時が経つのが早く感じる 「お父さん今度の週末、お兄ちゃん帰ってくるって。」 「お、そうか。よかったじゃないか。」 「・・・うん。」 暇を見つけては家に帰ってきてくれるお兄ちゃん。 とはいえ、そんなしょっちゅうなわけじゃない。月に1度会えればいいほうだ。 だからこそお兄ちゃんが帰ってきてくれることは嬉しい。 今まではそう思ってた。何も考えず手放しで喜んでいた。 「ん?、元気ないな。」 「そ、そんなことないよ?」 だけど今は。 お兄ちゃんへの気持ちに気づいてしまった今は、素直に喜ぶことができない。 この気持ちを持っていても、お兄ちゃんを困らせることはわかってる。 余計な気苦労だけをかけてしまうこともわかってる。 だって私はお兄ちゃんの『妹』なんだから。 お兄ちゃんが帰ってくることは嬉しい。 けれど、離れていれば離れているほどに恋しくて。 お兄ちゃんに会えばその気持ちが溢れ出して、いつか気づかれてしまうかもしれない。 「しっかし翼もさー、家にばっかり帰ってないで、もっと遊ぶなりなんなりすりゃいいのになあ?」 「うん、そうだよね。」 「そんなに俺に会いたいのか?!俺って罪な男だな!な!」 「あははっ、そうだね。」 「・・・、いま本気で頷いてるよな?」 「え?うん。だってお兄ちゃん、お父さんにも会いたいと思ってるんじゃないの?」 「眩しい・・・!何この素直さ!眩しすぎて直視できません・・・!!」 「お父さん?」 「止めて!そんなピュアな瞳で俺を見ないで・・・!」 なんだかよくわからないけれど、お父さんが恥ずかしがっているから 私は視線を外して壁にかけてあるカレンダーにマルをつける。 マルをつけたその日は、勿論お兄ちゃんが帰ってくる日だ。 「・・・アイツ、彼女とかいないのかなー?」 「え?」 「まあいないんだろなー。休みの日に家に帰ってくるようじゃ。」 「・・・。」 「高校のときに付き合ってたのは、誰ちゃんだっけ?あの子とも別れたしなあ。」 格好よくて優しいお兄ちゃん。 当然たくさんの人に好かれて、告白もされて、付き合ってた人も見たことがある。 家にやってきたお兄ちゃんの彼女は、すごく綺麗で可愛らしくて。すごくすごく、大人に見えた。 優しい人だったのに、なぜか私はその人を好きになれなくて。 でもお兄ちゃんの彼女だからと、必死で笑顔でいたことを覚えてる。 その人を好きになれなかった理由、後になってから考えて。 大好きなお兄ちゃんを取られてしまうからなんだって思ってた。 だけどその時にはもう、違う想いがあったのかもしれない。 「・・・ー。」 「・・・あ、え?何、お父さん。」 「お前さ、翼が帰ってくること、喜ばなくなったよなー。」 「な、そんなわけないじゃない・・・!すごく嬉しいよ!」 「本当か?」 「本当だよ!」 ホラ、こうしてお父さんにまで気づかれてしまってる。 お兄ちゃん本人を前にして、私はどこまでこの想いを隠せるだろう。 「、今いくつだっけ?」 「じゅ、13だよ?何、お父さん今更・・・。」 「そうかー、うん、色気づく時期だなあ。お父さんもそうだった!」 「へ?」 「最近、女らしくなってきたなーと思って。」 「え、ええ?!」 「あ、セクハラじゃないからね。翼に言いつけないでください。」 お父さんの言いたいことがわからない。 色気づくとか、女らしくなるとか・・・何が言いたいんだろう? 「お父さん、何・・・」 「翼のこと、好きなんだろう?」 あまりにもサラリと、何も変わった会話などないように言うから。 私はお父さんのその言葉を理解するのに、少しの時間がかかってしまった。 「・・・な・・・何・・・」 動揺してしまって、否定の言葉すら出てこない。 何・・・?何で・・・?私、必死で隠してきたのに。 「・・・勿論、好きだよ・・・?だって大切なお兄ちゃんだもん・・・。」 お父さんの言葉がそんな意味を指してないことはもうわかってた。 だけど、私は隠さなければならないと思った。この気持ちをお兄ちゃんに知られるわけにはいかない。 「・・・なーんで隠したがるのかなあ?もしかして反抗期? ええ!そうだったらお父さんどうしよう!にまで見捨てられたらどうしたらいいの?!」 「ち、違うよ!何でそんな話になるの?!」 「だってが嘘つくからさー。」 「・・・っ・・・。」 そう、お父さんはいつだって私の心を見透かしてしまう。 嘘をつこうとしたって無理なんだ。 「隠す必要ないぞ?翼に惚れるのは当然。なんたって俺の息子だからね!」 「・・・。」 「まあでも俺がもう少し若かったら俺に惚れてただろうけどね!惜しい!」 「お、お父さん・・・。」 お父さんがニッコリと笑って私の向かいのソファに座った。 隠しきれていなかった気持ち。気づかれてしまっていた想い。 もうどうすればいいのかわからなかった。 「翼に、言おうとは思わないのか?」 「・・・思わ、ない。」 「何で?」 「お兄ちゃんは私を妹としてしか見てないから。」 「ふーん。」 私がそれを望んだ。一人じゃない場所、私を迎えてくれる温かい場所。 お父さんもお兄ちゃんも私のその願いを叶えてくれて、だから私は今ここにいる。 「そんなの妹じゃなくたって一緒だろ。友達だって赤の他人だって。 友達としか思ってない。自分のことを全然知ってもらってない。だから告白するんじゃないの?」 「!」 「妹だからって別に遠慮することないんだぞ?好きになったもんは好きでいいじゃないか。」 「でも・・・でも、私がそんなこと言ったら・・・お兄ちゃんは絶対悩む。 私だって・・・お兄ちゃんと今までどおりでいられなくなっちゃうかもしれない・・・!」 「じゃあ逆に聞こうか?」 「・・・え・・・?」 「はその気持ちのまま、今まで通りに過ごせると思ってるのか?」 「!」 お父さんの言葉が胸につきささる。 今まで通りでいようとした。何度も、何度もこの想いを隠そうとした。 でも、この気持ちを隠すことも、気のせいだと思うこともできなかった。 このままでは、いつかきっとお兄ちゃんに気づかれてしまうと不安さえ持っていた。 この気持ちを持ったままで、今まで通りでいることなんてきっとできないんだ。 「無理にとは言わない。だけど、無理して気持ちを抑えてるなら、苦しむ必要もないんだからな。」 「・・・お父さん・・・。」 「翼が悩むとか苦しむとか、そんなこと気にしなくていいからさ。」 「気にしなくていいって・・・。」 「だって俺の息子だよ?そんな柔なわけないだろー?」 「・・・っ・・・。」 当たり前だろ、って笑うお父さんの言葉に、妙な説得力を感じてしまって。 私はようやく少しの笑みを浮かべて、お父さんを見上げた。 「、お前も俺の娘なんだから。余計なこと気にせずにもっと突っ走っていくべきだ!な!」 今まで一人で悩んでいたことが、少しずつ少しずつ霧が晴れていくように軽くなっていく。 私はきっと、誰かにこの気持ちを知ってもらいたかったんだ。 お父さんはそれさえも見透かして、だから何のためらいもなく、遠回りもせずに 直球で私のこの気持ちを言い当てたのかもしれない。 「お父さんってすごいなあ・・・。」 「おう!お父さんはいつでもすごいぞ!何を今更なこと言ってんだ!」 冗談めかしていても、いつだって私のことを考えてくれて。 いつもその場で足踏みするばかりで、前に進めない私の背中を押してくれる。 お兄ちゃんは私を妹としか思ってない。 それでも、この気持ちが隠せないのなら、一歩ずつでも前に進むしかないんだ。 背中は押してもらった。きっかけももらった。だから、もうひとつ。 必要なのは、私の勇気だ。 Top Next |