時が経つのが早く感じる 休みがずっとあわずに、なかなか帰ってくることが出来なかった自分の家。 日が暮れて暗くなったこの時間、見慣れた家に明かりがついているのを確認する。 ドアの前に立ち、しばらく使うことのなかった家の鍵を取り出した。 ガチャ 「・・・あれ?」 鍵を差し込もうとした瞬間、鍵が開く音がする。 この遅い時間、誰も起きていないと思ったけれど・・・。 僕は思わず疑問の声をあげた。 「おかえり、お兄ちゃん。」 「!こんな時間まで起きてたの?」 「うん、だってお兄ちゃん今日帰ってくるって言ってたから。」 鍵と扉を開けて、笑顔で僕を迎えてくれたのは久しぶりに会った妹。 確かに戻る日を伝えていたけれど、彼女の言っている『今日』は既に過ぎ去った時間だ。 「こんな時間まで起きてなくてよかったのに・・・。」 「うーん、でも帰ってきて誰も迎えてくれないのは寂しいじゃない?」 「・・・あはは、寂しいか。」 「あれ?そうでもなかった?」 「ううん、ありがとう。ただいま、。」 「うん!おかえり!」 父親の親友の子供であるが僕の家族になって、長い月日が経った。 あの頃中学生だった僕は今はプロサッカー選手になり、小学生だったは中学生になった。 「親父は・・・って勿論寝てるよね。」 「あ、えっと、う、うん。」 「・・・寝てるんだよね?」 「・・・えっと・・・」 「僕に嘘が通用しないってわかってるよね??」 「・・・今日は、まだ帰ってきて、ない。」 「はあ?!」 またかあのバカ親父!僕がプロになって家を出るときも散々話し合ったのに・・・! 仕事だか何だか知らないけど、こんな時間までを一人にしておくってどういうこと?! 「ち、違うのお兄ちゃん!私がいいよって言ったの!」 「え?」 「お父さん、いつも無理して仕事抜けてきてたみたいだから・・・。その分お休みの日に仕事行ったりしてて・・・。 だから私のことは気にしないでって言ったの。」 「・・・または・・・。あんな奴に気なんて遣わなくていいのに。」 親父が帰ってきてないと僕に言えば、僕が怒ると思っていて。 いざ僕が怒ればそうやってあんなバカ親父をかばって。 ああ、やっぱり親父なんかにを任せるんじゃなかった。 とはいえ、自分のやりたいことをさせてもらってる僕がそんなことを言えた義理でもないのだけれど。 「まあ、それは後で親父に言っとく。」 「あまり怒らないでね・・・?」 こんなときまで親父を気遣うを見て、自然と笑みが浮かび彼女の頭を優しく撫でた。 僕が高校を卒業してからずっと親父と一緒にいたっていうのに、よく根性曲がらずに育ってくれたよね。 いや僕も奴を見て育ったからこそ、絶対あんな大人にはならないと強く誓っていたものだけれど。 「そんな心配そうな顔しなくていいよ。仕事じゃ仕方ない部分もあるしね。 それは僕もよくわかってる。」 「うん・・・!」 そう、あんなバカ親父でも仕事は忙しいらしいのだ。 仕事関係の人間からの信頼も厚いらしい。 (社交辞令かもしれないが、家に来た仕事関係の人間は皆親父を褒めちぎっていた) あんな奴のどこに信頼という言葉があるのかと聞いてみたい気持ちにも駆られたが、 そこは僕も空気を読んでニコニコと笑いながら話を聞いていた記憶がある。 それだけ信頼もあり、それなりのポストについてもいれば仕事が忙しくなるのもわかる。 今は僕も多少なりとも自分で生きていくことを学んだから、理解できないわけじゃない。 「それじゃあ、そろそろ寝たほうがいいよ。明日は学校だろ?」 「うん、じゃあそうしようかな。」 「僕も荷物置いたら寝・・・「ただいまー!!」」 静かな空間で話していた僕たちとは裏腹に、勢いよく開かれた扉とアホみたいにうるさい声。 その声は忘れたくても忘れられない。・・・奴だ。 「あーれー?!!まだ起きてたのかあ!お父さんが恋しかったのかあ!この寂しがりやさんめっ☆」 「お、お父さんっ・・・!」 フラフラになりながら、僕には目もくれずにに抱きつく・・・前に僕が親父の首元を掴んで適当に放り投げた。 アホ親父は壁に頭をぶつけ、そこをさすりながら虚ろな目で僕たちを見上げた。 「だ、誰だ!泥棒か?!悪者か?!はっ!まさかの彼氏?!待って待ってお父さんそれは泣く・・・!」 「そのまま意識飛ばしてやろうかクソ親父・・・!息子の顔くらい覚えておいたらどう?」 「へ・・・?」 酒に酔った赤い顔で、相変わらずの間抜け面。 床に座り込んだまま、マジマジと僕の顔を見上げた。 「うわああ!翼ちゃんじゃないかあ!!」 「誰が翼ちゃんだ!何で驚いてるんだよ!今日帰るって言っただろ?!」 「あれ?そうだったっけ?」 あー相変わらずすぎるこのバカ・・・! とりあえず僕が帰ることを忘れてたのはどうでもいい。それ以前に・・・ 「仕事で遅くなるんじゃなかったわけ・・・?!」 「oh!Yes!!Yes I do!」 「じゃあ何でそんなアホ面で明らかに酔っ払ってるわけ・・・?!」 「あ、アホ面・・・?!ひ、ひどいな翼ちゃん・・・!!」 「だから翼ちゃんって言うなって言ってるだろ、クソ親父・・・!」 「お、お兄ちゃん落ち着いて・・・!」 思わず手が出そうになったけれど、が僕の腕にすがりついてきて止められる。 だって仕事じゃなかったわけ?何でこんなヘロヘロに酔っ払って帰ってきてるんだよ。 「だってこんな時間までを一人にして・・・!」 「でもお兄ちゃんも同じだったんでしょう?」 「・・・え?」 「むしろお兄ちゃんの方がすごいよ、お父さん海外ばっかりに行ってたんだし、 小さい頃から家にお父さんいないことの方が多かったんでしょう?」 「・・・それは、そうだけど・・・でもは女の子で、まだ子供だろ?」 「・・・心配してくれてありがと、お兄ちゃん。」 僕のその言葉を聞いて、が少しだけ顔を俯けた。 ただそれだけだったのに、僕には何故かが落ち込んでいるように見えた。 服のすそを掴む力も緩み、俯いてしまったその表情も見えない。 「でも私・・・もう中学生だから。嬉しいけどお兄ちゃん心配しすぎだよー。」 けれど、すぐに顔をあげて笑った彼女からは落ち込んだ雰囲気なんてなくて。 自分の気のせいだったのだろうと小さく安堵した。 「あ、お父さん寝ちゃってる・・・。」 「・・・よくこの状況で寝てられるなバカ親父。」 「お兄ちゃん、疲れてるところ悪いんだけど・・・」 「わかったよ。心底運びたくないけど、僕が嫌だって言ったらが困るんだろ?」 「ふふ、さすがお兄ちゃん。」 荷物をその辺において、親父を背負い部屋のベッドに放り投げた。 はそんな光景を見て笑い、親父の持っていた奴の荷物を手馴れたようにベッドの脇に置いた。 「いつもコイツの面倒見てるの?」 「あはは、いつもじゃないよ。」 「こんな奴と二人にしてごめんね。」 「何言ってるの?私はいつだってお兄ちゃんを応援してるから。 それにお父さんと一緒って楽しいよ?」 「嫌な顔ひとつ見せないでそう言えるをすごく尊敬するよ。」 「お兄ちゃんってば大げさだなあ。」 高校を卒業して、チームの寮に入って。 とはなかなか会えなくなった。 シーズンオフのときや、たまの休みに戻ってくればいつの間にか成長し大人になっていくの姿。 昔から大人びているとは思ったけれど、穏やかに笑うその表情は 明らかに昔の小さな頃の笑顔とは違う。 「それじゃあ私も寝るね。お兄ちゃんもゆっくり休んでね。」 「うん。おやすみ。」 「おやすみ、お兄ちゃん。」 そうなんだ、自分が年を重ねているんだから、だって当然成長する。 がいつまでも小さいままだなんて、そんなことあるわけがないのに。 久しぶりに会ったの穏やかな笑顔は、僕に彼女の成長を改めて実感させた。 Top Next |