神なんていない。





いるわけがない。





それでも、どうかもう一度。















最後の夏に見上げた空は

















「三上!大丈夫か?!」

「・・・。」





功先生とともに向かった病院の一室。
そこには痛々しくたくさんの包帯を巻いた三上と、ベッドに横たわるの姿。

三上は功先生の声にも反応を示さずに、ただ横たわったままのを見つめていた。





「・・・三上。の様子は・・・。」

「・・・来るなっつっただろうが風祭。しかも何で椎名まで来てんだよ。」





肩に手を乗せた功先生の手を払いながら、僕たちを睨む。
三上のいつもの悪態。けれど、今のコイツの様子は明らかに弱々しかった。





「ああ・・・。今日のことを聞いて・・・じっとしていられなくて・・・。それと椎名は・・・。」

「あの夜、僕のところにも連絡は来ていた。なのに僕はやみゆきを救えなかったからね。
だから本当は何があったのか玲を問い詰めたんだ。がもともとただの風邪だなんて思ってなかったけど・・・。
まさかあの時の尾花沢が関わっていたとはね。・・・驚いたよ。」

「・・・椎名まで連絡がつくのが遅れただけだろうと、そう言ったんだけどな。
一緒についてくるってきかなくて。」

「・・・。」

「安心しろ三上。椎名と一部の先生の他にこのことを知る奴はいない。」





功先生だけでなく、僕までいることに不満を抱いた表情を見せて。
三上は小さな舌打ちをすると、へ視線を戻し僕たちに背を向けた。





「三上。お前の怪我は・・・平気なのか?そんなに包帯を巻いて・・・。」

「うるせえな。こんなのたいしたことねえよ。」

「・・・は?」

「見りゃわかんだろ。いちいち聞いてんじゃねえよ。」





玲にのことを問いただして、連絡が来たのはそのときだった。
早朝で、まだ玲と僕以外にはまだ誰もいなかった職員室で鳴り響いた電話の音。
功先生宛てにかかってきたそれは、この病院からの連絡だった。

その電話を受けた玲の顔がみるみる青ざめていった。
そしてすぐさま功先生を呼び出し、そのとき無理を言って僕も一緒にこの病院へやってきた。

すぐには信じられなかった。
見たこともない、遺伝子強化兵の力。
誰もが怖がる恐怖の対象でありながら、それでもその力を見たことがある奴なんていないに等しかったからだ。

唯一耳にしたのは、と郭が巻き込まれた研究所にいた不破という男。
彼は二人を助けるために、覚醒したその力を使ったという。
・・・自分の命と、引き換えにして。

研究所に大勢いた所員を黙らせるほどのその力。
今まで一緒に過ごしてきたがその力に巻き込まれてしまうなんて。

がいた部屋は、そこにあった物という物は全て壊れ
頑丈そうな壁にはヒビがつき不自然にへこんだ形になっていた。
窓があるはずの場所には何もなく、遮るもののないそこを風が通り抜けていた。

尾花沢に打たれたという薬のせいなんだろうけれど・・・。
どうしてが・・・。あんなに優しいこの子がこんなつらい目にあわなければならなかったんだ。





・・・。つらかっただろうな・・・。」





ベッドの横に立ち、功先生がの頭にそっと手を添える。
三上は何も言葉を発せずに、功先生の行動にも反応を示さない。
ただだけをじっと見つめていた。





「三上。僕たちに出来ることは?」

「何もねえよ。用がないならさっさと帰れ。」

「・・・お前、眠ってないんだろう?少し休めよ。お前も怪我してるんだし。その間は僕が見てるから。」





三上の様子からして、の側から一時も離れていないのだろう。
自分も相当の怪我をしているくせに、今の三上の姿を見ればが悲しむってこともわかっているだろうに。
僕の言葉を聞いて、功先生も三上の方へ向き直る。





「そうだ三上。お前の怪我だって相当なものだと聞いた。
今してあるその手当てだって、この場で受けたものなんだろう?きちんとした手当てと検査を受けてしっかりと休め。」

「・・・。」

「それでお前の怪我が悪化したらどうする?命に関わることだったらどうするんだ・・・!
一番悲しむのは誰かわかっているだろう?」





それまでしか見ていなかった三上が、功先生を見上げる。
無言のままに、それでもしっかりとした眼差しを向ける。





「コイツが目を覚ましたとき、側にいるのは俺だ。」

「・・・三上・・・。」

「俺以外であることなんて、絶対にない。そんなこと俺が許さない。」





僕と三上は根本的に合わない。
人をバカにしたような話すところも、嫌味に笑う態度だって気に入らない。
人が決死の思いで頼んだことを断ったくせに、その次の日に叶えたりして。
礼を言うタイミングさえ逃させて。何事もなかったかのように過ごして。

三上のその性格は、僕にとって心地のいいものではない。
コイツといると、なんだか悔しい気持ちにさせられる。
無駄に怒らなければならなくなる。だから僕は三上が嫌いだし、これから性格が合うということもないんだろう。

けれど。





お互い守りたいものがある。それは同じ。





三上の強い眼差しはそれを語っているようだった。
痛々しく巻かれた包帯の下には、たくさんの傷があるのだろう。
それでも、その苦しみ以上にから離れるなんて考えられないんだ。この男は。





「・・・三上・・・しかし・・・。」

「何回言わせんだよ。もう帰れ。」

「・・・三上!」

「功先生、もう行きましょう。」

「・・・椎名?」





功先生が驚いたように僕を見る。
当たり前だ。僕たちがここに来たのはの様子と・・・三上の怪我の状態を知るためでもあったのだから。

医者から聞いた三上の怪我の話、そして痛々しく巻かれた体中の包帯。
三上の状態なんて明らかだった。相当の怪我なのだろう。

だけど僕だったら。絶対に離れない。
たとえどんなに痛くても、どんなに苦しくても。
誰よりも大切な存在。離れられるわけがない。





「コイツなら大丈夫ですよ。どんな怪我だって死にそうにはない。」

「なっ・・・椎名・・・!」

「そうだろ三上?」





三上を見て、小さく笑う。
だって、そうだろ?
がそれほどに大切な存在なら、そのを悲しませることなんてお前はしないだろう?





「てめえに言われるまでもないっての。」

「ほら。功先生大丈夫ですよ。」

「・・・三上・・・。」





功先生が心配そうに三上を見る。
功先生だって三上の気持ちはわかっているんだろう。
けれど優しすぎる彼は、何かを言わずにはいられない。





「・・・風祭。」





僕に促されても三上を心配そうに見つめてそこを動かない功先生に、三上が小さな声で語りかけた。





「俺は・・・コイツを悲しませるようなことはしない。」





を見つめたまま、それでもしっかりとした声で。
三上なりの気遣い。僕らに、功先生に心配をかけないように呟いた。





「・・・三上・・・。」

「だから早く帰れ。コイツとの時間を邪魔されたくねえっつっただろ。」

「・・・信じるぞ?」

「何のことかわかんねえけど、どうぞご自由に。」





僕らを見もせずに、功先生の言葉に応える。
それはいつもの悪態だったけれど、功先生がこの場所から離れるきっかけとはなったようだ。
複雑な表情で微笑んで、行こうか、ドアを指差した。

部屋を出る直前に、もう一度三上とを見た。
悲しそうな顔一つ見せずに、愛しそうにに触れる三上の姿。
窓から差し込む朝の日差しが二人を照らして。とても・・・綺麗だった。

そんな綺麗な光景なのに、胸は締め付けられて。
未だ眠ったままのと、大切なあいつらのことを思い出して。





「椎名?・・・大丈夫か?」





僕の様子を見て、功先生に声をかけられる。
どうしたのか、と聞かない彼は僕の気持ちを理解していたのだろう。





「・・・はい。大丈夫です。」

「・・・そうか。」

「さてと・・・今日ももうあいつら集まってるかな?」

「サッカー部か?」

「はい。授業がなくなったので、朝から全員が全員集まってるんですよ。
HRが終わった途端に駆け出してくるらしくて。」

「ははは。将もサッカーが本当に楽しそうだからな。・・・ありがとう椎名。」

「僕は何も。サッカーが好きな奴らが集まっただけですよ。」





そう。僕はただきっかけを作っただけ。
彼らを助けたなんて気持ちは、これっぽっちもない。
だってむしろ、助けられたのは僕のほうだ。
あいつらの明るさに、笑顔に、心からの楽しさを感じて。

だから僕はあいつらの最後の時間が来ようとも。
あいつらが笑っている限り、ずっと笑っている。

どんなに胸が痛んでも、苦しくても
あいつらがずっと笑っていられるように、幸せであるように、
ずっと一緒に、笑っていよう。





























椎名と風祭が帰って、どれくらいの時間が経っただろうか。
目の前に眠るからは、未だ目覚める気配を感じない。



が意識を失って、青ざめた顔をした医者が駆けつけた。
茫然としているうちには他の部屋のベッドに移され、
から離れようとしない俺にはその場で手当てが施された。





『三上くん。きちんとした手当と検査をさせてくれないか?』





医者が言うその言葉が聞こえていなかったわけじゃない。
だがその言葉に反応する気すら起きなくて。
それでも医者は続けてこう言った。





さんの血液を採取して・・・遺伝子強化兵細胞が極端に減っているのがわかったよ。』

『!』

『以前の・・・不破くんと同じだ。不破くんの場合は外部的な要因も充分にあったけれど。
彼も遺伝子強化兵細胞が極端に少なくなっていた。
つまり力を使えば、遺伝子強化兵細胞も同等に減っていく・・・ということなのかもしれない。』





遺伝子強化兵細胞がなくなるという意味は充分にわかっていた。
それが一斉に死滅するのが明日。けれど能力を使えば、細胞数が減っていく。
『死』に近づいていく。目の前の医者はそういうことを言っている。





『・・・さんが生きるための根本的な力が・・・無くなりかけている。』

『・・・。』

『残酷なことを言うようだけれど・・・このまま目を覚まさない可能性も考えておいてくれ。』





俺に何度か話しかける医者の言葉をひたすら無視し続けた。
聞こえない。認めない。がもう目を覚まさないなんて。

この残酷な運命にコイツは何度泣いたのだろう。
どれだけ苦しんだのだろう。
それでも俺の側にいることを望んで、笑ってくれたが。

望まないその力を使って、俺を傷つけたと悲しんでいただろう。
泣きながら俺に来るなと叫んだの姿を浮かべて、思わず唇を噛んだ。



どんなに願っても、叶うことのない運命。
俺はその運命を覆すための時間よりも、の側にいる時間を選んだ。

専門的な知識なんてあるはずのない俺が、の運命を変えるなんて夢物語を描けるはずもなかった。
だから俺はただお前に会いたいと、側にいたいと思った。
それがどんなにお前を苦しませることになったとしても、俺はお前の側にいたかった。

別れが来ることなど知っていた。それでも、これほどまでの気持ちを止める術を俺は知らなかった。
覚悟はしていたつもりだった。お前が笑って最期を迎えられるように、俺はいつも通りにずっとお前の側に。
お前が望むことならば、何だって叶えたかった。

それなのに。
今のは能力を発揮したことに、俺を傷つけてしまったと悲しんだまま。
消え入りそうな小さな呼吸を繰り返すだけだ。





「・・・・・・。」





の小さな手を握って。
愛しい彼女の名前を呼ぶ。
けれどがそれに応えることはなかった。
















時間だけが過ぎていく。
もうどれくらいの時間が経ったのかもわからない。
時々部屋に入ってくる看護師と医者の存在すらも、もう気にならなくなってきた。
声をかけられても反応も返さずに、俺はただだけを見ていた。

窓から差しこむ光が徐々に無くなって、夜の闇を作り出して。
そして。が倒れてから二度目の・・・窓から差し込む光。

俺をあざ笑うかのように、最後の朝がやってくる。
差し込んだ光が、の顔を照らす。
それでもの表情は変わらず、ただ呼吸を繰り返しているだけだった。





「・・・・・・・・・!目・・・覚ませよ!!」





の顔に触れて、冷静でいたはずの俺は気づけば叫んでいた。
かすかに残る体温。けれどそれはあまりに冷たくて。
の目は絶対に覚めると、そう信じて。
そう信じているのだから、焦りも悔しさも悲しさも表には絶対に出さないと決めていたのに。



覚悟はしていた。
願うことはあっても、もうこの運命から逃れることはできないのだとわかっていた。





だけど。





こんな最後を、誰も望んでなんていない。





っ・・・!」





願いをこめるように、お前に声が届くように、叫び続ける。
神の存在なんて信じていなかった。
こんな残酷な運命しか与えられないような神がいたのだとしたら、その存在を信じることにすら寒気を覚える。

それでも、もしもそんな存在がいるのなら。
縋るような気持ちで、願う。





もう一度、お前の声が聞きたい。
















そのまま叫び続けた俺に、医者が気づき声をかけられて
ようやく俺は我に返る。気が抜けたように、その場の椅子に座りこんだ。

医者は心配そうな顔で俺に言葉をかけて、また部屋を出て行った。
もう医者の言葉は耳にすら入らず、俺はただ茫然としていた。

そしてもう一度、小さく呟く。










・・・。」










返事は戻らない。
瞳を閉じて、唇を噛む。
何もできない自分。に幸せな最後さえも・・・。










「・・・い・・・」

「!!」





かすかに聞こえた声。
俺はすぐに目を開けて、を見る。





「・・・亮・・・先輩・・・。」

「・・・っ・・・・・・。」





目を開けて、俺を見て。
呟くような小さな声で、俺の名を呼ぶ。
俺の顔に触れた小さな手は冷たく、それでも俺に温かさを与えてくれるには充分だった。

が心配そうに俺を見ている。
冷静にを待っていようと思っていたのに、俺は今どんな表情をしていたのだろうか。
起きてすぐにに心配されるような表情を見せて、自分が情けない。





「・・・先輩・・・怪我・・・。」

「たいしたことねえよ、こんなの。気にすんな。」





そう答えた俺の気持ちをは理解していたのだろう。
が気にすれば、同時に俺も気にしてしまうこと。
俺の言葉には静かに微笑みながら頷いた。





「・・・先輩・・・。」

「何だ?」

「・・・屋上に・・・行きたい、な・・・。」





消え入りそうなその声。
微笑みながらもその目には涙を浮かべて。





「わかった。」





理由を尋ねることもなく、俺はすぐにの言葉に頷いた。
横たわるを抱き上げる。その軽い体は、怪我をした俺でも抱き上げることができた。
俺のその行動に、慌ててそこから降りようとするをしっかりと抱いて。
あまりにも弱々しくなったは、それ以上の抵抗を止めた。
そしてそのまま、すぐ上の階である屋上に向かい病院の階段を一歩ずつ踏み出した。









きっとこれが俺たちの最後の時になるのだと










認めたくない確信を、胸に秘めて。




















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