貴方の傷つく姿なんて見たくない。
貴方の苦しそうな顔なんて見たくない。
望んでいたのは、こんな力なんかじゃなかったのに。
最後の夏に見上げた空は
「・・・っ・・・うっ・・・」
棚の上にある花瓶が、コップが割れていく。
「・・・っ・・・やだ・・・」
遺伝子強化兵の部屋として、用意された部屋。
どんな部屋よりも頑丈に作られた部屋の壁に窓に、次々にヒビが入る。
「いやぁっ・・・・!!!」
体が熱い。そして。
以前に味わったことのある感覚。
自分の中に電気が走っているかのようなそれは、決して思い出したくなかった感覚。
「遺伝子強化兵の『力』の源が何かは知っているか?」
研究施設で問いかけられた言葉。
「『電気』だよ。」
遺伝子強化兵の力の源が。
望んでなんかいなかった忌々しい力が、私の中を巡る。
次々と破壊されていく周りの景色。
それをしているのが自分であると、認めたくなかった。
「お、おい・・・!!どうしたん・・・うわぁっ!!!」
私の声に気づいて、部屋の前で待機していた政府の監視者がドアを開ける。
その瞬間に、私から発せられていた衝撃波のようなものに吹き飛ばされる。
ああ。同じだ。
自分が遺伝子強化兵なのだと思い知らされたあの日と。
大切な人たちを置いて、この町へ来ると決めたあの時と。
けれど今は決定的に違うことがある。
あの時にはすぐ消えた力が、一瞬の出来事だったその力が。
とどまることを知らないように、次々にあふれ出してくる。
この力を発揮する術なんて知らなかった。
止める術だってわかるはずがない。
「あ・・・ああ・・・」
衝撃波で倒れこんだ政府の監視者が私を見つめる。
言葉にならない声。恐怖で歪んだ顔。
「だ・・・だから俺は嫌だったんだ・・・遺伝子強化兵の監視者なんて・・・!」
壁に叩きつけられて、彼は自分の脇に差してあったものを引き抜く。
彼が向けるそれには見覚えがあった。思い出したくもなかったそれは黒い銃。
「『力を発揮した遺伝子強化兵は、周りに害を与える前にその動きを止める。実力行使も止むを得ない。』
それが決まりだ。」
「っ・・・!!」
「・・・こんなものが今のお前に効くのかと思うが・・・。危険物は排除する。」
『危険物』
銃を向ける彼にとっては私は、もう人間ですらない。そんな言葉。
悔しさと涙がこみ上げて、私は何も言葉を発せなかった。
「くらえ・・・!!」
「・・・!!」
「っ!!!」
向けられた銃口に動くこともできずに私の耳に、聞きなれた声が届く。
その声の主は銃を向けていた監視者を蹴り飛ばし、息を切らせて扉の前に立つ。
「あっ・・・亮・・・せ、先輩・・・・」
霞む視界と混乱した頭で、目の前に現れたその人の名を呼ぶ。
先輩の姿に安心して、それでもこんな姿を見られたくはなかった。
「・・・・・・!!」
「だ・・・ダメです先輩・・・!来ないで・・・!!」
部屋へと足を踏み入れようとする先輩に叫ぶ。
今の私に近づけば、さっきの監視者のようになるのは目に見えている。
破壊されていく部屋の風景。私の側に来れば、傷つかないはずがない。
私は貴方を・・・傷つけたくなんてない。
「何言って・・・っ・・・!!」
部屋に入ろうとした亮先輩を、先ほどと同じ衝撃波が襲う。
そして先輩までもが後ろの壁に叩きつけられた。
「・・・先輩っ・・・!!」
「・・・ゴホッ・・・上等じゃねえか。」
壁に叩きつけられて、少しだけ咳き込んで。
それでも先輩は不敵に笑って。再度立ち上がって私を見つめた。
「・・・いや・・・嫌です・・・。来ないで先輩っ・・・。」
「ふん。やなこった。何で俺が大人しくお前の言うこと聞いてやらなきゃなんねえんだよ。」
こんな私を見ても、いつもと変わらない笑みで。
いつもと変わらない態度で。一歩一歩私に近づく。
「く・・・。」
「やめて・・・!私のことはいいですから・・・!先輩っ・・・!!」
先輩がついに私の部屋へと入り、私に近づこうとしては壁に叩きつけられる。
その間にヒビの入っていた窓ガラスが、大きな音をたててとうとうその形を失った。
飛び散るガラスが衝撃波に混じって亮先輩へと飛んでいく。
先輩の顔が、腕が血に染まる。
「・・・お願いですっ!!来ないで!!来ないで先輩!!」
溢れ出した涙を拭うことも忘れて、願うように叫ぶ。
誰が大切な人の傷つく姿を望むのだろうか。
ましてそれが自分によって起こされていることならば尚更。
「お願いします・・・。先輩を・・・傷つけたくなんてっ・・・ないんです・・・。」
泣きじゃくりながら、必死で。
大切な貴方が傷つくことは、自分が傷つくよりもつらい。
だからどうかもう、私に近づかないでほしかった。
「・・・ざけんな・・・」
壁に叩きつけられて、ガラスの破片を体に受けて。
床に膝をつけていた亮先輩が呟く。
「ふざけてんじゃねえぞ!!側にいろって言ったのはお前だ!!」
「っ・・・!!」
「離れたいっつったって離さねえって言っただろう!!」
涙が溢れて止まらない。言葉すらももう出てこない。
こんな自分を見られたくなかった。
貴方を傷つけたくなんてなかった。
私に近づけば、亮先輩がどんなことになるかなんて想像がつくのに。
傷ついてボロボロになって、命の危険さえも伴う。
力を抑えることもできなくて、貴方を傷つけることしかできないのならいっそ。
貴方の側にいることだって、諦めるべきなのだとわかっていたのに。
わかって、いたのに。
それでも願いは変わらずにそこにあった。
私は、先輩と一緒にいたい。
傷つきながら、抑えることのできない痛みに顔を歪めながら。
ついに先輩が私にたどり着く。
そしてその温かな腕が、私を包み込んだ。
「っ・・・。世話・・・かけさすんじゃねえよ。」
けれど。
周りを破壊していくような私の体に触れて、平気でいられるはずがない。
私を抱きしめる先輩の力はあまりにも弱々しかった。
「先輩・・・!離してください・・・!先輩の体が・・・!!」
「お前バカじゃねえ?どこに目の前で泣いてる・・・自分の好きな女を離すバカがいるんだよ。」
「いやっ・・・それでも嫌です・・・!!先輩が・・・先輩がっ・・・」
泣きじゃくって混乱しながら叫ぶ私の口を、亮先輩の唇が塞ぐ。
それはいつものように数秒の口付けではなく、とても長い時間に感じられた。
悔しくて悲しくて。嬉しくて愛しくて。止まることのない涙が頬を伝う。
「・・・俺はお前から離れたりしない。」
「・・・!」
「だからお前も離れるな。どんなことがあっても。」
そう言ってまた、強く私を抱きしめる。
先ほどの弱々しさが嘘のように、力強く。
苦しげな表情も見せることのないように。
こんなにも傷ついて。
こんな私でも側にいろと、いてほしいと願ってくれる。
私を抱きしめる先輩の温もりを感じながら
混乱は薄れ、気持ちが落ち着いてくるのがわかった。
「・・・・・・?」
私の感情が落ち着いていくのと同時に、周りを破壊していくその力も徐々に収まっていく。
薄れていく意識の中、遺伝子強化兵の力は『強い感情』を伴うのだ言った、不破くんの言葉を思い出した。
ああ。これで貴方を傷つけることはない。
まだ貴方と・・・一緒に・・・。
「・・・おいっ!!」
「・・・先輩・・・。」
意識が朦朧とする。先輩の顔がはっきりと見えない。
それでも。
「先輩・・・大好きです・・・。」
それでも今一番伝えたかったその言葉だけは伝えて。
私は意識を失った。
ねえ亮先輩。
私は今までにたくさんの幸せを感じてきたけれど。
今になって・・・思うんです。
先輩にもらった居心地の良さ。
先輩にもらったたくさんの言葉。
先輩にもらった温かなこの想い。
私の一番の幸せはきっと
貴方と、出会えたことだった。
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