前を見て
歩んでいく。
そして、今日も生きていく。
最後の夏に見上げた空は
「ああ!いたいた!三上!!」
「・・・。」
「久しぶりに会って、そんな嫌そうな顔しないでくれる?」
武蔵野市内にある、大学の門を出ようとすれば
あまりに久しぶりすぎて、顔さえ忘れかけていた奴がそこにいた。
コイツに会うのはあの日以来。
がいなくなって、俺が桜町を出たとき以来だ。
あの日からもう1年以上の月日が流れていた。
突然の来訪者に内心驚きつつ、コイツがここにいる理由を探す。
そして数週間前に来ていた1通の葉書と、それについて何度かかかってきた電話を思い出す。
「1年ぶり?いや、それ以上だよね。元気だった?」
「・・・まあな。それよりこんなとこで、何か御用デスカ?」
「・・・お前、わかって聞いてるだろ。相変わらず根性悪いな。」
「お前に言われたくねえよ。お互い様だ。」
久しぶりに会った椎名は相変わらずで、やっぱりムカつく奴だ。
お互い嘘くさい笑顔を浮かべて、1年前の変わらない関係が甦る。
「葉書。届いてるんだろ?功先生からも連絡あったと思うけど。」
「何だっけ?同窓会?」
「同窓会って言うか・・・また皆で集まろうって話。
桜町にあいつらもいる。お前、あれから桜町には行ってないんだろ?」
あいつら・・・。椎名が指しているのは去年の夏にいなくなった遺伝子強化兵のこと。
もう何の規制もない桜町には彼らの石碑が立ち、そこに皆眠っている。
武蔵野市で育ったは、両親の元に返されるとの論議もされたそうだが
の手紙を読んだ両親は、そこで過ごした仲間と共に眠らせてやることを望んだ。
その後俺は桜町には戻っていない。
だからの墓参りにも行ってはいない。
別に・・・そこに行く決心がつかなかったわけじゃない。
「半年前にも出した葉書は無視しただろ?皆、心配してたよ。」
「ったく。余計なお世話なんだよ。風祭がうぜえのなんのって。」
「心配してくれてるんだろ?お前、その口の悪さも全然変わってないね。」
「だから、余計なお世話。」
「明日は?来るんだろうね。」
「さあな。俺も忙しいので。」
以前にも同じ内容の連絡はあった。
桜町にいた奴らで久しぶりに会おうなんて話。
それぞれが大切に思っていたあいつらの墓参りに思い出話。
そんな青くさいことの共有なんて、俺はいらない。
つか、思い出に浸ってるところなんて絶対見せたくねえし、見られたくもねえし。
「つーか椎名。お前マジで何しに来たんだよ。まさか俺を迎えに来たなんて気味悪いこと言うなよ?」
「当たり前だろ?お前はついでだよついで。U-19の合宿だよ。今日が最終日。」
「あー・・・。日本代表だっけ?代表サマはこんなことしてる暇あんのかよ。」
「今は自由時間中。明日は休み。文句ある?」
桜町を出て、ほとんどの奴らとの連絡は絶っていたが
の担任だった風祭からは、ちょこちょこ連絡が来ていた。
一方的に無視すれば、留守電にメッセージを入れるという徹底ぶり。
あいつのしつこさは筋金入りだと思う。
そんな無理に聞かされた情報から、椎名の現在のことも知っていた。
椎名は桜塚高校を卒業してすぐ、ユースに入ったようだ。
個人練習、チーム連携はともかくとして、試合相手がいなかった3年間は奴のブランクとなっていた。
けれどたった1戦とはいえ、全国大会レベルの明駱高校と互角に戦った奴らとしてきたサッカーは
大きなブランクとまではならなかったようだ。今ではU-19の日本代表となっている。まあ、まだ補欠らしいけど。
けれど、認めたくないがコイツならば正レギュラーになる日もそう遠くはないのだろう。
「・・・お前は・・・」
「何だよ?」
言いづらそうに、椎名が言葉をつまらせる。
さっきまで生意気に言葉を続けたくせに。俺は怪訝な目をして椎名を見た。
「お前は・・・政府に入ったんだって?」
「・・・あー・・・。」
椎名が信じられないと言う表情で俺を見た。
無理もない。俺たちを、を、あいつらを苦しめた相手。
そこにわざわざ自分から入っていく理由など見当たるはずもない。
「入ったわけじゃねえけど。まだ俺大学生だし。
ただ才能認められたとかで、たまに呼ばれたりはするけどな。」
「・・・その話を聞いたときから思ってた。お前が政府に掛け合ったときの条件。
やっぱり政府に縛られるってことだったんじゃないのか?」
「あ?まだそんなこと言ってたのかよ。違うっつーの。」
「お前が心配ないって、大丈夫だって言ってたから、仕方なくそれを信じた。
けれど、あのことがお前の人生を狂わせたんだったら・・・!今でも政府に苦しめられてるなら・・・!!」
「・・・どうする?」
「お前を解放する。僕の出来る限りの力で。」
うろたえる椎名を見ようだなんて、性格の悪いことを考えて。
笑いながら聞けば、迷いもなくまっすぐに返ってきた言葉。
バカだよなコイツも。嫌いな俺のことなんて、放っておけばいいのに。
俺はため息をひとつついて、口を開いた。
「親父の条件は、『政府に入って、三上家の仕事を継ぐこと。』」
「・・・!!」
「元々俺は政府の仕事に興味もなかったし、乗り気でもなかったからな。
親父にとっちゃ約束を取り付ける絶好の機会だったんだろうな。ムカつくけど。」
「やっぱり・・・!それじゃあお前は・・・!!」
「早まんな。これは俺も望んだことだ。」
「・・・え・・・?」
椎名は俺の言葉の意味がわからないと、疑問の表情を浮かべる。
コイツにこんなこと、説明する義理もないけど。
それでも1度説明しないと、コイツはどこまででも俺を問い詰めるだろう。
「おや。亮くんじゃないか。」
「・・・。」
疑問の表情をした椎名と向き合った直後、聞こえてきたのは俺の名を呼ぶ声。
振り向けば、丸々と太った中年の男が気分の悪い笑みを浮かべながらこちらに近づいてきた。
「どうしたんだい?こんなところで。」
「少し、知り合いと話を。」
「そうか。ああそうだ。君のお父上に、この間の講演は素晴らしかったと伝えておいてくれるかね。
あんなお父上を持って君は幸せだなぁ?君も優秀だし。大学で一番の成績だと聞いたが?」
この親父は大学でよく講演をする政府の人間。
政府がいかに努力して、日本をよくしようとしているかと。
今の日本は素晴らしい、と。
綺麗事だけを並べて、満足したように帰ってゆく。
自分たちが起こした戦争も。
その犠牲となって眠りについたあいつらのことも忘れて。
政府の権力者の息子である、俺へのゴマすりと挨拶は忘れることはないのに。
「それでは俺はこれで。失礼します。」
「そうか・・・。ああ亮くん。」
「何か?」
「君ともあろうものが、そんな安物の時計をしていたらいけないよ。
今度、君にピッタリの時計を送ろう。」
ニヤニヤと笑って、気分が悪くなる。
自分たちのしたことも忘れ、ただ、権力を得るために笑顔を向けて。
自分のしていることが正しいことだと信じ込んで。
この時計の価値すらも、考えようとせずに。
「いいえ。結構です。」
「おや?何故だい?」
「俺にこの時計の価値分の人間性がないということでしょうか?」
「何を・・・そんな安物・・・」
「これに価値がない?まさか先生がそんなことおっしゃらないですよね?
まだ名の知れてない時計ですが、先生ならこの時計の価値はご存知ですよね?」
「ま、ま、まさか!知っているよ?ああ、見間違いだったようだ。す、すまなかったね!
君はそれだけの価値があるよ!」
目の前の親父は少し驚いたような顔をして。
取り繕うように愛想笑いを浮かべて、そいつは慌ててその場を去っていった。
不機嫌そうにそいつの後ろ姿を見た俺を、椎名が無言で見つめる。
「・・・人をからかうところも変わらないね。まああそこで怒りを抑えたのは、少し成長したって言えるかな。」
「別に嘘は言ってねえし。つーかお前に成長がどうとか言われたくねえよ。」
「それ・・・高校のときもずっとつけてたよね。」
「・・・。」
椎名はそれ以上、何も問わなかった。
俺がずっと、そして今も身につけている安物の時計。
それがにもらったものだと、コイツは言わなくてもわかったのだろう。
「・・・政府に呼ばれたとき。」
「え?」
「ああいう奴らばっかだった。」
「・・・。」
「吐き気がした。あんな奴らのせいで・・・そう、思った。」
「だったら・・・何でっ・・・」
険しい表情を向ける椎名に、俺は口の端を上げて意地悪く笑んだ。
「そんな場所なら、自分で変えればいい。」
「!」
「幸い、俺には親の七光りってもんがあるからな。ああいう奴らは制しやすい。」
別に日本を変えるとか、革命する、だなんて正義ぶったことを思うわけではないけれど。
あんな奴らに任せた未来では、願いは叶いそうにないと思った。
ただひたすらに前を見て歩いていた。
目標が見つかるわけでもなく、それでも前だけは見て。
そんな中でとりあえず見つかった、一つの目標。
「あんな奴らが正義ぶって、のうのうと生きる政府なんてぶっ壊してやるよ。」
「・・・お前・・・。」
「ああ。安心しろよ。別にテロとか過激なことはしねえから。」
ココを使っていくから。と笑いながら自分の頭を指差した。
椎名が呆れたように、顔の筋肉を緩めて笑う。
「ああ、もうこんな時間か。三上、最初の話に戻るけど。」
「・・・だから俺は忙しいんだよ。」
「今更、思い出話するのが恥ずかしいとか言うなよな。
来なかったら僕はともかく、功先生から今度こそ毎日連絡が行くよ?」
「・・・。」
「それじゃあ僕は戻るから。頑張って日本を変えてよ。未来の官僚サマ。」
「うわ。ムカつく。」
「じゃあね。また明日。」
走りながらその場を去っていく椎名を、ため息をつきながら見送った。
別に桜町に行く決心がつかなかったわけではないし、
そこへ行くのが嫌なわけではないけど。(思い出話をするのは嫌だが)
今までも何度か、桜町へ行こうとしたことはあった。
けれど、何もなかった自分。前を向くことだけに必死になっていた自分。
お前に会えば、俺はお前に縋ってしまいそうに思えた。
自分を保つことさえ、前を向き続けることさえも精一杯なのに。
そんな姿をお前に見せたくはないと思った。
「あのうざいのが毎日か・・・。ありえねえし。」
小さく呟き、また一つため息をつく。
椎名の言葉に嘘はないだろう。風祭ならやる。下手すれば、武蔵野市まで直接来そうだ。
憂鬱な気分になりながら、頭に手をあて歩き出す。
遠い桜町。短いその時間をお前と過ごした最後の場所。
最後まで笑っていたお前の、大切だった場所。
心地の良い風が流れて。
ふと、空を見上げる。
広がるのは、空の青。
が好きだった、大きな青空。
ふいに思い出したのは、お前の最後の言葉。
微笑みながら告げた、最後の願い。
「・・・幸せに・・・なって・・・くださいね・・・?」
お前のいない未来で、それを実現させるなんて
とてつもなく遠いことのように思えた。
未だ、そんなものを見つけられてなんかいない。
一体どれくらいの時間をかければ
お前といたあの時間以上の幸せを見つけられるのだろう。
そんな幸せ、見つけられるのかすらわからないけれど。
それでも、俺はここにいる。
格好悪く、足掻きながら、もがきながら
それでも今ここに生きている。
幸せになるだなんて、約束はできない。
お前のいない未来に、未だ希望なんて見つかっていないから。
それでも
幸せなものとは遠いけれど、
小さな目標は見つかった。
変わらない日常。
それでも少しずつ、ほんの少しずつ、変わってゆく。
お前のいないこの世界を、今日も俺は生きていく。
今日も、明日も、これから続く未来を。
変わらないようで、少しずつ変わっていく日常。
けれど、変わらない想い。消えない願い。
人間の記憶なんて、曖昧で不確かなものだけれど。
どんなに時が経っても、お前と一緒に過ごしたあの時間を
居心地がよくて、あまりにも当たり前に側にあったあの温かな時間を
忘れることなどないだろう。
「仕方ねえな・・・。」
お前の大好きだった空を見上げて
お前のことを思いながら、小さく呟いた。
明日、お前に会いに行こうと思う。
あんまりにも久しぶりすぎるからって、もし俺が格好悪いところ見せても笑うなよ?
例えばどんな姿を見せたって、お前が心配することなんてないから。
俺は大丈夫。何とか前に進んでる。
お前が好きだった青空。
お前しか好きじゃなかったと思っていた青空。
こんなにも綺麗に見えるようになったのはいつからだっただろう。
もし疲れたらそのときは、この空を見上げて。
お前のことを思い出す。
そうしてまた、歩き出すから。
頬を撫でるような、優しい風が吹く。
これからの未来にお前はいないけれど。
それでも、俺は生きていく。
歩んでいく。
少しずつ変わっていく日常を。
見上げれば変わることなくそこにある
お前の大好きだった、この空の下で。
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