あまりにも短くて





くだらなかった人生。






それでも。

















最後の夏に見上げた空は



















むかつくくらいに晴れわたった夏の日。
遺伝子強化兵にとっての最後の日。
今日いなくなる俺たちのことなど、何でもないかのようにそこにある
空の青さが無性に腹立たしかった。

最後の3日間は授業もなく、各々が好きなことをしていい。
けれど俺にとってはそんなことに意味なんてなかった。
だってそもそも俺は授業もサボってたし、好き勝手やっていた。
最後の3日だからと言って何が変わるわけでもない。

藤代なんかは「1日中サッカーするぞー!」とか張り切ってたが
サッカーなんて何がそんなにおもしろいんだか。

今日で終わる命。
自分という存在が17年で終わるのだと知ったとき、何かを望むのはもう止めた。
期待すればするだけ無駄だから。俺は俺の思ったとおりに生きていれればそれでいい。
その場だけが楽しければ、それでいい。
そうやって生きてきた。
だから最後の日となった今も、どうしてもやりたいことなんて思い浮かばない。

好き勝手やって生きてきた。
家族にはとうに見捨てられているし、学校をサボりがちだった俺は特定のダチもいない。

側には誰もいないけど、まあそれでもいい。
俺はずっと一人でやってきた。一人で好き勝手生きてきた。



だから今、学校に来ているのも深い意味なんてなくて。
ほんの気まぐれだった。
その気まぐれで、まさか最後のこの日にコイツに会うだなんて思ってもみなくて。





「・・・?!」

「え・・・?な、鳴海くん!」

「何でお前がこんなとこいんだよ?!」





そこにいたのは、小さい時から一緒にいた幼馴染。
とはいえ、中学を過ぎたあたりからはそれほど話さなくなったけど。

俺もも家から通っているが、世間体の為だけに俺を家においておくうちとは違って
は家族に愛されていたはずだ。この最後の日にわざわざ学校に来るなんて、想像もしていなかった。





「・・・やっぱり最後は・・・この学校かなって思って。」

「お前・・・家族は?」

「・・・何でかな。・・・私、最後はこの場所で迎えたかったから。でもちゃんと、お別れは・・・してきたよ。」





短かったその時間のほとんどを過ごした場所。
俺にはたいして思いいれもなかったが、にはあるのだろう。





「・・・何でこんなとこに一人でいんだよ。」

「・・・。」





こんなところとは学校の裏庭。
人なんてほとんど通らない。こんな場所でたった一人で座りこんで。
何やってんだよお前は。





「・・・いろんなこと・・・ぐるぐる考えちゃって。誰かと一緒にいたら・・・迷惑をかけちゃうかもしれない。
どんな最後を迎えるかも・・・分からないのにって・・・そう思って・・・。」

「バッカじゃねえの?!」

「な・・・鳴海くん・・・。」

「こんなときまで周りに気遣いやがって。一人で・・・!
こういうときこそあの・・・ヘラヘラしやがった担任でも引っ張ってこいよ!」





のあまりのバカさ加減にイラついて。
今日で最後なんだぞ?最後くらい、どんな我侭を言ったっていいじゃねえか。

好き勝手やってきた俺はともかく、周りにこんなに気を遣って
俺なんかとは違って、お人よしなくらいに周りに優しくて。
そんな奴が、こんな最後の迎え方をすることなんてないはずだ。





「・・・ありがと。」

「・・・っ・・・。」





が静かに笑みを浮かべて。
儚げに笑うその表情に腹が立った。
何もかも納得してるって顔しやがって。礼の言葉なんて言いやがって。
どうしてお前はいつも・・・。





「ムカつく・・・!」

「な、鳴海くん?!」





もうコイツに何を言っても無駄だ。
驚くなんてお構いなしに、乱暴にの隣に腰を下ろした。





「・・・暇なんだよ!」

「・・・へ?」

「やることもなくて暇なんだよ!だからお前に付き合ってやる。」

「・・・。」

「なんて顔してんだよ。暇だからっつってんだろ?!」





俺の言葉に驚いたように、じっと俺を凝視して。
がまた儚げに笑う。それでも、嬉しそうに。





「ふふ。鳴海くんって、本当に優しいよね。」

「どこが。」

「そうやって知らないフリするところとか。」

「知らないフリじゃなくて、マジで知らねえの。お前が何言ってんだか全然わかんねえ。」

「あはは。そっか。」





俺の考えなどお見通しだとでも言うように笑うに不満を覚える。
絶対コイツ、俺をいいように見すぎてる。
俺のどこを見たら優しいなんて言えるんだよ。お前の方がよっぽど優しいくせに。





「皆・・・大丈夫かなあ。」

「あ?」

ちゃんも・・・最後に会えなくて残念だったけど・・・あの先輩ならきっと、大丈夫だよね。」

「知るか。あんな奴。」

「・・・とか言って、鳴海くん結構ちゃんのこと好きだったでしょ?」

「はぁ?!ありえねえし!!何でそんなことになってんだよ!!」

「だってちゃんと話してるときの鳴海くんって、何だか楽しそうだったよ?」

「楽しくなんてねえっての!ムカつくだけだアイツは!」





コイツは一体と俺をどんな風に見てたんだ。
みたいに変な奴、ムカつくことはあっても好きなんかじゃねえっての。
他の奴らには優しいくせに、俺にたいしてのあの態度は何なんだよ。絶対アイツは性格悪い。
俺のこと怖がりもしねえし、俺の気持ちだってわかったようなフリしやがって・・・。

そういえば・・・俺の気持ちを知ってたのは、アイツだけだったっけ。
本当・・・おかしな奴だったな。





「楽しかったなあ・・・。」

「・・・?」





隣で笑うの声が弱々しく聞こえて、俺は隣に座る彼女を見る。
は目をつぶって、小さな呼吸を荒げて。あまりにも短かった17年を思い返すように穏やかな顔で。





「・・・本当はね。」

「・・・?」

「本当は・・・一人で逝くのが怖かった・・・。」

「・・・。」

「誰にも迷惑をかけたくないだなんて、格好いいことを言って。
自分でここに来て、一人でもいいってそう思ったはずなのに。それでも・・・やっぱり怖くて。」





俺はただ黙って。
きっと彼女の最後となるだろうその言葉を聞き逃すことのないように、静かに耳を傾けていた。










「だから・・・鳴海くんが来てくれて嬉しかったよ。」





「やることもなくて暇なんだよ!だからお前に付き合ってやる。」










「たくさんの勇気をありがとう。」





「面倒くせーなお前は・・・昔からよ!!
俺みたいに何も考えないで突き進んじまえばいいんだよ!」











「たくさんの優しさをありがとう。」





「側にいてやるよ!お前が一人にならないように!!」











「鳴海くんがいてくれて・・・よかった。」












そんな、言葉。
俺がいて、よかっただなんて。
そんな言葉、誰も言うはずがないと思っていた。

好き勝手生きて、我侭に生きて、周りの奴らに嫌われて。
親にさえも見離されていた俺に、そんな言葉をかける奴なんているわけがないと思っていたのに。

それをお前が。
俺にとってきっと、誰よりも大切だったお前が、その言葉をくれるだなんて。







「・・・っ・・・。」







目に浮かんだものは、涙なんかじゃない。
俺がこんなことで泣くはずもない。
男が泣くだなんて、これだけ格好つけてきて今更そんな姿見せられるか。










「・・・・・・?」











何だか自分の体も重くなってきた。
気を抜けば、目から何かこぼれてきそうだっていうのに
もうそんなことも考えてられなくなってきた。

目の前の彼女の名を呼ぶ。
目をつぶって、穏やかに笑みを浮かべたままの彼女からもう返事はなかった。

力の入らない手で、彼女の顔に触れる。
もう聞こえていないだろうな。だから最後に、伝えるつもりのなかったその言葉を。












「・・・ずっと・・・お前が好きだった・・・。」












なあ





「ふふ。鳴海くんって、本当に優しいよね。」





やっぱりお前は俺を買いかぶりすぎてる。
俺を優しいと思うだなんて、やっぱりおかしいぞ。










・・・それでも、本当に少しでも俺が優しく見えたのなら。それは。












。お前が、側にいたからだ。






















意識が朦朧として、何も考えられなくなってくる。
隣で眠る彼女の肩を抱き寄せて、その小さな肩に頭をあずけて。
自然と落ちてくる瞼。やがて視界は真っ暗になった。















「楽しかったなあ・・・。」





こんなにも短かかったこの人生を。
こんなにも理不尽だったこの世界を。

楽しかったとそう言えるお前はやっぱり俺なんかよりも
ずっと優しくて、ずっと強い。





限られた世界の中で、限られた奴らと、限られた時間を過ごして。
理不尽な政策に巻き込まれて、腐った気持ちで無駄な時間を過ごして。
その時間の中でたくさんの人間を傷つけた。

価値なんて見出すこともできない、くだらない人生だった。





だけど。














「鳴海くんがいてくれて・・・よかった。」














それでも。














悪くは、なかった。

















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