笑っていた。







精一杯に生きて、心からの笑顔。







かけがえのない、大切な仲間。






















最後の夏に見上げた空は




















それはまるでいつもの日常が始まるかのような、そんな日。
変わることなんて何もないかのように、晴れ渡った青空。

それでもその時はやってくる。

信じられない、信じたくない。
大切な、かけがえのない仲間たちの最後の日。













「翼さん勝負!!」





彼らが授業もせず、自由になれる最後の3日間。
僕たちは朝から晩まで、ずっとサッカーを続けていた。
全員が授業もなしにサッカーを出来ることを喜び、
本当に楽しそうにプレーを続けた。

ボールを持ち、既に2人を抜いて僕に勝負を挑んできた誠二。
誠二がフェイントをかける。1つ、2つ、3つ・・・ここだ!

3つのフェイントをかけて、僕の脇を抜こうとした誠二のボールを奪う。
豪快に転んだ誠二を一瞥し、ラインの外にボールを出した。





「誠二。大丈夫?」

「うー!あー!ちっくしょーーー!!今、抜けたと思ったのにーーー!!」

「そう簡単に僕が抜けると思わないでよね。」

「もう1回!!もう1回勝負っす!!次こそはゴール決めてやる!!」





悔しそうに、それでも楽しそうに。
ラインの外へと蹴りだされたボールを取りに走る。





「藤代っ!待て待て!次は俺が華麗なドリブルで突破してやるからー!」

「やだー!俺が翼さんを倒す!そんでもってキャプテンも倒す!!」

「てめっ!一人で我侭言ってるんじゃねぇー!」

「本当よ!何自分ひとりの力みたいに言ってるのよ!」





一人で突っ込みたがる誠二に、皆が呆れながら声をかけて。
それでも誠二はそんな言葉気にもせずに、屈託のない笑みを浮かべて言う。





「わーかってるよ!今のだって将がスペースを作ってくれたおかげだし!
パスだって丁度いいとこに水野が出してくれたからって言うんだろ?」

「「「・・・。」」」





珍しく正論を述べた誠二に、文句を言っていた皆が黙って。
驚いたように誠二を見つめた。
そんな皆を見て誠二はまた笑う。そして自分にビッと親指をつき立てて。





「それでもスターは俺だから!」

「「「藤代ーーーー!!」」」





思わず入った突っ込みに柾輝がクツクツと笑い、竹己や竜也、燎一が呆れたようにため息をつき
将は困ったような笑いを浮かべる。





最後の日なんかじゃない。
それはまるで、いつもの日常。
これからもずっと続いていくんじゃないかって、そう思える時間だった。






















「少し休憩しようか。」





晴れ渡った空。夏の暑い日ざし。
皆が汗だくになり疲れの色も見えてきた頃、渋沢の声が響いた。

みゆきの用意したドリンクをそれぞれが受け取り、その場に座る。
疲れきってその場に寝転がる奴もいた。





「みゆきちゃん。暑くてつらくない?大丈夫?」

「は・・・はいっ。ご心配おかけしました・・・!」





みゆきからドリンクを受け取った将が、笑顔で声をかける。
尾花沢たちに襲われたみゆきは、その時意識がなかったらしく襲われたことも覚えてはいなかった。
の願い通りその事実は知らせずに、親を待って校庭にいる間に疲労で倒れたと本人には伝わっていた。





「みゆき、そんなに疲れがたまってたのね。気づかなくてごめんね?」

「そ、そんな!先輩たちのせいじゃないです!自分でも気づかなかったんですし、今はもうこんなに元気です!!」

「本当に〜?みゆきちゃん俺らに言わずに無理してそうな性格だもんな〜?」

「本当ですよっ!本当ですってば!信じてください〜!!」

「あはは!悪い悪い。そんなムキにならなくていいよ。」





赤くなって必死で否定するみゆきを囲んで、皆が笑う。
意地の悪い笑みではなく、優しく見守るように。
彼らにとってたった一人の後輩。可愛くなかったはずがない。





「キャプテン!休憩終了にしようぜ!勝負の続き続き!!」

「全く・・・皆、平気か?」

「「「平気でーす!!」」」

「それじゃあ、再開するか。いいですか?監督。」

「ふふ。それは貴方たちに任せるわ。」





渋沢が僕に問いかけるように目で合図を送り、僕もそれに頷く。
こいつらは本当にサッカーが好きで。疲れってものを知らないくらいに。
休憩の時間すらも惜しいかのように。

いつもそうだった。今日も変わったところなんて一つもない。
決められていた『最後の日』。
けれど、何も変わらない今日。もしかして・・・今日は最後の日になんかならないんじゃないか?
だってこんなにも当たり前の日常。一つも変わったりしない。ならば、今日もいつも通りに過ぎていくんじゃないのか?



これからもずっと、こいつらと・・・かけがえのない仲間たちと共に、過ごしていけるんじゃないのか?





「翼さん!」





そんな考えが頭をよぎったとき、不意に声をかけられる。





「渋沢キャプテン!」





渋沢もかけられたその声に顔をあげた。





「みゆきちゃん!」





次々に呼ばれる自分たちの名前に驚きながら。





「西園寺監督!」





溢れるような笑顔を、僕らに向けて。















「「「「ありがとうございました!!」」」」















驚くように彼らを見ていた僕たちに、声を揃えて頭を下げた。

待てよ。待てよお前ら。
そんな、言葉。
まるで・・・これで最後になるかのような、そんな言葉。

だって、こんなにもいつも通りなんだぞ?
もしかしたら、もしかしたら・・・これからも一緒に過ごせるかもしれないだろ?
これからも、ずっと笑って・・・。









「俺、サッカーがこんなに楽しいものだなんて知らなかったっす!」



「玉蹴り遊びだなんて、バカにできなかったよなー。」



「意外と奥が深かったんだよな!いつのまにかハマってたし!」



「こんなに夢中になれるもの、他にはなかった。」



「自分にもまだ楽しめるものがあるって、教えられました。」



「ここは私にとっても、皆にとっても、すごく大切な場所でした!」



「サッカー部に入れて・・・本当によかった。」



「皆でサッカーが出来て、本当に楽しかった!ありがとうございました!!」









言葉を告げて、次々にグラウンドに駆け出す彼らの後ろ姿がぼやけて見えて。

誰よりもこの日を恐れていたのは彼らなのに。
誰よりもこの日から逃げ出したかったのは彼らなのに。

いつも通りに見えて、決していつも通りではないこの日から
目をそらしていたのは僕だった。

わかっていたのに。わかっていたはずなのに。
現実から目をそらして。これからもお前らと一緒に過ごしていけると思っていた。

・・・ちくしょう。あいつらとずっと一緒に笑っていようと決めたのに。
泣くな。泣くな泣くな。僕が泣いてどうする?
あいつらは笑っているんだ。だから、僕も。










「アンタの選んだ未来、正解だったか?」











最後にそこに残っていた柾輝が、僕に問いかける。
1年以上前の、彼の言葉を思い出した。





「誰のものでもない、アンタの未来だろ?」



「だったら、変えろよ。自分の力で。」





まっすぐに僕を見る柾輝を見つめ返して、僕は笑った。












「正解だね。こんな仲間、滅多に出会えるものじゃない。」












迷うことなく答えた僕を見て柾輝も嬉しそうに笑った。








「全てを諦めてた俺らを変えたのはアンタだ。
アンタが、翼自身がそう思えるなら、俺らも嬉しい。」






そんな台詞を残して、柾輝もグラウンドへと走っていく。



なあ・・・違うよ柾輝。助けられたのは僕の方だ。
お前らとサッカーして、笑いあって。たくさんの時間を一緒に過ごして。
今までだってたくさんの人間と過ごしてきた。だけど。



こんなにも楽しかった時間を、幸せに思える時間を。
かけがえのない時間をくれたのは、お前たちだった。

諦めかけた未来を、もう一度信じさせてくれたのは
自分たちには未来がないとそう言った、お前たちだった。







「・・・ほら、貴方たちも行きなさい。」







かすかに震えて、それでも凛とした声で玲が僕らの背中を押す。
渋沢が何かをこらえるかのような顔で笑い、僕を見る。

涙は、見せない。
あいつらが笑うなら、僕らも最後まで笑っていよう。
言葉はなくとも二人、理解しているように頷く。







「みゆきも、サポートよろしくね。」

「・・・っ・・・はいっ!」








涙ぐんで、それでもみゆきも僕らを見て、はっきりと返事を返した。
そして僕らもグラウンドへと駆け出す。








「お!来たっすね二人とも!今二人を抜く奇策を練ってたとこなんすよ!」

「ふ、藤代っ・・・!!」

「・・・へえ。それは楽しみ。だけど奇策って宣言しちゃったら、奇策になんないんじゃないの?」

「・・・。しまったぁ!!」

「バカーーー!!藤代ーーーー!!」

「も、問題なーい!!内容バレてないんだから、大丈夫!!」

「どうかな。ま、楽しみにしようか。ね、渋沢。」

「そうだな。どんな手で来るのか期待してるぞ。」

「きー!何か余裕だし先輩たち!!お前ら!絶対決めるぞ!!」

「奇策ってバラした奴の台詞じゃないわよ・・・。」








センターラインにボールを戻して、藤代と将がボールの前に立つ。
彼らを援護するように攻撃組、僕らを守るように守備組に別れる。
センターラインに立つ二人がボールに触れる前に、僕は叫んだ。








「僕も・・・楽しかったよ!お前らとサッカーが出来て!!」







皆が振り向いて僕を見る。
続いて僕の後ろからは渋沢の声が響いた。







「俺もだ!お前らみたいな後輩が持てて、本当によかった!」







ポカンとした顔で俺らを見て、皆嬉しそうに笑った。
切なさも入り混じる、その笑顔で。








「・・・へへっ!それじゃあ行きますよ!!勝負!!」

「望むところだね!」








お前らが笑い続けるのなら、僕も一緒に笑うから。
お前らが最後の最後まで、僕たちとの勝負を望むのなら、力の限り戦うから。

だから、だから。

わずかに残るこの時を、少しでも共に。
少しでも笑って。幸せに。



























やがて静寂が流れるフィールドで、そこに立つのは僕と渋沢の二人。
最後に放たれたボールは、ゴールの中にあった。





「・・・やられたね。」

「・・・ああ。」





徐々に動きが鈍くなっていくこいつらを、ただ見ていることしか出来なかった。
それでも僕たちは本気で、手を抜くこともなく最後まで戦った。

数人が膝をついて、その場に倒れていく。
そんな中で放たれた最後のシュート。
シュートを放ったのはゴールを決めたがっていた誠二ではなく、その誠二からパスを受け取った将。

僕も渋沢も完全に裏をかかれて、そのボールはゴールネットを揺らした。
悔しい思いと嬉しい思いを持って、ゴールを決めて喜ぶだろう彼らへと振り向いた。

けれどそこにはもう、立ち上がっている奴なんていなかった。











「う・・・うぇっ・・・うわああああん!!」











グラウンドに響く声で泣き崩れたのは、みゆき。
ずっと我慢していたのだろう。止まることのないその悲しい泣き声。
そんなみゆきの肩に玲が手をかけて、抱きしめたのが見えた。








「・・・椎名。」








その場に立ち尽くしたまま動かない僕を見て、心配そうに渋沢が声をかける。
僕はその声に振り向き、返事を返した。





「どうしたのさ渋沢。そんな心配そうな顔しちゃって。」

「・・・え・・・?」

「僕の心配をしてるわけ?お前の方が泣きそうな顔してるくせに。」





僕の言葉に渋沢は複雑な笑みを返して。
溢れ来る感情に飲み込まれそうになっていたのは自分のくせに。
こみあげてくるこの悔しさ。悲しさ。やるせなさ。









「全てを諦めてた俺らを変えたのはアンタだ。
アンタが、翼自身がそう思えるなら、俺らも嬉しい。」










ねえそれでも僕は





お前たちの幸せの・・・手助けが出来たと思ってもいいのかな。










「・・・余計な心配だったか。」

「・・・そういうことだね。」










渋沢から顔をそらした僕の目に、涙が浮かんでいたことも
どうしようもなく情けない顔をしていたことも。
僕の精一杯の強がりに、渋沢は気づいていたのだろうけれど。


















遺伝子強化兵として生きて、こんな狭い世界に閉じ込められて。
自由を制限され、その中で決められた最後の時を知り。

どれほどつらかっただろう。
どれほど苦しかっただろう。
どれほど悩んだのだろう。

僕には想像することしか出来なかったけれど。
それがどんなに彼らを苦しめたのかなんて、本当の意味で理解することなんか出来なかったけれど。

それでも彼らは、あまりにも短いその時を精一杯に生きて。
弱かった僕に勇気をくれた。幸せな時間をくれた。

たくさんの、笑顔を向けてくれた。

















「・・・ありがとう。」
















止まることを知らないように、涙が溢れ出して。
僕が泣いていたなんて知ったら、あいつらに笑われるんだろうな。

それでもかすれた声のまま、もう一度。
大切な仲間へと言葉を贈る。

それが聞こえていなくても。この気持ちはきっと伝わっていると信じているから。













「・・・ありがとう。お前たちに会えて・・・よかった。」



































フィールドを風が駆け抜ける。
暫く静寂の続いたその場所で、僕は渋沢の顔も見ずに小さく呟いた。





「最後、ちゃんと見たかな。こいつら。ゴール決まったところ・・・。」

「・・・見てたさ。」






渋沢がその場に倒れる仲間たちに、静かに近づいた。
そして、その傍らにしゃがみこむ。僕も渋沢の後ろへと続いた。
もう言葉を話すことのない彼らは皆。












「・・・見てたさ。だって・・・こんなに、嬉しそうだ。」













彼らは皆。





嬉しそうに、微笑んでいた。










「・・・はは。本当だ。こんな、嬉しそうにして・・・こいつららしい・・・。」










こんな、嬉しそうな顔で。最後まで僕を救ってくれる。
本当に・・・こいつららしい。

目に浮かぶ涙を乱暴に拭って。
僕は渋沢の方へと振り向く。














「・・・渋沢もそろそろそんな顔は止めたら?こいつらに笑われるよ?」

「・・・目を真っ赤にしてる椎名に言われても、説得力ないぞ?」

「・・・誰の目が真っ赤なのさ。渋沢、目がおかしくなったんじゃない?」

「まあ、そういうことにしておくか。」









そんなやり取りを交わして。
僕たちは不器用に笑いあった。

あまりにも理不尽な運命を背負わされた彼ら。
それでも。







それでも彼らは、笑っていたから。







だから、僕らも。
優しくて、強くて、大切なものを与えてくれたお前らに心配なんて、かけないように。






お前らが、そうしていたように生きていきたいと願う。







精一杯、生きていく。








お前らに恥ずかしくないように。








お前らのように、まっすぐに。









前を向いて、生きていくから。













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