時が経つのが早く感じる 「、ちょっと出かけない?」 「え?」 休日だというのに家の掃除を終え、晴れているからと布団まで干しだしたしっかり者の妹。 それらの家事を一通り終えて、一息ついたところで彼女に声をかけた。 「せっかくの休みなのに家事だけで終わるなんて嫌だろ?」 「え、ええ、いいよ。だってお兄ちゃん疲れてるでしょう?」 「疲れてないし、僕も気分転換で出かけたいなあと思って。 が付き合ってくれるなら嬉しいんだけど。」 が驚いた表情を見せて、それから少し迷ったように視線を泳がせた。 「、これから用事あったりするの?」 「ない!ないよ・・・!全っ然ない!」 「ははっ、じゃあ決まり。準備してきなよ。」 僕がそういうとは慌てて自分の部屋へと駆け出した。 そんなに慌てる必要なんてないのにと彼女の後姿を見ながら苦笑する。 久しぶりの自分の家。いつものように家で体を休め、ゆっくりとするという選択肢もあった。 けれど僕は家に帰ってくるたびに思うことがあって。 「お待たせ、お兄ちゃん。」 「じゃあ行こうか。」 僕が笑いかけるとはまた視線を泳がせながら、緊張した笑みを返した。 前から少しずつ、少しずつ感じ始めていた違和感。やっぱり僕の気のせいなんかじゃない。 の様子が、どこかおかしい。 「出かけるって言っても時間的に遠出はできないし、散歩で終わっちゃうかな。」 「たまにはいいと思うな。お兄ちゃんがいない間にこの町も結構変わったし。 そういうのを見ていくだけでも気分転換になるかもしれないよ。」 家で直接に聞いてみてもよかったのかもしれないけれど、 何故か最近の彼女は、緊張ばかりしている風だったから。 自分というよりもまずはの気分転換にと、半ば強引に彼女を連れ出した。 「もっと遠出できればいいんだけど、なかなかね。」 「お兄ちゃん有名人だもんね。お友達と出かけるときも大変でしょ?」 「まあ友達とならそこまで気にしないかな。でもが大勢の人にもみくちゃにされるのは嫌だからね。 そもそも、人ごみ苦手だろ?」 「あはは、その通りです。」 今までと変わることなんてない、何気ない会話。 変わったものなんて何もないと思っていたけれど。 「あ、飛葉中。久しぶりに来たな。どう?サッカー部はちゃんとやってる?」 「うん、結構強いって聞いてる。この間も地区大会で決勝まで勝ち進んだって学年集会で先生が言ってたよ。」 「へえ・・・。」 「・・・お兄ちゃん嬉しそう。」 「・・・え?まさか。決勝くらいで満足してもらっちゃ困るしね。」 「厳しいなあお兄ちゃん。」 「向上心が無くなったらそこまでだからね。」 がクスクスと小さく笑う。彼女は僕の前ではいつでも笑ってる。 久しぶりに家に帰っても、いつも嬉しそうに笑って僕を迎えてくれる。 僕はそんなを見て、照れくさく思いつつも心が温かくなる。 彼女は他の誰であっても感じられないような温かさを僕にくれる。 が心配だから何度も家に帰っていると言っている僕だけれど、 本当はのためというよりも、僕自身が彼女に会いたいと思っていたりする。 「せっかくだから先生たちに会っていく?部活の顧問だったら今日でもいるんじゃないかなあ。」 「いいよ、だって今残ってる教師って・・・下山とかだろ?心底会いたくない。」 「あ、あはは・・・。」 だからこそ、彼女の様子がおかしいことが気になって仕方がない。 それを隠すかのように僕の前で笑って。いつも通りに振舞って。でも。 「この辺は実はあんまり変わってないんだ。ホラ、昔来てたフットサル場だって残ってるでしょう?」 昔から僕を慕ってくれていた。いつも僕の目をまっすぐに見て いつだって楽しそうに、嬉しそうに僕を迎えてくれた妹。 「あ、そうだ。ここのコンビニは別のお店になっちゃったんだ。 昔、お兄ちゃんがサッカー部の人たちと一緒に来てたところだよね。」 笑顔を崩すことはなく、楽しそうにたくさんのことを話してくれる。 「・・・。」 「お兄ちゃん?」 一緒に歩いていた足を止めて、その場に立ち止まった。 やっぱりそうだ。今までの違和感は気のせいじゃないと確信に変わる。 足を止めた僕に振り返って、と僕の目が合う。 けれどはすぐに視線を外した。 変わらないように見えても何かが違っている。 楽しそうに話していても、どこか緊張している。 の視界に僕はいない。 「ねえ。」 久しぶりに会う妹、彼女はもう中学生。 変わっていくのは当たり前で、いくら家族といったってそこまで干渉する必要なんてないのかもしれない。 「・・・何か、あった?」 それでもはすぐ自分で解決しようとする。 僕や親父に迷惑をかけまいと、いつでも必死に。 そして何よりも、彼女はかけがえのない大切な子だ。 だから少しくらい、踏み込んでいってもいいだろう? 「・・・どうして?」 「の様子がおかしいことくらい、いくら久しぶりに会ったっていってもわかるよ。」 もっと慌てるかと思ってた。 もしくは昔そうだったように、何でもないと笑うだけかと思っていた。 けれど彼女は驚くくらいに冷静に僕を見つめた。 しばらく僕を避け続けていた瞳。今はしっかりと僕を映す。 「あはは、だからお兄ちゃん、出かけようだなんて言ったんだ。」 「別にそれだけが理由じゃないけど。気分転換したいっていうのも本当だったし。」 「そっか・・・。」 「話せるなら話してみなよ。はすぐに溜め込むからさ。 しかもその隠し方もうまいから、大抵の奴は気づかないだろ?」 が目を伏せて、黙り込む。 泣くでもない、慌てるでもない、ただ考えるように静かに。 子供のはずののその表情は、やけに大人びて見えた。 「ねえ、お兄ちゃん。」 「ん?」 「私、そんなにおかしかった?」 「そうだな・・・笑ってても話してても緊張してるし、僕と目を合わさないし。 とにかく僕に隠し事をしたって無駄だよ。」 「そっか・・・。」 もう隠すことはできないと観念したのか。 はまた顔をあげると、今度は僕にニコリと笑みを向けた。 「それってね。お兄ちゃんにだけなんだよ。」 「え?」 「一緒にいて緊張するのも、目が合わせられなかったのも。 お兄ちゃんといつも通りでいるために必死になってたの。」 「僕・・・?」 自意識過剰・・・というわけじゃないけれど、の悩みの原因が僕にあるとは思わなくて。 というか心当たりは全くない。彼女を緊張させてしまうようなこと、あっただろうか。 「・・・お兄ちゃんが家に帰ってくるたびに、私は緊張してたよ。」 「・・・何で・・・?」 「お兄ちゃんが頭を撫でてくれるたびに、優しく笑ってくれるたびに・・・私・・・」 「ドキドキしてた。」 の言葉の意味がすぐには理解できなかった。 笑みを浮かべたままのに対し、きっと僕はポカンとした間抜けな顔になっていただろう。 「お兄ちゃんの妹になれたこと、新しい家族が出来たこと、本当に嬉しかったの。」 「・・・。」 「でも私は・・・お父さんに対する「好き」とは違う感情もあるって気づいちゃった・・・。」 そこまで言われてようやく繋がる。 が僕といて緊張していた理由。目をあわせなかった理由。 「私・・・お兄ちゃんのことが好き。」 滅多なことでは動じない自信も、冷静でいられる自信も持っていた。 けれど今、この時ばかりは僕は動揺を隠せなかった。 かけがえのない大切な存在。大切な、妹。 混乱して真っ白になりかけた意識を繋ぎとめ、彼女に伝える言葉を必死で探していた。 Top Next |