時が経つのが早く感じる











「ねえねえ、うちのクラスで誰が格好いいと思う?」

「そりゃー、高橋くんでしょう!」

「あーわかるー!でもさ、桜井くんもいいと思わない?!」

「確かに!他の男子とは違う落ち着きあるもんねー!」

「ていうか、桜井くんのこと好きでしょ?」

「キャー!何を言うかな!!それを言うならアンタだって隣のクラスの・・・」





放課後、仲の良い女子で机を囲んでするのは格好いいと思う人や、好きな人の話題。
誰が格好よくて、誰はどこが足りなくて、誰が誰を好きだなんて会話で盛り上がる。





「ねえは?」





皆で盛り上がることは好きだし、顔を赤くしながら誰が好きだと話す友達は可愛いと思う。





「・・・私は、いないかなあ。」





けれど、私はその話題に乗ることはできなかった。
皆が格好いいと騒ぐ男子も、好きだと顔を赤らめる人もなく、同じクラスの男子としか思えなくて。





は仕方ないんだよ、だってあんなに格好いいお兄ちゃんがいるんだもん。」

「あー、椎名選手?いいなあ、私もあんなお兄ちゃん欲しいー!」

「だから理想も高くなっちゃうのかあ。わかるわかる。」





高校を卒業してプロサッカー選手となったお兄ちゃんを、よくテレビで見るようになった。
家を出ることになった時はとても寂しかったけれど、テレビを通してでもお兄ちゃんの姿を見れることは嬉しかった。
それと同時に、皆もお兄ちゃんをよく見るようになり、それはそれは羨ましい目で見られる。





「でもね、あれはお兄ちゃん。もっと視野を広げてみなさい?
アンタのこと好きだって男子もいるのよ?」

「え?あはは、まっさかー。」

「ダメだ、鈍感すぎるよねこの子。」

「ていうかさ、椎名選手を見慣れちゃってるなら、それ以上の男を探すのって難しすぎでしょ。」





何を返していいのかわからなくなり、皆の言葉を黙って聞いていた。

突然やってきた私を受け入れてくれたお兄ちゃん。
血のつながりがなくても、私が自分勝手な嘘をついていても、優しく包み込んでくれた。
大切な妹だと言ってくれた。私に、居場所をくれた。
確かにお兄ちゃんは優しいし格好いいと思う。
だけど、それ以前にかけがえのない大切な人なんだ。

だから、なのかな。私が皆みたいに好きな人を作れないのは。
お兄ちゃんが近くにいすぎたから?お兄ちゃん以上の人じゃないと好きになれないから?
・・・本当にそうなんだろうか?



















「おかえり。」

「お兄ちゃん!もう帰ってきてたんだ!」

「うん、少しはやく出てこれたから。学校お疲れ。」

「ううん、お兄ちゃんこそお疲れさま。」





お兄ちゃんはたまの休みにこうして家に帰ってきてくれる。
寮でゆっくりするとか、同じチームの人と遊ぶとか、選択肢はいろいろあると思うのに
この家を出て行ったときの約束をしっかりと守っている。





「たまにこうして帰ってこないと。あいつと二人の生活なんてしてて、が疲れ切ってないか心配だから。」

「あはは、大げさだなあ。」





お兄ちゃんが言っている「あいつ」とはお父さんのこと。
お父さんとお兄ちゃんはいつも言い合ってばかりいる。とは言っても本気の喧嘩ってわけじゃない。
安心して笑ってみていられるような、もう見慣れた日常だ。

お兄ちゃんも心の中ではお父さんを信じているのだと思うけれど、
この家を出るとき、時間ができたら家に戻ると宣言して出て行ったのだ。
私のストレスが大変なことになる、だなんて言いながら。
お父さんは優しくて面白いし、実際そんなことはないのだけれど。





「お兄ちゃん、今日泊まっていくんだよね?何が食べたい?」

「どっちかと言えば洋食な気分かな。僕も手伝うよ。」

「いいよ。お兄ちゃんはゆっくりしてて。」

「いつも家事してるんだろ?こそまだ子供なんだから、気なんて遣わなくていいよ。」





お兄ちゃんの何気ない言葉。
その言葉を聞いたとき、胸がチクリと痛んだ。





?」

「あ・・・ううん、じゃあ手伝ってもらおうかな。」





前から何度も思っていたの。
お兄ちゃんの何気ない言葉で、どうして私は胸が痛くなるんだろう。





「学校はどう?楽しい?」

「うん、楽しいよ。今日はお兄ちゃんのことも話題に出たよ。
椎名選手格好いいーって。」

「別に格好よくなんてないんだけどね。この間の試合は1点守りきれなくて負けたし。」

「ま、負けたけど・・・でもお兄ちゃん格好良かったよ・・・?」

「ははっ。ありがと。」





お兄ちゃんが私の頭を優しく撫でる。
温かくて大きくて綺麗だけど骨ばっている、男の人の手だ。
私はその手に触れられるたびに、温かさに包まれるたびに、心臓がドキドキする。





「僕の方でもたまにの話題が出るよ。ホラ、のこと知ってる奴らいるだろ?」

「う?うん。」

「俺もあんな妹ほしいーってさ。まあ勿論あげないけどね。」

「プロの人たちなのに、そんな話してるんだ・・・。」

「プロって言ったって、中身は変わらないからね。アホな話ばっかりしてるよ。」

「皆、妹ほしいんだ?」

「らしいね。みたいな素直で可愛い妹が欲しいって叫んでるよ。
・・・兄として言っておくけど、そう言ってるアホどもに騙されちゃダメだからね。」

「アホどもって・・・。お兄ちゃんてばひどいなあ。」





隣で笑いながら、また胸が痛む。
ねえ、何でだろう。何でこんな何気ない言葉に胸が苦しくなるの?



小さな頃からママはいなくて、そしてパパもいなくなってしまった。
だから一人を怖がっていた。ずっと一緒にいてくれる『家族』を求めてた。

パパもママも忘れることなんてない。だけど、私を温かく迎え入れてくれたもう一つの大切な場所。
私を娘として、私を妹として迎えてくれたお父さんとお兄ちゃん。
それは私が望んでいたもの。願っていた居場所。



もう成人してるお兄ちゃんから見れば、当然私は子供で。



お兄ちゃんにとって私は、たった一人の妹。



頭に優しく撫でてくれることも、笑いかけてくれることも、それは私たちが兄妹だから。



それなのに、そんな当たり前の言葉も行動も。



どうしてこんなに、苦しくなるんだろう。














「・・・?何かボーっとしてない?」

「・・・え?ううん、何でもな・・・」

っ。」





思考がぼんやりしていたせいで、床においてあったダンボールに気づかず体勢を崩した。
けれど、隣にいたおにいちゃんがすぐに私を支えた。





「やっぱり具合悪いんじゃないの?」





見上げるとすぐ近くにお兄ちゃんの顔があって。
私の体を支えてくれる、お兄ちゃんの腕と体。
心臓が、爆発しそう。





は仕方ないんだよ、だってあんなに格好いいお兄ちゃんがいるんだもん。」





お兄ちゃんが近くにいすぎたから?お兄ちゃん以上の人じゃないと好きになれないから?





「だから理想も高くなっちゃうのかあ。わかるわかる。」





お兄ちゃんを基準にして、理想が高すぎるから?









「・・・?」








違う。




違う。





理想にしてるだけのお兄ちゃんだったら、こんなにもドキドキしたりしない。





妹だって言われることに、子供扱いされることに、こんなにも苦しくなんてならない。





理想が高いんじゃない。





好きな人が出来なかったわけじゃない。





私には、自分でも気づかないうちに好きになっていた人がいたんだ。







私はずっと、お兄ちゃんのことが好きだったんだ。










Top  Next