あんなに小さかったのに













「おい。おきろバカ親父。」

「む?!むー・・・。」





リビングのソファーでクッションを抱きながら眠っているバカ親父を蹴飛ばして
そこから転げ落とす。

一瞬目を覚ましたようだが、鈍すぎる親父はまた眠りについた。
本当にコイツは・・・僕を怒らせるのがつくづくうまい。

僕は冷蔵庫から飲み物を取り出し、適当なコップを見つけて
眠っている親父を抱えてそれを口に流し込んだ。





「・・・。」

「・・・。・・・。・・・?!うぎゃーーーっ!!」

「黙れ。が起きるだろ。」

「だっ・・・げほっ・・・おまっ・・・!・・・何これぇ?!」

「元は野菜ジュース。」

「元はって何?!なんかどす黒いよ?!ありえない色してるよ?!
さては翼・・・しばらく会わないうちにゲテモノ好きに・・・げはっ!!

「こんなものでも与えなきゃ、起きないだろアンタ。」

「違うぞ翼!断じて違う!!
こんなゲテモノで親子の愛をつなぎとめるなんて・・・ぐはぁっ!!





親父が訳のわからないことを口走る前に、とりあえずボディブローをお見舞いしてみる。
大丈夫、気絶しない程度だ。僕、護身術習ってたし力加減はわきまえてるからね。
ていうか、こうでもしてコイツの話を止めないと、また煙にまかれてしまう。





「翼・・・いつの間にそんなに男らしく・・・。」

「は?何言ってるのさ。僕は男だよ。男らしくて当たり前だろ。」

「可愛い翼ちゃん計画が・・・。」

「何か言った?」

「いえ。何も。」





すっごく嫌な言葉が聞こえた気がしたけれど、ここは敢えて無視しておこう。
全てに反応していたら、やっぱり肝心な話が出来なくなってしまう。





が『パパ』からの手紙、待ってたみたいだけど?」

「・・・ほおー。そうかそうか。相変わらずパパっ子だなあは!」

「そうやってごまかすのはもう止めろよ。僕は真面目に話がしたいんだけど。」

「翼・・・今更何を言ってる。俺はいつだって真面目で素敵!





何で僕はこんな奴の子供として生まれてきてしまったんだろうか。
なんかもう、本当イラつくんだけど。イラつく以外の何者でもないんだけど。





の父親が病気で入院してるっていうのはわかってる。
でも2年だよ?親父も帰ってこないし、の父親のこともわからないし。
何があるのかは知らないけど僕にもにもそれを聞く権利くらいはあるはずだ。」

「・・・。」





親父のにやついた表情が消えた。
代わりに少し困ったように笑って僕の目を見つめる。





「本当に兄妹みたいだなあ・・・。」

「だからからかうなって・・・!」

「いやいや、お前がそんな必死になってを想ってることが嬉しいんだよ。」





めずらしい親父の真面目な表情。そして、まともな台詞。
そして親父に言われたことに、ちょっとした照れくささを感じ僕は思わず言葉を止めた。





「いやー、2年は長かったよなー!悪かったなー!」

「何その謝り方。軽すぎ。」

「悪いと思ってるって!ホラ!この澄んだ瞳を見て!」

にごってる。どうでもいいから話続けてよ。」

「ひどー!!」





ひどい、と泣いたフリをしながら親父はバツが悪そうに頭をかいた。
何かを言おうとしてはいるけれど、最初の言葉は出てこないようだ。





「・・・この2年はさ、アイツとの約束をひとつ、果たすために使わせてもらったんだ。」

「約束?」

「仕事の話。アイツと・・・の父親と一緒に組んでたプロジェクトだ。
アイツがリーダーを任された初めての仕事だったからな。ちなみに俺はリーダー補佐な。」

「・・・そのプロジェクトの途中で、の父親は入院したってこと?」

「そういうこと。だから俺はアイツの仕事を引き継いで、見舞いついでにアドバイスもらったりな。
たまにも一緒に連れていったり、手紙も受け取ったり。」

「ふーん・・・。」

「そういえばさ!に俺のこと「おとうさん」って呼んでって言ったらマジで呼ぶのな!
パパとおとうさんは別物だって言ったらマジで信じるの!可愛すぎない?!やっぱ娘もいいよね!!

「何でお前はいつも話を脱線させようとするの?」

「だって翼が俺の娘になってくれな・・・ぐはぁっ!!」

「続き。」





まったくもう。真面目になったと思ったらすぐこれだ。
仕事が理由とかで2年もいなくなる仕事人間なんだったらもっと大人らしくしなよ。
ていうかこんな奴をプロジェクトのリーダー補佐なんかにしていいの?会社大丈夫なの?





「仕事が終わったから帰ってきたってこと?の父親の容態は?
まさか仕事が忙しすぎたからその連絡すらもしなかった、なんてことないよね?」

「いやー・・・したかったんだけどなあー。」

がどれだけ不安だったかわかってるの?」

「・・・わーかってるよ。でもなあ・・・。」

「でも・・・って何だよ。いい加減に・・・!」

「できなかったんだよ。」





少し悲しそうな声が僕の言葉を遮った。
できなかった・・・?どうして・・・?









「もう俺は、アイツの気持ちも言葉も手紙も、には渡してやれない。」








僕は言葉を失って、ただ親父を見つめていた。
親父の言葉の意味もその答えも、すでに僕の頭には浮かんでいて。
それでも、それを口に出したくはなかった。









の父親は、もういないんだ。」









悲しそうに微笑んだ親父に、もう僕は何も言えなかった。





がときどき見せる不安げな表情、





そして嬉しそうに父親のことを話す彼女の姿が脳裏に浮かんで、僕の胸を締め付けた。









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