自分の存在に疑問を感じていた。









誰も本当の僕を見ていない気がして。













最後の夏に見上げた空は

−その先にあるもの−













「翼くんがまた一番だって!すごーい!!」

「勉強もできて、サッカーでは全国大会に行って・・・。マジ格好いいよね〜!」

「翼がいれば俺たち安心だな!頼りにしてるぜキャプテン!!」









昔から人より秀でているものが多かった。
周りから聞こえる賞賛の声。小さな頃は少し、気恥ずかしかった。
けれど、今はもう何も感じない。
聞こえは悪いけれど、それが『当たり前』のことになっていたから。









「翼!次の全国模試の準備は出来てる?翼なら一番になれるわ。お母さん、期待してる!」

「サッカーの方ももちろん優勝だな!翼なら出来るだろ?」




家は裕福だった。
父親は医者で母親は専業主婦。
とは言っても、家事は家政婦に任せきりだったから、
そんな母親の興味は自分の息子、僕に向かっていた。

母親に便乗するように、父親も僕の活躍を期待していた。
勉強でも一番になり、部活でも活躍する息子なんて、いい自慢話になるのだろう。



小さい頃は嬉しかった。
自分が何かをして、良い成績を残すたびに両親は喜んだ。
二人の喜んだ顔を見るのは僕も嬉しくて、いろいろなことでいい成績を残そうと努力していた。

けれど、それはいつしか『当たり前』のことになる。
クラスで一番は当たり前。学年で一番は当たり前。県で一番は当たり前。
・・・いつだっただろう。
勉強不足で順位を落としたことがある。
そのときのがっかりとした母親の顔は、今も忘れず記憶にある。

僕は一時も気が抜けなくなった。常に一番でいなければと、自分にそう言い聞かせた。










いつだっただろう。
そんな僕の支えとなった、サッカーと出会ったのは。

過度な期待に押しつぶされそうになっていたとき、救いとなったのはサッカーだった。
サッカーをしているときは、何に捕らわれることもない。
ただただボールを追って、夢中になって、楽しむことができた。

もちろん中学でもサッカー部に入部した。
親の期待とか関係なしに全国を目指して、優勝を目指して、毎日練習をしていた。
部活と勉強の両立は思ったよりも大変だった。
けれど、親に何も言わせないために必死で勉強した。

今度は親の期待に応えるためじゃなくて、僕自身のために。
大好きな、サッカーをするために。



そうして僕は毎日毎日練習にあけくれ、勉強も欠かさなかった。
その甲斐あってか、親は僕に満足していたし、3年になると、サッカー部のキャプテンも任された。
誰よりもサッカーがうまくなると、僕が皆を引っ張っていこうと思っていた。



僕にサッカーがある限り、全てがうまく行くと、そう思っていた。













3年になって最初の大会。僕たちは順調に勝ち進んでいた。
そして、地区大会の準決勝。僕は相手のスライディングに、不覚にも怪我を負ってしまった。
足首の骨にヒビが入っていた。全治3週間。とても次の決勝戦に間に合う時間ではなかった。



「・・・そういうわけだから、悔しいけど僕は試合には出れない。けど、お前らだけでも絶対勝てる!」



本心だった。今まで一緒に練習してきた仲間。こいつらの実力は僕が一番わかってる。
決勝戦とはいえ、負ける気はしない。自分を過小評価する気はないけど、
それでも僕がいなくたって、充分に戦う力はある。それだけの練習をしてきたんだから。

だから僕は、力強く頷いてほしかった。
絶対に勝って、全国大会では一緒に戦おうと、そう言ってほしかった。



「・・・そう・・・だな。」



けれど。



「・・・うん。まあ、力の限り戦ってくるよ。」



返ってきた返事は、あまりにも力ないもので。



「・・・お前らなら勝てるから!お前らの力は僕がわかってる!」

「ああ。ありがとう。」





見舞いに来た数人の部員から出てくる言葉からは、勝とうとする気が伝わってこなかった。
あまりにも薄っぺらい、上辺だけのセリフ。どうして?お前らは自分に自信をもてるだけの練習をしてきたはずなのに。

僕はもう一度話をしようと、松葉杖をつきながら病室から出て行った仲間を追っていった。





「・・・勝てるわけねーじゃんな〜。翼がいないのに。」

「だよな。翼も自分が怪我したこと気にして気休め言ってくれてるんだろうけど・・・。」

「あーあ。今年こそ全国行けると思ってたのになー。」





一緒に上を目指していたはずの彼らの本音を耳にし、一瞬、思考が停止した。
こいつらはもうすでに『勝ち』を諦めている。僕がいない、ただそれだけなのに。
そんなことで、今まで練習してきたことが無駄になるわけがない。





「ちょっと待てよ!!」

「あ・・・翼・・・。」

「何もう勝つことを諦めてるの?!僕がいなくたって、お前らは充分戦えるって言っただろ?!
僕が気休めなんかで、本当にこんなこと言うと思ってるわけ?!」

「・・・。」

「お前らはずっと練習してきただろ?!うまくもなった!!だからここまで来れたんだ。
自信持っていい。自信持って、戦ってこいよ!!」

「・・・違う。」

「え?」





そこにいた仲間は皆俯いていた。
その中の一人が、俯いたまま言葉を発した。





「俺たちの力じゃない。翼が・・・翼がいたからだよ。」

「・・・まだそんなこと言ってるわけ?!サッカーは一人じゃできない。
僕こそ、お前らがいたからここまで来れたんだ。だから・・・!!」

「違うよ翼。お前は別格なんだよ。俺たちとは違う。
お前が点を最小限に抑えて、自分から点を取りにいって。
俺たちの代わりはいくらでもいるけど、お前の代わりは誰もできない。」

「何だよそれ・・・。僕が別格だったから?その僕がいないから?だから負けるって言うの?
戦いもせずに、もう負けるって思ってるの?それこそバカだ!
そんなことで、今までの自分が否定できるなんて、単純すぎて笑っちゃうね!!」

「・・・お前には、わかんないよ。」





そういって病院から出ていく仲間たちの背中を、僕は茫然としたまま見つめていた。
一緒に走っていけると思っていた。一緒に上を目指していけると思っていた。
けれどあいつらは、僕を『別格』だとそう言った。僕にあいつらの気持ちはわからないと、そう言った。

・・・悔しかった。





僕がどんなに叫んでも





僕がどんなに願っても





思いは、届かない。












それから数日後、僕のいないそのチームは負けた。
3−0なんて、完敗だ。それもそのはず。
最初から勝ちを諦めてるチームが、いい試合なんて出来るはずもない。



『椎名がいないとこんなにも弱いのか。』

『翼がいないから勝てなかった。』

『椎名に頼りっぱなしなのがよくわかった』



それからのサッカー部は散々言われていた。
何もしらない奴らの中傷に、僕は怒りで頭が一杯だった。
けれど、その中傷を受けているサッカー部当人達がそれを認めているのだからタチが悪い。



僕にとって、サッカーとは何だったのだろう。
家でのストレスを忘れさせてくれる場所。夢中になれる場所。
誰よりもうまくなろうと、必死で練習をした場所。

けれど、その結果は。





いつまでも、どんなに頑張っても、それでも上を期待する両親。
僕なしでは、試合に勝てないと言ったサッカー部。

両親に喜ばれたいと目指した先は、押しつぶされそうな過度な期待。
夢中になれる場所を見つけたいと目指した先は、僕なしでは試合に勝てないという弱音。



昔から人より秀でているものが多かった。
だから僕は、目立ちすぎた。
これからもずっとこうなのだろうか。
ずっと僕に期待しつづける両親。
ずっと僕に依存しつづける仲間。

高校に入っても、大学に入っても、それはずっと続くのだろう。
僕が家から離れない限り、僕がサッカーを止めない限り。



好きなものを見つけるたびに、居場所が無くなっていく。
たくさんの期待に押しつぶされて、完璧な僕を演じるしかなくなって。
僕が僕であることなんて、誰も望んでいないのかもしれない。



僕は、希望を失った。
自分の未来に。自分の存在に。














「私、桜町で教師になるわ。」



その日は、はとこの玲が僕の家に来ていた。
玲は僕の家にちょこちょこ来ていたが、しばらく会えなくなるからという報告だった。

一瞬、教師になるからと言って何で会えなくなるのかと疑問に思った。
けれど、玲から出てきた町は『桜町』。
戦争の負の遺産、遺伝子強化兵が生み出された町だ。

桜町には一般人は入れない。それどころか、町に入るだけでも並みの苦労じゃない試験なんかも存在する。



「何で玲が桜町に行くわけ?何か思い入れでもあるの?」

「ふふふ。そんな大層な理由はないわ。桜町の学校で教師の人材が足りないって募集が来てね。
誰も立候補しないから、私が行こうと思って。」

「ふーん。玲らしいと言えば玲らしいか・・・。」



西園寺 玲は昔からそうだった。
周りの人間が避けることを率先してやる女性だった。
僕から見れば、玲の方がよっぽど羨ましい性格をしている。
自分に正直で、飾らず、まっすぐに生きているんだから。



「明日の連休から行って、しばらく会えなくなるけど寂しがっちゃだめよ?」

「誰がだよ。いつまでも子供扱いしないでよね。」

「・・・けど、翼も来ようと思えば来れるわね。貴方も試験に合格しているわけだし。」



玲が呟く。
そう。僕は遺伝子強化兵の監督者となる試験を玲と一緒に受けている。
そのときは玲に誘われ、難しい試験だから挑戦する気で受けた。
1年ほどかかってようやく合格し、桜町に入る資格は持っている。



「なんなら、来年の高校入学を考えるつもりで連休に一緒に行ってみる?
正当な理由があるし、私も一緒なら、期間限定で桜町に入れると思うわよ?」



僕は少しだけ考え、頷く。
家にいたくない。かと言って今は、サッカー部にも行きたくない。
監督には足の怪我が治るまで、治療に専念するように言われている。
正直、足の怪我はほとんど治りかけていて、練習が出来ないほどでもなかったけれど
今とは別の場所へ、少しでもいいから行きたかった。





逃げ出したいから行く。だなんて、軽い気持ちでいける場所ではないことはわかっていた。
けれど。このときの僕は、今の現実から逃げ出したい気分だった。





誰も僕を知らないところへ行きたかった。





完璧じゃない僕を見てくれる場所へ行きたかった。





その時は、ただそれだけの





たった、それだけの気持ちだったんだ。









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