あんなに小さかったのに 「、これ覚えてるか?」 泣きじゃくっていたが落ち着きを取り戻すと、僕たちは家へと戻った。 もう夜も遅かったし、にはゆっくりと休むように言ったけれど 彼女は首を振って、僕たちと話したいとそう言った。 顔を俯けて、なかなか言葉が出てこないに親父が何かを差し出した。 「・・・!」 「お前は賢い子だ。心の中では・・・わかっていたんだろ?」 差し出されたそれは、小さなヘアピンだった。 飾りとしてついているたった一つの花。シンプルだけど、に似合いそうな形と色。 「だけど、認めたくなかったんだろ?」 「・・・。」 は無言でそのヘアピンを受け取り、胸の前に持ってくるとぎゅっと握り締めた。 「・・・ごめんなさい。おとうさん・・・。おにいちゃん・・・。」 「謝る必要なんてないぞ?」 「でも・・・わたし・・・もうわかってたのに・・・!」 「・・・。」 「パパは最後にわたしにこれをくれた。最後にわたしに笑って、幸せになってってそう言ったのに・・・!」 の必死の叫びが痛かった。 「わたし、パパの言葉を無視した。知らないフリをした。このヘアピンも・・・もらってなんかないって・・・」 滅多に泣くこともしなかった、つらそうな表情を見せることもなかった。 「本当はずっと前に気づいてたの。おにいちゃんと過ごして、たくさんのものが見えるようになって。 だけど、わたし・・・知らないフリをしてた。おにいちゃんにもおとうさんにも嘘をついてた。」 けれどだからこそ、一人で抱えてるものは多くて。 「パパがいないこと、前から気づいてたんだな?」 「・・・うん・・・。」 「もう手紙がこないことも・・・わかってたんだよな?」 「ちょっと、親父・・・もうこれ以上は・・・!」 「なあ、何でそれを翼に言わなかったんだ?パパのこと認めるのが嫌だっただけか?」 「!」 「親父!いい加減にしろよ!何が言いたいんだよ!!」 の心をこれ以上追いつめてどうするんだよ・・・! いくら親父が常識はずれの奴だって言っても、今の台詞がを傷つけるってことくらいわかるだろ? 「、俺はお前の本当の心が知りたい。」 「・・・っ・・・。」 「俺もお前の親になりたいからだ。」 いつもの親父じゃない、真剣な表情、眼差し。 僕はもうそれ以上親父を止めようとは思わなかった。 その表情と言葉に、嘘は感じられなかったから。 「・・・。」 が僕と親父を交互に見つめた。 まるで助けを求めているかのような、悲しそうな目。 こんな顔をさせるくらいなら、親父なんてほって部屋に連れていってもよかった。 けれど、僕も知りたいと思った。の本当の気持ちを。 いつも僕に遠慮して、悲しいときですら無理をして笑ってるの心を。 「。言える?」 「・・・うん。」 僕の問いかけにが頷く。 そして少しの沈黙の後、口を開いた。 「・・・言ったら・・・ひとりになると思ったの。」 「・・・え・・・?」 「だってわたしは、おとうさんともおにいちゃんとも・・・本当の家族じゃないんでしょう・・・?」 「!」 胸がズキリと痛むのを感じた。 が言っているのは血のつながりのことなんだろう。 確かにそういう意味では僕らは本当の家族ではないのかもしれないけれど。 「パパがいなくなって・・・もう、ひとりは嫌だった。ひとりは怖かった・・・! 知らないフリをしてれば、ひとりにはならないって・・・そう思っ・・・」 「。」 僕を見たがビクリと肩を震わせた。 しまった、そんなに怖い表情をしていただろうか。 けれど、表情くらい硬くもなる。はわかってない。何も、わかってない。 「本当のことを言って、僕がを見捨てると思ったの?」 「・・・あ・・・」 「ふーん、そうなんだ。僕はのこと妹だって思ってたのに。違うんだ。」 「・・・っ・・・。」 「そう思ってたのは僕だけか。残念だな、は僕のこと家族として見てくれてなかったんだ。」 「ちがっ・・・ちがうっ・・・!」 「じゃあどう思ってるの?」 の目から涙が零れる。 けれど、その涙は。 遠慮することもなく、隠すこともない、の正直な気持ち。 「おにいちゃんも・・・おとうさんも・・・好きだもん・・・!! 好きだから・・・大好きだから、怖かった・・・。いなくなってほしくなかった!一緒にいたかった・・・!!」 泣きじゃくるの頭を優しく撫でると、は俯けた顔を少しずつあげて僕を見る。 不安そうな表情。僕は対照的にニッコリと笑みを浮かべた。 「うん、知ってるよ。」 「・・・え・・・?」 「僕も同じ気持ちだから。」 「・・・おにいちゃん・・・。」 「言っただろ?は僕の妹だって。」 「・・・!」 血のつながりなんて関係ない。 確かに最初はまったくの他人で、バカ親父のせいで混乱もしたし戸惑ったりもしたけど。 だけど僕はがいてくれてよかったと思ってる。 たった一人だったこの家。安らぎと温かさをくれたのは、まぎれもなく君なんだから。 「・・・ふ・・・っ・・・う・・・うわあああんっ!!」 そして、今度は年相応に豪快に泣き出した。 いつも遠慮ばかりで大人びた子だとは思っていたけれど、ようやく子供らしさを見ただなんて こんなときなのに、ついつい笑みを浮かべてしまった。それと同時に、妙な視線。 「何、その顔。」 「お前ってやっぱりSだよなー。」 だから空気を読め、クソ親父。 泣きつかれて眠ってしまったを部屋まで運び一息つく。 なんだか親父が帰ってきて急に騒々しくなったな。 まあ、の本音が聞けたことも、真実が知れたこともよかったけれど。 「いやー、正解正解!俺ってばやっぱすごいな!」 「何一人で浸ってんのさ。」 「素晴らしい兄妹愛!」 「それはもういい。ていうかお前は空気を読むことを覚えろ。」 さっきまでの真剣な表情はどこへいったんだ。 やっぱりコイツはアホだ。 「やっぱりお前にを任せて正解だったな。」 「・・・。」 「あの頃ののままじゃ・・・父親の死も受け入れなかった。本当の気持ちも話さなかっただろうな。」 「・・・何言ってるの?」 「人間、いつだって支えが必要なんだ。今のの支えはお前なんだよ。」 「!」 ・・・不覚だ。 いつも冗談ばかりの父親の、どうせ気まぐれの台詞なのに。 それでも、その言葉に僕はつい嬉しさを感じてしまった。 「お前ももあんなに小さかったのにな。しっかり育ってくれたもんだ! 子供は成長がはやいはやい。おじさんはかなわねえや!」 ・・・確かに。確かにはいい子に育ってる。 それは別に僕のせいでも何でもないと思うけど・・・。 たとえ親父の言葉であっても、が褒められるのは嬉しいものだね。 ・・・なんて、兄を通り越して親に近い感情な気がするんだけど。 「ま!これからもよろしく頼むぜ息子よ!」 「そう言ってまた好き勝手しようとしてるのが見え見えだよクソ親父。」 「え!何を言っているんだ翼くん!父さんはいつでもお前たちの為にこの身を削り、削り・・・」 「そのまま全て削られてしまえ。」 「そう削られて・・・ええっ?!」 まあ、親でもいいかもね。 だってこのアホ親父にの将来は任せられない。 もうがあんな苦しい思いをしなくていい、そんな居場所を作ってあげられたらいい。 が笑っていてくれれば、僕も嬉しいから。 ・・・なんて、参ったな。 どうやら僕はもう相当な親バカになってるみたいだ。 まあ、そんな自分も嫌いじゃないけどね。 Top Next |