小さな、暖かな手 「今の貴方を試合に出すわけにはいかないわ。」 「何でだよ玲!どういうこと?!」 所属するサッカー部の監督であり、僕のはとこでもある西園寺 玲。 彼女から告げられた一言。それは僕にとって納得のいかないものだった。 だって試合は数日後。 今更僕を出さないってどういうことだよ。僕を出さないでどうするっていうわけ? 「それは自分で考えなさい。」 「ちょっと・・・玲・・・!!」 そう一言だけ残して、玲はグラウンドを去っていった。僕の言葉など耳も貸さずに。 僕らの言い合いを部員たちが複雑な表情で眺めていた。 「翼っ。こういう日もあるわ!気ぃ落としたらあかんで!!」 ムードメーカーの直樹。 いつもなら聞き流している直樹のテンションが、何だか癇に障って。 「・・・もういい!玲の好きにしたらいい!!」 「翼!何言ってんだよ!!」 「知らないよ!あんな一方的に言ってきて何なわけ? 玲が一体何を言いたいんだかさっぱり理解できないよ!!」 持っていたタオルを投げつけて、僕を懸命に止める仲間たちを振りきりグラウンドを後にする。 「翼。」 「・・・何。柾輝。」 「本当に監督の言ってることがわかんねえの? つーか、アンタならもうわかってるだろ?」 「っ・・・知らないよ!!」 直樹はこんなときでもうるさいし、五助も六助もオドオドしてるし。柾輝は知った風な顔をしてる。 何もかもにイライラして、今日の練習は終わりだと勢い任せに皆に告げた。 「おにいちゃん!おかえり!!」 「・・・ただいま。」 ドアの開く音を聞くなり駆け出してきたのだろう。開けたドアの先には、が立っていた。 相変わらずの笑顔のまま僕を迎える。でも僕は、その笑顔に応えることができない。 「おにいちゃん?どうかした?どこかいたい?」 「別にどこも痛くないよ。」 イライラする気持ちを抑えられない。 こういうときは話しかけないでほしい。一人にしてほしい。 「あのね。わたし・・・」 「ごめん。疲れてるんだ。」 「・・・あ・・・うん!ゆっくりおやすみしてね!!」 僕はそのままリビングにもよらず、自分の部屋へと向かった。 そのままベッドに倒れこむ。玲の言葉が頭の中でぐるぐると巡っていた。 その言葉を思い出す度に、怒りとか悔しさがこみ上げて。 「・・・くそっ・・・!!」 ベッドに拳を叩きつける。 「本当に監督の言ってることがわかんねえの? つーか、アンタならもうわかってるだろ?」 柾輝も柾輝だ。 玲の言葉の意味がわかってるみたいな口を聞いて。 あんな言葉の意味、理解できるわけないだろ?! コンコン ノックの音が聞こえた。 けれど僕はその音を無視して、ベッドに顔を埋めた。 「おにいちゃん?」 「・・・。」 「おにいちゃん?おなかすいてない?」 「・・・。」 「おにいちゃん??」 何度も呼ばれるその声に、余計にイライラした。 ほっといてくれ。一人になりたい。誰も、話しかけてこないでくれ。 そんな気持ちが自分の中でどんどん大きくなって。 「おにい「うるさいな!!」」 「腹が減ったなら、冷蔵庫でも探してみなよ!! いちいち僕に聞かなくたってわかるだろ?!」 我を忘れて叫んだ後、ドアの外からはもう何も聞こえてこなかった。 少しして、小さな足音が僕の部屋から遠ざかっていくのがわかった。 それと同時に、襲ってくる後悔。 いくらイラついていたからって、にあたるなんて。 あんなに、小さな子に。 謝らなければ。 そう思ってすぐに、僕は自分の部屋を出てリビングに向かった。 そこにはの姿はなかった。 代わりにテーブルの上に並べられていたのは、いくつかの食べ物。 それはほとんどが冷凍食品だが、その中にはいびつな形のおにぎり。 僕は作った覚えはないし、形だってもっと綺麗に作れる。 作ったのは一人しかいないだろう。 「おにいちゃん?おなかすいてない?」 疲れた顔をした僕に、元気がない僕のために。 子供のくせに。きっと苦労して、一生懸命になって作ったんだろう。 それなのに、僕は。 「腹が減ったなら、冷蔵庫にでも何かあるだろ!! いちいち僕に聞かなくてもわかるだろ?!」 ごめん。 君は僕を大人だなんて言ったけど、僕の方が全然子供だ。 イライラして、何も考えもせずにに当たって。 コンコン 今度は僕がの部屋のドアを叩く。 僕のときとは違い、返事はすぐに返ってきた。 「はっ・・・はい!!」 「。入ってもいいかな。」 「う、うん!いいよ!!」 その返事を聞いてから、僕は部屋のドアを開けた。 はかしこまって、布団の上に正座をして僕を迎える。 僕は苦笑して、と目線が合うようにしゃがみこんだ。 目の前にいるは、一生懸命に笑っている。 笑っているが、目が赤くなっているのは明らか。 ・・・泣いていたんだろう。 それでもその姿を一生懸命に隠すに、胸が痛くなって。 僕はそのまま小さな彼女を抱きしめた。 「お、おにいちゃん・・・?」 「ごめんね。。」 「え・・・?」 「僕が悪かった。に当たったって仕方ないのにね。」 「・・・もう、おこってない?」 「怒ってなんかないよ。あと、おにぎりありがとう。」 「・・・おにぎり?たべた?おいしかった?」 「うん。すごくおいしかった。また作ってくれると嬉しいな。」 「・・・うん!へへっ!!じゃあまたつくってあげるね!!」 そういってがまた笑う。 よかった。この笑顔を無くしてしまうところだった。 「はぁ・・・。僕も頭に血がのぼりすぎてたよな。だからこんなことになるんだ。」 「あたま?ち?」 「玲の言いたいことも、わかってたんだ。柾輝の言うとおりに。 ただ、認めたくなくて。自分がそんなにちっぽけな人間だなんて思いたくなくて。」 僕のひとりごととも言える台詞を、が不思議そうな顔で聞いていた。 そんなに笑いながら、それでも僕は言葉を続けた。 「この間の練習試合でさ。僕よりも30センチ以上も身長のある巨人に挑発されてさ。 その時のイラつきが消えなくて、背なんか関係ない、あんな奴に負けない・・・そんな気持ちだけで突っ走って。」 「??」 「周りのことも考えないで、一人でサッカーして。 そんなサッカー、僕が一番嫌ってたのにね。・・・情けない。」 その場にうなだれる僕の頭に、何かが触れる。 心配そうに僕の頭をなでる、の小さな手。 暖かなその感覚。気持ちが落ち着いていくのがわかる。 「おにいちゃんにはわたしがついてるよ!!」 「・・・はははっ。うん。全くそのとおりだね。」 小さな頃から、親父はあまり家にいなかった。 だから僕はいつも一人で。 何か悩みを抱えても、この家で一人で悩んで解決するしか、術を知らなかった。 それが当たり前だと思ってた。 だけど突然現れた僕の妹は、そんな当たり前に思っていた考えも打ち消して 僕に新しい居場所を作ってくれた。 僕を救ってくれたのは、の小さな、暖かな手。 だから。君が大人になるまで。僕が君を守るよ。 君のその小さな手が、君のその存在が僕を救ってくれていたように。 Top Next |