強さも、弱さも、優しさも。
たくさんの思いを、ありがとう。
最後の夏に見上げた空は
「、三上。起きれるか?」
「・・・ん・・・。あ、すみません。私、寝ちゃってたんですね・・・。」
「・・・結果が出たか?」
まだ早朝と言える時間帯。
窓から見える外の色は、まだ薄暗かった。
病院へやってきた私たちは、すぐさま夜間待機していた医者の先生に検査を始めてもらった。
仮眠をとっていたらしい医者を起こすのは気が引けたけれど、
そんなことお構いなしと言うように、亮先輩がその医者をたたき起こした。
私が前に入院したときにも診てもらった先生。
彼は最初に会ったときこそ、怯えた表情をしていたが、それでも優しそうないい先生だった。
この間の入院で私の存在にも慣れたようで、嫌な顔一つせず、すぐに検査の準備を始めてくれた。
遺伝子強化兵の病院というだけあって、それなりの機器は揃っている。
町の病院で検査の結果を待つとなれば、それなりの時間が必要となるが
ここは遺伝子強化兵用の病院。その必要がない。
検査の結果が早く知りたかった。早く、安心したかった。
そう思いその結果が出るまで起きていようと思っていたのに、いつの間にか寝てしまっていたようだ。
隣にいた亮先輩は寝ていたのかいなかったのか。ぼんやりとした様子で功先生に問う。
「ああ。お願いします。先生。」
「はい。・・・さん。検査の結果なのだけれど。」
無意識にゴクリと唾を飲み込む。
早く聞きたい。けれど怖い。
先生の表情を見ることもできずに、私は続く言葉を待つ。
「・・・すまない。僕には判断ができない。」
「・・・え?」
続いた言葉は予想外の言葉。
何でもない、と言うわけでもなく、異常がある、と言われたわけでもない。
思わず見上げた先生の顔は、申し訳なさそうに私を見ていた。
「どういう、ことですか?」
「異常は・・・ないはずなんだ。だが、君の体内に取り込まれた薬は全く未知の薬品で・・・。
すぐに解明できるものじゃない。今は平気なようだが・・・これから何が起こるか予想がつかない。」
「そんな・・・。」
「細胞が突然変異する可能性もあるし、突然君の力が暴走する可能性もある。
それに・・・。」
「・・・。」
「突然遺伝子強化兵の細胞が死滅する可能性だって、ある。」
細胞の死滅。
その言葉が何を意味しているのかなんて、痛いほどにわかっている。
私は自分の胸に当てていた手を握りしめる。
そんな私の肩に、亮先輩の手が触れる。
小さく震える肩をそっと掴んだ。
「・・・結局、てめえには何もできないってことだな。」
「そうだな・・・。本当にすまない・・・!」
「・・・くそっ・・・!!」
亮先輩が横にあったテーブルに拳を叩き付けた。
先輩のつらそうな顔。悔しそうに歪む表情。
私のことを思ってくれている。助けることのできなかった自分に後悔している。
思いあがりなんかじゃない。先輩の表情を見れば、すぐにわかるよ。
「先輩。」
「・・・何だよ。」
「悪い結果じゃなかったんですよ。まだ可能性の話で。
私は今ここにいます。何も変わらずに、この場所に。」
「・・・っ・・・。」
「先輩がそんな顔してたら、調子が狂っちゃって仕方ないですよ。
早くいつもの先輩に戻ってください。私はもうしっかりと、いつも通りですよ?」
何でもないように笑って。
悲しげな表情を浮かべる亮先輩がそんな私を見つめる。
一度俯いてから、もう一度顔を上げると先輩はいつもの表情に戻っていた。
「そんな顔ってどんな顔だよ。」
「・・・そうですねぇ。あえて例えるなら・・・可愛くて・・・守ってあげたくなるような顔?
あんまり見れないですからね。先輩の可愛い表情なんて。」
「可愛いとか言うな。つーか、そんなキモイ表情するか!俺はいつも通りだっての!」
「・・・じゃあ、そういうことにしときます。」
「何だその言い方。文句でもありそうだなぁ?」
「いた!痛いですってば!文句なんてありませんー!!」
頭をぐりぐりと乱暴に撫でられる。
いやこれは・・・撫でられているというよりは叩かれてると言った方があってるかな…。
やっぱり先輩は強くて、そして優しい。
言葉は少なくても、私の言いたいことがすぐにわかってしまう。
私のせいで、そんな悲しい顔をしないでほしかった。
自分を責めないでほしかった。
いつも通りの先輩でいてほしかった。
私の自分勝手な行動で、先輩が心を痛める必要なんてないんだから。
「・・・功先生。」
「お、何だ。助けるか?!」
「何だとエセ教師!それじゃまるで俺が苛めてるみたいじゃねえか!」
「いやー、今の光景は少女が獣に襲われてる図にしか・・・。」
「蹴り飛ばされてえかエセ教師。」
「は、ははは!冗談に決まってるだろ?!全く三上は冗談が通じないんだからなぁ!!」
功先生が冷や汗をかきながら、必死で弁明する。
相変わらずの二人の様子に笑いながら、私は気になっていたことを尋ねた。
「みゆきちゃんは・・・大丈夫でしたか?」
「彼女はあの後目を覚まして・・・。ご家族と一緒に家に帰ったよ。
検査の結果、異常なしと判断されたんだ。だから安心しろ。」
「こんな早朝に?」
「・・・ああ。ご家族が・・・心配されてな。」
少しだけ言いづらそうにした功先生の言葉の意味に思い当たって、それ以上のことを功先生に問うのを止めた。
こんな早朝に彼女を迎えにきた理由。それは家の方が安全だと思っているからだ。
遺伝子強化兵のいる病院。そんな場所にみゆきちゃんを置いておけないと、そう思ったのだろう。
少しだけ、胸が痛む。
けれどそれよりも、みゆきちゃんが無事でよかった。
彼女が巻き込まれるなんて、絶対あってはならないことだった。
「・・・あの、みゆきちゃんには・・・私のことは・・・。」
「ああ。大丈夫。言ってないよ。」
「そうですか。よかった・・・。」
巻き込まれる必要のなかった少女が、あんなことに巻き込まれて。
これ以上の重荷を背負わせるわけにはいかない。
「・・・私、もう桜塚高校へは戻れないんでしょうか。」
「・・・?!何言ってるんだ?!」
「そう・・・なんですね?先生。」
功先生の少し後ろに下がったところで、無言でいた医者の先生を見つめる。
そしてまた、申し訳なさそうに頷いた。
「今のさんの状態では・・・たくさんの教師や生徒がいる桜塚高校へ帰すことはできません。」
「そんな・・・!はいつも通りじゃないですか!」
「何が起こるかわからないと言ったはずです。・・・遺伝子強化兵の能力は膨大だ。
何か起こったときに、誰も巻き込まない、すぐ対処できる場所に・・・。この病院にいてもらう必要があります。」
「何でが・・・!!」
「うるせえよ風祭。」
「なっ・・・三上?!お前だって納得いかないだろう?!だって・・・!!」
「いい大人がわめいてんな。納得なんて誰もいってねえっつの。」
何が起こるかわからないとそう言われたとき、予想はついていた。
それは以前、あの研究施設から帰ってきてから言われたことのある台詞だからだ。
異常があれば桜塚高校に戻すことはできない、周りの生徒を危険に晒すことはできないと。
きっと、亮先輩もわかっていた。だからあんなにつらそうにしていたんだ。
私が、悲しむとそう思って。大切な仲間にもう会うことができない私を思って。
大切な仲間。優しい人たち。初めての・・・私の友達。
もう会えないことになるなんて、思いもしなかった。
優しい彼らはきっと、そんなこと関係ないと言うだろう。
この事実を伝えたのなら、力づくでもここに来る。そんな人たちだ。
だから、そんな大切な彼らだからこそ。
傷つけたくなんてない。危険な目にあわせたくない。
この忌々しい力に、ずっと苦しめられてきた。
最後までこんな力のせいで、彼らの幸せを犠牲になんてしたくない。
「大丈夫です。功先生。」
「・・・。」
「私、一人じゃないですから。」
隣に座る亮先輩を見る。
先輩はチラリと私を見て、軽く頭を小突く。
「皆を、大切な人たちを傷つけてしまう方がよっぽど怖い。」
「・・・本当に、いいのか?お前はそれで、いいんだな?!」
「はい。」
功先生はまだ何か言いたそうではあったけれど、
迷うことなく頷いた私を見て、続く言葉を止めたようだ。
私のことを考え、思いを優先してくれた先生に感謝する。
「ありがとうって、一緒に過ごせて本当に楽しかったって・・・。」
「・・・。」
「伝えてくれますか?皆に。」
「・・・ああ。」
皆の笑った顔が好きだった。
皆と過ごす温かな時間が好きだった。
生きる意味すらなくした私に、もう一度その理由を教えてくれた。
怖がって逃げてばかりいた私に、たくさんの強さを教えてくれた。
大切な場所を、温かい時間を与えてくれた。
彼らの弱さも強さも優しさも、私にとってかけがえのないものだった。
彼らと会うことができなくなる。
そう思うと胸は痛むけれど、それでも私は一人じゃないから。
私も精一杯生きるよ。だから皆も笑っていて。
そして残された、わずかな時間。
かけがえのないその時間が、皆にとっての幸せな時間であればいい。
笑って過ごせる時間であればいいと
もう会うことのない、優しい彼らの幸せを願った。
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