小さな、暖かな手















「おにいちゃん・・・。一緒に寝たら・・・ダメかなぁ?」

「・・・。」





が僕の家に来て数日。
部屋で本を読んでいた僕の部屋のドアをノックする音が聞こえた。

は子供なのに、意外と律儀で。礼儀もしっかりとしている。
どこかのバカ親父にも見習ってもらいたい。

そういえばそのバカ親父に連絡してみた。
のことを確かめるために。ていうよりも、尽きることない文句の言葉を贈るために。
連絡はつかなかった。けれど、逆に僕のいない間に家の留守電にメッセージが入っていた。



『おっす翼!お父さんだよー!
翼の聞きたいことはわかってるぜ!なんていったってお父さんだからな!!
はマジでうちの子になったから!放り出したりしたら承知しないぞっ☆』



・・・本当にどう始末してやろうか。
つまりは本当に僕の妹になったということだ。
いや、親父が僕をからかっているのだとしたって、この子には他に行くところがない。
どうやら本当に、僕が面倒を見てやるしかないらしい。

そう思いかなり憂鬱だったのだが、は基本的に何でも自分でできた。
7歳の子供にしてはしっかりしすぎてると違和感を覚えたけれど、まあできる子はできるのだろう。
僕だって家のことは何も出来ない親父を見かねて、自分で何でもするようになったし。
も同じタイプだったってことなんだろうな。だから思ったほど、僕が苦労することもなかった。

そのが、遠慮がちに言った言葉。
僕は少しだけ驚いたけれど、が突然そう言い出した理由に行き当たる。





「怖いの?」

「・・・うん・・・。」





原因はさっきまで一緒に見ていたテレビだ。ホラー特集なんて、くだらないものが流れていた。
があまりにも夢中になって見ているから、この番組が好きなのかとチャンネルを変えなかったんだけど。
やっぱり怖かったのか。怖いものみたさって奴だったのかな。





「・・・ダメかなぁ?」

「仕方ないな。・・・ホラ。」





自分にかけていた布団を持ち上げて、を呼ぶ。
その僕の行動を見て嬉しそうに笑ったは、すぐに駆け出して僕の布団にもぐりこんだ。





「何でそんな怖がるのに、あんな夢中で見てたの?」

「・・・だって、こわくてうごけなかったんだもん・・・。」





・・・夢中になって見てたわけじゃなくて、固まってたのか。
確かにあのときのは、全然動いてなかったな。





「・・・ははっ。なるほどね。」

「ひとりでいたらこわいよ・・・おばけがきちゃうよ・・・。」





本当に真面目に怖がっているを見て、思わず笑いがこぼれた。
いや、こんな小さな子供なんだから当たり前のことなんだけど。
あまりに素直で純粋だから。

まだほんの少ししか過ごしていないけれど、この子の性格もなんとなく掴めてきた。
素直で、まっすぐで。他人に迷惑をかけることを嫌う子だ。何でも一人でしようとする。
ま、今回のはお化けの怖さに負けたってとこかな。

僕は正直、そんなの性格が嫌いじゃない。
だから突然現れた妹でも、こんなにも優しくできるのだろう。
こんな自分、サッカー部の奴らに見られたら間違いなく笑われるんだろうな。

本当、親父とは大違い。
・・・そういえば。大事なことを聞いてなかった。
家に来て直後じゃ聞きづらかったけれど、そろそろ聞いてみてもいいだろう。





。」

「なあに?」

「どこで親父と知り合ったの?」

「おやじ?」

「ああ、おとうさんのこと。」





疑問に思っていたのは、が施設にいた理由と、どうして親父がを連れてきたのかだ。
偶然施設に行った親父が、偶然気に入ったを連れてきたなんてことは・・・。
僕の親父だったらありえないとも言えないところが怖いけど。





「おとうさんはね。パパのおともだちなの!」

「・・・は?」

「だから、パパのおともだち!」

「・・・えっと。ちょっと待って。『パパ』は『おとうさん』だろ?」

「うーん?」





僕の言っている意味がわからないと言うように、が首をかしげる。
ていうか、僕も意味がわからないんだけど。

の様子を見ていると、「パパ」と「おとうさん」は違う人物ってことだ。
そして「おとうさん」はうちのバカ親父。
じゃあが言う「パパ」って言うのは・・・。





「パパはおおきなびょうきなの。だからパパがむかえにくるまでは、おとうさんのところにいるんだよ!」

「・・・。」





そういうことか。
「パパ」はの本当の父親。そしてその父親は病気で入院中ってとこなんだろう。
ってことは、は僕の妹になったわけじゃなくて、友達の子を預かってるってこと?
そういう大事なことは一番最初に言えバカ親父。何が娘が欲しかっただよ。

何で親父が「おとうさん」なんて呼ばせてるのかは知らないけど、アイツのことだ。ただの自己満足なんだろう。
そしてややこしいことに、は「パパ」と「おとうさん」が別の意味を指していると思ってる。
全く、間違えた知識を与えないで欲しいよバカ親父。





「あのね。おとうさんが言ったの。おとうさんのこどももひとりなんだけど
すごく寂しがりやなんだって。だからわたしに傍にいてあげてくれるかって。」

「・・・へえー。」





あのクソ親父っ・・・・!!!
誰が寂しがりやだ!!妄想はひとりで勝手にしてろ・・!





「おにいちゃん、さみしかった?
これからはわたしが傍にいてあげるね!」

「・・・ありがとう。」





小さい子供になぐさめられたみたいな、複雑な気分。
ああだからこの子は、学校から帰ってきた僕に夢中で話しかけていたのか。
僕が寂しがっていると思って。

無意識のうちに、自分の顔には笑みが浮かんでいた。
隣で笑うの頭を優しくなでる。

の頭をなでながら、再度浮かんだ疑問。
父親が入院していたのなら、母親はどうしたのだろう。





。おかあさんは?いや、『ママ』は?」

「ママ?いないよ!ママはわたしが小さいときにいなくなっちゃったから!」





やはり、そうか。
いなくなった理由は知らないけれど、には入院した父親以外に家族がいなかったってことか。





「おにいちゃんのママは?」

「僕もいないよ。小さいときに離・・・いなくなっちゃってね。」

「そうなんだ・・・。じゃあおにいちゃんもわたしと一緒だね!おそろいだ!!」

「っ・・・。」





満面の笑みでそういうを見て、思わず吹き出してしまった。
お揃いって、そんな笑顔で言うことじゃないと思うんだけど。





「おにいちゃん?どうしたの??」

「・・・っ・・・いや、何でもないよ。
ホラ。そろそろ寝よう。明日から小学校だろ?楽しいところだといいね。」

「うん!」





勢いよく返事を返すと、本当に数分もたたずの寝息が聞こえてきた。
きっともう既に眠たかったのだろう。そんな素振り見えなかったけどな。
話を続ける僕に遠慮でもしていたのだろうか。全く子供のくせに。



は明日から新しい小学校だ。
一応最初の登校だし、送ってやらないと。



そんな親みたいなことを考えながら、僕もすぐに眠りについた。










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