望んでいた。





思い描いていた。





大切な人たちと生きる未来。


















最後の夏に見上げた空は 

−another story−













夢を見た。
とても、とても幸せな夢。

皆、笑っている。
友達も、両親も、亮先輩も。

未来のないはずの私たちが、変わらずに笑いあって。
いつまでもそこにある日常。大切な人たち。

自分たちの最後が迫っていることを
頭のどこかで気づきながら、それでも本当に幸せだった。






声が聞こえた。

私の名前を呼ぶその声。
願うように、悲しそうに呟かれたその声。
それが誰の声かなんて、考えなくたってわかる。
愛しいその人。貴方が私の名を呼ぶ。

はやく、はやく目を覚まさなきゃ。

それが夢のように幸せじゃなくても。
悲しい現実しか待っていなくても。

それでも私はもう一度、貴方に会いたい。





亮先輩に・・・会いたい。





「・・・い・・・」

「!!」





ようやく言葉が声となる。
静かに目を開ければ、そこには心配そうに私を見つめる亮先輩の顔。







「・・・亮・・・先輩・・・。」

「・・・っ・・・!!」








私自身で傷つけてしまった先輩の顔や体は、痛々しく包帯が巻かれている。
それでも先輩はきっと、こうしてずっと私の側についていてくれたのだろう。
夢じゃなく、ようやく会えた先輩の顔にそっと触れる。









「心配かけてんじゃねえよ。バーカ。」









先輩はそう言いながら、体を起こした私を抱きしめた。
心地の良い安心感。その胸に体を預けて、先輩の温もりを感じる。








「・・・体は?」

「あ・・・何とも、何ともないです。」








体の状態を問われて、初めて自分を顧みる。
今はあの力を使ったときのように、体が熱くもない。苦しくもない。電気が流れているわけでもない。
そして、その力を使う前のように、異常に体温が低いわけでもない。
力を発揮したせいなのだろうか。自分に関する異変を一つも感じることがない。

感じたのは違和感。
自分の体の中のことなど、わかるはずもないのに。
それでも自分の体の中で何かの変化が起きている気がした。

それが良い方向なのか、悪い方向なのかなんて、わからなかったけれど。



亮先輩が私の手や額に触れる。
私に異常がないことを確認すると、両肩を掴んでまっすぐに私を見つめた。






「なあ、あれから何日経ってるかわかってるか?」

「え・・・?えっと・・・私が倒れてから・・・1日くらいですか・・・?」






私が意識を失ったのは、最後の日から3日前の夜。
それでも私がまだこの場所にいられるということは、多くとも2日しか経っていないということ。
そしてこんなにも元気でいられる自分。もしかしたら1日も経っていないのかもしれない。






「バーカ。」

「ええ?!な、何日なんですか?眠ってたんだからわからな・・・・!!」





先輩のからかうような笑みとその言葉。
いつものように反論の言葉を返すと、その途中で彼の温もりに包まれて、言葉を止める。





「せっ・・・先輩・・・?!」

「4日だ。」

「・・・な、何がですか・・・?」

「お前が倒れてから4日だ・・・!4日経ってんだよ・・・!!」





先輩が強く、強く私を抱きしめて。
けれど私は先輩の言葉の意味がわからなくて。
先輩は一体、何を言ってるの?
先輩の言葉が本当なら、『最後の日』はもう過ぎていることになる。






「なかなか目覚まさねえし。ガラでもねえ心配なんかさせんな・・・!」

「ちょ・・・ちょっと待ってください先輩・・・!今のってどういう・・・」





未だ言葉の意味を理解できない私を見て、先輩が静かに微笑んだ。
からかうような笑みじゃない。バカにするような笑みじゃない。
とても優しく、嬉しそうなその表情で。





「お前はこれからも生きていける。」

「・・・え・・・?」

「最後なんかじゃない。これからも生きていけんだよ。」

「・・・な・・・だって・・・私は・・・」

「ああもう面倒くせえな!素直に喜べよ。俺の言葉が信じられねえとでも言うのか?」





真剣な目。まっすぐな目。
私を見つめる亮先輩。先輩がそんな嘘をつくわけがないと知っていても。
混乱した頭はなかなかそれを認めることはなくて。

無くなった体の違和感。漠然と感じた体の中の変化。
過ぎ去った『最後の日』。

本当に、本当に・・・?








「・・・本当・・・ですか・・・?」

「ああ。」

「・・・私・・・これからも、亮先輩の側にいられるんですか・・・?」

「ああ・・・!!」










涙が溢れる。

先輩が迷いなく、本当に嬉しそうに頷いてくれるから。
強く強く抱きしめて、その温もりを伝えてくれるから。
それが嘘なんかじゃないって。夢なんかじゃないって、そう信じられた。

理由なんて何だってよかった。
存在するはずのなかった未来。
覚悟していたはずの、貴方との別れ。





でもね、本当は。





望んでいた。貴方と歩む未来を。
思い描いていた。貴方と過ごす日常を。





願っていた。これからもずっと貴方の側にいることを。





もう諦めなくてもいいんだよね。怖がらなくてもいいんだよね。
これからも変わらずに、貴方の側にいられる。笑っていられる。





今も、これからも。ずっと、ずっと。

























先輩の胸で泣きつづけて、その幸せを噛み締めて。
溢れていた涙がようやく止まり、私を抱きしめたままでいる先輩を見上げた。

先輩の目が赤いことに気づいて、私は小さく微笑んだ。
私の視線に気づくと、先輩が不満そうに私の頭を小突く。

そんな他愛のないやり取りさえが嬉しくて。
私はまた静かに笑った。笑みが止まらない私を呆れたように一瞥して亮先輩も笑った。












幸せな時間が流れて、気持ちが落ち着いた頃。
亮先輩は静かに、今私がここにいられる理由を語った。





「松下さんが・・・?」

「ああ。風祭に連絡があったらしい。・・・松下は・・・遺伝子強化兵の延命療法を研究してたんだって?」

「・・・はい・・・。」





あの研究施設で出会った松下さん。そこで聞いた話を思い出す。
今はもういない、彼の弟の最後の話。
たくさんの後悔で自分を責めて、私たちを助けてくれた人。
弟さんに報いたいと、あの施設で隠れて遺伝子強化兵の延命療法を研究していた。





「松下は結局、刑に執行猶予がついた。お前らを助けたことと捜査協力したってことでな。
そして、松下と同じ考えを持つ奴らと一緒に研究を続けていたらしい。勿論政府には隠したままで。
・・・バレればどうなるかなんて想像できてただろうにな。」

「・・・松下さん・・・。」

「政府にほとんどの資料は徴収されたらしいけど、不破のデータのコピーを持ち出していた所員がいた。
あいつらはそのデータを元に最後の日の直前まで研究を続けた。」

「・・・。」

「それは偶然だったのかもしれないけど、確かに完成した。
あいつらが目指した結果が。遺伝子強化細胞を通常の細胞に変異させていく薬だ。」

「・・・っ・・・じゃあ・・・皆も・・・?」

「ああ、全員無事だ。」





亮先輩のその言葉を待っていたかのように、ほっとして気が抜けて。
私はその場に崩れ落ちた。先ほど流しきったかと思った涙がまた溢れ出して。





「ありがとう・・・松下さん・・・」





この町を出てもなお、私たちのことを考えてくれていた。
政府に禁じられている研究。それを続けていると知られれば当然重い罪とされる。
それでも。それでも私たちを思ってくれた。私たちを救ってくれた。





「ありがとう・・・不破くんっ・・・」





それはきっと、長い長い研究だった。
彼が生きたほとんどの時間は、その研究に費やされた。
閉ざされた遺伝子強化兵の世界。最後に残された彼のデータ。

長い間、あの施設で過ごして。
自分の感情さえも閉ざして。心はきっと苦しかったはずだ。つらかったはずだ。

それでも貴方は最後まで、私たちの幸せを願ってくれた。



最後の最後まで、私たちを救ってくれた。











「・・・っ・・・。」













もう会うことのできない彼を想った。





ねえ不破くん。
私たちは生きることができるよ。貴方が願ってくれた通りに。





これから生きるその場所に、貴方もいてほしかった。





あの冷たい場所を出て、もっとたくさんの世界を見せてあげたかった。











先輩が私の隣に座りこみ、肩を抱き寄せる。
私は先輩に体を預けて、流れる涙を止めることなく泣き続けた。









「・・・不破が望んだことは?」

「・・・わ・・・私たちの幸せを・・・願ってる・・・って・・・」

「わかってるならいい。思う存分泣け。」









生きることが出来る喜びと。
そこに大切な人が欠けていることの哀しみと。
溢れ出す感謝の気持ち。



たくさんの感情が入り混じって、次々に溢れ出す涙。





私を抱きしめてくれている亮先輩の温もりが側にあることを感じながら





そこにある些細な、それでもとても大きな幸せを噛みしめて。





その涙は暫く止まることはなかった。














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