なくしかけていた気持ちを教えてくれたのは










まっすぐに生きる、彼らだった。










最後の夏に見上げた空は

−その先にあるもの−










玲と一緒に親を説得し、僕は連休の間だけ桜町にやってきた。
両親は僕がここへ来ることを少し渋っていたが、玲が一緒ということで許してもらった。
はとことは言え、うちの親から信頼されている玲はすごいと思う。

やってきた町は、俺のいる町と変わらない、普通の町並みだった。
それも当たり前のことだけれど、僕はまじまじと周りを見渡していた。

そして僕たちは、玲が教師を勤めることになる、桜塚高校にやってきた。
高校と行っても、ここには遺伝子強化兵がいる。
人数が少ないため彼らの代で廃校となるが、同じ敷地に中等部が存在しているからだ。

必要以上に高い、学校を囲う壁に、鉄で出来た扉。そこを守る警備員。
力を発揮したという前例もない彼らにここまでする、政府の政策に苛立ちを覚えた。





職員室に入ると、精一杯の作り笑いを浮かべる、この学校の校長が顔を出した。
玲もそいつを見て、一礼し笑みを浮かべた。



「いやー!貴方が来て下さってよかった。この町はどんどん人が減ってきていましてね。
教師が不足していては授業にもなりませんからな!」

「そうですか。お役にたてるようで何よりですわ。」

「もうすぐ遺伝子強化兵の子供たちが、高校の方へ上がってくるでしょう?まだ1年以上先だというのに
やめていく先生が多発しましてね。ギリギリまでいると、引き止められるとでも思っているのかもしれませんが。」

「・・・同じ教師として、恥ずかしいですね。」

「いやいや。けれど彼らの気持ちもわかりますよ。自分の危険も省みず、この場所で教師を続けるなんて
覚悟がいることです。その点西園寺先生の勇気は素晴らしいですな!」

「「・・・。」」



こんな男が校長だなんて、その遺伝子強化兵の子たちも災難だな。
明らかに遺伝子強化兵を『危険物』扱いしている。
彼らが望まない能力を持っているのは、彼らのせいではない。愚かな大人たちのせいなのに。



「・・・危険?彼らは能力を発揮したこともない。能力を抑える薬も飲んでいると聞きましたが?」

「いや、そうですが、もしもということも・・・。」

「・・・私は勇気なんてもっていません。ただここにいる生徒に、教師としていろいろなことを教えるために来ただけです。」



玲がニッコリと笑う。
相手に有無を言わせないその笑みで。
笑いを浮かべていた校長も、玲を見て黙り込んだ。












「これから、学校の説明と住むところも見てくるわ。翼はどうする?」

「・・・僕は・・・適当に学校をまわってるよ。」

「そう。なら2時間後に学校の正門前で会いましょうか。」

「わかった。じゃあ後で。」



校長との話が終わり、職員室を出る。
玲は学校と、寮の説明を受けることになったが、僕は自分で見てまわろうと一緒にまわることを断った。

・・・というよりも、この学校の教師と一緒にいたくなかった。
どいつもこいつも、自分の生徒を生徒とも思っていない。
大半が玲のように、自分からではなく、政府に命令されて教師をやっているようだった。

高校の教師がこうならば、おそらく中等部でだって同じようなものなのだろう。
そんな大人たちに囲まれた子供が、どんな気持ちになるのか、こいつらは考えたことはないのだろうか。










一人で校舎の中を見てまわる。
土曜日の学校には生徒はおらず、僕はゆっくりと校舎の中を歩いていった。
外では高い塀や警備員で重苦しい空気が流れて見えたが、中はいたって普通。
普通の学校と変わりはしない。ただ机の数をみたところ、普通の学校よりも生徒数は少ないようだけど。



ふと窓から校庭を見ると、男の子が一人サッカーゴールに向かい、ボールを蹴っていた。
パスをする相手も、キーパーもいないその場所で、たった一人で。

僕は窓からその少年を見ていた。何度も、何度もボールを蹴るその少年を。
彼はサッカーが好きなんだろう。一人でも、ずっと続けていても飽きないくらいに。
見てるだけだったのに、なぜかそんな考えが浮かんだ。
だって、彼は本当に、本当に楽しそうな顔でボールを蹴っていたから。



僕は無意識のうちに、階段を降り、校庭へ向かっていた。
そして彼のもとに向かい、言葉をかけた。





「こんにちは。」

「・・・え・・・?」

「サッカー、好きなんだ?」

「え?あ、はい!」

「一緒にやる奴はいないわけ?」

「あ・・・。この学校には、サッカー部はないし・・・。皆興味もないみたいなので・・・。」

「・・・ふーん。」





いきなり話し掛けてきた僕に、とまどいを覚えながらも
彼は僕の質問に答える。なんだか異様に腰の低い奴だな・・・。

ここは遺伝子強化兵の子供が集まる学校。
そんな中で、真面目にサッカーを目指す奴なんて入ってこないのだろう。
しかし、ならばどうしてこの彼は、サッカーが好きそうなのにこの学校にいるのだろう。

そんな考えが頭をよぎったがすぐに消え、僕の目には彼の足元にあったサッカーボールが映っていた。
彼が俯いた瞬間、そのボールを奪う。





「あ!」

「お前のサッカーの腕前、見てやるよ!ボールを取り合うなんてこともしたことないんだろ?」

「え!ちょ・・・!待ってくださいよー!!」

「うまく、なりたいと思う?」

「え?・・・はい!!」

「なら僕からボールを取ってみなよ。僕は強いからさ!」





それから1時間は彼とボールを取り合っていただろうか。
いや、僕が支配していたと言っても過言じゃないんだけれど。
それでも、競いあう相手がいることを本当に楽しそうにする彼を見て、僕も自然と笑みがこぼれた。
時間を忘れて楽しんでいた。あまりにも楽しそうに笑う彼を、
この短い時間で成長していく彼と、ボールを取り合うことが楽しかった。

こんな気持ち、久し振りだった。





「何やってんだ?お前ら。」





突然聞こえた声に、我に返る。
汗だくになったまま、振り返る。そこには浅黒い肌をした男が立っていた。





「黒川くん!」

「風祭がサッカーしてるのはいつものこととして・・・隣の奴は誰だ?」

「あ!この人はね・・・。」





風祭と呼ばれた彼が、僕の顔を見つめたまま止まる。
そうだった。僕らはお互いの名前も知らずに、1時間もサッカーしてたのか。





「あのー・・・誰でしたっけ?」

「っておい!名前も知らない奴と何やってんだよ!」

「だって、この人サッカーすごくうまいんだよ?!」

「関係ねーしそんなこと!・・・で?アンタ誰?」

「僕は椎名 翼。今、中3なんだけど・・・こっちの高校を見学にね。君らの名前は?」

「僕は風祭 将です!」

「黒川 柾輝。」





会話の感じから、この二人は同級生なんだろう。
それにしても、同じ年には見えない二人だな。
・・・まあ僕も外見のことに関しては言えないけれど。

この場所にいるということは高校生?いや、でも中等部も同じ校庭を使っているから中学生ということもありえる。
僕は感じた疑問をそのまま聞いてみる。



「君らは何年生なわけ?」

「僕たちは中学2年生です。」



風祭が笑顔で答える。
・・・中学2年・・・?それはまさか・・・。



「それって・・・。」



思わず言葉になっていた。
気づいて慌てて、自分の言葉を遮る。
けれど、僕の言葉の続きに黒川が答える。





「そう。俺たちは遺伝子強化兵だ。」





まさか、とそう思った。
風祭のように、サッカーに夢中になって、うまくなることを目指している奴が
遺伝子強化兵であるわけがないと。そんなことを考えていた。
未来がない遺伝子強化兵は、未来に絶望していると、理不尽で勝手な考えを持っていた。

遺伝子強化兵が未来を夢見てはいけないことなんてないのに。
なんのことはない、僕も大人たちと同じような考えを無意識のうちに持っていたんだ。





「椎名さん、サッカーやってるんですよね?」

「・・・え?うん。まあ・・・。」

「周りに、仲間もたくさんいるんですよね?羨ましいな。」

「あ・・・本当に誰も興味ないわけ?誰かお前と一緒にサッカーやってくれる奴だって・・・。」

「いねーよ。」





僕の質問に、風祭じゃなく黒川が答える。
風祭は少し困ったような顔をして、俯いていた。





「俺らの代は、何かを始めようなんて考える奴はいないし、
他の学年の奴らも俺らを怖がって近づこうともしない奴ばっかりだ。
そっちじゃ当たり前のサッカーでも、この町じゃ難しい。」





黒川の言葉が胸に突き刺さる。別に僕を責めているわけじゃないのはわかってる。
けれど、それでも胸が痛かった。





「ま、俺も面倒くさくて、たまーに遊ぶくらいだしな。
お前がしたい『試合』なんて、夢のまた夢だな。」

「けど黒川くん、運動神経いいんだもんな。僕なんて毎日練習してるのに
それでもボール取られちゃうんだ。水野くんもうまいし・・・。」

「それは仕方ねーだろ。ガタイの差もあんだし。」

「うん!でも僕もっとうまくなるよ!そしたらまた相手してね黒川くん!」

「へーへー。わかりましたよ。」





そのあまりにも当たり前の願いでさえ、簡単には叶わない。
それでも前を向いて生きる風祭を見て、強い奴だと、そう思った。





「・・・アンタもさ。」

「・・・え?」

「何でウチの高校見学しようなんて思ったかは知らねえけど・・・
中途半端な覚悟で来ない方がいいぜ。」

「・・・。」

「アンタ、普通の家の子なんだろ?だったらこんな場所に来る必要ないだろ?
アンタには俺らと違って未来がある。普通に暮らしていけばいい。わざわざ苦労する必要ないさ。」





そう。僕には未来がある。
ここにいる二人とは違い、未来がある。
けれど、それは。僕にとって普通に過ごせる未来なんかじゃなく、絶望した未来。
安心できることのない、張り詰めた未来。そんな未来は・・・。





「未来があったって・・・いいことばかりじゃないよ。」





思わず口に出た言葉は残酷な台詞。
彼らには、決して言ってはならなかった台詞。
気づいたときには遅かった。二人は目を丸くして僕を見ていた。

ああ僕は、なんて弱くて愚か。
彼らにとっては、未来を夢見ることさえできないのに。
醜い感情に負けて、僕は言ってはならない言葉を口にした。





「ははっ。おもしれえこと言うなアンタ。」

「・・・?」





恐る恐る待った二人の反応は、あまりにも予想外のもので。
黒川は笑い、風祭は頭にハテナを浮かべていた。





「未来なんて、誰にもわからないから未来なんだろ?
いいものか悪いものかなんて、わからない。」

「・・・!」

「多少先の未来なら、予想もつくかもしれないけど、それさえも変わるかもしれない。」





黒川の言葉に、衝撃が走る。
僕は勝手に未来を想像して、勝手に絶望していたんだ。
未来なんて誰にもわからないのに。

そしてそれと同時に、黒川の言葉に矛盾を感じた。





「黒川。お前、未来は誰にもわからないって言ったよね?」

「ん?ああ。」

「じゃあ、お前たちに未来がないっていうのもわからないんじゃないの?」





もしかしたら、17歳よりももっと生きられるかもしれない。
ある日突然、遺伝子強化兵の細胞が変異して、ずっと生きられるようになるかもしれない。
そんな言葉が頭に浮かんだけれど、そんな理想の話を彼らにするのはあまりに残酷な気がしてやめる。





「そうだな。だからこそ風祭は上を目指してる。けど、俺も含めて遺伝子強化兵は
風祭みたいに強くねえから。未来を、諦めてる。」

「黒川くん・・・?」





風祭が心配そうに黒川を見上げる。
黒川は悲しそうな顔もせずに、飄々と話しているけれど、
それでも僕は、そんな彼を見て悲しくなった。
『死』が迫る未来と、僕の未来を比較した自分を恥じた。
そして、今まで思っていた自分の感情を話していた。






「・・・僕は今の現実が・・・あまりいいものじゃなくて。」

「・・・。」

「だから、未来もそうだと思ってた。変わることなく、ずっと苦しいままだと・・・。」

「アンタ、見かけによらず繊細なんだな。思い込みも激しい。」

「・・・うるさいなっ・・・。」

「誰のものでもない、アンタの未来だろ?」

「!」







「だったら、変えろよ。自分の力で。」







黒川が不敵に笑う。
自分の未来は諦めているのに、他人の未来は応援する奴。
おかしな奴だ。でも、なんて優しい奴なんだろう。





「椎名さん?大丈夫ですか・・・?」

「ククッ・・。アンタも風祭の健気さを見習えば?」

「うるさいな黒川。余計なお世話。」





結局僕はあまえていただけだった。
思いが届かないから、何をしても無駄だと。
完璧でない僕を、誰も愛してなんてくれないだろうと。
言い訳をつけて、勝手に諦めて。

絶望した未来なら、自分で変えればいい。
これからも生きていく僕だから、僕ならば、それができるんだから。













それから。
怪我が完治した僕は、サッカー部に戻り、必死に練習をした。
皆とじっくり話もした。全国には皆と行きたいと。お前らでなければダメだと。
その思いが通じたかはわからない。けれど。
部員が今まで以上に練習するようになったのは事実だった。

そうして夏、僕らは地区大会も勝ち進み、全国大会へと進んだ。
結果は3回戦で敗退。かなりの接戦だったのだが、僕らは負けた。
負けた悔しさは相当のものだったけれど、それでも清々しかった。





全国大会も終え、受験の時期が始まった。
皆進路について悩んでいる。僕もその一人だった。



地元の高校、サッカーが強い高校、そして・・・桜塚高校。
正直、このままサッカーの強い高校へ行くことも考えた。けれど。
桜町に行かなかったら、あいつらに会わなかったら、僕はこんなに清々しい気分ではいられなかっただろう。

両親を疎ましく思い、仲間が信じられなくなり、サッカーでさえも嫌っていただろう。

それに、僕は風祭とサッカーをしてみたい。
風祭がどんどんうまくなっていくところを見てみたい。
できるならば、あいつの夢を叶えてやりたい。

サッカーはどこでだってできる。僕がサッカーを好きでいる限り、その思いは消えない。



心は、決まった。













そして僕は桜塚高校に入学した。
たくさんの反対はあった。特に両親の反対はすごかった。
けれど、僕の決意は固かったから。



入学式のその日、偶然にも黒川に会った。
彼は驚いた顔をして、僕に近づいてくる。





「アンタ、本当に来たんだな。」

「まあね。けど、自分で決めたことだから。」

「ふーん。」

「それと、桜塚高校にサッカー部を作ろうと思ってるんだ。」

「・・・は?」

「風祭が入学してくるまでには整えておくよ。すぐにでもサッカーを始められるように。」

「アンタ・・・。」

「アンタじゃないよ。翼。そのときは黒川も強制入部だから。よろしくね。」

「・・・ははっ!やっぱりアンタ・・・翼っておもしれえ奴だな。」





自分で選んだ未来。
それはお前らと笑う未来。

たった少しの時間だったけれど、あのときのお前らとの出会いは、
僕の人生を考え方を変えた出来事だったから。・・・なんて、大げさかな?
けどそれくらい、僕にとっては大きなことだった。

だからお前らと一緒に過ごしたいとそう思う。
僕に新しい考え方と、新しい生き方をくれたお前らと笑いあいたいとそう思う。

黒川も、他の奴らも、未来を諦めていると言った。
未来を夢見ろなんて、そんなこと、僕は言わない。
けどさ。『今』を楽しんだっていいだろう?





こんな自分勝手な思い。うまくいかないかもしれない。





けれど、未来はわからないから。





だから僕は僕の思うように進もう。





僕を救ってくれた、僕を勇気付けてくれた





彼らに恥じることのないように。













TOP