お前があんなにも守りたいと思った奴ら。





大切に思っていた場所。





その理由が、ようやくわかった気がした。

















最後の夏に見上げた空は

















「・・・先輩。お願いがあるんですけど・・・。」

「何だ?」

「ちょっとだけ・・・皆の様子を見てきてくれませんか?」

「はあ?!」





風祭と医者が去った後、は何かを考えるように俯いていた。
俺はあえて言葉をかけることもなく、ただの側にいた。

の言葉はその後の第一声。
俺はその言葉の意味がわからず、思わず声をあげた。





「功先生・・・私のこと、うまく言ってくれてるでしょうか?」

「・・・アイツも一応大人だし、大丈夫だろ。」





はっきり・・・とは言ってやれなかった。
アイツは大人のくせに大人げねえし、単純ときてる。
のあんな言葉や思いを聞いて、それが顔にでないはずがない気がする。
けれどは仲間の為にこの場所にいることを決めた。
そんながこれ以上、心を痛める必要なんてない。





「功先生は優しいから。顔に出てしまうんじゃないでしょうか・・・。
そしてそのことを攻められて、さらに墓穴を掘ってしまうような気がするんですけど・・・。」

「お前も結構言うな。」

「いや、あの、悪い意味じゃないですよ?!」





俺の言葉を慌てた様子で否定する。
悪い意味であっても、なくても。確かに風祭はそういう人間なのだろう。





「私、これから再検査になりますし・・・。
できれば亮先輩が、私のことをうまく言ってくれると嬉しいんですけど・・・。」

「・・・俺ならできるって?」

「少なくとも、功先生よりは・・・。」

「それはつまり俺が優しくないってことか?」

「え、なっ・・・、違いますよー!!そういう意味じゃなくて・・・!!
亮先輩の方が口がうまいというか、頭がまわると言うか・・・!!」

「ははっ。バーカ。フォローになってねえよ。」





またも必死に否定するを見て、思わず笑いがこぼれる。
検査の間とはいえ、から離れるなんてしたくもなかったが、
コイツの性格は充分にわかっている。

俺が行かなければ行かなかったで、仲間の心配をして気が気でないのだろう。
ならばお前の心配など全て無くしてやる。自分のことだけを考えればいいように。
お前がずっと、笑っていられるように。





「30分で戻ってくる。問題起こすなよ?」

「はいっ!」

「返事だけはいいんだよな。お前は。」

「つ・・・次こそは絶対です!」





気まずそうな声ではあるが、俺の目をまっすぐに見て。
まあいつも本気なんだろうな。ただ、問題に巻き込まれるようなやっかいな性格ってだけで。

全く、本当にいつからこんな奴になったのだろう。





「皆を、大切な人たちを傷つけてしまう方がよっぽど怖い。」





誰にでも優しく、自分よりも他人を優先して。
俺に会った頃のような、マイペースな性格はどこへいったんだか。

・・・いや、考えてみればだって根本は優しい性格だったんだろうな。
それを表に出す機会がなかったというだけで。
俺の悪態についてこれるのもだけだった。
大切に思う人間の、両親の話をするときのだって、どんなに優しい顔をしていたか。
・・・あの頃はの『大切』が少なくて、冷たい印象に見えていただけで。

つまり、それだけの『大切』な対象が増えたってことだ。
それはそれで少し気に入らないが、それがを支えていたのなら。





そんなことを考えていると、ふとした疑問が浮かぶ。
俺はその疑問をすぐにに問いかけた。





「・・・お前まさか、妙なこと考えてねえだろうな。」

「え?」

「俺まで、自分から遠ざけようなんて考えてねえだろうな・・・?!」





自分のことよりも他人を思う性格。
は遺伝子強化兵であることの負い目から、俺を遠ざけようとしたことだってあった。
友達の為に、吐き出したい思いさえも我慢する。そんなならありえることだ。
けれど俺は、そんなこと絶対に許さない。





「そんなこと、思っていません。」

「・・・本当だな?」

「先輩が側にいてくれると思えるから、だから私はここにいられる。強く、いられるんです。」





強いっていうのは言いすぎですかね、とが照れたように笑う。
コイツの嘘などすぐに見抜ける。けれど嘘をついているようには見えない。





「・・・皆は大切だから、一緒にいてほしくないんです。だけど・・・。」

「・・・けど?」

「先輩は大切だから・・・側に、いてほしいです。」





そう静かに告げたの表情が、あまりに儚く見えて。
俺はを抱きしめた。
脆くて儚くて、今にも壊れてしまいそうなを、とにかく安心させてやりたかった。





「・・・意味わかんねえよ。」

「あはは。ですね。」





意味がわからないことなんて、なかった。
けれど俺には、いつも通りの悪態の言葉しか出てこなくて。
こんなときでさえも、に優しい言葉もかけてやれない。
そんな自分の性格に呆れることもあるけれど、それでもは俺が側にいることを望んでくれる。

他人のことばかりを思うお前が、心を痛めないはずがないのに。
それでも俺が側にいることを許して、望んでくれている。
遠ざける人間ではなく、側にいるたった一人の人間として。










コンコン。










ノックの音が響いて。を抱きしめていた力を緩める。
扉が開いて現れたのは、昨日の医者だった。





さん。再検査の準備ができました。行きましょう。」

「はい。よろしくお願いします。」





望みの薄い再検査。
部屋を出るときにこの医者がどうしても、と言ってきたものだ。
は少し迷って、この医者の申し出を受けることにしたようだ。





「じゃあ俺も行ってくる。」

「はい。お願いしますね。亮先輩。」

「了解。お前も問題・・・」

「起こしません!」





俺が言葉を言い終える前に、が敬礼をするようにそれを遮った。
二人で小さく笑って、俺たちはそれぞれの目的の場所へと向かった。























「――― どういうことだよ!功先生!!」





見上げた先は『2年D組』と書かれたプレート。
目の前にある扉からは、ざわめきと怒声が聞こえてきた。
やっぱり予想通りになったみたいだな。風祭。





は具合が悪くなって病院にいるんだ。だから・・・。」

「俺たち知ってるんだぜ?!昨日学校に侵入者が入ったんだろ?!
がそれに巻き込まれたんじゃないかって、噂になってる!!」

「なっ・・・!」





つくづく噂と言うものは広がるのが早い。
昨日のの叫び声を聞いて、教師を呼んだのはの隣の部屋の女。
ソイツかもしくは部屋の近くの奴らか。女ってのはお喋りだって言うし。





「ち・・・違う!確かには侵入者と接触はしたが、それが原因じゃないんだ。」





風祭も動揺を隠せなさそうだ。
元々アイツはのことを、あいつらに伝えたいのだろう。
の話を聞いているときも、そんな顔をしていた。





「じゃあ俺ら病院に行ってに・・・」





ガラッ





そろそろ限界だ。
俺は乱暴に教室のドアを開ける。
クラス全員が一斉に俺を見た。





「み・・・三上・・・?!」

の席は?」

「そこだが・・・ってお前、何でここに?!」

の私物を取りに。なにか文句でも?」





風祭ものクラスメイトも、茫然と俺を見ている。
俺は静まり返ったその空気などお構い無しに、の机に向かっていった。





の私物ってどれだ?」

「あ、えと・・・そこにある小さなポーチくらいしか・・・。」

「あっそ。」





丁度の前の席にサッカー部の小島がいたから、適当に聞く。
俺の目的はの私物というわけでもなかったから、実際どうでもよかったのだが。





「・・・三上先輩。」

「あ?何だよ。」





静まり返った教室で、俺に声をかけてきたのは郭だった。





は無事なんですか?」

「俺がいるんだ。当たり前だろ。」

「功先生の言ってることって本当なんですか?!」

ちゃん、大丈夫なんすか?!」

、元気でいますか?!」





郭の一言をきっかけして、次々に質問が飛んでくる。
お前の考えは正解だぜ
こんな顔をしたこいつらに、風祭が嘘をつきとおせるはずもない。

だけど俺なら。お前の嘘を、お前の優しい嘘を突き通すことができる。





「お前ら、何をそんなに必死になってんだ?
なら病院にいるって、風祭に今聞いたんじゃねえの?」

「だけどっ・・・。昨日侵入者がいて・・・巻き込まれたって・・・。」

「ああ。そいつなら俺がぶちのめした。はその場にいたってだけ。」





あいつを助けきることさえできなかった自分。
情けない思いでいっぱいだった。
だけどそんな感情、今は微塵も見せるわけにはいかない。





「じゃあ何でが病院にいて、もう俺たちには会えないなんて・・・。」

「ただの風邪。会えないっつーか、会わせたくねえだけだよ。俺が。」

「「「・・・はぁ?!」」」





俺の言葉に一斉に疑問の表情を向ける。さらに数人は驚きの声まで出ていた。
その奥では風祭が心配そうに俺を見ている。お前に心配されなくたって、問題ねえよ。
とっととコイツラに理由を説明して、早くアイツのところへ戻る。





「いくら授業がなくなるっつったって、ここにいたらどうしても動きが制限されるからな。
けど病院なら、四六時中アイツの側にいられるし。だから学校に戻るなと俺が言った。」

「なっ・・・何だよそれ!!俺らだってと・・・!!」

「どっちにしてもはこれから俺と一緒にいるつもりだった。問題なんてねえだろうが。」

「だっ・・・だからって・・・。」

「お前らはもう、充分にアイツと一緒にいただろう?」

「!!」





誰もが口をつぐんだ。
俺の言葉の意味がわからないほどのバカな奴はいなかったらしい。

格好の悪い、自分の本音。俺は・・・俺はいつだってと一緒にいたかった。
アイツが望むのなら、ここから逃げ出したってよかった。
だけどアイツはそれを望まなかったから。こいつらと『普通の』学校生活を過ごすことを望んでいたから。

学年の違う俺がアイツと会う時間は限られていて。
は俺を想ってくれていた。俺だってを想っていた。
だがは大切なものが増えすぎていた。
俺と二人で逃げるなんて選択肢、もう選べるはずもなかった。



だから最後のこの時間を、アイツと少しでも長く。一緒に、過ごせるように。
そう願ったっていいだろう?





「・・・これは俺の我侭だから、だから風祭も言いにくかったんだろ。
だけどこの事はも同意してる。これは本当。」

「・・・。」





俺のその言葉を最後に静寂が走る。
そしてその静寂を破ったのは、またしても郭だった。






「・・・皆、もういいだろ?」

「・・・英士?」

の幸せが何かなんて、俺たちわかってるはずだ。」

「・・・。」

「この人がいるなら、三上先輩がいるなら、は大丈夫だよ。」





シンと静まり返る教室。
郭の落ち着いた声だけが響く。





「俺たちは俺たちで、それぞれの時間を過ごそう。
皆、この3日間はそうするつもりだったはずだ。だってそれを望んでるよ。」

「・・・英士・・・。」

「そう・・・だな。こんな顔してたら、が心配するよな・・・。」

「・・・三上先輩!私たちの分もの側にいてあげてくださいね?」

「言われなくても。」

「ずっとと一緒にいられるからって、に変なことすんなよ先輩!!」

「・・・さぁ?」

「うわー!!止めて!マジで止めて先輩!!」





さすがにそれは同意できないだろう。男として。
ついていけないテンションで騒ぐ若菜と、それを止める周りの奴らを無視して、
俺は教室のドアへと向かった。





「後はヨロシク。風祭センセイ?」

「三上・・・。すまなかったな。」

「礼ならに言えよ。あ、いや・・・。もうそれも言わなくていいし。アンタももう病院には来るな。」

「な・・・。」

「さっきと同じ理由。邪魔すんなってこと。」





そう言って笑みを浮かべると、風祭も何も言えなくなったようだ。
さっきは我ながら、かなり恥ずかしいことをしてしまった。
目の前にがいたら、こんな俺を笑っただろうか。それとも、顔を真っ赤にして黙ってしまっただろうか。

後者だな。やっぱり。
アイツは不意打ちに弱いと見た。俺がたまに優しい言葉をかけるだけで顔を赤くする単純な奴だし。
つーかそれって、俺がいつもは優しくないみたいじゃねえか。・・・まあ否定はできねえけど。





「三上先輩。」

「あ?」

「それじゃあ、先輩に会うのも最後なんすね。」

「!」





風祭と話していた俺に、めずらしく騒ぎに加わっていなかった藤代が声をかけた。
一番前の席で座ったまま俺を見上げて、藤代は笑った。





「先輩とのサッカーも、おもしろかったっす!」

「・・・そう、か。」

「はい。俺、最後までサッカーしてますから。ちゃんにも心配しないでって伝えてください!」

「・・・。」





突然かけられた俺への言葉。
あまりにも予想外のその言葉に、俺は不覚にも言葉を見失う。





「・・・俺もお前らのサッカー、嫌いじゃなかった。」

「マジっすか?!へへっ。嬉しい!!」





藤代のバカみたいに嬉しそうな顔に、自然と言葉が浮かんだ。
俺はお世辞なんてものは使えない。本当に、心からそう思っていた言葉を伝えた。





ドアの取っ手に手をかけ、扉を開ける。
これでも安心するだろう。自分のことだけ考えるだろう。そう思いながら。





「三上せんぱーい!!に頑張れよ!って言っといてくれよな!!」

「私も!アンタがいて楽しかったって!!」





一番騒がしかった二人。
俺は言葉にはせず、片手を挙げて了解したことを伝える。





「後、好きだーーー!!って・・・」





ピシャン。





言葉を聞き終える間もなく、扉を閉める。
アホかアイツは。そんな言葉、誰が伝えるか。つーかそれを俺に言うなっての。

扉を閉めた先からは、また怒声とも言える声が聞こえていた。
若菜が暴れてるのか。がクラスのムードメイカーと言っていただけあるな。
俺にとってはうるさいだけだけどな。





「・・・?」





ふと、自分に向けられた視線を感じた。
その方向に振り向くと、そこには郭の姿。
今の騒ぎに乗じて、教室の後ろの扉から出てきたらしい。
真剣な表情で俺を見ている。





「・・・は・・・ただの風邪ってわけじゃないんですよね。」

「・・・。」





疑問じゃない。確信しているかのように話す。
やっぱりコイツはくえない奴だな。





「風邪だって言ってんだろ?つーか、『三上先輩がいるから大丈夫』だなんて
アリガタイお言葉をくれたのもお前だろうが。今更何なんだ?」

「俺は・・・に感謝してもしたりない。
一緒にいた時間が充分だなんて、思ってない。もっと・・・と・・・。」





郭は言葉につまったようだが、その先の言葉なんて言わなくてもわかる。
そして郭が言葉につまった理由もわかる。
俺は何も言わずに郭の次の言葉を待った。










を・・・幸せにしてあげてください。」

「!」

「残された時間がわずかでも、彼女には笑っていてほしい。
大切な人だから、幸せでいてほしい。」










どいつもこいつも、と同じことを言う。同じことを願う。










「言われなくてもわかってる。お前が心配する必要なんてねえよ。」





俺が返したその言葉を聞いて、郭が静かに微笑む。





「・・・じゃあ、早く戻ってあげてください。」

「最初からそのつもりだっての。」





微笑んで、俺を見送る郭を背に俺は歩き出した。
すれ違ったときの郭の顔が、あまりに情けなく見えて。
俺は思わず、かけるつもりもなかった声をかけてしまった。





「・・・お前は?に伝えることあるのかよ?」

「・・・先輩からそんな言葉が聞けるなんて思わなかったな。」

「うるせえな。言わねえなら俺はとっとと帰るぞ。」

「伝えたい言葉はたくさんあるけど・・・伝えてくれるのなら、一つだけ。」














「ありがとう、って・・・そう伝えてもらえますか?」
















たった一言。ありきたりな、それだけの台詞なのに。
何度も自分を責めて、そして涙を流した郭の姿を思い出して。

自分の為にを巻き込んだコイツ。どんな事情があろうとも許す気なんてなかった。
けれど、郭のその言葉に胸が締め付けられるように痛んだのも本当だった。










「・・・わかった。」

「それじゃあ三上先輩。をお願いします。」

「お前に言われるまでもねえって言ってんだろ。」





情けなく見えた郭の表情はもう見えなかった。
笑って、今度こそ本当にこの場所から離れていく俺を見送った。





「どいつもこいつも・・・。」





校舎の廊下を歩きながら、一人呟く。

が大切だと、守りたいと思った奴ら。
もう少し苦労するかと思ったけどな。意外と物分りがよくて助かった。





「この人がいるなら、三上先輩がいるなら、は大丈夫だよ。」



「・・・三上先輩!私たちの分もの側にいてあげてくださいね?」



「先輩とのサッカーも、おもしろかったっす!」



「ありがとう、って・・・そう伝えてもらえますか?」





いや、物分りがいい?そんなものじゃない。
ただあいつらは、の幸せが何かを知っていただけだ。
があいつらの幸せを願ったように、あいつらもの幸せを願って。





がこの場所を手放せなかった理由を、ようやく本当の意味で理解できた気がした。











帰ったらに、あいつらの言葉を伝えてやろう。





うるさくて生意気で。





けれど





バカみたいに優しい、あいつらの言葉を。

















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