし。」

「・・・そんなんだからお兄ちゃん、モテるんだよ・・・。」

「何、この状況で褒めてくれてるわけ?」

「・・・褒めるも何も・・・私は元々お兄ちゃんを格好いいって思ってるもん・・・。」

「だから買いかぶりすぎだって言ってるのに・・・。」

「違うよ。」





泣きはらした瞳は赤く、頬に伝う涙も乾いていない。
けれどはその言葉だけは否定しなければ、とでも言うようにしっかりと顔をあげた。





「皆が言ってる格好いいって言葉と・・・私が思ってるのは違うのかもしれないけど・・・。
私はどんなお兄ちゃんでも格好いいと思ってるよ。」

「・・・。」

「皆の目を惹きつけるとか、何でもできるとか、そういうのじゃないの。」

「・・・?」

「完璧じゃなくたっていいの。試合に負けても、お父さんと喧嘩して子供みたいにムキになってても
皆が理想にしてるお兄ちゃんじゃなくていいの。」

「・・・・・・?」





格好いいという言葉の定義なんてわからない。
けれど、はずっと僕を格好いいと言い続けていた。
それが嫌だったわけじゃない。むしろ、そんなの期待に応えるために
次は情けない姿なんて見せないと、そう思うことだってできた。





「私は知ってる。試合に負けて自分に課題をつくって、人一倍努力してることも。
他人に厳しいけど、自分にはもっと厳しいことも。
いつもお父さんを冷たくあしらってるお兄ちゃんがムキになって怒るのは、私に関することばかりだってことも。」





けれど、は別に完璧な僕を求めていたわけじゃない。
考えてみればそうだ。には僕の情けないところなんていくらだって見られている。
それなのに僕を理想視して、格好いいと思いこむことなんてしないだろう。





「私はどんなお兄ちゃんでも格好いいと思う。
たとえ周りがお兄ちゃんの見方を変えたとしても、お兄ちゃんは格好いいままだよ。」





僕を見上げるの笑顔と、その言葉。
の気持ちが本当だと、ちゃんと受け止めようと思っていた。
けれど僕は本当に、わかっていたのだろうか。理解していたのだろうか。



僕はこの時初めて、本当の意味で彼女の想いの深さを知る。





「・・・お兄ちゃん・・・?」





ちょ・・・ちょっと待て。どうしての想いがわかっただけでこんなに動揺してるんだ。
の告白を聞いたときとは比べ物にならない。





「・・・お兄ちゃん、ドキドキしてる?」





は僕の腕の中にいる。
この動揺が直接伝わって当然だ。どんなに平静を装ったって、そればかりは隠しようがない。





「・・・ちょっとね。が照れるようなこと言うから。」

「・・・へへ。私でもお兄ちゃんをドキドキさせられるんだね。」





そう言って笑う彼女の表情は子供みたいなのに、どこか大人びていて。





はいつの間にこんなにも僕を理解してくれていただろうか。





いつの間にこんな風に笑うようになっただろうか。





妹で、中学生で、僕よりも大分年下で。
僕が守ってあげなければと思っていた。僕が支えてあげなければと思っていた。





けれど彼女の言葉に、存在に支えられていたのは僕の方だったのかもしれない。







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